彼氏の使命 彼女の特権
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「まさか・・・思春期真っ盛りの歳になってまで男子部屋で寝起きするなんて考えてもいなかったよ…」
荷物を置く為に案内された部屋に足を踏み入れると、広々とした和室で思い思いに寛ぐメンバーの姿が視界に入る。
「ええやん。一緒の方がオモロイで?」
「一緒にも限度があるよ」
「女の子なのに・・・」「お年頃なのに・・・」と比奈の口からは次々と恨み言が零れる。
「酷いよ滝ちゃんも・・・嘘八百並べ立ててさ・・・跡部も信じちゃうし・・・」
「はいはい、ゴメンね」
「謝り方が雑~」
全く悪びれない態度の滝に比奈は盛大に顔を顰た。
「大体っ!皆だって嫌でしょ!?同じ部屋に女子がいるなんて落ち着かないよね!?」
「ん?別にぃ」
サラリと向日に返事をされ、比奈は一瞬呼吸するのも忘れて固まった。
「最初は少し焦ったけど、どうせ部活の時も一緒だしな」
「・・・岳人は身長に比例して思春期もまだみたいだね」
「はぁっ!?お前は俺より低いじゃねぇか!」
「ほんのちょっとでしょ。それに、私は思春期きてるもん。身長はゆっくり伸びてるしね」
勝ち誇った様に笑う比奈に、向日は悔しそうに口ごもる。
「――二人共、そんな言い合いしとる時点で子供やん」
それまで黙って傍観していた忍足が苦笑を零す。
向日は小さく舌打ちをすると、さっさと荷物を片しに行った。
次に話す時は言い合ったことも忘れているであろう比奈と向日。
(仲がええのか悪いのか・・・わからん奴らやなぁ)
内心小さく肩を竦めると、忍足はポスッと比奈の頭に手を乗せる。
「・・・私の頭は手置きじゃないよ」
「ええやん。置きごろなんや」
ツンとした態度だったが、比奈は忍足の手を払うことはしなかった。
そのまま比奈が手に持っていた荷物を取り上げると、忍足は自分の荷物と一緒に部屋の隅へと並べて置いた。
そして壁に寄り掛かる様に腰を下ろすと、隣の畳を軽く叩き、比奈にも座るよう促す。
数秒逡巡した後、比奈は忍足の隣に膝を抱えて座った。
「・・・一週間平気か?」
「・・・・平気」
躊躇いを見せるものの頷く比奈に、忍足はため息を吐いてその肩を抱き寄せた。
「―――青学での事・・・聞いてもええか?」
低く、やや遠慮がちな忍足の言葉に、比奈は小さく頷くことで応えた。
「・・・皆にも・・・話す」
何も知らないのに自分を庇ってくれた皆。
何も聞かないで自分を守ってくれた忍足。
彼等には話さなくてはいけない。
比奈はそう決心を固めると、他のメンバーへと声をかけた。
「なんか・・・怪談でもするみたいだな」
比奈と忍足を基準に小さな円形に座る面々。
そんな周囲の様子に思わずといった感じで向日が呟く。
芥川に至っては聞く気が有るのか無いのか、早々に比奈の膝を枕に眠り出している。
「いいからとっとと始めろ。7時には夕食だから2時間くらいしかないぞ」
跡部の言葉に頷くと、比奈は口を開いた。
忘れたいと願った過去を、言葉にして唇に乗せる。
「私が・・・青学でテニス部だったのは皆知ってるよね」
思った以上に声が強張る。
それでも比奈は話し出した。
「まだ一年生だったけどさ・・・これでもレギュラーに選ばれたりしてたんだよ」
あの時までは楽しかった・・・。
今でもそう思わずにはいられない・・・穏やかな、幸せな日々。
「でも、瑞穂がうちに引き取られて、同じ学校に通い出してから・・・」
全てが変わって行った。
『今日から比奈の妹になるんだ。比奈、瑞穂と仲良くな』
そう言って微笑む父に紹介されたのは会ったこともない従姉妹だった。
だが、その綺麗な女の子が自分の妹になると聞いたときの驚きは、そんなに悪いものではなかった。
好奇心と、ずっと一人っ子だった自分に初めての姉妹が出来たことを喜んでさえいた。
「最初の二月くらいは凄く楽しかった。瑞穂のほうが大人っぽかったし・・・妹というよりお姉ちゃんができたみたいでさ」
思い出したように微笑を浮かべると、比奈はフワフワとした芥川の髪を指先で弄んだ。
「一緒に学校に行って、帰りは寄り道して、テスト前は励まし合って勉強して・・・」
休みの日には買い物にも行った。
比奈が試合の時は応援にも来てくれた。
本当に楽しくて・・・本当の姉妹になれたと錯覚してしまうほどだった。
全てが変わり始めたのはあの日―――・・・
「瑞穂が男子テニス部のマネージャーになってからだった」
珍しく遅く帰ってきた瑞穂にその事を聞いた時は特に気に止めなかった。
それが比奈のシナリオが始まった合図だったのに・・・
「それから一週間もしないうちに私は女子テニス部の中で孤立した」
最初は先輩達が、次に友達が口を利いてくれなくなり、そのうち存在さえも無視されていった。
困惑している間にそれはクラスにまで広がり、教室に入った瞬間に冷たい視線を浴びるようになる。
さすがに自分が何かしてしまったのかと思った時だった。
自分を見て話している女子の会話を聞いたのは・・・
「いつの間にか学校中で噂が流れてたの。私が・・・『瑞穂を家で虐待してる』って」
思わず声を震わせた比奈の言葉に、忍足は額を押さえて俯いた。
「もちろん私はそんな事してなかったし、瑞穂もいつも通りだった」
ただ・・・と、比奈は呟いた。
「時々、瑞穂が体に痣を作って帰ってくることがあったの。『どうしたの?』って聞くと『転んじゃった』とか『ボールが当たった』って・・・」
テニス部のマネージャーだからそういうこともあるのだろうと信じた。
比奈自身もボールが当たることはよくあることだったのだから。
「でも・・・瑞穂が痣を作って帰った次の日には、それが私のせいになってて・・・」
何度訂正しても誰も信じてくれなかった。
話すら聞いてくれなかった。
だから必死になって噂の出所を突き止めた。
そしたら―――・・・
「それが・・・男子テニス部だったの」
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