彼氏の使命 彼女の特権
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「ねぇ、自分で歩く」
忍足の腕にぶら下がるようにして抱えられた比奈は、実に不満そうに訴えた。
だが、当の忍足は何やら滝と話し込んでいて比奈の主張には気付かない。
先程、部屋を出てすぐの廊下で盛大に転びそうになった比奈を忍足が受け止め、狭い廊下で渋滞を起こすなと跡部が怒り、もうそのまま食堂まで運びなよと滝が投げやりに言ったことで今に至る。
(もうとっくに食堂に着いてるんですけど・・・)
中には既に女子テニス部が集まっているのか、ざわつく中に黄色い声が聞こえる。
(あぁ・・・段々とご飯が憂鬱になってきた)
「ハァ・・・」
「―――ねぇ、何してんの?」
比奈が盛大にため息を吐いていると、目の前に(視線的には下に)帽子をかぶった少年が顔をだした。
(青学の・・・噂のルーキーだ)
越前 リョーマ
聞いていた通りの生意気そうな態度で直ぐに分かった。
「え~と・・・何してるように見える?」
「遊んでる」
「そう見える?」
思わず不満げに唇を尖らせる比奈。
だが内心では首を傾げていた。
(瑞穂の事だからもう一、二年生にも私の話をしてると思ったのに・・・)
そう思いつつ集まり始めた青学の方へと視線を向けると、不意にツンツン頭の男子と目が合った。
―――が、軽く比奈を睨むと直ぐに視線を逸らす。
(あ~・・・聞いてるみたいだね)
じゃあこの子は?と比奈は不思議そうに越前を見下ろす。
―――すると、
「どうした?越前」
ナンパか?と真顔で首を傾げる長身が近づいてきた。
「違うっスよ、乾先輩。なんかぶら下がってたんで・・・」
「なんかって・・・確かにぶら下がってるな」
殆ど宙づり状態の比奈を見て乾が小さく笑う。
「久しぶりだな、一ノ瀬」
「・・・ヌイヌイも、背が伸びたねぇ」
つられて笑みを浮かべる比奈。
「どうやったらそんなに伸びたの?少し分けてよ」
「それは無茶な相談だな」
「だって抱えられててもヌイヌイの方が目線高いんだもん」
そう言って比奈は不服そうに乾を見上げた。
そんな比奈の様子に、乾は微かに雰囲気を和らげる
「・・・氷帝は楽しいかい?」
何かを確認するような言葉だった。
比奈は躊躇いなく頷くと、満面の笑みを浮かべた。
「最っ高に楽しいよっ!」
それに小さく頷くと、乾は越前を促して青学の方へ歩き出した
恐らく越前を呼びに来たのだろう
その背中を懐かしげに見送っていると、不意に頬を軽く摘まれる
「どういう関係や?」
「ん?」
「乾とや。妙に仲よさ気やないか」
「うん。ヌイヌイとは仲良かったかも」
そう言って比奈は忍足の腕を軽く叩いた。
「取り敢えず降ろしてよ」
渋々と言った様子の忍足に漸く降ろされ、比奈はホッと一息ついた。
「ヌイヌイは・・・数少ない私の理解者だったんだ」
自分がリンチされそうな時等に自然と庇ってくれていた。
目立って庇う事が逆効果だと理解してくれていたので実に頼りになる存在だった。
表立って庇えないことを彼は気にしているようだったが、比奈には充分な救いだったのだ。
一人は味方がいる。
彼のお陰で青学に通うのを耐えられていたと言っても過言ではないのだ。
「・・・好き、やったんか?」
どこか拗ねたような物言いに比奈は驚いて忍足を見上げた。
「もしかして・・・妬いてるの?」
「・・・・」
途端に決まり悪げに目を逸らす忍足。
その頬は心なしか赤かった。
比奈は珍しいモノを見るかのように忍足をマジマジと眺め、段々と照れ臭そうに俯いた。
「べ、別に・・・そういう相手として見たことなかったから・・・」
そういう余裕もなかったし・・・と呟くと、比奈はいつもよりぎこちなく忍足の手を握った。
「そか・・・」
どこかホッとしたように頷くと、忍足もそっと比奈の手を握り返す。
「何か、声かけにくいな、長太郎・・・」
「そうですね、宍戸さん・・・」
数歩離れた所で一部始終を見ていた宍戸と鳳は、いたたまれない気分で立ち尽くしていた。
仲が良いのはいつもの事だったが、あまりにもカップルらしい甘々な雰囲気は、第三者を入り込ませない無敵のバリアのようなものを感じさせる。
「おい侑士!比奈も、そんな所で立ち止まるなよ!早く中に入れって跡部がウルセーんだから」
―――が、周囲の雰囲気に疎い人間には無効なバリアでもあった。
「・・・本当に、思春期まだなのかもしれないね」
宍戸達同様、先程から傍観していた滝は思わずといった感じで呟いた。
それに宍戸と鳳が激しく同意したのは、言うまでもない
食堂は座敷になっており、学校ごとに繋げられた長テーブルで分けられていた。
比奈達は既に配膳の済んでいる氷帝のテーブルへと固まって腰を下ろす。
すぐ後ろには青学、その向こうには青学女子テニス部の姿がある。
途中、チラッと視線を向けると、知っている顔が幾つかあった。
昔は友達と呼んでいた子達である。
一瞬、胸にズキッとした寂しさを感じたが、比奈は気にせずにテーブルの料理に視線を向けた。
「おっ!比奈、向こうに納豆があるぞ」
向かいで嬉しそうにはしゃぐ向日の言葉に顔を上げると、出入口前のテーブルにご飯等のお代わりがあり、その横には納豆、卵、ふりかけ、海苔等が用意されていた。
「侑士もたまには食ってみろよ!美味いぞ~っ!」
「あんな気色悪いモン食えるか」
「えー、でも納豆って夜食べると良いらしいよ?血液がサラサラになるんだって」
「俺は充分サラサラや。間に合うてる」
比奈の言葉にもツンと返す忍足。
本当に嫌いなんだなぁと比奈がしみじみ思っていると、向日が早速取ってきた納豆を掻き混ぜ出す。
因みに彼は忍足の真正面に座っている。
目の前でこれでもかと糸を引く納豆に、忍足は最悪に顔を歪ませる。
「アカン、岳人。絶対ソレ腐ってる」
「納豆ってのはこんなもんなんだよ」
「イヤ・・・普通に口に入れようとか思えへんわ」
アカンアカンと壊れたように呟く忍足。
そんな忍足を他所に、更に葱をたっぷりと入れた向日は喜々としてそれをご飯の上にかける。
「有り得へん・・・誰や最初にこんなモン食べたんわ」
「さぁ・・・でも、今思えば勇気あるよね。味も安全かも分からないのに食べたなんてさ」
言いながら味噌汁を啜る比奈。
他のメンバーも思い思いに食事を始めている。
そんな中、忍足だけが納豆から目を離せずに固まっていた。
「勇気やて?そんな勇気いらんわ。むしろこれを生ゴミとして棄てる勇気の方が必要やん」
「侑士は食わず嫌いだって!一口食ってみろよ」
そう言って向日は納豆を絡めたご飯を箸で掬うと、「はい、あ~ん」と忍足へと差し出した。
「気色の悪い真似すんな!そんなん野郎にされても食う気せんわ」
「んじゃ比奈、侑士に食わせてやれよ」
「ングッ!わ、私?!」
玉子焼きを頬張っていた比奈は思わず噎せる。
「比奈が食べさせてくれたら食う気になるんだとよ」
「岳人・・・そうまでして侑士に納豆を食べさせたい理由って何?」
段々と疑問に感じ始める比奈であった。
―――そしてその日、比奈がどんなに勧めても忍足は頑として納豆を口にしなかった。
「愛が足りねー」と向日がヤジを飛ばしていたが、漸くいつもの冷静な自分に戻った忍足は易々とそれをかわす。
陰で向日が調理場の人に毎食納豆を頼んでいるのを見た事は、敢えて忍足に黙っていた比奈であった。
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