彼氏の使命 彼女の特権
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「―――すまなかった」
手塚は喉から絞り出すように謝罪した。
「部長になった時、乾に一ノ瀬が氷帝にいることは聞いていたんだ。俺には知っておく義務があるからと・・・」
「そう・・・」
転校する際、唯一乾だけには転校先を伝えていた。
特に口止めはしなかったが、乾が軽はずみに口にするとは思わなかったからだ。
彼はいつでも、比奈を傷つけまいと知恵を働かせてくれていたのだから。
「『一ノ瀬の転校先を知ったからには、手塚は全力で氷帝との交流を避ける必要がある。それが一ノ瀬を守る事であり、彼女を追い詰めた自分達ができる唯一の償いだ』・・・俺に転校先を教えた時に乾はそう言ったんだ」
「だから大会以外では氷帝に接触してこなかったんだ・・・」
比奈は静かに目を伏せると、改めて乾に感謝した。
―――転校してからもずっと、比奈は乾に守られ続けていたのだ・・・
部員同士がライバル視しているのもあるだろうが、青学と氷帝には本当に一切の交流がなかった。
あの立海でさえ時折氷帝学園に練習試合を求めてくるというのに、氷帝に匹敵する実力を持った青学からは一度すらない。
「一ノ瀬は大会には目立った参加はしないと乾が言っていたからな。氷帝との交流を絶つのはそれほど難しくはなかった」
手塚の言葉に、比奈は小さく苦笑を漏らす。
そもそも氷帝でテニスに関わるかどうか、当時の自分すら分からなかった事まで乾は予測してくれていたのだ。
そしてその予測通り、比奈は公式戦の試合には殆ど参加しなかった。
さすがに全国大会レベルになると目立たないよう観戦はしていたが、それも選手のいるベンチ付近ではなく、人込みに紛れ込みやすい一般の観客席からだ。
それほど青学に見つかる事を比奈は恐れ続けていた。
―――この合宿にくるまで・・・
「・・・乾との約束を破り、俺は一ノ瀬と部員達を引き合わせてしまった。・・・・・本当に、すまない!」
悔やむように深々と頭を下げる手塚に比奈は慌てた。
「手塚くんが謝る事じゃないよ!言い出したのはどうせ瑞穂でしょ?」
「だが許可したのは俺だ!俺が許可しなければ一ノ瀬が辛い思いをする必要もなかった!」
「だって!・・・手塚くん、部のみんなを思って合宿に参加したんでしょう?」
違う?と、首を傾げる比奈の言葉に手塚は一瞬息を詰まらせる。
「練習を見てればわかるよ。みんなを強くしたい、みんなを強い人と戦わせたいって思ってるのが凄く伝わってきたもん」
「俺は部員の事しか考えていなかったんだ。一ノ瀬の事を考えれば俺は」
「私の事、ちゃんと考えてくれてたじゃない!」
手塚の言葉を遮るように叫ぶと、比奈はニッコリと満面の笑みを浮かべた。
「朝練の時、女子を参加させないって決めたの手塚くんでしょ?」
越前くんに聞いたよ、と言うと、比奈はそのまま指を一本ずつ折り曲げていった。
「お陰で朝練は気楽にできたし、不二くんと菊丸くんが私の事で氷帝のみんなと揉めそうになった時も罰を与えて引き離してくれた。桃城くんに殴られそうになった時も、彼のこと宥めてくれたじゃない」
ね?っと嬉しそうに笑う比奈に、手塚は思わず返事も忘れて見入った。
「手塚くんは精一杯最善を尽くしてくれてるんだから気にしないでね」
「一ノ瀬・・・」
「―――手塚はよくやってくれたよ」
不意に聞こえた声に比奈と手塚は同時に振り返った。
「乾・・・」
「ヌイヌイ・・・聞いてたの?」
「手塚が食堂に来ないから呼びに来たんだ。聞こえたのは不可抗力だよ」
そう言うと乾は相変わらず読めない表情のまま二人に歩み寄った。
「ついでに一つ言わせてもらえば―――手塚は鈍いんだ」
「は・・・?」
「乾・・・?」
「一ノ瀬も知っているだろうが、手塚はテニス以外の事には疎い所がある」
戸惑う二人をよそに乾は淡々と続けた。
「だから知らなかったんだ。一ノ瀬が周囲からどんな扱いを受けていたかを・・・」
言いながら指先で眼鏡を押し上げると、乾は比奈の隣に腰を下ろす。
「一ノ瀬が転校した後に俺がその事を教えたら珍しく動揺したくらいだ。『あいつらが・・・まさか・・・』を延々と繰り返しながらな」
もちろん部員達は表立って比奈に手を出す事はなかったので、手塚が気付かなかったのも無理はないのだが。
「おかしいとは思っていたんだ。バカがつくほど真面目でバカがつくほど頭が堅くて融通がきかない上、正義感がやたらに強い手塚が部員達を止めないわけがないのにな」
「乾・・・お前・・・」
「手塚君にバカって言う人初めて見た」
「俺が話してもすぐに信じなかったくらいだ。他の奴らも手塚に知られないようにしていただろうしな」
二人の声をさらりと聞き流すと、乾は深々と溜め息を吐いた。
「それに、今回の事は仕方がない。牧村と部員が一丸になって計画していたんだ。たとえ手塚でも許可しないわけにはいかないだろう」
「―――そもそも、牧村 瑞穂がどうして氷帝に比奈がいるって知ったのかが僕は知りたいな」
再び割り込んできた声に、今度は乾も含めて一斉に振り返った。
「滝ちゃん!」
「比奈が食堂に来ないからみんな発狂寸前だよ。また遭難したかもって、跡部なんかいつでも捜索ヘリを呼べるよう電話を握りしめてるんだから」
「それは嫌かも・・・」
安易に想像できたのか、比奈は微かに顔を引き攣らせる。
「それから―――・・・」
スタスタと歩み寄ると、滝は勢い良く比奈の腕を引いて立ち上がらせた。
「むやみに男二人に囲まれるんじゃない。忍足と・・・忍足が怒り狂っちゃうよ」
一瞬「忍足とジロー」と言いそうになり、滝は内心苦笑しながら言い換える。
「ホラ、さっさと食堂に行った行った」
滝に急かされ、比奈は渋々食堂へと駆け出した。
それを笑顔で見送ると、滝は今まで比奈が座っていた手塚と乾の間にドカッと腰を下ろす。
「―――さてと。君達には幾つか聞いておきたいことがあるんだ」
いいかな?と、有無を言わさない笑みを向けられ、手塚と乾は背中に冷たい汗が流れるのを感じた。
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