誰かの話
その日に限って嫌になる程穏やかなの青い空だった。切り立った岩場、足には重し。これからアイツは神の元へと逝くのだと、否が応でも理解させられる。
首にかけた縄に引きづられアイツに手が届かない場所に繋ぎ止められたオレは、縄が首の肉を削ぐのも気にせずにただ必死に腕を伸ばして鳴き叫ぶことしか出来なかった。
長く続いた雨は、人から食糧を奪い、住む場所を奪い、労わる心を奪った。天災は人にもポケモンにもどうすることもできない。そんな事は誰だって分かっている。
誰かが言った、神様が怒っているに違いない。捧げ物をしなくては。どうすればいい?生贄は余所者しかいないだろう、なんて根拠のない無意味な発想。
「ミナセ、みんなの事頼んどくな。幸せになりよしよ。」いつもと変わらない優しい微笑みを讃えたまま最後の言葉をオレにかけ、アイツはぐらりと己の体を川底へ叩き落とす。
ドプン、とアイツが沈む重い音は他の人間が祈りを捧げる声にかき消された。これまでの雨で高くなりすぎた川面は轟々と岸を削り、人間が生きて顔を出すなんて希望的観測は望めない事くらい知っている。
青かった空が赤く染まるまで、オレはただ茫然とアイツが身を投げた岩場を見つめていた。「ミナセ」と誰かがオレを呼ぶ声にハッと思考を向ける。
監視の目を掻い潜って来たであろうレントラーのナルミとムクホークのカンザシがいつ間にかオレのそばにいた。首に繋がれていた縄は知らぬ間に外されている。
「ミナセ、ケガ、傷洗わなきゃ……。帰ろう……。」
ナルミが声を震わせてオレの体に頭を擦り付ける。パチパチと彼女の毛並みが静電気をまとい悲しい音を立てる。泣いているんだ、と気づいてカンザシの方を見やると、彼女も俯いたまま翼で顔を隠し体を震わせていた。オレ達3人が、1番アイツのことを知っていて、1番長く一緒に戦って、食事して、眠って、話して……。不甲斐なさが体の中で捻れておかしくなりそうな自分が止められなくて、ナルミとカンザシとまた泣いた。
アイツがいなくなって村に留まる理由のなくなった仲間達は冬を越す準備をしなければと1人、また1人と元の住処へと帰っていった。オレは人間の元に生まれて育ったから、このヒスイで帰れる場所はここしかない。あの日からしばらく経った頃、1人の男がオレ達を訪ねてきた。確かコイツは、アイツのコンヤクシャだとかなんとか。しばらく行商で帰ってこないと言ってから満月の晩が2回は来たとくだらない事を思い出す。
コイツの言う事はオレには馴染みがなくて、あまり良くはわからない。だけどもアイツが人身御供として川に身を投げたことを聞き、オレ達の元に来たと言う事、そしてオレ達をアイツの忘形見として引き取りたいということは理解した。その誘いにオレは乗った。メノウとたまゆらも付いてくると言った。ナルミとカンザシは、アイツが守ろうとしたこのムラと、アイツの入っていない墓を守るために残ると。
最後に仲間になったメノウとたまゆらが、元の住処にも帰らずにオレと来ると言ったことが予想外だった。最初は連携もへったくれもなくて、そのくせお互い思ったことを言い合う度胸もなくて上手くいかなかった。その度にあの男はオレ達を宥めて寂しそうに笑う。そんな日々を繰り返して雪が降り花が咲く頃にはなんとなく目を合わせるだけで次の行動を示し合わせられるようになった。
その頃は時空の裂け目が各地に発生しやすくなり、行商人である男も突然消えた他の仲間達の捜索で街や集落に滞在することが多くなっていた。やる事もなく暇を持て余したオレ達は、人里から少し離れて手合わせをする時間が増えていた。そんな時に時空の裂け目に巻き込まれた。頭の中がかき混ぜられる。耐えられない吐き気と嫌悪感。意識を保てない。そのまま暗い場所に閉じ込められた。
どれくらい眠っていただろうか。誰かの声が聞こえてくる。なんだか懐かしくて、心がざわつく。
カチリと軽い音と共に光が目の前に溢れた。眩しさに慣れるよりも前に耳に届く声は、間違いなくアイツのもの。そんなはずがないと顔を上げるとバチリとその翡翠と目が合う。
一瞬だけ目を見開き、嬉しそうに隣のなにかに話しかける様は、見間違いようのないいつかの景色。
どうすればいい、何を言えばいい、あの時と同じ轍はもう踏まない。神様なんていやしない。だけどもそれでも、この機会は神様がくれたものに違いない。
「アンタ、何者?」
オレの口からついて出たのは、お前が使うものと同じ言葉だった。
首にかけた縄に引きづられアイツに手が届かない場所に繋ぎ止められたオレは、縄が首の肉を削ぐのも気にせずにただ必死に腕を伸ばして鳴き叫ぶことしか出来なかった。
長く続いた雨は、人から食糧を奪い、住む場所を奪い、労わる心を奪った。天災は人にもポケモンにもどうすることもできない。そんな事は誰だって分かっている。
誰かが言った、神様が怒っているに違いない。捧げ物をしなくては。どうすればいい?生贄は余所者しかいないだろう、なんて根拠のない無意味な発想。
「ミナセ、みんなの事頼んどくな。幸せになりよしよ。」いつもと変わらない優しい微笑みを讃えたまま最後の言葉をオレにかけ、アイツはぐらりと己の体を川底へ叩き落とす。
ドプン、とアイツが沈む重い音は他の人間が祈りを捧げる声にかき消された。これまでの雨で高くなりすぎた川面は轟々と岸を削り、人間が生きて顔を出すなんて希望的観測は望めない事くらい知っている。
青かった空が赤く染まるまで、オレはただ茫然とアイツが身を投げた岩場を見つめていた。「ミナセ」と誰かがオレを呼ぶ声にハッと思考を向ける。
監視の目を掻い潜って来たであろうレントラーのナルミとムクホークのカンザシがいつ間にかオレのそばにいた。首に繋がれていた縄は知らぬ間に外されている。
「ミナセ、ケガ、傷洗わなきゃ……。帰ろう……。」
ナルミが声を震わせてオレの体に頭を擦り付ける。パチパチと彼女の毛並みが静電気をまとい悲しい音を立てる。泣いているんだ、と気づいてカンザシの方を見やると、彼女も俯いたまま翼で顔を隠し体を震わせていた。オレ達3人が、1番アイツのことを知っていて、1番長く一緒に戦って、食事して、眠って、話して……。不甲斐なさが体の中で捻れておかしくなりそうな自分が止められなくて、ナルミとカンザシとまた泣いた。
アイツがいなくなって村に留まる理由のなくなった仲間達は冬を越す準備をしなければと1人、また1人と元の住処へと帰っていった。オレは人間の元に生まれて育ったから、このヒスイで帰れる場所はここしかない。あの日からしばらく経った頃、1人の男がオレ達を訪ねてきた。確かコイツは、アイツのコンヤクシャだとかなんとか。しばらく行商で帰ってこないと言ってから満月の晩が2回は来たとくだらない事を思い出す。
コイツの言う事はオレには馴染みがなくて、あまり良くはわからない。だけどもアイツが人身御供として川に身を投げたことを聞き、オレ達の元に来たと言う事、そしてオレ達をアイツの忘形見として引き取りたいということは理解した。その誘いにオレは乗った。メノウとたまゆらも付いてくると言った。ナルミとカンザシは、アイツが守ろうとしたこのムラと、アイツの入っていない墓を守るために残ると。
最後に仲間になったメノウとたまゆらが、元の住処にも帰らずにオレと来ると言ったことが予想外だった。最初は連携もへったくれもなくて、そのくせお互い思ったことを言い合う度胸もなくて上手くいかなかった。その度にあの男はオレ達を宥めて寂しそうに笑う。そんな日々を繰り返して雪が降り花が咲く頃にはなんとなく目を合わせるだけで次の行動を示し合わせられるようになった。
その頃は時空の裂け目が各地に発生しやすくなり、行商人である男も突然消えた他の仲間達の捜索で街や集落に滞在することが多くなっていた。やる事もなく暇を持て余したオレ達は、人里から少し離れて手合わせをする時間が増えていた。そんな時に時空の裂け目に巻き込まれた。頭の中がかき混ぜられる。耐えられない吐き気と嫌悪感。意識を保てない。そのまま暗い場所に閉じ込められた。
どれくらい眠っていただろうか。誰かの声が聞こえてくる。なんだか懐かしくて、心がざわつく。
カチリと軽い音と共に光が目の前に溢れた。眩しさに慣れるよりも前に耳に届く声は、間違いなくアイツのもの。そんなはずがないと顔を上げるとバチリとその翡翠と目が合う。
一瞬だけ目を見開き、嬉しそうに隣のなにかに話しかける様は、見間違いようのないいつかの景色。
どうすればいい、何を言えばいい、あの時と同じ轍はもう踏まない。神様なんていやしない。だけどもそれでも、この機会は神様がくれたものに違いない。
「アンタ、何者?」
オレの口からついて出たのは、お前が使うものと同じ言葉だった。