彼氏の使命 彼女の特権
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漸く落ち着いた忍足と比奈は再び長い道程を歩き出した。
寒さは相変わらず厳しいが、歩きながら他愛ない話をしているとそれほど苦には感じなかった。
「眼鏡・・・流されちゃったね」
「予備の眼鏡が荷物に入っとるからえぇよ」
「・・・予備、あるんだ・・・」
(ダテ眼鏡なのに・・・)等と思いながらチラッと隣の忍足を見上げると、珍しくレンズ越しじゃない瞳と視線が重なる。
それが妙に気恥ずかしくなり、比奈は慌てて目を逸らした。
「そんな照れんでもえぇやん」
「べ、別に照れてない!」
そう言ってずんずんと歩く比奈に忍足は肩を竦める。
そして辺りに視線を投げると一瞬目を細め、小さく口元に笑みを浮かべた。
「比奈」
「んー?」
「人もおらんし、キスしよか?」
突拍子のない忍足の言葉に比奈は思いっきり転びそうになった。
「~~っな、何言い出すかと思えば!今はそれどころじゃないでしょっ!!」
「イヤなん?」
「ぃ、イヤとかそう言う問題じゃ・・・」
「ほな、えぇの?」
「だ~か~ら~っ!」
「比奈が無事やっちゅー事を実感したかったんやけどなぁ・・・」
急にわざとらしく淋しげに俯く忍足。
「ホンマ、死ぬほど心配したしなぁ・・・」
「うっ・・・」
「ちょっとくらいご褒美くれたかて、バチは当たらんのになぁ・・・」
後ろめたい所を正確に寸分の狂いもなく突いてくる忍足。
比奈は思わず立ち尽くしたまま硬直した。
その顔には動揺と恥じらいが入り混じっており、それを見た忍足は(よし、あと一押しやな・・・)と、心の中でガッツポーズを決める。
「比奈―――誰もおらんで?」
擽るように指先で比奈の頬を撫でる忍足。
フェロモンモード全開である。
そんな忍足の狙い通りに比奈が了承しそうになった瞬間―――・・・
「―――ねぇ、お取り込み中悪いんだけど」
「わぁっ!?」
唐突に聞こえた声に驚き、比奈は咄嗟に接近していた忍足を突き飛ばした。
「び、ビックリした!越前くんか・・・」
「ビックリしたのはこっち。川に落ちて流されたって聞いたんだけど元気そうじゃん」
「あ、捜しに来てくれたの?ごめんね、練習の邪魔しちゃって・・・」
「・・・別に。気になって練習になんないし」
照れ隠しか何気なく帽子を弄る越前。
突き飛ばされた上に忘れられている忍足は、その様子を面白くなさそうに見ていた。
「わざわざスマンかったなぁ・・・越前」
「・・・ランニングのついでだったから。それより早く戻らないと、跡部さんが捜索隊の準備してるんだけど」
「「げっ!」」
越前の言葉に比奈と忍足の声が重なる。
「早く戻ろう!跡部の事だからそのうちレスキュー隊とか要請しちゃうかも!!」
「急げ急げ!」と慌てて駆け出す比奈。
そんな彼女の後ろ姿を見ながら、越前が小さく溜め息を吐いた。
「・・・さっき」
「ん?」
「俺がいるの分かっててあの人にキスしようとしたんじゃないの?」
どこか不機嫌そうな越前とは裏腹に、忍足は薄く笑みを浮かべる。
「マーキングしとかな、横槍いれようとする奴がおるからなぁ」
「盗られそうで怖いの?」
「余計な面倒は避けたいんや。―――なんや自分、俺から奪えると思うとるんか?」
「やってみなきゃ分かんないだろ」
二人の間で微かに火花が散る。
忍足はジッと値踏みするように越前を見ると、フッと小さく笑った。
「手加減はせんからな」
そう言い残すと、先に行った比奈を追い掛けて駆け出す。
それを眺めながら、越前はギュッと拳をきつく握った。
「―――臨むところだね」
凛としたその呟きは誰の耳に届く事もなく、凍てつくような風に掠われていった。
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