彼氏の使命 彼女の特権
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男子テニス部とはあまり交流はなかったが、何人かは知っている男子がいた。
彼等は個性的だったけど、そんな作り話をするようには思えなかった。
「だから彼等に聞いてみた。『その話、誰が言ってるの』って」
何を今更・・・と軽蔑した眼差しを向ける男子もいたが、それでも返ってきた答えに驚愕した。
『そんなの・・・瑞穂に決まってるだろ?』
一瞬、何を言われたのか分からずに立ち尽くした。
「信じていた世界が崩された瞬間、とでも言えばいいのかな・・・」
逃げるように走って家に帰ったのを覚えている。
早く瑞穂に否定してほしかった。
『そんなわけないよ』と、笑ってほしかった
瑞穂が『私じゃない』と言ってくれれば、間違いなく瑞穂を信じた。
なのに―――・・・
「部屋に飛び込むなり私が問い詰めると、瑞穂は笑ったわ」
それは求めていた笑顔ではなく、明らかな嘲笑。
『あら、やっと気付いたの?比奈ちゃんてば鈍いのねぇ』
そう言って可笑しそうに笑う瑞穂。
彼女は自分の思惑通りになった優越感に満ちていた。
「そして私が知ってからは周りのすることもエスカレートしていったわ。教科書は焼かれるし鞄は隠されて、靴を捨てられた事もあったかなぁ」
暗くならないよう努めて明るく話したが、指先が震えているのを比奈は感じた。
「家では・・・両親の見ていない所でされた。服を切り刻まれたり、人形をめった刺しにされたりね」
想像したのか向日が小さく身震いする。
「でも・・・そんなことより、部活が一番辛かったなぁ」
震えを止めるように大きく深呼吸をすると、比奈は静かにメンバーの顔を見渡した。
「まずはね、試合に出ても誰も応援してくれなくなったの」
時には相手校に声援を送る人までいた。
どんなに勝っても誰も喜んでくれず、他校の選手には哀れみの眼で見られた。
「だけど試合に出れる分まだよかった」
強い人と戦えるのが楽しくて、その為にも人より多く練習してレギュラーの座を守った。
けど―――・・・
その年の部長に突然レギュラーを外された。
「理由を聞けば部内で窃盗が起こって・・・私が盗るのを見た人がいたんだって」
身に覚え・・・無かったんだけどなぁ・・・。
小さく呟く比奈の声に、鳳と滝が悲痛そうに顔を顰る。
宍戸はジャージの裾を握りしめ、日吉は奥歯を噛み締めた。
―――レギュラーの座
それを奪うことも守ることも同じくらいに大変だということはこの場の誰もが痛いほど理解している。
それを突然、理不尽な理由で奪われた屈辱は、恐らく本人にしかわからないだろう。
比奈は壁に寄り掛かると、ゆっくり天井を仰いだ。
「―――以上、一ノ瀬 比奈の青学メモリーでした」
フッと薄く笑みを浮かべると、聴き入っていた面々は深く息を吐いた。
「男子テニス部の奴らは手を出してこなかったのか?」
不意に跡部が口を開いた。
いつもより真摯なその様子に比奈は苦笑する。
「彼等は・・・瑞穂を守ろうとしてたんだと思う」
「手ぇ出されたんか?」
隣で忍足が低く唸る。
比奈は小さく首を横に振ると、宥めるように忍足の手を握った。
「彼等が直接何かしてくることはなかったよ」
ただ―――・・・
「一年生だったけどその頃にはもう皆、人気があってね。彼等が嫌ってる人間は・・・女子の敵みたいな感じになるみたい」
それを知った上で比奈の噂を流したのかは分からない。
だが、呼び出しとリンチは彼等の親衛隊からがほとんどだった。
「さすがにもうヤバイかなって・・・逃げ出しちゃったよ・・・っ」
無理に笑みを浮かべると、耐え切れなかった涙が頬を伝って零れた
途端に比奈の膝で寝ていたはずの芥川が弾かれた様に起き上がると駆け出した。
―――が、
「―――樺地」
「ウス」
部屋を飛び出す寸前で樺地に掴まれ、難無く連れ戻される。
「っなせよ樺地!アイツら比奈をっ!」
「今殴り込んでどうなるもんでもないだろ。・・・頭を冷やせジロー」
「・・・・っ!」
樺地に捕まったまま芥川が悔しげに唇を噛む。
滅多に見せない芥川の激怒した姿に、他の一同は驚いた。
「―――殴ってええんやったら俺がもうやっとるわ」
「侑士・・・」
冷たく言い捨てる忍足の腕を比奈は思わず押さえるように掴んだ。
すると声とは裏腹に労るように抱き寄せられる。
「大丈夫やて。ちゃんと後先考えて行動するしな・・・」
そう言ってニッコリ笑う忍足に、比奈はホッと笑顔を返す。
「別に今更やり返したいとかは思ってないんだ。さすがに感謝はしてないけど、あんな事がなかったら氷帝に転校することもなかったし」
そしたら今この場に自分はいない。
そちらの方が自分には耐えられないと比奈は心底感じていた。
「だから皆にも青学の人達と険悪になってほしいわけじゃないの。合同合宿なんて機会なかなかないんだし、皆にはもっと強くなってもらって全国制覇してもらわなきゃ」
ね?と念を押すように芥川の肩を叩くと、比奈は「はい、この話はおしまい」と言って大きく伸びをした。
「まぁ・・・比奈が大丈夫なら俺らは構わないんだけどな」
気遣うような宍戸に「大丈夫、大丈夫!」と笑って答える比奈。
それを後ろから眺めながら「最初はあんなにビビっとったのになぁ」と忍足が呟くと、煩いと言わんばかりに比奈は頬を軽く抓る。
「けどよぉ。比奈は何とも思ってなくても向こうが何かしてきたらどうする?」
「向日さんの言う通りですよ。さっきの様子ではその可能性も十分あると思いますけど」
そう言って先程の青学とのやり取りを思い出したのか、日吉が苦々しい表情を浮かべる。
それまで黙って話を聞いていた跡部は、暫し考え込んだ後口を開いた。
「―――比奈はどうしたい?」
「どうって?」
「合宿だ。参加できそうなのか?」
いつになく真剣な様子の跡部に、比奈は一拍置いて頷く。
「私はマネージャーとして皆のサポートをしたい。・・・だけど、余計な火種になる可能性もあるから、皆の脚を引っ張りそうならすぐにでも帰るよ」
「え~!比奈帰るの!?」
つまんないC~!と不満げな芥川の声を聞き流し、跡部はジッと比奈を見据える。
数秒の沈黙の後、跡部は短く「―――残れ」と告げた。
「いいの?参加しても」
「マネージャーに合宿をサボらせたら他の部員に示しがつかねぇ。俺達が近くにいればあいつ等も下手な事してこないだろうしな」
「だって。良かったね、比奈」
「ありがとう滝ちゃん。皆も、迷惑かけるかもしれないけどよろしくね」
「それはこちらのセリフですよ。比奈さん、俺たちのサポートよろしくお願いしますね」
自分に気を遣わせまいとそう言ってくれる鳳の優しさに、比奈は胸が温かくなるのを感じた。
大丈夫。事情を何も知らなくても信じてくれた仲間が自分にはこれだけいるのだ。
後ろを振り返ると忍足と目が合い、「ん?」と笑顔で首を傾げる。
(侑士もいてくれる・・・)
そう思うと、不思議と何も怖くない気分になった。
「跡部、そろそろ7時だよ」
滝の言葉で部屋にかかっていた壁時計を一瞥すると、跡部は立ち上がった。
「食事だ、行くぞ」
部長の掛け声に面々は立ち上がり、連れ立って部屋を出る。
「――なぁ、跡部」
部員達の後に続いて部屋を出ようとした跡部を唐突に忍足が呼び止めた。
肩越しに首だけ振り返る跡部に、忍足は穏やかに告げる。
「アイツらが比奈に何かしたら・・・俺はもう後先考えんからな」
いつも通りの読めない笑顔。
跡部は不敵な笑みを浮かべただけで何も言わずに歩き出す。
それを了承の返事だと受け取ると、忍足は何事もなかったかのように歩き出した。
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