呪胎戴天【弐】
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*
やべ、走馬灯みたいなの見えた……。
崩れた瓦礫の上で目を覚ます。多分5秒くらい意識が飛んでた。視界がダラッと赤くなる。頭から流れた血が目にかかったのだった。
月詠はその血を強引に拭って、ビッと手を振って血を払った。そして頭紙を開いた和傘形状の夜桜誘夜を持ち直し、構える。
愉快そうに眺める己を眺める虎杖悠仁__否、呪いの王【両面宿儺】に向かって。
「マジで話が違エ〜〜〜〜。制御してるって話じゃねえのかよ……」
それ前提に成立してた作戦なんだけどな〜、と愚痴愚痴と呟いてから月詠は再び走った。
虎杖が体の主導権を握れるまで。
宿儺が伏黒と釘崎の元へ向かわぬように。
何故月詠がこんな状況に落ち合ったかというと、運が悪かったという他ない。
釘崎は伏黒が保護をした。
玉犬の遠吠えを聞いて、月詠は「ありゃ」と立ち止まって頭をガリガリと掻いた。また自分のミスの尻拭いして貰っちゃったな……、と申し訳なく思ったから。
まあしかし、反省してる場合ではない。この合図で動くのは自分だけではないのだ。特級を足止めしてる虎杖も、この合図で宿儺を表に出す。
虎杖は宿儺を制御している。五条がテスト済みだと伏黒から聞いた。なんでも五条を殺す気満々な宿儺から、なんなく主導権を奪ったらしい。
だからもし、万が一にも宿儺に遭遇したとしても。虎杖が宿儺から主導権を奪うはず。
まあしかし、遭遇しないにこしたことはない。巻き込まれない内にさっさとここを出なくては。
「Hey森岡、出口はどこ?」とSiriを起動するテンションで語ると虚空からデロッと森岡の長い舌が出てきた。森岡は皮膚感覚が鋭敏なので索敵にも長ける。一家に一台変化呪霊森岡である。
さて、森岡が指した方向へ即座に駆け出す。
月詠の運が悪かった点とは。
特級と宿儺の戦闘位置と思いの外近かったこと。
そうして2つ目は、今回の虎杖と宿儺の入れ替わりが【縛り】によるものではなかったことである。
身に余る私益を貪るとそれ相応の報いを受ける。その報いが、主導権奪取に反映された。
出口に向かって走っていると、生得領域の発現が解かれた。虎杖が宿儺を使って特級の撃退に成功したのだ。
マジか〜。アタシが出る前に倒すんかよ。すげえな。これは虎杖くんと合流してから出た方がいいのかな?
と、考えていると、突然に森岡が「ゲオ"ッ」と鳴いた。
月詠が首を傾げる。そもそも森岡が鳴くことはとんでもなく珍しいのだ。
自分から鳴くことはまずない。月詠が問いかけて、返事が必要だと森岡が判断すると返ってくる。
それと後は。何年も共に過ごした家族も同然の月詠に危機が迫った時。森岡は一度巨大な声を出したことがあった。
「オ”あーーーアァ"オ"ア"ア"ァアッ」
「森岡?どした__」
ドゴン
と、目の前の景色が崩れた。
それが巨大な瓦礫になって月詠に降りかかってきて、月詠はギョッとした。「ちょちょちょッ、なんすかマジで」と慌てながらも落ちてきた瓦礫を避けた。巨大な音を響かせながら、瓦礫が自分の背後に積み上がる。
ヒイ〜ッと身をすくめて後ろを振り返ると、その瓦礫に紛れて人影が一つ。
「あ、虎杖くん」
虎杖悠仁。
瓦礫が落ちてきた衝撃で少し視界が悪いが、シルエット的にそうだ。
虎杖は瓦礫の上から月詠をクッと顎を上げて見下し、ニコッと笑ったのがわかる。月詠はそんな虎杖に「あ、お疲れ〜」と声をかけて手を振った。
目が慣れてきた。
あれなんだろ。なんかちょっと変。
虎杖であることは確か。しかしその佇まいから醸し出される貫禄が素敵に違う。
なんか凄い、寒気する。
「えっと、なんだ。イメチェンした?そっちの方が、い____」
瞬間、月詠は虎杖に吹き飛ばされた。
目にも止まらぬスピードで、虎杖は月詠の目の前に降りてきて、月詠の顔面をすり潰すように手を伸ばしてきたのだ。 月詠はその手に吹き飛ばされて、後方の壁に背中を思い切り打ち付けた。
砂埃が舞う。
虎杖、否、両面宿儺は砂埃が収まった先に見えた、和傘を構えた荒い息の月詠を見て「ほう」と面白そうに目を細めた。
「なんだ、本能ではしっかりと怯えているではないか。良い良い、よくぞ防いだ。恐怖は自身を守る砦だ、こういうときにこそ最も従うべき感情だな……」
いや、声。全然違。
はら、と鼻の下に生暖かい感触が触ったのを覚えた。右手で顔を握るようにして、鼻血を拭う。荒い息が止まらない。肩が上下する。さっきから冷や汗が止まらない。
もしかしなくても、両面宿儺。
呪術師は呪術高専に入学して最初の授業でまずコイツを習う。それだけ巨大な歴史を抱えた存在。それだけ伝説的な強さを知らしめた存在。
百鬼夜行の最後尾に、悠々と歩くに相応しい。紛うことなき呪いの王。
宿儺がふむ……、と顎を撫でる。そうして「ケヒッ」と喉のつっかえを取るように笑った。その顔は実に邪悪でおぞましく、身震いがする程カッコイイ。
「面白いものを武器とする。その和傘、骨の方向に呪力をいなして攻撃を防ぐのか。この俺の呪力をもいなすとは、いやはや。手掛けた者は相当腕がいいな」
宿儺が悠然と笑う。
死にかけの鼠を眺めるように、こちらをものともしない。悪戯に命を弄ぶ残酷さが吊り上がった口角にはあった。
「しかしそれも何度持つか。精々防いでみろ、小娘」
宿儺が再び腕を構えた。
再びあの攻撃が飛んでくるのか。
しかし、月詠の。己の本能的恐怖に従った反応は早かった。
「ッ、【隠密】!」
宿儺が攻撃するより先に、月詠は隠密で己の姿を虚空に掻き消した。
隠密は約1分間、姿は愚か呪力、音、匂いなど。自分から発される情報をこの世界から一時的に完全に隠す。宿儺と言えども簡単に追えやしないだろう。
宿儺がンッ?と目を丸くした。そして愉快そうに笑う。
「なるほどなるほど。小賢しい。が、あの虫より余程楽しめる」
宿儺が「さて、」と腕を下ろした。そして悠然と歩み始める。相手の姿を見失ってもその余裕は一切崩れない。
宿儺。両面宿儺。
間違いなく特級の最上位を冠する呪い。
虎杖くんは?自我保てるんじゃなかったの?ついに乗っ取られたってこと?
そしたらこれは、もうただの呪い。祓えばいいのか。必殺はまだ使ってない。相手は油断してる、私を舐めている。可能性はある。
宿儺の背後は取った。術式が確実に届く、けど限界まで距離は取る。
さて、隠密が解ける。その瞬間に呪具を変化をし術式が付与された呪力が流れた、妖刀・夜桜誘夜を構えること僅か0.5秒。
宿儺がコチラを振り向いた。
大丈夫、取れる。撃て!
「必、____」
いやでもあれ虎杖くんじゃん。祓うっつーか、アタシの術式当たったら殺しちゃう。
あ、待ってやべ。今、和傘じゃないのに隙見せ__
気付いたら宿儺の掌が目の前にあった。咄嗟に左腕を宿儺に掴ませ、月詠はその場に叩き付けられる。
バチンッと左腕の関節から勢い良く火花が散ったような感覚が走り、次の瞬間激痛が体を苛む。ガバッと勢いよく口から血が吐き出た。
左腕は確実に折れた。妖刀・夜桜誘夜の柄を震える手で握り直してから、己を見下す宿儺を見上げる。
宿儺は可笑しそうに笑っていた。雰囲気はまるで違うけど姿が虎杖なもんだから、虎杖に見下されてるみたいで物凄く違和感がある。
虎杖が絶対にしないことを、虎杖の姿で平気でしてくる。
「なんだ、逃げたのではなかったのか。俺を殺そうとして、しかし躊躇ったな。小僧が気掛かりか」
折角の可能性を溝に捨てたな。と宿儺が月詠の左腕をグリグリと踏み潰してそう言った。熱した鉄直接骨を叩かれてるような暑苦しい痛みが走って、月詠は絶え絶えの息で悲鳴を上げた。
女の悲鳴が心地いいらしく、宿儺はご機嫌そうに肩を竦める。
「もう殺してもいいが、俺は今存外機嫌がいい」
宿儺が月詠の左腕から足を退けた。そしてガツ、と月詠の腹を蹴り飛ばす。ただでさえ軽い月詠の体は、筋肉質な虎杖の体に蹴り飛ばされて鞠のように跳ね転がった。
呼吸もできない程の鈍痛が走って、ゲホゲホと咳をした。そして零れ落ちた髪の隙間から、ピストルのような力強い眼光で宿儺を睨み付けた。
宿儺はパッと目を丸くして「おお怖い怖い」と、微塵も思ってなさそうな声で言う。
「10秒やろう。逃げるも、もう一度殺す算段を立てるも好きにしろ」
宿儺が前髪を掻き上げてコチラを見下す。
呼吸することすら死に繋がると錯覚する程の、重苦しい威圧。
「しかし次俺に捕まってみろ。今度は確実に殺してくれる」
宿儺はそう言って目を閉じ合わせて、普通の好青年みたいな顔でニコッと笑った。虎杖の笑顔を真似ているのだろう。実際そっくりだ。同じ顔だから当然なんだろうけど、でもその笑顔が植え付けるのは絶大な恐怖しかない。
フ、と閉じ合わさっていた目が開く。その瞳は悪夢みたいに残酷な赤色をしていた。
「ほら、頑張れ頑張れ」と飼い犬に向かってボールを投げてやるような声音でそう言って、宿儺は倒れ伏せている月詠の頭をポンポンと撫でた。
月詠はその手をパンッと思い切り払い除けて、ヨロヨロと立ち上がった。そして動かない左腕をブラブラと揺らしながら自分が今出せる全力で宿儺から離れる。
動き度に左腕がズクズクと毒を食むように傷んだ。
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やべ、走馬灯みたいなの見えた……。
崩れた瓦礫の上で目を覚ます。多分5秒くらい意識が飛んでた。視界がダラッと赤くなる。頭から流れた血が目にかかったのだった。
月詠はその血を強引に拭って、ビッと手を振って血を払った。そして頭紙を開いた和傘形状の夜桜誘夜を持ち直し、構える。
愉快そうに眺める己を眺める虎杖悠仁__否、呪いの王【両面宿儺】に向かって。
「マジで話が違エ〜〜〜〜。制御してるって話じゃねえのかよ……」
それ前提に成立してた作戦なんだけどな〜、と愚痴愚痴と呟いてから月詠は再び走った。
虎杖が体の主導権を握れるまで。
宿儺が伏黒と釘崎の元へ向かわぬように。
何故月詠がこんな状況に落ち合ったかというと、運が悪かったという他ない。
釘崎は伏黒が保護をした。
玉犬の遠吠えを聞いて、月詠は「ありゃ」と立ち止まって頭をガリガリと掻いた。また自分のミスの尻拭いして貰っちゃったな……、と申し訳なく思ったから。
まあしかし、反省してる場合ではない。この合図で動くのは自分だけではないのだ。特級を足止めしてる虎杖も、この合図で宿儺を表に出す。
虎杖は宿儺を制御している。五条がテスト済みだと伏黒から聞いた。なんでも五条を殺す気満々な宿儺から、なんなく主導権を奪ったらしい。
だからもし、万が一にも宿儺に遭遇したとしても。虎杖が宿儺から主導権を奪うはず。
まあしかし、遭遇しないにこしたことはない。巻き込まれない内にさっさとここを出なくては。
「Hey森岡、出口はどこ?」とSiriを起動するテンションで語ると虚空からデロッと森岡の長い舌が出てきた。森岡は皮膚感覚が鋭敏なので索敵にも長ける。一家に一台変化呪霊森岡である。
さて、森岡が指した方向へ即座に駆け出す。
月詠の運が悪かった点とは。
特級と宿儺の戦闘位置と思いの外近かったこと。
そうして2つ目は、今回の虎杖と宿儺の入れ替わりが【縛り】によるものではなかったことである。
身に余る私益を貪るとそれ相応の報いを受ける。その報いが、主導権奪取に反映された。
出口に向かって走っていると、生得領域の発現が解かれた。虎杖が宿儺を使って特級の撃退に成功したのだ。
マジか〜。アタシが出る前に倒すんかよ。すげえな。これは虎杖くんと合流してから出た方がいいのかな?
と、考えていると、突然に森岡が「ゲオ"ッ」と鳴いた。
月詠が首を傾げる。そもそも森岡が鳴くことはとんでもなく珍しいのだ。
自分から鳴くことはまずない。月詠が問いかけて、返事が必要だと森岡が判断すると返ってくる。
それと後は。何年も共に過ごした家族も同然の月詠に危機が迫った時。森岡は一度巨大な声を出したことがあった。
「オ”あーーーアァ"オ"ア"ア"ァアッ」
「森岡?どした__」
ドゴン
と、目の前の景色が崩れた。
それが巨大な瓦礫になって月詠に降りかかってきて、月詠はギョッとした。「ちょちょちょッ、なんすかマジで」と慌てながらも落ちてきた瓦礫を避けた。巨大な音を響かせながら、瓦礫が自分の背後に積み上がる。
ヒイ〜ッと身をすくめて後ろを振り返ると、その瓦礫に紛れて人影が一つ。
「あ、虎杖くん」
虎杖悠仁。
瓦礫が落ちてきた衝撃で少し視界が悪いが、シルエット的にそうだ。
虎杖は瓦礫の上から月詠をクッと顎を上げて見下し、ニコッと笑ったのがわかる。月詠はそんな虎杖に「あ、お疲れ〜」と声をかけて手を振った。
目が慣れてきた。
あれなんだろ。なんかちょっと変。
虎杖であることは確か。しかしその佇まいから醸し出される貫禄が素敵に違う。
なんか凄い、寒気する。
「えっと、なんだ。イメチェンした?そっちの方が、い____」
瞬間、月詠は虎杖に吹き飛ばされた。
目にも止まらぬスピードで、虎杖は月詠の目の前に降りてきて、月詠の顔面をすり潰すように手を伸ばしてきたのだ。 月詠はその手に吹き飛ばされて、後方の壁に背中を思い切り打ち付けた。
砂埃が舞う。
虎杖、否、両面宿儺は砂埃が収まった先に見えた、和傘を構えた荒い息の月詠を見て「ほう」と面白そうに目を細めた。
「なんだ、本能ではしっかりと怯えているではないか。良い良い、よくぞ防いだ。恐怖は自身を守る砦だ、こういうときにこそ最も従うべき感情だな……」
いや、声。全然違。
はら、と鼻の下に生暖かい感触が触ったのを覚えた。右手で顔を握るようにして、鼻血を拭う。荒い息が止まらない。肩が上下する。さっきから冷や汗が止まらない。
もしかしなくても、両面宿儺。
呪術師は呪術高専に入学して最初の授業でまずコイツを習う。それだけ巨大な歴史を抱えた存在。それだけ伝説的な強さを知らしめた存在。
百鬼夜行の最後尾に、悠々と歩くに相応しい。紛うことなき呪いの王。
宿儺がふむ……、と顎を撫でる。そうして「ケヒッ」と喉のつっかえを取るように笑った。その顔は実に邪悪でおぞましく、身震いがする程カッコイイ。
「面白いものを武器とする。その和傘、骨の方向に呪力をいなして攻撃を防ぐのか。この俺の呪力をもいなすとは、いやはや。手掛けた者は相当腕がいいな」
宿儺が悠然と笑う。
死にかけの鼠を眺めるように、こちらをものともしない。悪戯に命を弄ぶ残酷さが吊り上がった口角にはあった。
「しかしそれも何度持つか。精々防いでみろ、小娘」
宿儺が再び腕を構えた。
再びあの攻撃が飛んでくるのか。
しかし、月詠の。己の本能的恐怖に従った反応は早かった。
「ッ、【隠密】!」
宿儺が攻撃するより先に、月詠は隠密で己の姿を虚空に掻き消した。
隠密は約1分間、姿は愚か呪力、音、匂いなど。自分から発される情報をこの世界から一時的に完全に隠す。宿儺と言えども簡単に追えやしないだろう。
宿儺がンッ?と目を丸くした。そして愉快そうに笑う。
「なるほどなるほど。小賢しい。が、あの虫より余程楽しめる」
宿儺が「さて、」と腕を下ろした。そして悠然と歩み始める。相手の姿を見失ってもその余裕は一切崩れない。
宿儺。両面宿儺。
間違いなく特級の最上位を冠する呪い。
虎杖くんは?自我保てるんじゃなかったの?ついに乗っ取られたってこと?
そしたらこれは、もうただの呪い。祓えばいいのか。必殺はまだ使ってない。相手は油断してる、私を舐めている。可能性はある。
宿儺の背後は取った。術式が確実に届く、けど限界まで距離は取る。
さて、隠密が解ける。その瞬間に呪具を変化をし術式が付与された呪力が流れた、妖刀・夜桜誘夜を構えること僅か0.5秒。
宿儺がコチラを振り向いた。
大丈夫、取れる。撃て!
「必、____」
いやでもあれ虎杖くんじゃん。祓うっつーか、アタシの術式当たったら殺しちゃう。
あ、待ってやべ。今、和傘じゃないのに隙見せ__
気付いたら宿儺の掌が目の前にあった。咄嗟に左腕を宿儺に掴ませ、月詠はその場に叩き付けられる。
バチンッと左腕の関節から勢い良く火花が散ったような感覚が走り、次の瞬間激痛が体を苛む。ガバッと勢いよく口から血が吐き出た。
左腕は確実に折れた。妖刀・夜桜誘夜の柄を震える手で握り直してから、己を見下す宿儺を見上げる。
宿儺は可笑しそうに笑っていた。雰囲気はまるで違うけど姿が虎杖なもんだから、虎杖に見下されてるみたいで物凄く違和感がある。
虎杖が絶対にしないことを、虎杖の姿で平気でしてくる。
「なんだ、逃げたのではなかったのか。俺を殺そうとして、しかし躊躇ったな。小僧が気掛かりか」
折角の可能性を溝に捨てたな。と宿儺が月詠の左腕をグリグリと踏み潰してそう言った。熱した鉄直接骨を叩かれてるような暑苦しい痛みが走って、月詠は絶え絶えの息で悲鳴を上げた。
女の悲鳴が心地いいらしく、宿儺はご機嫌そうに肩を竦める。
「もう殺してもいいが、俺は今存外機嫌がいい」
宿儺が月詠の左腕から足を退けた。そしてガツ、と月詠の腹を蹴り飛ばす。ただでさえ軽い月詠の体は、筋肉質な虎杖の体に蹴り飛ばされて鞠のように跳ね転がった。
呼吸もできない程の鈍痛が走って、ゲホゲホと咳をした。そして零れ落ちた髪の隙間から、ピストルのような力強い眼光で宿儺を睨み付けた。
宿儺はパッと目を丸くして「おお怖い怖い」と、微塵も思ってなさそうな声で言う。
「10秒やろう。逃げるも、もう一度殺す算段を立てるも好きにしろ」
宿儺が前髪を掻き上げてコチラを見下す。
呼吸することすら死に繋がると錯覚する程の、重苦しい威圧。
「しかし次俺に捕まってみろ。今度は確実に殺してくれる」
宿儺はそう言って目を閉じ合わせて、普通の好青年みたいな顔でニコッと笑った。虎杖の笑顔を真似ているのだろう。実際そっくりだ。同じ顔だから当然なんだろうけど、でもその笑顔が植え付けるのは絶大な恐怖しかない。
フ、と閉じ合わさっていた目が開く。その瞳は悪夢みたいに残酷な赤色をしていた。
「ほら、頑張れ頑張れ」と飼い犬に向かってボールを投げてやるような声音でそう言って、宿儺は倒れ伏せている月詠の頭をポンポンと撫でた。
月詠はその手をパンッと思い切り払い除けて、ヨロヨロと立ち上がった。そして動かない左腕をブラブラと揺らしながら自分が今出せる全力で宿儺から離れる。
動き度に左腕がズクズクと毒を食むように傷んだ。
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