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マツバは謹まれる
大晦日の晩の大仕事。フリーのポケモンレンジャーミミはジョウトの地に降り立っていた。中でも屈指の名所であり歴史が流れる町と名高いエンジュシティに。
そこではムウマージ師匠を凧のように頭上に浮遊させつつ歩き回った。1日早い正月遊び気分になりながら町を巡り巡って見て見れば、海の神や天の神を奉る各神社では例年通り神事が執り行われている。祭り騒ぎは今が最高潮だ。近くの寺院からは除夜の鐘が絶えず聴こえる。
「さて。帰りますかシショー」
いつもはのろいのおふだ付きの師匠だが、札を返納したため本日は右目も開眼中。今頃あれは天神ホウオウ様から賜った神火で焚き上げられていることだろう。
人波に乗って屋台が軒を連ねる参道を往くと、時折、白朮が燃える強い匂いが鼻を掠めた。
「うう……寒か寒か……」
ミミは師匠に強請られた綿菓子と夜食の蕎麦を調達してスズのとうへ向かう。あちこちから立ち昇る食欲そそるウスターソースの匂いと、手元2つの椀から沸く昆布出汁と鰊の上品な匂いとに腹を鳴らしつつ、綿飴入の透明の袋は指に挟んで器用に持ち歩く。
夜闇に生気を得て元気なムウマージはというと、綿飴の袋を擦り抜けて中に入り込んで、パステルカラーの甘いふわんふわんに埋もれていた。ゴーストタイプの質量の法則は良くわからない。
「間に合うたかいな?」
スズのとう前に到着。仮設テントが本日のミミの職場、警備派出所だ。相方はベンチコートを着た上で屋外用電気ヒーターの側に居た。上まで閉めた首元からは馴染の紫色のマフラーが覗いている。
彼女を見付けたその人はヒーターへ向けていた手を緩く挙げた。配達員の方が先に話を振る。
「まいどおマツバさん、年越蕎麦の出前でえす。今年最後ん定時巡回も異常なしやったよお」
「おん、おおきに。お疲れさん」
彼はエンジュシティジムリーダーのマツバである。対外的には標準語を主としている彼だが、気心の知れたミミの前ではエンジュ言葉を使っている。
対する彼女も地元の言葉。ホウエン地方とジョウト地方の訛りには何か近しいものがあるらしい。
品を受け取ったマツバは仕事仲間の後ろ何もない空間に、函谷鉾町ならあっちですえ、と話し掛けて会釈をした。
「………………誰かおった………………?」
長机に置かれた綿飴ムウマージその視線がこれまた虚空の去りゆく何かを見ている。
「居いひん居いひん。おったかて、ミミさんおばけさん怖がらはるし、隠しといたげるわあ」
「のおお……察してしまうやあん……。要らん言葉は生八ツ橋ん包んでから言ってー……」
「堪忍なあ、僕甘味は別腹やさかい食べてしまうんやわ」
彼の顔には優しくも意地悪な笑み。寒気。怖がりな女の子が震える原因は冷気の方ではなくて霊気の方で、いつもそれを助長するのはいけずな霊能力者の遠回しな言葉だった。
彼女に察せぬあの霊はこの年末年始に里帰りして来た誰かの御先祖様、口で伝えたら彼女の恐怖心も幾許かは祓えるのにそうしない。霊能力者は自分をじとりと見てくる女の子のいじけた様子に喉の奥で笑った。
「……お蕎麦いただいて暖まろお……」
「ほなよばれましょ。……ミミさんこっち来いひん?」
ヒーターの側に寄せたパイプ椅子は隣り合わせ。片方を取ったマツバは余った椅子を女性に勧める。大した差にはならないのだろうが、そちらが風下だからだ。
2人でいただきますをする。
はんなりと湯気の立つ麺汁を啜れば温かさが五臓六腑に染み渡る。
「生き返る……。……後何分なん?」
「後……3分」
「もう新しか年が来るったいねえ……早かあ……」
28日からのやけたとうスズのとうの大掃除を始めに神事の警備は明日朝まで。マツバとミミには毎年恒例の、神聖なる仕事をしながらの尊い年越しだ。今日は祭りなので畏まることも特にないが。
「この後は実家に帰らはるん?」
「マサラタウンに寄ってからやね」
ええなあ、明いわあ、と幸せオーラに目を細める男は箸を動かす。ズズッと立てた粋な音と共に蕎麦の繊細な味が喉を越し腹を満たしていく。寿の文字が描かれた紅白のかまぼこ次はこれを腹に入れる。
「……こないな日いは、一緒に居たい言われたりしいひんの?」
「あん人は何の日とか自分の誕生日とかも興味なかタイプやけん」
「さよか、都合ええ性格してる男やなあ」
マツバが何気なく見た机上には多くの女性ファンからの差入があった。好物の和菓子だが賞味期限消費期限を守って完食できるか悩ましい。今の内にゲンガー達にもあれとそれを何個分けようと予め決めておく。
「マツバさんは?こん後何ばすると?」
「シショーさんのまじないのおふだの書初」
「あっはい何かごめんなさい、毎年お世話になっております……」
修験者が作る札も公式試合申請時はのろいのおふだとして受理されるのだが、その辺の説明は省略していいか。
ヴヴ。
「――あ」
スマホのロック画面にポップアップ表示されるのはスイクンバカからの新年の挨拶と今年の抱負。“今年こそは!”の見飽きた文字へ返信するのは後回し。
時刻は0時を何秒か過ぎていて、隣でも同じくミミが自分のスマホを見た後で。
明けましておめでとうございます。
目を合わせて同時に頭を下げ合う。
「実感なかよねえ」
「そやなあ。責めて、お日いさんに会いたいわあ」
笑い声に重なるまだまだ響く鐘の音。塔の天辺にまします伝説の一羽の下へ、もう一羽が会いに来るまで後少し。
「ほんなら今年の暮れもよろしゅうお頼申します」
「早!
……今年から指名料ば取ろおかな」
「おん、除夜の鐘を撞いて来よし」
大晦日の晩の大仕事。フリーのポケモンレンジャーミミはジョウトの地に降り立っていた。中でも屈指の名所であり歴史が流れる町と名高いエンジュシティに。
そこではムウマージ師匠を凧のように頭上に浮遊させつつ歩き回った。1日早い正月遊び気分になりながら町を巡り巡って見て見れば、海の神や天の神を奉る各神社では例年通り神事が執り行われている。祭り騒ぎは今が最高潮だ。近くの寺院からは除夜の鐘が絶えず聴こえる。
「さて。帰りますかシショー」
いつもはのろいのおふだ付きの師匠だが、札を返納したため本日は右目も開眼中。今頃あれは天神ホウオウ様から賜った神火で焚き上げられていることだろう。
人波に乗って屋台が軒を連ねる参道を往くと、時折、白朮が燃える強い匂いが鼻を掠めた。
「うう……寒か寒か……」
ミミは師匠に強請られた綿菓子と夜食の蕎麦を調達してスズのとうへ向かう。あちこちから立ち昇る食欲そそるウスターソースの匂いと、手元2つの椀から沸く昆布出汁と鰊の上品な匂いとに腹を鳴らしつつ、綿飴入の透明の袋は指に挟んで器用に持ち歩く。
夜闇に生気を得て元気なムウマージはというと、綿飴の袋を擦り抜けて中に入り込んで、パステルカラーの甘いふわんふわんに埋もれていた。ゴーストタイプの質量の法則は良くわからない。
「間に合うたかいな?」
スズのとう前に到着。仮設テントが本日のミミの職場、警備派出所だ。相方はベンチコートを着た上で屋外用電気ヒーターの側に居た。上まで閉めた首元からは馴染の紫色のマフラーが覗いている。
彼女を見付けたその人はヒーターへ向けていた手を緩く挙げた。配達員の方が先に話を振る。
「まいどおマツバさん、年越蕎麦の出前でえす。今年最後ん定時巡回も異常なしやったよお」
「おん、おおきに。お疲れさん」
彼はエンジュシティジムリーダーのマツバである。対外的には標準語を主としている彼だが、気心の知れたミミの前ではエンジュ言葉を使っている。
対する彼女も地元の言葉。ホウエン地方とジョウト地方の訛りには何か近しいものがあるらしい。
品を受け取ったマツバは仕事仲間の後ろ何もない空間に、函谷鉾町ならあっちですえ、と話し掛けて会釈をした。
「………………誰かおった………………?」
長机に置かれた綿飴ムウマージその視線がこれまた虚空の去りゆく何かを見ている。
「居いひん居いひん。おったかて、ミミさんおばけさん怖がらはるし、隠しといたげるわあ」
「のおお……察してしまうやあん……。要らん言葉は生八ツ橋ん包んでから言ってー……」
「堪忍なあ、僕甘味は別腹やさかい食べてしまうんやわ」
彼の顔には優しくも意地悪な笑み。寒気。怖がりな女の子が震える原因は冷気の方ではなくて霊気の方で、いつもそれを助長するのはいけずな霊能力者の遠回しな言葉だった。
彼女に察せぬあの霊はこの年末年始に里帰りして来た誰かの御先祖様、口で伝えたら彼女の恐怖心も幾許かは祓えるのにそうしない。霊能力者は自分をじとりと見てくる女の子のいじけた様子に喉の奥で笑った。
「……お蕎麦いただいて暖まろお……」
「ほなよばれましょ。……ミミさんこっち来いひん?」
ヒーターの側に寄せたパイプ椅子は隣り合わせ。片方を取ったマツバは余った椅子を女性に勧める。大した差にはならないのだろうが、そちらが風下だからだ。
2人でいただきますをする。
はんなりと湯気の立つ麺汁を啜れば温かさが五臓六腑に染み渡る。
「生き返る……。……後何分なん?」
「後……3分」
「もう新しか年が来るったいねえ……早かあ……」
28日からのやけたとうスズのとうの大掃除を始めに神事の警備は明日朝まで。マツバとミミには毎年恒例の、神聖なる仕事をしながらの尊い年越しだ。今日は祭りなので畏まることも特にないが。
「この後は実家に帰らはるん?」
「マサラタウンに寄ってからやね」
ええなあ、明いわあ、と幸せオーラに目を細める男は箸を動かす。ズズッと立てた粋な音と共に蕎麦の繊細な味が喉を越し腹を満たしていく。寿の文字が描かれた紅白のかまぼこ次はこれを腹に入れる。
「……こないな日いは、一緒に居たい言われたりしいひんの?」
「あん人は何の日とか自分の誕生日とかも興味なかタイプやけん」
「さよか、都合ええ性格してる男やなあ」
マツバが何気なく見た机上には多くの女性ファンからの差入があった。好物の和菓子だが賞味期限消費期限を守って完食できるか悩ましい。今の内にゲンガー達にもあれとそれを何個分けようと予め決めておく。
「マツバさんは?こん後何ばすると?」
「シショーさんのまじないのおふだの書初」
「あっはい何かごめんなさい、毎年お世話になっております……」
修験者が作る札も公式試合申請時はのろいのおふだとして受理されるのだが、その辺の説明は省略していいか。
ヴヴ。
「――あ」
スマホのロック画面にポップアップ表示されるのはスイクンバカからの新年の挨拶と今年の抱負。“今年こそは!”の見飽きた文字へ返信するのは後回し。
時刻は0時を何秒か過ぎていて、隣でも同じくミミが自分のスマホを見た後で。
明けましておめでとうございます。
目を合わせて同時に頭を下げ合う。
「実感なかよねえ」
「そやなあ。責めて、お日いさんに会いたいわあ」
笑い声に重なるまだまだ響く鐘の音。塔の天辺にまします伝説の一羽の下へ、もう一羽が会いに来るまで後少し。
「ほんなら今年の暮れもよろしゅうお頼申します」
「早!
……今年から指名料ば取ろおかな」
「おん、除夜の鐘を撞いて来よし」
おしまい