彼氏の使命 彼女の特権
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「イヤっ・・・お願い!やめて・・・やめてぇっ!!」
悲痛な比奈の叫びが辺りに響き渡る。
自分を取り囲む人影に後退りながら、比奈は必死に周囲を見回した。
(侑士・・・侑士はどこ!?)
いつも自分を守ってくれる忍足を必死に探すが、その姿はどこにも見つけられなかった。
震える脚を叱咤し、比奈は何とかこの場から自力で逃げ出そうとするが、抵抗も空しく呆気なく捕らえられる。
「放して!私の事はほっといてっ!お願いっ・・・」
数名に腕を押さえ付けられ、比奈は更に自分に伸びてくる手に恐怖し、絶叫した。
「ギャァアア―――っ!!寒いーっ!!!」
―――時は早朝。
昨日同様、完全防寒で朝練に挑んだ比奈は、跡部を筆頭とした部員数名に取り押さえられていた。
「黙れバカ!懲りずにまた厚着しやがって!」
「寒がりなんだもん!これぐらい認めてよ!跡部のカバ!!」
「っんだとコラァッ!もう一度言ってみろ着膨れトド女がっ!」
「と、トド~っ!?」
「トドじゃなかったらセイウチだ!」
「こ~の~カバ跡部っ!!せめてアザラシとかペンギンとか可愛いー動物に例えてよ!」
「バーカ!お前の見苦しい着膨れはトドやセイウチで充分なんだよ!」
「ムキーっ!!」
トドやセイウチが聞いたら名誉棄損で訴えられそうな言い草である。
怒り沸騰中の比奈と跡部がかなり低レベルな言い争いをしている間に、他の部員達はせっせと比奈の防寒着を剥ぎ取っていった。
「けど・・・よくこれだけ着込めたなぁ」
「全くだ。これで普通に動き回れる先輩をある意味尊敬するな」
鳳の言葉に半ば投げやりに日吉が答えると、すかさず比奈が喰いついた。
「ホラッ!若も私を尊敬してるってよ!!後輩に認められ讃えられてる私にこういう扱いしていいと思ってるわけ!?」
「誰も讃えるとは言ってません」
「ハッ!皮肉に決まってんだろーが!!日吉、お前も遠回しな言い方してねぇでガツンと言ってやれ!」
「俺を巻き込まないでください」
あからさまに嫌そうな顔で日吉・不参加宣言。
そんな光景に肩を竦めつつ、滝は黙々と比奈の背中から貼るホッカイロを剥ぎ取った。
「滝ちゃ~ん!ホッカイロだけは勘弁してぇ!じゃないと凍っちゃうよ~っ!!」
「大丈夫だよ。もし凍ったらオブジェにして僕の部屋に飾ってあげるから」
「それって全然大丈夫じゃないし・・・あっ、でも滝ちゃんの部屋には行きたいかも!ね~、壁は全面鏡張りって本当?」
「いや、そんなわけないから」
「あれ、違ったの?じゃあ自分の特製ポスターを壁・床・天井に貼ってあるってのが本当?」
「それじゃただの変態だよ」
「これも違う?ん~じゃあ後は」
「―――それ以上くだらないガセネタを僕に聞かせたら、ホッカイロだけじゃなくてその分厚い面の皮も一緒に剥いじゃうよ?」
「ホッカイロだけでご勘弁を・・・」
二度と噂話は信じまいと心に誓い、比奈は皮を剥がれる前に自らホッカイロを剥ぎ取って差し出した。
「う~寒っ!・・・そう言えば侑士は?さっきからいないみたいだけど」
「あぁ、跡部の代わりに手塚と練習メニューの打ち合わせだよ」
「跡部ってば職務怠慢してまで私から温もりを剥ぎ取りたかったわけ!?」
最低~!と叫んだ瞬間、問答無用で頬を抓り上げられる。
「どいつもこいつもお前を甘やかすから俺がやらねぇとダメなんだよ!忍足なんか甘やかし筆頭だろうが!!」
「たひはい(確かに)・・・」
ふがふがと比奈が呟くと、跡部はやれやれと手を離し、ごっそりと取れた防寒グッズに溜め息を吐いた。
「・・・朝練だけベンチコート着用を許可してやる」
「本当っ!?」
「ああ。だからもう着膨れて余計な手間をかけさせるんじゃねぇ。―――いいな?」
「え~・・・」
「いいな!」
「・・・はぁい」
今にもキレそうな跡部に比奈は渋々と頷いた。
「なんや、結局跡部の負けか?」
打ち合わせから戻った忍足は、比奈が厚手のベンチコートを着込んでいるのを見て苦笑を漏らした。
「忍足―――お前、この強情な女のどこがイイんだよ」
「ナルシーな跡部よりはずっとマシです~」
「チッ・・・口のきき方も知らねぇ奴とよく付き合えるぜ」
「そこがまたえぇんやん」
苦々しく顔を顰る跡部に満面の笑みで答えると、忍足は練習メニューのファイルでポンッと比奈の頭を軽く叩いた。
「俺が居らん間に悪させんかったか?」
「それどころじゃなかった。皆で寄ってたかって私から身ぐるみ剥ぐんだもん」
「比奈のは着すぎやて。動けばすぐに暑くなるんやから我慢せな」
「ブー」
不満げに唇を尖らせると、比奈は「ボール運んで来る!」と言い残してその場を後にした。
それを笑顔で見送ると、比奈の姿が見えなくなった瞬間、忍足はゆっくりと跡部達を振り返った。
「―――で?比奈から身ぐるみ剥ぐ時に誰も余計なトコ触っとらんやろうなぁ?」
貼付けたような笑みを浮かべる忍足に、一同は比奈から剥ぎ取った防寒グッズを着用したくなる程の寒気を感じた。
「ナルシー跡部め!自分の顔を見過ぎて優しさを鏡の中に忘れてきたんじゃないの!?」
もうっ!と跡部への恨み鬱憤を零しながら比奈は勢い良く倉庫の扉を開けた。
「ボールボール、と・・・。やっぱ青学の分もいるかなぁ。朝練に女子が不参加なら人手は足りてないだろうけど・・・」
(変に気を回していちゃもんつけられてもなぁ・・・)
やれやれと溜め息を吐くと、比奈は取り敢えず氷帝の分を運び出した。
(青学の分は・・・後で越前くんにでも声かけてみよう)
そんな事を考えながら倉庫の外に出ると、不意に人の気配を感じて比奈は勢い良く振り返った。
「あっ・・・竜崎・・・さん?」
「・・・おはようございます。一ノ瀬さん」
「お・・・はよ・・・」
昨日とは明らかに違う態度の咲乃に比奈は顔を強張らせる。
初対面の時ですら緊張しながらもぎこちなく笑顔を見せていた咲乃は今、別人のように無表情で比奈を見ていた。
「少し、お話があるんですけど・・・いいですか?」
暗に着いて来いと言った咲乃の様子に比奈は暫く考え、小さく頷いた。
「・・・いいよ」
―――それから数時間経っても、比奈はコートに戻って来なかった。
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