さきわえ!
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巻けよ発條
隧道 にて雨宿り。大自然が創造した雄大なトンネルその中で、立つことも出来ないカラクリ人形は一人、去りゆく背中を眺めていた。
湿気た枝葉が燃える匂いと潤った風が温もる匂い。
足下で、急拵えの焚火が心許なげに爆ぜている。
風邪を引くからと脱ぐことを勧められた外装の内、支障ないものは外して干してあるが、袴やブーツと同様の理由で徳利首の長袖の肌衣も丁重に断った。
んだら責めて暖かくしさいん、
ボロしかねくて悪いけんとも。
そう言いながら目の前に寄越してきたのはその人が首に結んでいた暮染の平頭巾。ツイランを運んだ際に水気が随分と移ってしまっているものの、皮膚に張り付く雨粒を払うには十分そうだった。だが――
と彼が戸惑いを表すより早く、それは濡れた石頭の上へ無作法に広げられ、あれよあれよと事は進む。
次に野良着の上衣を脱いだその人は、薄手のそれを冷えた肩背へ羽織らせ、勝手に腹掛姿になったその人は、今度は折れた足へ手当を施すべく、添え木を獲りに秋の雨の中へと飛び出し……?ていないな。
その人は傘を差したところで一時停止した。
使う予定のない手ぬぐい代わりを頭の上から退かしつつ、ツイランが見ていたのはそんな背中。
「こいつがありした」
予定変更のようだ。踵を返して戻ってくる。
物資調達を取り止めたのだから、無論、木材も上質な枝の類いも見当たらない。その手にあるのは雨天時の必需品、雨避け用の唐傘が、一本。
「おめさま、これ、添え木に使えるすかや?」
コンコンッと拳の裏で叩かれる傘の柄竹。
合点が行った彼は丁寧な回答を用意する。
「可能かという話であれば、可能だと思うが……」
人様の物を不必要に消耗することに抵抗があるのだ。この人形風情は、貸し渡された頭巾だっておいそれと使えず文字通り手に余らせている。
「それは貴方の物だ。私に使用するのかは別の――
問題発生。答え切らない内に雷光一閃。何が起きたのか。理解する前に彼が辛うじて認識出来たのは、その人が手を掛けている腰の脇差だけだった。
傘の上と下の境界線が一寸ずれたように見え、目を疑うや否や胴部分が足を置き去りにし滑っていく。
落雷?居合?とさり、散る音、真っ二つの傘。
願ってもいないもう一回。またもや銀鱗煌めき振る舞われ、唐傘だった物の一本足が短く二本になる。
「ぉぉ………………」
御見事。しかし介錯どうして??突飛な破壊工作に付いて行けず処理回路が混線する。わー剣技スゴイネー等と内心感心している場合じゃないんだが??
「どうぞ使ってけらいん」
何故この人には一切の躊躇いがなかったのだろう。そんな違和感がツイランの言葉を詰まらせる。
道具と云う、形ある物の使命を惜しまず奪える冷酷さ。だと捉えてしまうと些か据わりが悪く。
「……良かったのか……?」
人命優先そう受け止め、彼は改めて口を開いた。
自身が日頃から居酒屋の女将に窘められているそれと同種の、善い方に考えれば優しさなのだ。多分。
「んだおん。元々拾い物だじゃ、またその辺の傘の魔物を切れば落としてくれるから」
「……、そうだったのか………………」
魔物化した里人を倒して里人に戻した、等という話を聞いたことがあるので、魔物化した傘を倒して傘に戻す話があっても不思議ではないのかも……?
瞬かない作り物の瞼、睫毛の先にか細い雫が溜まり集まり、ぽつり、ぽつり、と滴り落ちる。
それとこれとは別の話で……付喪神と成る程に永く人に使われ続けてきた者の末路に、この時カラクリ人形は一抹の同情を禁じ得なかったそうな……。
「後はその頭巾で縛り付けるべ。貸してけろ」
「……すまない、貴方に任せる」
指示に従い預かり物を、犬芸お手が如くその手の平へ返したところ。藪から棒に目を見てくるその人。
じとーーっと。
彼の額をつうと流れるのは、冷や汗でなければ痛み由来の脂汗でもなく、放置していた只の雨水だ。
「おめさま、頭しっかり拭いたのしゃ?」
「大丈夫だ。私は風邪を引かない」
「……そういうのは疫病神が決めるんでねか?……」
怒りにも似た表情が垣間見え、ツイランのその馬鹿正直な歯車の瞳は暮染の布一枚に塞がれた。
わっしゃわっしゃと髪を拭かれ一絞り、その後そのまま顔面まで。不慣れな感情にエラーを吐きそうになりながらも、止めることにさえ遠慮を感じた彼はその間されるがままだった。摩擦熱の所為で、頬が熱い。
「……んでは、当たらねえようにして巻かねばね。右足の~ええと、痛えのはどの辺すか?」
そう言いながら片手間に、その人は己の頭巾をスハッと四枚下ろしに切り裂いている。
包帯に落ちた布切れひらり。
脚の下へ回してもらうためツイランは右の踵を僅かに引き、ついでに脛の辺りをさすりと撫でた。
「多少の接触は支障ない、思い切りやってくれ」
「わかった。我慢してけらいん」
手際良く通された布の上に二本の竹を渡したなら、それらはまるで敷かれたレールのように見えた。
一二の三を四度繰り返しきっちり固定。間に合わせにしては上出来な応急手当が完了する。
訊けば平頭巾は私物との事で。気にしないでなんて言われても、気にする男は速やかに頭の中で模索し始めた。船来雑貨 風切羽に相談してみようか。
「……あれだなや……アズマの四季の里は薬屋があるぐれえで、病院はねんだっけ……。
ま~……、取り敢えず、秋の里まで行くべ?」
ツイランは変わらず座った姿勢のまま、右足の裏を地に付ける。お陰で歩けそうではあるが……。
「無理はしねえで。おらが担ぎすから」
「………………世話になる………………」
ここまで来たらもう最後まで甘えさせてもらおうと。それは道具としては苦渋の決断。
この行間に己を許すため彼なりの並々ならぬ頑張りがあったこと等、通り縋りの恩人は知る由もない。
「貴方には本当に助けられている……。
礼をしたい。大した持て成しは出来ないが、是非、私の家まで来て……いや、連れて行ってほしい」
「……。他人の事を信用し過ぎでねか?」
「貴方は信用に足る人だ。問題があるだろうか」
人間らしく丸くした無機質な目には、何をか申し訳なさそうでいて、そしてどこか不審がる様子のその人が映る。
「親切を装ってまんまと家に上がり込んだ小悪党が、財をこそっと泥棒してくかも知らね」
確率計算結果、切捨零%のもしも論に、恩返し気分のカラクリは目を閉じ優しくふふっと笑った。
返しそびれた野良着の分、胸がほのり温かい。
「小悪党にとって価値ある物かはわからないが、何でも持って行くといい。私のお薦めはレアな空き缶だ」
ゆっくり目を開けると、呆れた風な、だが少し気を許した感じにも受け取れる小さな笑みを見付ける。
「……行くすか。おめさまがいいってんだら……って、ああ~っ!!傘!さっきばらしたんだや……。
あややや……新しいの探して来ねば……」
「貴方は後先考えないタイプなのだな……」
立ち去ろうとするその背中をツイランは、おいと徐に引き止めた。
「向かうのは晴れてからで構わない。私の予測ではそろそろ雨も止む筈だ」
「怪我の具合は?待てるすか?」
「平気だ。……骨折という事だからな。急いで治る怪我でもない、安静を保つことが肝要だ」
その人が視線を向け、倣い見上げた同じ空。歯車の虹彩が見る雨雲には日の光が透け始めていた。
「んだらまぁ、それまで待つのも好手じゃ。
晴れ次第飛んでくべ」
暫しの静寂。ぱちぱちと弾ける焚火、舞う火の粉。秋風がくゆり、足下で橙色がはためいている。
おまえさまがもし既に死んでいたのなら、若しくは直ぐにでも事切れていれば、実は身包み剥いで売り飛ばすつもりだったとか。殺して奪うことも不可能ではなかっただろうに。貴方にならばこの命捧げても良かっただとか。こんな物騒な思い出を肴に酒を酌み交わす日が来るのは、もっと先の事。
「おめさま、腹は減りせんかや?その辺のツボの中にあった鰹節ありすけんとも、囓りすか?」
「保存状態に不安があるが」
「……。ツボ神様の御加護でもあるんでね?」
湿気た枝葉が燃える匂いと潤った風が温もる匂い。
足下で、急拵えの焚火が心許なげに爆ぜている。
風邪を引くからと脱ぐことを勧められた外装の内、支障ないものは外して干してあるが、袴やブーツと同様の理由で徳利首の長袖の肌衣も丁重に断った。
んだら責めて暖かくしさいん、
ボロしかねくて悪いけんとも。
そう言いながら目の前に寄越してきたのはその人が首に結んでいた暮染の平頭巾。ツイランを運んだ際に水気が随分と移ってしまっているものの、皮膚に張り付く雨粒を払うには十分そうだった。だが――
と彼が戸惑いを表すより早く、それは濡れた石頭の上へ無作法に広げられ、あれよあれよと事は進む。
次に野良着の上衣を脱いだその人は、薄手のそれを冷えた肩背へ羽織らせ、勝手に腹掛姿になったその人は、今度は折れた足へ手当を施すべく、添え木を獲りに秋の雨の中へと飛び出し……?ていないな。
その人は傘を差したところで一時停止した。
使う予定のない手ぬぐい代わりを頭の上から退かしつつ、ツイランが見ていたのはそんな背中。
「こいつがありした」
予定変更のようだ。踵を返して戻ってくる。
物資調達を取り止めたのだから、無論、木材も上質な枝の類いも見当たらない。その手にあるのは雨天時の必需品、雨避け用の唐傘が、一本。
「おめさま、これ、添え木に使えるすかや?」
コンコンッと拳の裏で叩かれる傘の柄竹。
合点が行った彼は丁寧な回答を用意する。
「可能かという話であれば、可能だと思うが……」
人様の物を不必要に消耗することに抵抗があるのだ。この人形風情は、貸し渡された頭巾だっておいそれと使えず文字通り手に余らせている。
「それは貴方の物だ。私に使用するのかは別の――
問題発生。答え切らない内に雷光一閃。何が起きたのか。理解する前に彼が辛うじて認識出来たのは、その人が手を掛けている腰の脇差だけだった。
傘の上と下の境界線が一寸ずれたように見え、目を疑うや否や胴部分が足を置き去りにし滑っていく。
落雷?居合?とさり、散る音、真っ二つの傘。
願ってもいないもう一回。またもや銀鱗煌めき振る舞われ、唐傘だった物の一本足が短く二本になる。
「ぉぉ………………」
御見事。しかし介錯どうして??突飛な破壊工作に付いて行けず処理回路が混線する。わー剣技スゴイネー等と内心感心している場合じゃないんだが??
「どうぞ使ってけらいん」
何故この人には一切の躊躇いがなかったのだろう。そんな違和感がツイランの言葉を詰まらせる。
道具と云う、形ある物の使命を惜しまず奪える冷酷さ。だと捉えてしまうと些か据わりが悪く。
「……良かったのか……?」
人命優先そう受け止め、彼は改めて口を開いた。
自身が日頃から居酒屋の女将に窘められているそれと同種の、善い方に考えれば優しさなのだ。多分。
「んだおん。元々拾い物だじゃ、またその辺の傘の魔物を切れば落としてくれるから」
「……、そうだったのか………………」
魔物化した里人を倒して里人に戻した、等という話を聞いたことがあるので、魔物化した傘を倒して傘に戻す話があっても不思議ではないのかも……?
瞬かない作り物の瞼、睫毛の先にか細い雫が溜まり集まり、ぽつり、ぽつり、と滴り落ちる。
それとこれとは別の話で……付喪神と成る程に永く人に使われ続けてきた者の末路に、この時カラクリ人形は一抹の同情を禁じ得なかったそうな……。
「後はその頭巾で縛り付けるべ。貸してけろ」
「……すまない、貴方に任せる」
指示に従い預かり物を、犬芸お手が如くその手の平へ返したところ。藪から棒に目を見てくるその人。
じとーーっと。
彼の額をつうと流れるのは、冷や汗でなければ痛み由来の脂汗でもなく、放置していた只の雨水だ。
「おめさま、頭しっかり拭いたのしゃ?」
「大丈夫だ。私は風邪を引かない」
「……そういうのは疫病神が決めるんでねか?……」
怒りにも似た表情が垣間見え、ツイランのその馬鹿正直な歯車の瞳は暮染の布一枚に塞がれた。
わっしゃわっしゃと髪を拭かれ一絞り、その後そのまま顔面まで。不慣れな感情にエラーを吐きそうになりながらも、止めることにさえ遠慮を感じた彼はその間されるがままだった。摩擦熱の所為で、頬が熱い。
「……んでは、当たらねえようにして巻かねばね。右足の~ええと、痛えのはどの辺すか?」
そう言いながら片手間に、その人は己の頭巾をスハッと四枚下ろしに切り裂いている。
包帯に落ちた布切れひらり。
脚の下へ回してもらうためツイランは右の踵を僅かに引き、ついでに脛の辺りをさすりと撫でた。
「多少の接触は支障ない、思い切りやってくれ」
「わかった。我慢してけらいん」
手際良く通された布の上に二本の竹を渡したなら、それらはまるで敷かれたレールのように見えた。
一二の三を四度繰り返しきっちり固定。間に合わせにしては上出来な応急手当が完了する。
訊けば平頭巾は私物との事で。気にしないでなんて言われても、気にする男は速やかに頭の中で模索し始めた。船来雑貨 風切羽に相談してみようか。
「……あれだなや……アズマの四季の里は薬屋があるぐれえで、病院はねんだっけ……。
ま~……、取り敢えず、秋の里まで行くべ?」
ツイランは変わらず座った姿勢のまま、右足の裏を地に付ける。お陰で歩けそうではあるが……。
「無理はしねえで。おらが担ぎすから」
「………………世話になる………………」
ここまで来たらもう最後まで甘えさせてもらおうと。それは道具としては苦渋の決断。
この行間に己を許すため彼なりの並々ならぬ頑張りがあったこと等、通り縋りの恩人は知る由もない。
「貴方には本当に助けられている……。
礼をしたい。大した持て成しは出来ないが、是非、私の家まで来て……いや、連れて行ってほしい」
「……。他人の事を信用し過ぎでねか?」
「貴方は信用に足る人だ。問題があるだろうか」
人間らしく丸くした無機質な目には、何をか申し訳なさそうでいて、そしてどこか不審がる様子のその人が映る。
「親切を装ってまんまと家に上がり込んだ小悪党が、財をこそっと泥棒してくかも知らね」
確率計算結果、切捨零%のもしも論に、恩返し気分のカラクリは目を閉じ優しくふふっと笑った。
返しそびれた野良着の分、胸がほのり温かい。
「小悪党にとって価値ある物かはわからないが、何でも持って行くといい。私のお薦めはレアな空き缶だ」
ゆっくり目を開けると、呆れた風な、だが少し気を許した感じにも受け取れる小さな笑みを見付ける。
「……行くすか。おめさまがいいってんだら……って、ああ~っ!!傘!さっきばらしたんだや……。
あややや……新しいの探して来ねば……」
「貴方は後先考えないタイプなのだな……」
立ち去ろうとするその背中をツイランは、おいと徐に引き止めた。
「向かうのは晴れてからで構わない。私の予測ではそろそろ雨も止む筈だ」
「怪我の具合は?待てるすか?」
「平気だ。……骨折という事だからな。急いで治る怪我でもない、安静を保つことが肝要だ」
その人が視線を向け、倣い見上げた同じ空。歯車の虹彩が見る雨雲には日の光が透け始めていた。
「んだらまぁ、それまで待つのも好手じゃ。
晴れ次第飛んでくべ」
暫しの静寂。ぱちぱちと弾ける焚火、舞う火の粉。秋風がくゆり、足下で橙色がはためいている。
おまえさまがもし既に死んでいたのなら、若しくは直ぐにでも事切れていれば、実は身包み剥いで売り飛ばすつもりだったとか。殺して奪うことも不可能ではなかっただろうに。貴方にならばこの命捧げても良かっただとか。こんな物騒な思い出を肴に酒を酌み交わす日が来るのは、もっと先の事。
おしまい❉
「おめさま、腹は減りせんかや?その辺のツボの中にあった鰹節ありすけんとも、囓りすか?」
「保存状態に不安があるが」
「……。ツボ神様の御加護でもあるんでね?」