誰かの話
雨が降りしきる中、助けを求めて呻く声を拾ってしまった。この腕の中に収まる、小さな軽い箱の中に助けを求める子どもがいる。見るからに弱ってしまい、箱が雨除けにでもなっていればまだしも外から丸見えの状態でこの子の逃げ場はどこにもない。早く出してあげなくちゃ。私の爪ならばこの箱を壊すくらいは簡単だ。中に入った子どもを一緒に引き裂いてしまう点を除けば。
見えているのに出してあげたいのに、どうしようどうしようと途方にくれていると、どうしたの?と能天気な声が降ってきた。
「ねね、雨の中何やってんの?……ってアレ?どしたの?それ」
「リューミ!さっき、ヘルガー達がこの子が入った箱を振り回して、それで追い払ったのはいいんですけど……」
「うぇっ⁉︎ってことはどっかから攫ってきたっぽいんじゃないの?早く帰してあげないと」
「そうなんですけど、だけどこの子苦しそうで、だけど……」
「じゃあさっさとこの檻、壊してあげなきゃだよ。アタシがちゃちゃっとやっちゃうね!」
何の気も無しに言うリューミを慌てて引き止める。
「ダメです!私たちじゃこの子ごと……」
「ええー……じゃあさ、ルチノんにお願いしてみよう!いいよね!?ルチノん!」
「……ボクの事忘れて話進めてるのかと思った。当然、と言ってあげたいけれどもこれはボクにもどうしようもできないね。壊すよりも先に雨宿りができる場所を探した方がいいよ。」
リューミの背からひょっこりと顔を出した赤い目のゴチルゼルが言う。その言葉で慌てて雨を凌げる木陰へと移動した。
「ボク達ポケモンが壊したりしないように丈夫に作られてるケージだね。鍵があれば簡単に開けられるものだと思う。……だけど、この錠に合う鍵なんてボクは見つけられない。」
「なんで肝心な時にルチノん役に立たないの!?」
「はぁ!?リューミの脳筋破壊術に比べたら随分マシだろ!?」
また始まった。仲が良いのはよろしい事だが、今はこの弱った子を箱の中から取り出す方が先決なのだ。
「それでは、この子の命は諦めろと……?」
リューミとルチノが罵り合いをピタリと止める。
「そ、そんな事言ってないじゃん……。でもどうしよう、ハルちゃんだったらなんとかしてくれるのかな……」
"ハルちゃん"。リューミとルチノが度々口にする名前だ。2人は"ハルちゃん"と昔一緒に暮らしてたとか、なんとか……。
「そっか!ボクらでなんとかできないなら、ハルの手を借りればいいんだ。これを開けるための知恵をきっと出してくれる!」
「では、その"ハルちゃん"はどちらに?種族は?」
「えっとね、ハルちゃんは人間で、今は……どこにいるんだっけ、ルチノん?」
「ちゃんと聞いてなかったの?ジョウトの山の麓に住んでるって話だろ。」
「ジョウトの、山の麓……」
なんとなくわかる。きっと虱潰しに探さなければ見つからないのだろう。この手の中の子供にそんな猶予なんてあるとは思えないが。
「頭、こっち出して。リップからもらったイメージ、送るから」
コツン、とルチノと額を合わせれば見たことのない風景が頭に浮かぶ。太陽が山から昇って、海に沈む。海のそばの街から少し離れた山に、白い屋根の建物が立っている。その建物の窓から身を乗り出してこちらになにかを呼びかけている人間が、恐らくは2人の言う"ハルちゃん"なのだろう。
「……見えた?行ける?」
「ええ、ええ。大丈夫。」
「一緒に行ければ良いんだけど、ボクは今すぐ群れから離れられない。」
「アタシも……。ロキロキの事も心配だし……」
「いいえ、私の羽であってもあまり時間がかかるような距離ではありませんから。今すぐそこへ向かいます。せっかく会えたのにごめんなさいね。」
「んーん。気をつけてね!」
「あまり高いところは飛ばないように。カイリューには大したことなくても、ボクやそのパモにとって飛ぶに適した高いところは寒すぎる。」
「ご忠告感謝します。……また機会があれば会いましょうね。」
「うん、またね!」
ヒラヒラと手を振る2人の声を背に、私は先ほどよりは弱くなった雨の中をジョウトに向かって飛び立った。
「ね、たつみ!起きてよ、たつみ〜!」
誰かが呼んでいる。いつの間にか眠ってしまっていたようだ。洗濯物を中途半端に畳んだまま、窓際の温かな日差しについ負けてしまい、窓の縁に寄りかかっていたようだった。
「おやつの時間でしょ?今日のおやつは何すんの?」
私の腕をゆすって起こしてきたのはあの時の子ども。生まれたばかりでトレーナーにケージに入れられ捨てられた事なんてまるで無かったかのように元気に育ってくれた。
「もうそんな時間なのね。冷蔵庫にプリンを作ってあるわ。貴女の好きなミカンの缶詰もあるからそれもトッピングしましょうか、パイン。」
パイン、と呼ばれたその子は大きなドングリのような目を瞬かせて嬉しそうに言う。
「やった!プリンとミカンだ!食べる食べる〜!」
「あけほしとジュリエッタも呼んでいらっしゃい。ニャロメはどうせキッチンで待っているでしょうし、食べるかどうかは分からないけれどクランメリアにも声をかけてきて。」
「分かった!」
パタパタと廊下に走り出した彼女を見送りながら、明日もあの子が元気に過ごせますように、そんな些細な願いを小さく呟いた。
見えているのに出してあげたいのに、どうしようどうしようと途方にくれていると、どうしたの?と能天気な声が降ってきた。
「ねね、雨の中何やってんの?……ってアレ?どしたの?それ」
「リューミ!さっき、ヘルガー達がこの子が入った箱を振り回して、それで追い払ったのはいいんですけど……」
「うぇっ⁉︎ってことはどっかから攫ってきたっぽいんじゃないの?早く帰してあげないと」
「そうなんですけど、だけどこの子苦しそうで、だけど……」
「じゃあさっさとこの檻、壊してあげなきゃだよ。アタシがちゃちゃっとやっちゃうね!」
何の気も無しに言うリューミを慌てて引き止める。
「ダメです!私たちじゃこの子ごと……」
「ええー……じゃあさ、ルチノんにお願いしてみよう!いいよね!?ルチノん!」
「……ボクの事忘れて話進めてるのかと思った。当然、と言ってあげたいけれどもこれはボクにもどうしようもできないね。壊すよりも先に雨宿りができる場所を探した方がいいよ。」
リューミの背からひょっこりと顔を出した赤い目のゴチルゼルが言う。その言葉で慌てて雨を凌げる木陰へと移動した。
「ボク達ポケモンが壊したりしないように丈夫に作られてるケージだね。鍵があれば簡単に開けられるものだと思う。……だけど、この錠に合う鍵なんてボクは見つけられない。」
「なんで肝心な時にルチノん役に立たないの!?」
「はぁ!?リューミの脳筋破壊術に比べたら随分マシだろ!?」
また始まった。仲が良いのはよろしい事だが、今はこの弱った子を箱の中から取り出す方が先決なのだ。
「それでは、この子の命は諦めろと……?」
リューミとルチノが罵り合いをピタリと止める。
「そ、そんな事言ってないじゃん……。でもどうしよう、ハルちゃんだったらなんとかしてくれるのかな……」
"ハルちゃん"。リューミとルチノが度々口にする名前だ。2人は"ハルちゃん"と昔一緒に暮らしてたとか、なんとか……。
「そっか!ボクらでなんとかできないなら、ハルの手を借りればいいんだ。これを開けるための知恵をきっと出してくれる!」
「では、その"ハルちゃん"はどちらに?種族は?」
「えっとね、ハルちゃんは人間で、今は……どこにいるんだっけ、ルチノん?」
「ちゃんと聞いてなかったの?ジョウトの山の麓に住んでるって話だろ。」
「ジョウトの、山の麓……」
なんとなくわかる。きっと虱潰しに探さなければ見つからないのだろう。この手の中の子供にそんな猶予なんてあるとは思えないが。
「頭、こっち出して。リップからもらったイメージ、送るから」
コツン、とルチノと額を合わせれば見たことのない風景が頭に浮かぶ。太陽が山から昇って、海に沈む。海のそばの街から少し離れた山に、白い屋根の建物が立っている。その建物の窓から身を乗り出してこちらになにかを呼びかけている人間が、恐らくは2人の言う"ハルちゃん"なのだろう。
「……見えた?行ける?」
「ええ、ええ。大丈夫。」
「一緒に行ければ良いんだけど、ボクは今すぐ群れから離れられない。」
「アタシも……。ロキロキの事も心配だし……」
「いいえ、私の羽であってもあまり時間がかかるような距離ではありませんから。今すぐそこへ向かいます。せっかく会えたのにごめんなさいね。」
「んーん。気をつけてね!」
「あまり高いところは飛ばないように。カイリューには大したことなくても、ボクやそのパモにとって飛ぶに適した高いところは寒すぎる。」
「ご忠告感謝します。……また機会があれば会いましょうね。」
「うん、またね!」
ヒラヒラと手を振る2人の声を背に、私は先ほどよりは弱くなった雨の中をジョウトに向かって飛び立った。
「ね、たつみ!起きてよ、たつみ〜!」
誰かが呼んでいる。いつの間にか眠ってしまっていたようだ。洗濯物を中途半端に畳んだまま、窓際の温かな日差しについ負けてしまい、窓の縁に寄りかかっていたようだった。
「おやつの時間でしょ?今日のおやつは何すんの?」
私の腕をゆすって起こしてきたのはあの時の子ども。生まれたばかりでトレーナーにケージに入れられ捨てられた事なんてまるで無かったかのように元気に育ってくれた。
「もうそんな時間なのね。冷蔵庫にプリンを作ってあるわ。貴女の好きなミカンの缶詰もあるからそれもトッピングしましょうか、パイン。」
パイン、と呼ばれたその子は大きなドングリのような目を瞬かせて嬉しそうに言う。
「やった!プリンとミカンだ!食べる食べる〜!」
「あけほしとジュリエッタも呼んでいらっしゃい。ニャロメはどうせキッチンで待っているでしょうし、食べるかどうかは分からないけれどクランメリアにも声をかけてきて。」
「分かった!」
パタパタと廊下に走り出した彼女を見送りながら、明日もあの子が元気に過ごせますように、そんな些細な願いを小さく呟いた。
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