Heil! Wolfchen!!

わんわんな関係

大尉はおもむろにもう片方の手を差し出した。
白い手袋には二頭身の黒い毛玉が無造作に掴まれている。

「!」

ワタで肥えた黒やぎさん。怪我をしないよう角や蹄に不織布を使用、誤飲をしないよう目や鼻は刺繍。
おめかしした蝶々結の平紐の色は我等が党の旗の色、そして彼女が好きな男の虹彩と同じ赤色だ。

「~~~~っ」

少女は大尉を上目で窺う。その瞳はきらきらと輝いていて、口元も期待が抑えきれていない。
Geschenk”と短く伝えたならば

「いただきます!」

と喰い付いた。文字通り。

「あいあおう!あいふひ!」

言葉になっていないがまあ分かる。どういたしまして。
何度か噛んでエサの類ではないと遊び道具と認識してくれたらしく、早速友達の黒やぎさんと少女は食台の下寝台の上部屋の中を転げ回って一遊び。
黒やぎさんが首に巻いていたはずの赤い紐は案の定、帰ってきた頃にはほどけていた。少女の握った手から長い両端がこぼれている。

「大尉、大尉、糸電話ってご存知?」

いきなり始まる脈絡不明な話にも慣れたもので、大尉は“Ja”を簡潔に示す。

「Gut.糸が音を運ぶカラクリだね。
それって人と人を繋ぐ時は赤色で、繋ぐ場所は左手の小指と聞く。
だからね、おてして、おてっ」

言われるがままにお手をそちらへよこした大尉。あれこれ一緒くたな知識もそれが糸ではない事実もどうだっていいのだ。
程なくして幅広の赤い糸が大尉の左手小指に結ばれた。手袋の白に赤はよく映える。

「こちらもお願いしたい」

そう言って渡された赤い糸の対は少女の左手小指に結ばれる。
糸が張るよう数歩離れて準備完了。自信満々自らの掌に耳を当てる少女を大尉は淡々と眺めていた。

「聞こえない!」

驚く事等ない。あたりまえの結果である。
何が聞きたいのだろうか、それを知る大尉は少女の身長に合わせるため跪いた。左手を引き赤い糸で繋がれた少女を引き寄せる。

「わ」

倒れ掛かる軽い身体を抱きしめた大尉は静かにそれを伝える。自分が発している唯一の音、心音だ。
少女に抱きしめ返され更に想いを籠めて抱きしめ返しても、大尉の心拍は遅くなる事も速くなる事もなく一定を保っている。

「大尉の音……」

大きな胸板に耳を当てまどろんでいた少女の、もう片方の耳が別の音を感知しくるっと動く。

「少佐だ!」

少女は牢固たる腕の中からすぽんと脱け出し、来客に興奮する尻尾を連れ大尉の左側からその後ろの扉の前へ回り込んだ。
首に平紐を引っかけても前進あるのみなのは馬鹿犬のお約束。
大尉も腰を上げ少女の背後に立つ。しばらくして開く扉、刹那少佐に飛びかかろうとする少女を大尉はその赤い糸を引く事で止める。

「何だ何だ……散歩の練習かね」
「何の事かな?」

首輪を握った少女は大尉を見上げ散歩紐を持った大尉は少女をじっと見下ろした。

ENDE
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