Geschichte
わんわんの関係
その扉には“たいい・かっか”と住人2人の識別名が落書きされている。
「大尉!おかえりなさい!」
一人が扉を開いたならばもう一人がお出迎え。元気溌剌な声と共にぴこぴこ獣耳ぱたぱた尻尾の少女が飛び出て大男の腹部に衝突した。
鍛え上げられた体が僅かでも後退してしまうのは、少女が力加減も半人前な本物の人狼だからだ。
まだまだ狼気分の少女はくんくんと鼻を鳴らしている。大尉が衣服に纏ってきた、外出土産の太陽のにおいがお気に召したようだ。
「なでなでしてさしあげる」
掌を上に。しかし少女の小さな背ではそこまで届かない。
そう命じられたからではなく大尉は自ら片膝を突く。帽子を取って頭を下へ大きな背中を丸めて姿勢を低く。距離が近くなった。
「いいこいいこ」
前髪を2回、軽く短く撫で離れていく少女のおててだが、見つめる大尉の目は不満を表さないし口は不服を唱えない。そもそもその口は外套に隠れて視認不可である。
「よし、だよ大尉。おいで」
白手袋のままの指で外套の立襟を下ろして見せたところで無表情。表情を変えない大尉は獣らがするように、額それから頬を目の前の肩にすり寄せた。
あたたかくて、大好きだ。
尻尾が嬉しげに揺れている。唇を合わせれば少女がやわらかく笑むのが大尉の口へ伝わる。
「mag dich!」
感覚的な部分で意志疎通ができる人狼同士2人の間に、実際言葉は不要だった。けれども大尉だって言葉を使いたい時はある。
“Ich liebe dich.
Ich liebe dich fuer immer”
それでも声を発しない大尉が唇を動かせば、少女が声を作って復唱してくれる……のが常なのだが、何かを閃いたらしい。表情豊かな獣の耳が跳ねるのを大尉は見た。
「あのね、声を分けてさしあげる!
お口を開けてっ」
その発言に疑問はないのか、大尉は言われるがままに口を薄く開く。後は待機。左右の頬を両の手で挟まれて退路はなし。
有頂天気味な少女は「あーん」と開けた自分の口で大尉の口を覆うように食んだ。それは人工呼吸を真似た何か。
“Ich liebe dich.
Ich liebe dich fuer immer”
そこで言葉を送ると、生まれた音は涸れた喉を伝って、空洞も同義の身体の内側を震わせていく。
「だめだったかな」
離れていく感触にも沈黙を貫いて、大尉は静かに喉を鳴らす。
「たい――」
結局ふさいでしまう唇に、言葉の必要性はよくわからない。
その扉には“たいい・かっか”と住人2人の識別名が落書きされている。
「大尉!おかえりなさい!」
一人が扉を開いたならばもう一人がお出迎え。元気溌剌な声と共にぴこぴこ獣耳ぱたぱた尻尾の少女が飛び出て大男の腹部に衝突した。
鍛え上げられた体が僅かでも後退してしまうのは、少女が力加減も半人前な本物の人狼だからだ。
まだまだ狼気分の少女はくんくんと鼻を鳴らしている。大尉が衣服に纏ってきた、外出土産の太陽のにおいがお気に召したようだ。
「なでなでしてさしあげる」
掌を上に。しかし少女の小さな背ではそこまで届かない。
そう命じられたからではなく大尉は自ら片膝を突く。帽子を取って頭を下へ大きな背中を丸めて姿勢を低く。距離が近くなった。
「いいこいいこ」
前髪を2回、軽く短く撫で離れていく少女のおててだが、見つめる大尉の目は不満を表さないし口は不服を唱えない。そもそもその口は外套に隠れて視認不可である。
「よし、だよ大尉。おいで」
白手袋のままの指で外套の立襟を下ろして見せたところで無表情。表情を変えない大尉は獣らがするように、額それから頬を目の前の肩にすり寄せた。
あたたかくて、大好きだ。
尻尾が嬉しげに揺れている。唇を合わせれば少女がやわらかく笑むのが大尉の口へ伝わる。
「mag dich!」
感覚的な部分で意志疎通ができる人狼同士2人の間に、実際言葉は不要だった。けれども大尉だって言葉を使いたい時はある。
“Ich liebe dich.
Ich liebe dich fuer immer”
それでも声を発しない大尉が唇を動かせば、少女が声を作って復唱してくれる……のが常なのだが、何かを閃いたらしい。表情豊かな獣の耳が跳ねるのを大尉は見た。
「あのね、声を分けてさしあげる!
お口を開けてっ」
その発言に疑問はないのか、大尉は言われるがままに口を薄く開く。後は待機。左右の頬を両の手で挟まれて退路はなし。
有頂天気味な少女は「あーん」と開けた自分の口で大尉の口を覆うように食んだ。それは人工呼吸を真似た何か。
“Ich liebe dich.
Ich liebe dich fuer immer”
そこで言葉を送ると、生まれた音は涸れた喉を伝って、空洞も同義の身体の内側を震わせていく。
「だめだったかな」
離れていく感触にも沈黙を貫いて、大尉は静かに喉を鳴らす。
「たい――」
結局ふさいでしまう唇に、言葉の必要性はよくわからない。
ENDE