短編
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「有り難く思えよ」
そう言って跡部から差し出されたカードを見て、比奈、忍足、そして部活を終えて部室に集まったレギュラー達は小さく首を傾げた。
代表として比奈がカードを受け取り、部員の視線を受けながら開いて見ると―――・・・
クリスマス・キス
輝くシャンデリア、響き渡る上品なクラシック。
そして競い合うように着飾った人・人・人・・・。
普段の暮らしからまったくの別世界に迷い込んだ部員達は、その豪奢なパーティーの様子に圧倒された。
「マジかよ・・・テレビ以外でも本当にこんなパーティーあるんだな」
「岳人、あんまり見慣れちゃダメよ。現実に戻れなくなっちゃう!」
「お、おう・・・」
「大袈裟やて・・・」
真顔で話す比奈と向日に静かにツッコミつつ、忍足はさりげなく比奈の衣装をチェックした。
やや肩の開いた膝丈のふんわりした白いドレス。
他の女性客に比べると一見地味だが、中学生という事を考えると逆に清楚で可愛いらしかった。
髪は緩くウェーブがかかっており、薄くされた化粧がいつもより大人っぽく見せている。
(跡部に感謝やなぁ・・・)
ドレスアップした彼女の姿を拝めた忍足は、心の中で招待してくれた跡部に感謝するのであった。
一方、比奈は比奈で密かに忍足の服装チェックをしていた。
黒いタキシードにリボンタイ。
定番と言えば定番の衣装だったが、中学生でありながら見事に着こなしている。
(侑士・・・ホストみたい)
本人が聞いたら落ち込みそうな事を考えつつ、比奈は他の部員達にも視線を向けた。
さすが氷帝一美形の多い部と言われているだけはあり、着飾ると普段の姿を知っている比奈の目にも皆華やかに映る。
比奈は他の若い女性客がチラチラと部員達に視線を送ってるのに気付き、内心複雑な思いだった。
「比奈?ぼんやりしてどないしたん?」
「・・・別に。それより跡部は?まだ見てないけど・・・」
「これだけ盛大なパーティーだからね。跡部も挨拶しなくちゃいけない人が多いんじゃないかな」
グレイのスーツにスカーフタイの滝が後ろから声をかける。
忍足とはまた違った華やかさのある滝。
そんな二人が並んで立てば、嫌でも周囲の女性客から甘い吐息が漏れた。
声をかけられるのも時間の問題だろう。
(なんだかなぁ・・・)
妙にモヤモヤとしたものを感じつつ、比奈はグルッと周囲を見回した。
「何かお腹空いたな・・・」
「せやな。跡部も来んし、料理でも食べとくか」
「よっしゃ~!比奈、ケーキ食おうぜ!」
「真っ先にデザートなの?!」
近くのケーキに駆け寄る向日に苦笑しながらも比奈は後に続いた。
「マジ美味そうだC~!」
色鮮やかに並ぶスイーツに芥川の目が輝く。
「クソ~!跡部に頼んで納豆ケーキも作ってもらうんだった!!」
苺のタルトを頬張りながら残念そうに言う向日に比奈は顔を強張らせる。
「納豆ケーキって・・・岳人、ソレ本当に食べたいの?」
「別にー。侑士への嫌がらせ」
「そら最っ高に嫌やわ」
心底嫌そうに呟く忍足に比奈は渇いた笑いしか出てこなかった。
それから数時間後―――比奈は一人、時間を持て余していた。
パーティーホールを見渡せば部員達が女性客に囲まれて話しているのが目に入る。
ただ一人壁の花と化している比奈はつまらなそうに溜め息を吐いた。
(最初は結構楽しかったのになぁ・・・)
皆で和気あいあいとケーキを食べたところまでは良かった。
そのすぐ後に漸く姿を見せた跡部が―――・・・
「招待客の友達なんかで女の客が多い。・・・お前ら、相手をしろ」
―――と、拒否権は無いと言わんばかりの言葉を放つまでは・・・。
(そもそも私は客じゃないわけ?一人でどうしろってのよ・・・)
チラッと数人の女性に囲まれている忍足に視線を向けると、比奈はすぐに瞼を伏せて俯いた。
(・・・もう帰ろうかなぁ)
比奈はのろのろ踵を返すと、バルコニーから庭へと降りて行った。
綺麗に整えられている庭が今は見事にライトアップされており、幻想的な雰囲気に誘われるように比奈は寒さも忘れて庭を歩き回った。
(本当に広い家・・・)
迷わないよう時折パーティーの明かりを確認しながら歩いていると、急に開けた場所に出て比奈は目を見張った。
淡い光を幾つも付けた、見上げるように大きなクリスマスツリー。
パーティーホールにあったツリーの様に華やかな飾り付けは無かったが、シンプルな光が眼に優しく輝く。
比奈は傍に備え付けられていたベンチに腰掛け、時間も忘れてただツリーを眺めた。
どれくらい時間が経っただろうか。
比奈は不意に聞こえた芝生を踏む音にハッと振り返った。
「あ・・・侑士」
「探したで?こんな所居ったら風邪ひくやろ」
自分の正面に立って「戻るで」と手を差し出してくる忍足に、比奈は逆に「座って」と隣を指差し腰掛けさせた。
「まずは、私に言う事があるでしょ?」
「あ~・・・ほったらかしにしてて勘忍な・・・」
心底すまなそうに謝る忍足に、比奈はニッと笑って「よろしい」と呟いた。
そんな比奈の様子に忍足は微かに目を丸くする。
「怒っとらんのか?」
「怒ってるよ。跡部のせいとは言え、せっかくのクリスマスなのに一人虚しく過ごしてたんだから」
「う・・・ホンマ、勘忍な」
今にも頭を下げそうな忍足に比奈は小さく肩を竦める。
「さっきまではこれでもかって怒ってたんだけど・・・」
比奈は満面の笑みを浮かべると、スッと目の前のツリーを指差した。
「あのツリー見てたらね、何だか侑士と一緒に見たいなぁって思って・・・怒ってるのなんて忘れちゃった」
それくらい綺麗だったと笑う比奈の顔を、ツリーの淡い明かりが照らし出す。
それがとても幻想的に見えて、とても愛おしく感じて、忍足は無意識に眼鏡をはずすと、自分を見上げる比奈の唇にそっと口接けた。
啄むように、慈しむように、それは本当に短い間だったが、外気で冷えた比奈の唇に熱が戻るのには十分だった。
「・・・冷え切っとるやん」
そう言って比奈の唇を指で優しくなぞると、忍足は寒さから庇うようにそっと小さな肩を抱き寄せた。
「来年は、寂しい思いやら絶対させへんからな」
「・・・うん」
忍足から伝わる熱が心地良く、傍で聞こえる声がとても優しくて、比奈はゆっくりと忍足の肩に頭を預けた。
「ホンマ、綺麗なツリーやなぁ」
「うん」
「パーティーより・・・二人だけの方がええな」
「そうだね」
「もう一回キスしてもええか?」
「―――ダメ」
「・・・お仕置きか?」
「当然」
さらりと言い切られ再びしょんぼりとする忍足の様子に、比奈はこっそり笑みを浮かべた。
そんな二人の頭上でパーティー終了の花火が盛大に打ち上げられる。
先程の幻想的な雰囲気から一気に辺りが華やかな明かりに包まれ、忍足は比奈の手を引いて立ち上がった。
「―――ほな、行こか」
「跡部をシメに、ね・・・」
二人のクリスマスは季節外れの花火と不穏な会話で幕を下ろしたのだった。
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