彼氏の使命 彼女の特権
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「あっ」
「ん?」
風呂上がり、お茶を買いに立ち寄った自販機の前で比奈はバッタリと越前に出くわした。
比奈と同じく入浴を済ませたばかりなのだろう。
普段は帽子で隠れている髪からは微かに水滴が滴っていた。
「あぁ、越前くんか。帽子被ってないから一瞬分からなかったよ」
「風呂上がりに被ってたら変じゃない?」
「そうだね~。一日中帽子被ってるとハゲるって聞いたことあるし」
「・・・嫌な事言わないでくれる?俺はハゲないよ」
「あははっ、それはどうかな~?」
ケラケラと笑いながらお茶を買う比奈。
それを不服そうに眺めつつ、越前も買ったばかりのファンタを飲み始めた。
「―――忠告、役に立たなかったね」
ポツリと越前が呟くと、比奈は何も言わずに苦笑した。
「アンタじゃなくて竜崎にするべきだった」
「竜崎さんを巻き込んじゃダメだよ。素直な良い子なんだから」
一生懸命に洗濯を手伝ってくれた桜乃の姿を思い出し、比奈は小さく笑みを浮かべる。
そんな比奈を見つめ、越前は静かにため息を吐いた。
「アンタは傷ついてもいいわけ?」
「今日はケガする前に助けてもらえたよ」
「『今日は』でしょ?合宿が始まったばかりってアンタ知ってる?」
小馬鹿にしたような越前の憎まれ口に比奈は小さく頬を膨らませる。
「ねぇ、『アンタ』はやめようよ。一応年上なんだから『比奈先輩』にして」
「・・・・」
「・・・じゃないと、若達を見習って私も『チビ助』と」
「わかった。『比奈先輩』って呼ぶから」
言葉を遮るように即答する越前に、比奈は思わず盛大に吹き出した。
「何笑ってんの?」
「いやぁ、越前くん可愛いなぁって」
「・・・子供扱いはやめてほしいっスね」
「―――見た目からして充分子供やろ」
不意に聞こえた声に振り返ろうとした瞬間、越前は頭にズシッとした重みを感じた。
「・・・侑士、越前くん潰れそう」
「そら潰す気でやっとるからなぁ」
言いながら忍足は越前にもたれる腕に更なる体重をかける。
「比奈の戻りが遅いから迎えに来てみれば・・・青学のルーキーに捕まっとるし」
「別に、偶然会っただけだし。わざわざ迎えに来るなんて過保護過ぎるんじゃない?彼氏やめて保護者になれば?」
「そしたら尚更、自分みたいなチビガキに近寄らんよう言い聞かせなアカンな」
「老け顔だからって妬まないでくれる?―――それから、いい加減重いんだけど。何かにつかまらないと立てないなんて、もう足腰弱ってんじゃない?」
老化現象?と生意気に笑う越前に比奈の方が冷や汗をかいた。
「ゆ・・・侑士、ムキにならないでね?」
「・・・・・・・・当たり前やん。子供の言う事に一々反応してられへんわ」
だったらその『間』は何?と、ツッコミそうになるのを比奈は必死に耐えた。
「ほら、ええ加減戻るで。明日も朝練あるし、早よう寝よ」
そう言って越前から身を起こすと、忍足は比奈の手を握り、軽く引っ張った。
「昨夜はうっかり腕を緩めとったからなぁ。今夜はガッチリ押さえ込んだる」
「えー。ジロちゃんが布団に入れてくれたから平気だったじゃん」
「全っ然平気やないやろ!ホンマ危機感足りんわ」
「はいはい、ごめんなさいね~。じゃあ越前くん、おやすみー」
「ウッス」
尚も小言を漏らす忍足の手を引き、比奈は小さく欠伸をしながら部屋へと歩いて行った。
それを見送りながら、越前はフッと微かに笑みを零す。
「・・・ホント、見てて飽きない人」
それは思いのほか優しい声で、正面から見れば普段より越前の眼差しが穏やかなのがよく分かる。
「男の好みはまだまだだけどね・・・」
コロコロとよく表情を変える比奈を思い出し、越前は小さく目を細めた。
「『比奈先輩』、か・・・」
噛み締めるようにその名を口に乗せると、まるで全身に染み込むように暖かいモノが広がる。
それが何なのか、この気持ちを何と呼ぶのか、越前は自分なりに理解し始めていた。
好きに・・・なったの?
アノ人が好きなの?
ねぇ・・・リョーマ君っ・・・
そう叫びそうになるのを耐えながら、桜乃は自販機の傍の廊下に立ち尽くしていた。
昼間の事を比奈に謝ろうと氷帝の部屋へ向かっていた桜乃。
その途中で比奈と忍足、そして二人を見送る越前を見つけ、桜乃は咄嗟に声をかけようと口を開いた。
―――が、桜乃の口から言葉が紡ぎ出されることは無かった。
その視線は越前に注がれ、桜乃は目を逸らす事が出来なかった。
何で・・・そんな顔をするの?
そんな表情・・・今までしたこと無いのに・・・っ!
「『比奈先輩』、か・・・」
やめて・・・!
そんなに優しい声でアノ人の名前を呼ばないで!!
自分の中にどす黒い感情が渦巻き始めるのを感じたが、桜乃にそれを止める術はなかった。
気付けば越前はその場から立ち去っており、自分の存在に少しも気付いてくれないことに更なる哀しみが桜乃を襲う。
「―――比奈ちゃんに越前くん盗られちゃった?」
クスクスと弾む声に驚き、慌てて振り返ると―――・・・
「瑞穂・・・先輩・・・」
妖艶な笑みを浮かべる瑞穂。
その瞳は新しい玩具を見つけた子供のように輝いていた。
「私が力になりましょうか?」
そう言って差し出された手。
甘美な闇の誘惑。
それを拒む術を・・・桜乃は知らなかった。
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