彼氏の使命 彼女の特権
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漸く場が落ち着くと、氷帝メンバーは簡単な施設内の説明を手塚から受けた後、今度は瑞穂から部屋割について説明があった。
「今回私達が使わせていただくのは四部屋です。そのうち三部屋は大部屋になっていて、皆さんは学校ごとに別れてお使い下さい。残りの一部屋は練習中に使う道具等を置く為の部屋ですそれから・・・」
「おい、一校ずつ一部屋なのはわかるが、なんで大部屋が三つなんだ?」
瑞穂の言葉を遮るように跡部が疑問を口にする。
女子はマネージャーが二人だけ
必然的に瑞穂と二人部屋になる覚悟をしていた比奈も怪訝そうに眉を顰る。
―――大部屋・・・
それがまた比奈の不安を煽った。
(まさか・・・手塚君が許可するはずがない)
不意に浮かんだ考えを比奈は慌てて否定する。
だが、一瞬だけ合った瑞穂の眼を見た途端、比奈は縋るように隣の忍足の手を掴んだ。
「比奈?」
微かに驚きを含んだ忍足の声も比奈の耳には届かない。
比奈の意識は今、もったいつけるような瑞穂の口元へと注がれていた。
「この大部屋は女子用です」
「二人で大部屋か?」
広すぎたろ?と首を傾げる宍戸に瑞穂は待っていたとばかりに微笑んだ。
「いいえ、女子は二人だけじゃありません」
ドクンと比奈の心臓が高鳴る。
(この・・・感じ・・・)
忘れたと思っていた感覚が奮えとなって比奈の身体に蘇る。
握っている忍足の手を熱く感じる程、比奈の全身から血の気が引いた。
「今回の合宿には皆さんのサポート役として――青学女子テニス部から応援が来ていますから」
女子テニス部―――・・・
その単語が聞こえた一瞬で、比奈の耳から音が一切消えた。
『誰もアンタを認めない』
『アンタなんて必要ない』
ここに・・・私の居場所はない
既に昔の事が記憶の中から蘇る。
耳に届き、思考を引きずり込もうと語りかけた。
(もう・・・違う・・・)
絡み付く記憶に抗うように比奈は頭の中で繰り返す。
(居場所は見つけたから・・・もう、昔とは違う・・・)
逃げ出そうとする足を叱咤するように、奮えだそうとする身体を抑えるように、比奈は何度も繰り返した。
(大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫、だいじょう)
「―――大丈夫や」
突然耳に届いた低い声。
その短い一言で比奈の耳に音が戻った。
ゆっくり顔を上げると、いつもの余裕たっぷりな忍足の笑顔が視界に入る。
「なっさけない顔やなぁ。さっき威勢良く大丈夫や言うてタンカきったばかりやろ?」
(ゆ・・・し・・・)
ハッとした比奈は、いつの間にか忍足の手を白くなるまで握り締めていた事に気付いた。
慌てて離そうとすればその手をやんわりと包み込まれる。
「ええ加減、言うてる俺も恥ずかしいんやから覚えてな?」
温かく大きな手の感触に強張っていた身体が徐々に解れていった。
「彼氏の使命はな、彼女を守ることや。守られるんは彼女の特権。比奈は心配せんと気楽に構えとき」
ええな?と悪戯っぽい笑みを浮かべる忍足に、比奈は漸く笑顔で頷いた。
(私の居場所は・・・ここにある・・・)
忍足の言葉がそれを確かに実感させた。
「―――なあ、俺らの部屋は何人部屋なん?」
(・・・ん?)
じんわりと浸っていた比奈は唐突な忍足の質問に我に返る。
瑞穂も「は?」っと怪訝そうな表情を浮かべていた。
「えっと・・・一応、12人までは大丈夫だそうですけど」
「12人か・・・ほな余裕やな」
満足そうに呟く忍足。
一体何の事だ?と誰もが首を傾げる中、滝だけが嫌な予感を感じていた。
「―――跡部、比奈も俺らと同じ部屋でええな?」
にこやかな顔で爆弾発言。
滝は呆れたように額を押さえ、跡部はその美貌を見事に崩し、他のメンバーに至っては目を点にするしかなかった。
―――そして当事者の比奈はというと・・・
「なっななな何言ってんのよ侑士!」
「おおっ!今日の比奈は積極的やな」
胸倉を掴み食い入るように見上げてくる比奈を忍足はニヤニヤとからかった。
「ええやんか。スペース余っとるんやし」
「そういうことじゃ無くて!私これでも生物学上立派な女むぐぅっ!」
「比奈もそうしてほしいんやて」
尚も言い募ろうとする比奈の口を片手で塞ぎ、忍足はしゃあしゃあと言ってのけた。
「~~~っ!」
明らかに抗議の声を上げている比奈と、呆気にとられた顔で立ち尽くす瑞穂。
その二人を交互に見比べ、滝はやれやれとため息を吐いた。
(この場合は仕方ないか・・・)
内心、比奈に「ゴメン」と謝りつつ、滝は口を開いた。
「跡部、僕からも頼むよ」
「・・・あぁ?」
滝に声をかけられ、漸く我に返った跡部が盛大に眉を顰る。
「比奈はああ見えて結構デリケートなんだ。だから他校の女子より普段からよく知ってる僕らとの方が安眠できるんだって」
「ン~ッ!ムグゥ!」
「・・・・本当か?」
跡部は飄々と言い切った滝と、それに対して凄まじい反応を示す比奈を困惑気味に見比べる。
それに追い討ちをかけるように滝は尚も続けた。
「マネージャーとはいえ比奈も立派な部員。氷帝テニス部の頂点に立つ跡部が・・・まさか、部員の安眠を妨害するような真似はしないよね?」
挑発5:脅し4:正論1の割合の内容に、聞いていた誰もが言葉を失う。
跡部は暫く黙ったまま頭の中で逡巡し、静かに頷いた。
「・・・いいだろう。好きにしろ」
してやったりと笑みを零す忍足。
そんな忍足をまったく・・・と苦笑して見つめる滝
複雑な表情を浮かべる氷帝メンバー。
そして―――目の前で決まった事実に呆然とする比奈。
カチンと石化する比奈に気付いてか気付かずにか、忍足はその耳元でそっと囁いた。
「これで心配事が一つ減ったやろ?」
満足そうに「これからも任せとき、ハニー」と冗談めかして笑う忍足に比奈は盛大にため息を吐いた。
(・・・やってくれるねダーリン)
予定外の流れでの参加になった合同合宿。
まだ開始前だというのにあまりに予想外の展開が次々にやってくる。
比奈は改めてこの合宿に不安を感じずにはいられなかった。
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