彼氏の使命 彼女の特権
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身を切るような冷たい川から漸く上がると、忍足は荒い息を繰り返しながら腕に抱いた比奈を見下ろした。
寒さに震え、ぐったりとしているが息はある。
水を飲んだのか時折むせていたが、比奈は徐々に朦朧としていた意識をはっきりさせていった。
忍足は比奈を、比奈は忍足を見つめ、二人はどちらからともなく互いを抱きしめる。
相手の無事を確認するように、その存在に安堵するように―――・・・
「さっむっ!!」
「しゃあないやろ。冬は寒いもんなんやから」
ガタガタと濡れきった体を震わせる比奈に言い聞かせつつ、忍足は着ていたジャージを脱いで絞った。
「比奈も早う脱ぎ。水気を絞るだけでも大分違うで?」
忍足に言われるまま比奈も着ていたジャージを絞ろうとするが、寒さでかじかんだ手は感覚すら怪しかった。
「てっ・・・手が震えて力が入らない・・・」
「貸してみ」
忍足は比奈からジャージを取り上げると、自分のと同じようにキツく絞り上げる。
「下に着とるシャツも脱いで貸し」
「えっ!?こ・・・ここで?」
「・・・後ろ向いとるから」
クルッと背を向ける忍足に、比奈は躊躇いつつもシャツを脱いで渡した。
「私達どこまで流されたんだろ・・・」
「さぁ・・・そんなん見てる余裕無かったしなぁ」
水気を絞ったシャツとジャージを後ろ手に比奈に渡すと、忍足はゆっくりと辺りを見回した。
「・・・取りあえず歩こか」
「えっ!?ダメだよ!遭難した時はその場から動いちゃいけないんだよ?自分がどこにいるのか分からなくなるし、発見されにくいでしょ!!」
ゴソゴソとジャージを着込みながら力説する比奈に、忍足は苦笑して肩を竦めた。
「―――遭難やないで」
「へ・・・?」
「そこの林の間から道路が見えとるやん。合宿場に行く途中で通った道やろ」
言われるままに林に目を向けると、確かにコンクリートの道が続いていた。
「せやから道路を歩いとれば合宿場に着くやろ?跡部達に捜し出されるのを待っとっても凍えるだけやしな」
「よ、よかった~」
比奈は心底ホッした様子で胸を撫で下ろした。
「じゃあ早く戻ろう!本当に寒いし~っ!」
微かに吹いてくる風にも身を震わせると、比奈は忍足を急かすようにその手を引っ張った。
「運よく車でも通ってくれたらええんやけど、そこまで甘くないやろなぁ」
「山だしね。何にもないから人なんて来ないよ」
人気の無い道路に出ると、二人は顔を見合わせて肩を竦める。
そして互いに繋いだ手に力を込めると、先の見えないコンクリートの道を一歩一歩進み出した。
―――数分後、互いに黙々と歩いていた時だった。
「・・・でもさぁ」
「なんや?」
唐突に口を開いた比奈に忍足が首を傾げる。
「なにもさ・・・侑士まで飛び込まなくても良かったんじゃない?」
「はっ?」
予想外の比奈の言葉に、忍足は心底驚いて目を丸くした。
「確かに私泳ぐの得意じゃないけど、でも・・・」
「得意やない何てレベルやないやろ。俺が引っ張り上げんかったら沈んどったやん」
「だからって・・・侑士まで溺れたらどうするの?学校のプールとかじゃないんだよ!?流れの速い自然の川なんだから!」
「アホ!尚更比奈だけにしておけるか。溺れるのが分かっとるのに流されるのを見送るほど俺は人間やめとらんわ!」
「・・・っ・・私は!私のせいで侑士が危険な目にあうのは嫌だっ!!」
思わず立ち止まって声を荒げる比奈の頬を、忍足は優しく「ペチッ」と叩いた。
「俺は・・・比奈が危険な目にあうんが嫌や」
「・・・・」
押さえ付けたように強張る声で、珍しく忍足が怒っているのを感じる。
「俺だけ安全な所に居て、比奈だけが独りで心細くしとるんも嫌や」
「侑士・・・」
「もし俺がモタモタしとって比奈を助けられんかったら・・・俺は多分、一生自分が嫌になる」
比奈は繋いだ手から忍足が震えているのを感じた。
「比奈がおらんなったら・・・俺、どないすればえぇんや・・・っ」
いつも余裕の笑みを浮かべている忍足の顔が微かに歪む。
比奈は咄嗟に背伸びをして忍足の首にしがみついた。
それを抱き留める忍足は比奈の肩に顔を埋め、吐息のように小さく何度も比奈の名前を呼ぶ。
初めて見る子供のような忍足に、比奈は何度も髪を撫で、頭に頬を擦り寄せた。
「ごめん・・・ごめんね、侑士・・・」
耳元で囁くと、比奈は忍足が顔を上げるまで何度も繰り返し名前を呼び続けた。
相手を大切に思うからこそ相手の無事を願わずにはいられない。
相手を大切に思うからこそ自分よりも相手を優先してしまう。
だからこそ忍足は危険を侵し、比奈は忍足を危険に晒した自分を責めた。
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