さきわえ!
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回せよ歯車
しとしとと、そういって降り始めた細い雨に、そのカラクリ人形は打たれていた。
今体を横たえているこの場所が木の陰だったなら、松明も濡れずに済んだだろうか。あの雨雲が昨日の晩に来ていたなら、この切り花もまだ元気があっただろうか。……この脚さえ、壊れなければ……。
(……私が人の身であれば、耐久値の減少にも、一早く気付けただろうか……)
詮無き事。どこか他人事にも感じながら、ツイランと名乗る人型のカラクリは静かに目を閉じていた。
秋の野原 小高い丘。胸の上で組んだ手と、手の中の枯れたコスモス。遠目に見れば彼は成人男性の遺体に見えたかも知れない。
少し冷たい雨粒が、冷えた頬を流れてゆく。
そうして数時間、身に纏う民族衣装がぐっしょりと重たくなった頃だった。眠ったような彼の顔に、ふっと影が落ちる。鬼か……?魔物か……?
ここまで接近を許してしまうだなんて。閉じた両の目の下で、そんな風に機能の低下を認めていたら。
「お~い。どうしたんすかや?」
人の声が聞こえた。変声期前の男児というか、中性的な、随分と若い声。訛りがあり、又、助動詞の語と思われる音は聞き慣れない綴られ方だ。
一拍を置き、重い瞼を持ち上げる。
すると視界に入って来たのは鈍色の空ではなく、くっ付きそうなくらいに、あちらの髪がこちらの頬をくすぐるくらいに近い、その人影の横っ面と、曇天を覆い隠す唐傘の大きなカタバミ色。
呼吸を確認しているらしい数秒の間、動けない彼は見ず知らずの相手の色をじっと見詰めていた。
「……息してね……死んでんだべか……?」
顔を上げたその人……否、十五歳位に見えるから、その子と言った方が適切なのかも知れないが……。兎角、その人は目に薄らと同情を湛えていたが、次の瞬間ツイランと云う遺体と目が搗ち合い、瞬く間に表情を怪訝なものへと変貌させた。
向けられる懐疑心を察しつつもその遺体は、睫毛が長いな、とだけ思った。
「この仏さま、目開けてたのしゃ……?
ん~~~~……。いんや……、こんな綺麗な色、一回でも見てりゃ忘れねえと思うんだけんとも……」
どうやら独り言が多い方らしい。
勝手に喋りながら死人にするよう手指で撫でられ瞼を下げられたので、まだ死んでいない彼はもう一度、今度ははっきりばちっと目を開ける。
「あややや……死後硬直ってやつだじゃ……」
「すまない。省電力モードからの切り替えに時間を要してしまった。私はまだ、活動可能だ」
「わぁっ!!生きてた!おはようござりす!!」
震天動地、かっ飛んだ驚きの声と、ぶっ飛んだ先の尻餅。それを横目にカラクリ男はゆっくりと上体を起こした。節々がきしきし小さな悲鳴を上げているけども、更に固い五指を動かす。
持っていた切り花をそっと土の上へ寝かせ、そこにコロンと転がる落とし物を拾い差し出せば。
「………………」
「………………」
人間を発見した時の野良猫の如くフリーズしていたその人は、処理が追い付かぬままにその黄色い傘を受け取り、そして特段言葉もなく、びしょ濡れの男側へ傾けた。
カクカクと動く様がまるでカラクリのようでいて、ツイランはフッと目を細めた。
「それでは貴方が濡れてしまう。私の事より自分の身体を大事にした方がいい」
そう遠慮すると、いやいやいやっ!とぶんぶんぶんっと頭と手を横に振られる。元気だな。
「おらの事より先におめさまの方だべ!?
熊でも出たかや!?なんだって道から外れたこんな所で死んだふりしてっ。立てるか?歩けるか?」
「……そう、だな――」
雨を吸ったマフラーを口元までくいっと引き上げ、改めて相手を見据えるツイラン。
ツイランは人々を助ける為に生まれたカラクリだ。しかし今日はその存在意義とは反対に助けてもらう必要があるだろう。
昔は、許される行為ではないと思っていた。でも、今は違う。十数年程前の話、里の外から来た青年に、もっと人を頼っていいと言われたから。
「助力を乞う為にも、貴方にデータを提供しよう。
実は、右足を破損している。オートバランサーでの補正の許容限界を超え、現状、起立も歩行も困難だ」
「……破損……。ハッ!怪我って事だ!?
やんだあ!んだらそうと早く語れってば!なんともなさそうな顔してる場合でねえど!?」
言うが早いか傘を押し付け、濡れ鼠の裾を捕まえたそいつは断りなしに外套を捲り、あろうことか民族袴にまで手を掛けてきた。
鬼の神にも引けを取らぬ行動力と強引さよ。厄介。このままでは引き裂かれる。
「待て」
ツイランは変わらず冷静な声でそれを制止しつつ、主導権を得た傘を相手に向けた。
「出血を伴う外傷はない……例えるなら骨折のようなものだ。処置はこの上からでも問題ない」
刺々しく割れた脛の位置に、服の上から手を置いてみせる。
「やや、そうなのしゃ………………?」
触れると危ないから。理由としてはそういう思いもあるが本当は、木や金属で造られた体を見られたくなくて、人間じゃないなんて知られたくなくて。
その事は、同じ里の住人にもアズマの国の神々にも明かしていない隠し事だった。
「や……まぁおめの身体の事はおめが一番わかるべな。それでいいってんだら、そうするだけだ」
「………………」
民族帽から滴り落ちる雨垂れが頬を伝う。
おまえの身体云々については触れることができず、カラクリ人形はすんっと黙想した。
眉一つ動かさぬ怪我人の声色から緊急性なしと結論付けたか、その人は少し落ち着いた様子。
彼の濡れそぼつ革手袋ごと傘の持ち手を握り垂直に立て、傘には二人一緒に入ることにしたようだ。
「んでは、どうしたらいすか?
あ~……言っとくけんとも、おら回復 の術は使えねす。ごめんなしてけらいん」
「……大丈夫だ。可能であれば、貴方には当て木になりそうな材を探して来てほしいのだが……。
迷惑は承知している。断ってくれても構わない」
「わかった」
個人依頼 達成条件 納品物を提示し、漏れなく辞退も勧めておいたが。重ねた手を握り締められ、じわっと温さが滲み出る音がした。
「待っててけろ~って~言いてえとこだけんとも、この雨だ、まず移動するべ。あそこにでっけえ岩山のトンネルあるでねか、わかりすか?そこまで我慢できるすかや?」
「ああ、痛みはない。………………そこまで……」
「いがった。ほら、乗ってけらいん」
くるりとおんぶの構え。
大きく見えていたその人は自分よりも小さかった。今のコタロウよりも背が低く身が細い。
ツイランは心苦しさや不安よりも先に心配が勝り、むぅと喉を唸らせた。
「私は重いが……「心配いりせん。こんななりでも一応、ウェアアニマルだおん。鎧武者二人分担いで山越えたこともあるじゃ」
背中を無防備にこちらへ寄越したまま、顔を向けてピースをしてみせるその人。
「だが……この通り、私の衣類はずぶ濡れだ。貴方を汚してし「もうっ!そういうのいいから大人しくおぶされってば!気にするんだら、これ以上濡れて重くならねえよう、しっかり傘差しとくことだ!」
もう言い訳は聞かないぞとそんな勢いで二本の腕が伸びて来て、遠慮しがちな男は息つく暇なく横抱きにされてしまった。おんぶではなく、所謂、抱っこ。お姫様抱っことも呼ばれるやつだ。
異常を検知。ほんの一瞬、人を頼り慣れていない彼の回路にノイズが走った。
「んっ……、想像以上に重かったやあ……」
「……一応、忠告はした……」
その人は弱音を溢す割には自己PR通りの力自慢。すっくと立ち上がりさっくさっく歩き始めている。
(気付かれないことを祈ろう………………)
体を巡る電流を安定させるため一度大きく胸を上下させ、ツイランはしっかと傘を握り直した。
しとしとと、そういって降り始めた細い雨に、そのカラクリ人形は打たれていた。
今体を横たえているこの場所が木の陰だったなら、松明も濡れずに済んだだろうか。あの雨雲が昨日の晩に来ていたなら、この切り花もまだ元気があっただろうか。……この脚さえ、壊れなければ……。
(……私が人の身であれば、耐久値の減少にも、一早く気付けただろうか……)
詮無き事。どこか他人事にも感じながら、ツイランと名乗る人型のカラクリは静かに目を閉じていた。
秋の野原 小高い丘。胸の上で組んだ手と、手の中の枯れたコスモス。遠目に見れば彼は成人男性の遺体に見えたかも知れない。
少し冷たい雨粒が、冷えた頬を流れてゆく。
そうして数時間、身に纏う民族衣装がぐっしょりと重たくなった頃だった。眠ったような彼の顔に、ふっと影が落ちる。鬼か……?魔物か……?
ここまで接近を許してしまうだなんて。閉じた両の目の下で、そんな風に機能の低下を認めていたら。
「お~い。どうしたんすかや?」
人の声が聞こえた。変声期前の男児というか、中性的な、随分と若い声。訛りがあり、又、助動詞の語と思われる音は聞き慣れない綴られ方だ。
一拍を置き、重い瞼を持ち上げる。
すると視界に入って来たのは鈍色の空ではなく、くっ付きそうなくらいに、あちらの髪がこちらの頬をくすぐるくらいに近い、その人影の横っ面と、曇天を覆い隠す唐傘の大きなカタバミ色。
呼吸を確認しているらしい数秒の間、動けない彼は見ず知らずの相手の色をじっと見詰めていた。
「……息してね……死んでんだべか……?」
顔を上げたその人……否、十五歳位に見えるから、その子と言った方が適切なのかも知れないが……。兎角、その人は目に薄らと同情を湛えていたが、次の瞬間ツイランと云う遺体と目が搗ち合い、瞬く間に表情を怪訝なものへと変貌させた。
向けられる懐疑心を察しつつもその遺体は、睫毛が長いな、とだけ思った。
「この仏さま、目開けてたのしゃ……?
ん~~~~……。いんや……、こんな綺麗な色、一回でも見てりゃ忘れねえと思うんだけんとも……」
どうやら独り言が多い方らしい。
勝手に喋りながら死人にするよう手指で撫でられ瞼を下げられたので、まだ死んでいない彼はもう一度、今度ははっきりばちっと目を開ける。
「あややや……死後硬直ってやつだじゃ……」
「すまない。省電力モードからの切り替えに時間を要してしまった。私はまだ、活動可能だ」
「わぁっ!!生きてた!おはようござりす!!」
震天動地、かっ飛んだ驚きの声と、ぶっ飛んだ先の尻餅。それを横目にカラクリ男はゆっくりと上体を起こした。節々がきしきし小さな悲鳴を上げているけども、更に固い五指を動かす。
持っていた切り花をそっと土の上へ寝かせ、そこにコロンと転がる落とし物を拾い差し出せば。
「………………」
「………………」
人間を発見した時の野良猫の如くフリーズしていたその人は、処理が追い付かぬままにその黄色い傘を受け取り、そして特段言葉もなく、びしょ濡れの男側へ傾けた。
カクカクと動く様がまるでカラクリのようでいて、ツイランはフッと目を細めた。
「それでは貴方が濡れてしまう。私の事より自分の身体を大事にした方がいい」
そう遠慮すると、いやいやいやっ!とぶんぶんぶんっと頭と手を横に振られる。元気だな。
「おらの事より先におめさまの方だべ!?
熊でも出たかや!?なんだって道から外れたこんな所で死んだふりしてっ。立てるか?歩けるか?」
「……そう、だな――」
雨を吸ったマフラーを口元までくいっと引き上げ、改めて相手を見据えるツイラン。
ツイランは人々を助ける為に生まれたカラクリだ。しかし今日はその存在意義とは反対に助けてもらう必要があるだろう。
昔は、許される行為ではないと思っていた。でも、今は違う。十数年程前の話、里の外から来た青年に、もっと人を頼っていいと言われたから。
「助力を乞う為にも、貴方にデータを提供しよう。
実は、右足を破損している。オートバランサーでの補正の許容限界を超え、現状、起立も歩行も困難だ」
「……破損……。ハッ!怪我って事だ!?
やんだあ!んだらそうと早く語れってば!なんともなさそうな顔してる場合でねえど!?」
言うが早いか傘を押し付け、濡れ鼠の裾を捕まえたそいつは断りなしに外套を捲り、あろうことか民族袴にまで手を掛けてきた。
鬼の神にも引けを取らぬ行動力と強引さよ。厄介。このままでは引き裂かれる。
「待て」
ツイランは変わらず冷静な声でそれを制止しつつ、主導権を得た傘を相手に向けた。
「出血を伴う外傷はない……例えるなら骨折のようなものだ。処置はこの上からでも問題ない」
刺々しく割れた脛の位置に、服の上から手を置いてみせる。
「やや、そうなのしゃ………………?」
触れると危ないから。理由としてはそういう思いもあるが本当は、木や金属で造られた体を見られたくなくて、人間じゃないなんて知られたくなくて。
その事は、同じ里の住人にもアズマの国の神々にも明かしていない隠し事だった。
「や……まぁおめの身体の事はおめが一番わかるべな。それでいいってんだら、そうするだけだ」
「………………」
民族帽から滴り落ちる雨垂れが頬を伝う。
おまえの身体云々については触れることができず、カラクリ人形はすんっと黙想した。
眉一つ動かさぬ怪我人の声色から緊急性なしと結論付けたか、その人は少し落ち着いた様子。
彼の濡れそぼつ革手袋ごと傘の持ち手を握り垂直に立て、傘には二人一緒に入ることにしたようだ。
「んでは、どうしたらいすか?
あ~……言っとくけんとも、おら
「……大丈夫だ。可能であれば、貴方には当て木になりそうな材を探して来てほしいのだが……。
迷惑は承知している。断ってくれても構わない」
「わかった」
個人依頼 達成条件 納品物を提示し、漏れなく辞退も勧めておいたが。重ねた手を握り締められ、じわっと温さが滲み出る音がした。
「待っててけろ~って~言いてえとこだけんとも、この雨だ、まず移動するべ。あそこにでっけえ岩山のトンネルあるでねか、わかりすか?そこまで我慢できるすかや?」
「ああ、痛みはない。………………そこまで……」
「いがった。ほら、乗ってけらいん」
くるりとおんぶの構え。
大きく見えていたその人は自分よりも小さかった。今のコタロウよりも背が低く身が細い。
ツイランは心苦しさや不安よりも先に心配が勝り、むぅと喉を唸らせた。
「私は重いが……「心配いりせん。こんななりでも一応、ウェアアニマルだおん。鎧武者二人分担いで山越えたこともあるじゃ」
背中を無防備にこちらへ寄越したまま、顔を向けてピースをしてみせるその人。
「だが……この通り、私の衣類はずぶ濡れだ。貴方を汚してし「もうっ!そういうのいいから大人しくおぶされってば!気にするんだら、これ以上濡れて重くならねえよう、しっかり傘差しとくことだ!」
もう言い訳は聞かないぞとそんな勢いで二本の腕が伸びて来て、遠慮しがちな男は息つく暇なく横抱きにされてしまった。おんぶではなく、所謂、抱っこ。お姫様抱っことも呼ばれるやつだ。
異常を検知。ほんの一瞬、人を頼り慣れていない彼の回路にノイズが走った。
「んっ……、想像以上に重かったやあ……」
「……一応、忠告はした……」
その人は弱音を溢す割には自己PR通りの力自慢。すっくと立ち上がりさっくさっく歩き始めている。
(気付かれないことを祈ろう………………)
体を巡る電流を安定させるため一度大きく胸を上下させ、ツイランはしっかと傘を握り直した。
つづく❉
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