彼氏の使命 彼女の特権
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夕食も終盤に差し掛かった時、不意に滝が「そういえば・・・」と、声を上げた
「比奈」
「ん~?」
「比奈の分の布団、無かったよ」
「ゴフッ!」
食後のお茶をのんびりと啜っていた比奈は、思わず火傷しそうになりながらも驚きの声を上げた。
「どどどどうするのっ?!私ただでさえ寒がりなのに布団無しじゃ凍死確実じゃん!」
「落ち着きなよ。布団はちゃんと有るらしいんだ。ただ、準備が出来てないみたいでね」
日に干し、シーツを洗う等の用意がされている布団は人数分しかなかったのだ。
「女子部屋から貰って来ようとも思ったんだけど、残念ながらあそこは全部二段ベットになってて無理だった」
急遽、布団の用意は頼んだのだが、今夜だけはどうしても間に合いそうにない。
「それじゃ・・・女子部屋で寝るしかないね」
苦笑を浮かべて肩を竦めると、隣で聞いていた忍足が不思議そうに首を傾げる。
「なんでや?一緒に寝ればええやん」
さらりとした忍足の言葉に、聞き耳をたてていた青学側の数名が硬直する。
「あぁ、そんなに小さい布団じゃなかったし大丈夫じゃない?」
更に、何でもない事のように肯定する滝。
「お前ら分かってんだろうな?俺様に面倒かけるような真似はするんじゃねぇぞ」
自己中な注意をする部長・跡部。
「いいな~!俺も比奈と寝たいC~」
「ひざ枕だけで我慢してないと、そのうち忍足さんに刺されますよ」
脳天気にはしゃぐ芥川と、横で物騒な忠告をする日吉。
誰一人として同じ布団で寝ることを止めようとする者がいない。
そして当の本人・比奈はというと―――・・・
「侑士ってさぁ・・・時々私を抱き枕と勘違いするんだよねぇ。前に屋上で一緒に昼寝してたら寝ぼけて抱き潰そうとしてきたし・・・」
男子との相部屋に抵抗を見せていた割には、違った論点で悩んでいた。
「恋人の腕の中で圧死・・・なんかロマンチックですね」
「長太郎、ロマンの感じ方が激しく変だぞ」
うっとりと笑みを浮かべる鳳を静かにツッコむ宍戸。
氷帝の常識人・宍戸でさえも周囲に大分毒されているのか止めようとはしなかった。
「あんなぁ、比奈は気付いとらんかもしれんけど、自分めっちゃ寝相悪いで?」
「はぁっ!?そんなことないよ!私ベッドから落ちた事無いし!」
「ベッドから落ちて終わるような可愛い寝相やない。本気で捕まえて寝らな身の安全を確保できんほどや」
どんな寝相だよっ!?と、忍足の力説を聞いていた者は学校を問わず心の内で叫んだ。
「もともと皆の安全を考えて俺は最初から比奈を抑えて寝るつもりやったしな」
皆、無傷で目覚めたいやろ?と真剣な眼差しで語る忍足に、氷帝のメンバーは深々と頷いた。
「なんかさ、私って猛獣扱いになってない?」
一人虚しく呟く比奈に、誰一人としてその言葉を否定してやる者はいなかった。
―――そして、止めるどころか妙に必要さをアピールされ、忍足と比奈は一緒に寝る事となったのである
その夜、忍足と比奈の布団付近には誰も寝たがらなかったのは言うまでもない。
そして次の日―――・・・
「うはーっ。空気がおいしいねぇ。さすが山!有酸素運動には最適だね」
合宿二日目の早朝。
まだ朝日が昇って間もない時間から練習は始まった。
朝食前の二時間程、一同はウォーミングアップのランニングや基礎練習、コンディションの調整等の為の朝練である。
「偉そうに言ってる割には随分な防寒じゃねぇの」
長ジャージ上下に厚手のジャンバー、耳当て付き帽子にネックウォーマー、指貫き手袋、そして各所に忍ばせたホッカイロ。
まさに完全防寒のいで立ちの比奈に、跡部は呆れたように眉を寄せた。
因みに跡部を含む他の選手達は長ジャージの上下だけである。
跡部は左手で比奈を捕まえると、
「部長命令だ―――脱げ」
と、問答無用でジャージ以外を剥ぎ取った。
「いやぁ~っ!さ~む~い~っ!!」
情けない悲鳴をあげる比奈を他所に、跡部は満足げに戦利品・・・もとい、没収した防寒具を持って立ち去る。
「くそぉ~!風邪ひいたら絶っっ対真っ先にうつしてやるぅ~っ!」
等と勇ましく宣言しながらも、その体は見事に縮こまっていた。
「―――ねぇ、今日はぶら下がらないの?」
突然耳に届いた独特の生意気な声音。
咄嗟に振り返ると、そこには案の定―――・・・
「越前くん・・・だっけ?」
名を呼ぶと、年相応の大きな眼が微かに細められる。
ランニングを終えたばかりなのか、その頬には汗が浮かんでいた。
「・・・キミさぁ、私の事何も聞いてないの?」
昨夜同様、普通に話し掛けてくる越前に比奈は再び首を傾げる。
「アンタの事?・・・あぁ、そういえば英二先輩達が何か騒いでたっけ」
どうでもいい様に素っ気なく呟くと、越前は悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「人に聞くよりさ、実際に見てた方がアンタ面白いよ」
「それは・・・どうも」
素直に喜んでいいのか複雑な心境であった。
「でも・・・瑞穂に見られたら気まずくなるんじゃない?」
「さぁ?先輩まだ寝てるみたいだし」
おいおいマネージャー!と心の中でツッコミつつ、比奈は瑞穂と女子テニス部が来ていないのに気付いた
「女テニの人達は?」
「朝練には参加しないでいいって部長が言ってたよ」
「手塚くんが?」
意外な話に比奈は軽く目を見開く。
女子とはいえ、合宿に参加している人間を手塚が特別扱いするとは思えなかった。
比奈の知る手塚は、誰よりも規律を守る男だったのだから。
「・・・ねぇ、もしかしてこの合宿って―――」
「越前っ!アップ終わったんならさっさと戻ってこいよ!!」
比奈の言葉に突如、怒鳴り声が重なる。
「ヤバ・・・桃先輩だ」
声のした方を振り返り、越前がやれやれと肩を竦める。
(あ、昨日食堂で睨んできたツンツン頭くんだ・・・)
昨日以上にこちらを睨んでくるツンツン頭・・・もとい桃城。
越前は面倒臭そうにため息を吐くと、「じゃーね」と比奈の横を通り過ぎた。
「(・・・桃先輩、英二先輩達の話聞いてから機嫌悪いからあんまり近付かないほうがいいっスよ)」
「え・・・?」
すれ違う間際、小さく越前に囁かれ、比奈は咄嗟に振り返りそうになるのを何とか堪える。
(・・・警告、かな?)
越前の歩いて行った方へチラッと視線を向けると、桃城がまだこちらに注意を向けていた。
『英二先輩達の話聞いてから・・・』
先程の越前の言葉が頭の中で繰り返される。
「あぁ、そっか・・・」
『機嫌悪いから・・・』
「キミもそうなんだね・・・」
『近付かないほうがいいっスよ・・・』
(キミも・・・瑞穂が好きなんだね?桃城くん)
―――あれほど冷たく感じていた風も、今はもう何も感じなかった。
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