短編
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「ねーねー」
部活開始前、人数が揃うまで部室でのんびりと寛いでいた向日、宍戸、芥川に向かって比奈が突然口を開く。
「男の子って・・・やっぱりバレンタインにチョコ欲しいの?」
それは思春期真っ只中の男子にする質問ではなく、ましてやバレンタイン前日にするほど悠長な話でもない。
あくまで真剣な面持ちで回答を待つ比奈に、三人はどこからツッコむべきか思案した。
「え~と・・・とりあえず、貰えれば嬉しいもんだと思うぜ?」
「比奈のチョコ欲C~」
「何だよ。比奈は侑士にやらねーのか?」
向日の言葉に比奈は俯く。
「侑士・・・チョコ欲しいとか言わないし」
「A~!絶っ対欲しがってるって!」
「そうかなぁ・・・」
「何か忍足からそれらしい反応ねーのか?そわそわしてるとか、さりげなく話題にしてるとか」
「別に特には・・・あ、でもここ2、3日鼻歌で『バレンタイン・キッス』を熱唱してるかな」
「めちゃくちゃアピールされてるじゃねーか!」
「つーか鼻歌で熱唱ってどんだけだよ侑士・・・」
相方の微妙な行動に向日は溜め息を吐く。
そんな向日につられるように比奈も盛大に息を吐き出し、力無く肩を落とした。
(チョコ・・・私だってあげたいんだけどね)
バレンタインが近付くまで比奈自身も当然そう考えていた。
―――あの時まで・・・
「そう言えばもうすぐバレンタインだね」
きっかけは何気なく滝が話題に出した時だった。
忍足にどんなチョコをあげるか考えていた比奈。
好みのチョコを聞くチャンスだと思い、すかさず口を開きかけた瞬間―――・・・
「バレンタインか・・・去年はホンマ大変やったわ」
そう言って苦笑混じりに肩を竦める忍足の様子に、比奈の口は速やかに閉ざされる。
「そっか。忍足は毎年すごい数を貰ってるからね・・・」
「跡部ほどやないけどな。・・・せやけど、持って帰るのがしんどくてなぁ。全部食べるんも無理やからどう処分してえぇか困るし」
思い出したのか深々と溜め息を吐く忍足に、比奈は内心、盛大に動揺した。
(嘘・・・侑士そんなに貰ってるの!?)
先程までとは一転し、比奈の悩みが『どんなチョコをあげよう』から、『チョコ・・・あげてもいいのかな?』に変わった。
今年も大量に貰うであろうチョコレート。
その中に自分の分まで追加しては負担になるのでは?と考えずにはいられなかったのだ。
そして悩みが解決しないまま迎えてしまったバレンタイン当日。
迷いぬいた末、比奈は結局夜なべをして作ったチョコを持って来ていた。
―――が、渡すかどうかは未だ決められておらず、鞄の奥底に入れたまま時間だけが過ぎていく。
(やめとこうかな・・・でもやっぱり・・・)
延々と繰り返される考え。
自分の思考に没頭するあまり、比奈は授業はもちろん他の事にも全く上の空だった。
(・・・・・・・・よし!もう渡しちゃおう!)
半分ヤケになってそう決断したのは、既に放課後になってからだった。
(彼女があげないなんてやっぱり不自然だしね!作ったの小さいチョコだし・・・そんなに負担にはならないはず!!)
そう自分自身に言い聞かせると、比奈は鞄から可愛くラッピングした箱を取り出し、ざっと教室の中を見渡した。
「・・・あれ?」
肝心の忍足が居ないことに気付き、比奈は慌てて近くの席にいた滝に声をかける。
「滝ちゃん、侑士は?」
「忍足?あぁ、さっき女子の集団に呼ばれて連れて行かれ」
「ありがとう!」
滝が最後まで言い切らないうちに比奈は教室を飛び出す。
今の決心が揺らがないうちにチョコを渡してしまいたかったのだ。
忍足の姿を見つけるのは意外にも容易かった。
黄色い声と、妙にスカートを短く上げた女子の集団が見事な目印になったのだ。
おそらく今日の為に皆さん足の手入れをなさっていたのだろう。
そこは既に美脚の集会場になりつつあった。
―――さすが忍足
言わずと知れた足フェチは、女子の間ですんなりと受け入れられていた。
彼女として複雑な気分を味わいながら立ち尽くしていた比奈は、取りあえず忍足に近づかねばと集団の中に突進したのだが、なんともバーゲンセール並の人込みと熱気に敢え無く弾き出された。
見つけても近づく事ができず、決心しても渡すことができない。
なにより、その人数の多さは比奈が予想していたものを遥かに超えていた。
よくよく見れば高等部から来ている人もいる始末。
自分がとんでもない人気者と付き合っている事を再認識せずにはいられなかった。
(なんか・・・遠いな)
距離はそんなに離れていないのに、人込みで忍足の声すら聞こえなかった。
比奈は暫くその場に立ち尽くすと、静かに踵を返した。
「あ、忍足見つかった?」
人気の無くなった教室に戻ると滝が声をかけてきた。
その手には綺麗にラッピングされたチョコが幾つも積み重なっている。
「うん、一応ね。・・・滝ちゃんも沢山貰ったんだ」
「まぁね」
「・・・・女の子からだよね?」
「―――どういう意味かな?」
「いえ、別に・・・」
一瞬、滝から冷ややかな視線を向けられ、比奈は慌てて首を横に振った。
そして自分の手に握られたままのチョコを見つめ、暫く考えた後、滝に向かって差し出す。
「よかったら・・・これも貰ってくれるかな?」
「・・・それ、忍足にやる分だったんだろ?僕が貰っていいの?」
「うん。侑士、沢山貰ってたから・・・全部食べてたら糖尿病になっちゃうもん」
「(僕は糖尿病になってもいいの?)・・・まぁ、くれるなら貰うけど」
どこか複雑そうに顔を歪めながら滝がチョコを受け取ろうとすると―――・・・
「ちょい待ち」
いつの間にか教室に戻って来た忍足が滝が受け取るよりも先にチョコを取り上げた。
「これは俺のやろ?」
「でも侑士あんなに沢山の人から貰ってたし・・・去年困ったって言ってたじゃん」
「去年は彼女もおらんかったし、断る理由が無かったからや」
そう言いながら忍足が滝に目配せすると、滝は小さく肩を竦めて教室を出て行った。
忍足はそれを目の端で確認し、取り上げたチョコを再び比奈の手に返す。
「今年は比奈がおるから他のは全部断ってきた」
「えっ!?」
「欲しいのは比奈のチョコだけや。比奈に貰えな、今年は俺0個やで?」
そう言ってヒラヒラと手を振る忍足。
その様子に比奈は目を丸くすると、改めて手にしているチョコを見つめる。
そして少し照れ臭そうに笑うと、忍足に向かってチョコを差し出した。
「じゃあ・・・チョコ、貰ってください」
「おおきに」
満面の笑みで受け取る忍足。
2月になってからずっと待ち侘びた瞬間である。
(なかなかバレンタインの話せんから忘れとるかと思っとったしなぁ)
さすがに不安に思い鼻歌まで歌ってアピールした自分が漸く報われた。
昨年は跡部と数を競う程チョコを貰ったというのに、今年はたった一人から貰う為に必死になった。
たった一つのチョコにそれだけの価値を感じる自分を滑稽に思う反面、とても幸福にも思える忍足だった。
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部活開始前、人数が揃うまで部室でのんびりと寛いでいた向日、宍戸、芥川に向かって比奈が突然口を開く。
「男の子って・・・やっぱりバレンタインにチョコ欲しいの?」
それは思春期真っ只中の男子にする質問ではなく、ましてやバレンタイン前日にするほど悠長な話でもない。
あくまで真剣な面持ちで回答を待つ比奈に、三人はどこからツッコむべきか思案した。
「え~と・・・とりあえず、貰えれば嬉しいもんだと思うぜ?」
「比奈のチョコ欲C~」
「何だよ。比奈は侑士にやらねーのか?」
向日の言葉に比奈は俯く。
「侑士・・・チョコ欲しいとか言わないし」
「A~!絶っ対欲しがってるって!」
「そうかなぁ・・・」
「何か忍足からそれらしい反応ねーのか?そわそわしてるとか、さりげなく話題にしてるとか」
「別に特には・・・あ、でもここ2、3日鼻歌で『バレンタイン・キッス』を熱唱してるかな」
「めちゃくちゃアピールされてるじゃねーか!」
「つーか鼻歌で熱唱ってどんだけだよ侑士・・・」
相方の微妙な行動に向日は溜め息を吐く。
そんな向日につられるように比奈も盛大に息を吐き出し、力無く肩を落とした。
(チョコ・・・私だってあげたいんだけどね)
バレンタインが近付くまで比奈自身も当然そう考えていた。
―――あの時まで・・・
「そう言えばもうすぐバレンタインだね」
きっかけは何気なく滝が話題に出した時だった。
忍足にどんなチョコをあげるか考えていた比奈。
好みのチョコを聞くチャンスだと思い、すかさず口を開きかけた瞬間―――・・・
「バレンタインか・・・去年はホンマ大変やったわ」
そう言って苦笑混じりに肩を竦める忍足の様子に、比奈の口は速やかに閉ざされる。
「そっか。忍足は毎年すごい数を貰ってるからね・・・」
「跡部ほどやないけどな。・・・せやけど、持って帰るのがしんどくてなぁ。全部食べるんも無理やからどう処分してえぇか困るし」
思い出したのか深々と溜め息を吐く忍足に、比奈は内心、盛大に動揺した。
(嘘・・・侑士そんなに貰ってるの!?)
先程までとは一転し、比奈の悩みが『どんなチョコをあげよう』から、『チョコ・・・あげてもいいのかな?』に変わった。
今年も大量に貰うであろうチョコレート。
その中に自分の分まで追加しては負担になるのでは?と考えずにはいられなかったのだ。
そして悩みが解決しないまま迎えてしまったバレンタイン当日。
迷いぬいた末、比奈は結局夜なべをして作ったチョコを持って来ていた。
―――が、渡すかどうかは未だ決められておらず、鞄の奥底に入れたまま時間だけが過ぎていく。
(やめとこうかな・・・でもやっぱり・・・)
延々と繰り返される考え。
自分の思考に没頭するあまり、比奈は授業はもちろん他の事にも全く上の空だった。
(・・・・・・・・よし!もう渡しちゃおう!)
半分ヤケになってそう決断したのは、既に放課後になってからだった。
(彼女があげないなんてやっぱり不自然だしね!作ったの小さいチョコだし・・・そんなに負担にはならないはず!!)
そう自分自身に言い聞かせると、比奈は鞄から可愛くラッピングした箱を取り出し、ざっと教室の中を見渡した。
「・・・あれ?」
肝心の忍足が居ないことに気付き、比奈は慌てて近くの席にいた滝に声をかける。
「滝ちゃん、侑士は?」
「忍足?あぁ、さっき女子の集団に呼ばれて連れて行かれ」
「ありがとう!」
滝が最後まで言い切らないうちに比奈は教室を飛び出す。
今の決心が揺らがないうちにチョコを渡してしまいたかったのだ。
忍足の姿を見つけるのは意外にも容易かった。
黄色い声と、妙にスカートを短く上げた女子の集団が見事な目印になったのだ。
おそらく今日の為に皆さん足の手入れをなさっていたのだろう。
そこは既に美脚の集会場になりつつあった。
―――さすが忍足
言わずと知れた足フェチは、女子の間ですんなりと受け入れられていた。
彼女として複雑な気分を味わいながら立ち尽くしていた比奈は、取りあえず忍足に近づかねばと集団の中に突進したのだが、なんともバーゲンセール並の人込みと熱気に敢え無く弾き出された。
見つけても近づく事ができず、決心しても渡すことができない。
なにより、その人数の多さは比奈が予想していたものを遥かに超えていた。
よくよく見れば高等部から来ている人もいる始末。
自分がとんでもない人気者と付き合っている事を再認識せずにはいられなかった。
(なんか・・・遠いな)
距離はそんなに離れていないのに、人込みで忍足の声すら聞こえなかった。
比奈は暫くその場に立ち尽くすと、静かに踵を返した。
「あ、忍足見つかった?」
人気の無くなった教室に戻ると滝が声をかけてきた。
その手には綺麗にラッピングされたチョコが幾つも積み重なっている。
「うん、一応ね。・・・滝ちゃんも沢山貰ったんだ」
「まぁね」
「・・・・女の子からだよね?」
「―――どういう意味かな?」
「いえ、別に・・・」
一瞬、滝から冷ややかな視線を向けられ、比奈は慌てて首を横に振った。
そして自分の手に握られたままのチョコを見つめ、暫く考えた後、滝に向かって差し出す。
「よかったら・・・これも貰ってくれるかな?」
「・・・それ、忍足にやる分だったんだろ?僕が貰っていいの?」
「うん。侑士、沢山貰ってたから・・・全部食べてたら糖尿病になっちゃうもん」
「(僕は糖尿病になってもいいの?)・・・まぁ、くれるなら貰うけど」
どこか複雑そうに顔を歪めながら滝がチョコを受け取ろうとすると―――・・・
「ちょい待ち」
いつの間にか教室に戻って来た忍足が滝が受け取るよりも先にチョコを取り上げた。
「これは俺のやろ?」
「でも侑士あんなに沢山の人から貰ってたし・・・去年困ったって言ってたじゃん」
「去年は彼女もおらんかったし、断る理由が無かったからや」
そう言いながら忍足が滝に目配せすると、滝は小さく肩を竦めて教室を出て行った。
忍足はそれを目の端で確認し、取り上げたチョコを再び比奈の手に返す。
「今年は比奈がおるから他のは全部断ってきた」
「えっ!?」
「欲しいのは比奈のチョコだけや。比奈に貰えな、今年は俺0個やで?」
そう言ってヒラヒラと手を振る忍足。
その様子に比奈は目を丸くすると、改めて手にしているチョコを見つめる。
そして少し照れ臭そうに笑うと、忍足に向かってチョコを差し出した。
「じゃあ・・・チョコ、貰ってください」
「おおきに」
満面の笑みで受け取る忍足。
2月になってからずっと待ち侘びた瞬間である。
(なかなかバレンタインの話せんから忘れとるかと思っとったしなぁ)
さすがに不安に思い鼻歌まで歌ってアピールした自分が漸く報われた。
昨年は跡部と数を競う程チョコを貰ったというのに、今年はたった一人から貰う為に必死になった。
たった一つのチョコにそれだけの価値を感じる自分を滑稽に思う反面、とても幸福にも思える忍足だった。
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