彼氏の使命 彼女の特権
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比奈に殴りかかろうとした桃城。
それを受け止める忍足。
二人は互いに一歩も引かず、騒ぎを聞き付けてやってきたそれぞれの部長に止められるまで睨み合っていた。
「何をしている桃城。早く練習に戻れ」
「・・・・」
手塚の言葉に桃城は答えなかった。
視線の先には忍足、そして比奈を捉えたままである。
力が緩まない桃城の拳に、忍足の手にも力が入る。
「お前もだ忍足。いい加減手を放せ」
「・・・このアホタレが比奈に何もせんのやったら放すわ」
そう言って忍足は一層強く桃城の腕を握り締めた。
「部長命令だ。―――樺地。お前ももういい、放せ」
跡部のその言葉で、比奈は漸く忍足の背中から視線を外した。
殴り掛かろうとしていた桃城の右手を忍足が受け止め、その向こうで残った左手を樺地が掴み、引き止めていた。
それによって身動きのとれない状況にも関わらず、桃城の拳から力が抜けることはない。
まだ動き出そうとする様子の桃城に、樺地は敢えて跡部の言葉に従わなかった。
「放すのは危険・・・です」
「言うとったやろ跡部。コイツらが比奈に危害を加えるんやったら、俺はもう後先考えへん」
比奈から忍足の表情は伺えなかったが、感情を押し殺したようなその声で本気だというのがわかる。
「チッ・・・熱くなりやがって。おい手塚、自分の所の部員くらい手綱を握っておけよ」
「・・・すまない。桃城、手を引いてグラウンドを100周してこい」
「・・・・」
「桃 城っ!!」
手塚の怒鳴り声で桃城は漸く拳を緩め、手を引いた。
桃城の腕から力が抜けたのを確認すると、忍足と樺地も警戒しながらゆっくりと掴んでいた腕を放す。
一瞬、念を押すように桃城を睨むと、忍足は慌てて立ち尽くしたままの比奈に駆け寄った。
「比奈!ケガしとらんか?何もされとらんやろな?」
そう言って比奈の顔を覗き込む忍足は、既にいつもの優しい忍足に戻っていた。
「遅うなって勘忍な。樺地と一緒に探しとったんやけど・・・」
余程心配してたのか、その瞳は不安げに揺れていた。
優しい声と、腕に伝わる温もりで、先程止まったはずの涙が静かにまた溢れ出した。
「怖かったやろ?ホンマ間に合うてよかったわ」
そう言われて初めて、比奈は自分の身体が震えているのに気付いた。
恐怖を自覚すると更に涙が溢れ、比奈は慌ててそれを拭った。
「だ・・・大丈夫。庇ってくれてありがと・・・。あ、樺ちゃんも・・・ありがとね」
「・・・ウス」
「ホンマ、付き合わせて勘忍なぁ樺地。おかげで助かったわ」
忍足は何度もジャージの袖で顔を擦る比奈の腕を止めると、ギュッと比奈の頭を抱き寄せ自分の胸に押し付ける。
それが「無理せず泣け」と言われているようで、比奈は一瞬躊躇った後、忍足のジャージを握り締めて静かに泣いた。
そんな比奈の様子に忍足は一瞬、切なげに目を細める。
「・・・樺地が桃城を止めてくれな、俺ホンマにアイツの腕潰しとったわ」
宥めるように比奈の髪を撫でながら呟くと、忍足は何やら手塚に怒鳴られている桃城を冷たく見据え、すぐにニコリと笑って樺地を見た。
「ホンマ、ありがとな」
「・・・ウス」
「―――ったく、世話焼かせやがって・・・」
漸く治まりの着いた様子にやれやれとため息を吐くと、跡部は立ち尽くしていた女テニ部員と比奈が放りだしていた洗濯物、そして冷えて赤くなった比奈の手を見て小さく舌打ちをした。
「・・・お前ら、よっぽど暇らしいな。だったら今から洗濯してろ。―――コイツがやっていたように手洗いでな」
いいな、と女子達を睨み付けると、跡部はだいぶ泣き止んだ比奈の頭を乱暴に掻き乱す。
「行くぞマネージャー。昼からする試合の組分け準備だ」
「跡部・・・」
珍しく気を遣ってくれている部長に、比奈は少し照れ臭そうに頷いた。
「跡部・・・ごめんね」
「バーカ。俺様がこんな事くらいで困る様に見えるかよ」
「―――イヤ、実はさっき跡部のタオル引き千切っちゃってさ」
「ハッ!そんな事くらいで・・・・何だと?」
予想外の内容をカミングアウトされ、咄嗟に跡部の思考が停止する。
それをいいことに―――・・・
「よかった~。いつ言おうか悩んでてさぁ」
「よかったなぁ、怒られんで」
―――等と勝手に解決させていった。
既に穏便に解決されていた自分のタオルの問題に、跡部は文句を言いたくても言えない歯痒さを味わうのだった。
昼からの練習は、シングルスでのくじ引き試合だった。
「菊丸バズーカァ!!」
「甘いぜ!おらぁー!!」
同じアクロバティックプレイヤーの向日と菊丸。
二人は初戦から当たり、それぞれ自分のアクロバットプレイへのプライドを賭けての試合に臨んでいた。
「なんか・・・ピョンピョンとよく跳び回る試合だね」
試合の経過を記録していた比奈が思わずといった風に呟くと、隣で試合の順番を待っていた忍足が深々と頷く。
「比奈、コイツらの試合を見るんは程々にしとかんと、そのうち首痛めるで?」
「そだね・・・」
ただでさえボールの動きを追うので目が疲れるのに、更に縦横無尽に跳び回る二人の動きまで見ていてはこちらの身が持たない。
内心向日に悪いと思いながらも、比奈は休憩がてらに他のコートを見回した。
至る所で皆が白熱した試合を行っている。
それは見ているだけでもワクワクと気持ちが浮き立つ程だった。
「侑士は誰と試合するの?」
「初戦は確か・・・大石やったなぁ」
「大石くんか~」
比奈の脳裏に面倒見の良い大石の姿が浮かぶ。
「・・・大石くんてさ、侑士にちょっと似てるよね」
「俺はタマゴ頭やないで」
「イヤ、髪形じゃなくて・・・何て言うか、周りをよく見てる所とかさ。ダブルスの試合を見てると分かるよ。前衛のサポートの仕方とか試合の流れを掴んじゃう所とか」
「そらな、前衛があれだけ無茶苦茶に突っ走る奴やったら、必然的に後衛が周りを見らなアカンわ。せやから俺らが似とるんやなくて、アイツら前衛が似とるんや」
「見てみぃ」と忍足は呆れたように目の前で同じ様に跳ねる向日と菊丸を指差す。
それを見て比奈は小さく苦笑するしかなかった。
「―――俺としては、大石よりもその次で当たる乾が気になるけどなぁ(比奈と仲ええのが特にな・・・)」
寧ろ『気になる』と言うより『気に障る』のだろう。
比奈と親しげな乾に対して、密に闘志を燃やす忍足であった。
そろそろどのコートでも勝敗が決まり始めてきた時だった。
比奈達の居た向日VS菊丸の隣のコートで小さな騒ぎが起こる。
(隣は・・・確かジロちゃんと海堂くんの試合のはず)
比奈は慌ててスコアブックを放り出すと、隣のコートへと駆け込んだ。
ざわつく人込みを掻き分けてコートを覗くと、比奈は思わず眉を寄せた。
コートのネット付近に僅かに血痕が出来ていたのだ。
選手は誰も立っておらず、試合はどうなったのかと比奈は慌てて人込みに視線を走らせた。
すると何やら宍戸と話している芥川の姿を見つけ、比奈は直ぐさま駆け寄った。
「ジロちゃん!!」
「あ、比奈~」
比奈が声をかけると芥川は嬉しそうに手を振ってきた。
「ジロちゃん試合は?!なんか血痕が残ってたけどケガしたの!?」
泣きそうになりながら問い掛ける比奈に苦笑すると、芥川は宍戸と顔を見合わせた。
「あの血は俺のじゃなくて、俺と試合してた・・・あの・・・アレ、誰だっけ?」
「海堂くん?」
「あ~そうそう!その彼がドカンとぶつかってガッとケガして~」
(わからん・・・っ!)
イマイチ状況を把握できない芥川の説明に、比奈は咄嗟に宍戸に助けを求めた。
「・・・ジローのボールを拾おうとした海堂が鉄柱にぶつかって足をケガしたんだよ」
「えぇっ!?ケガって酷いの?」
「さぁな、手当てする前にどっか行っちまってよ・・・」
「だから試合も中止だC~」
残念そうに芥川が呟くのを最後まで聞かず、比奈は猛烈な速さで救急箱を掴み走り出した。
(海堂くんは・・・確かバンダナしてる人だったっけ?)
バンダナバンダナと繰り返しながら走っていると、微かに水音がして比奈は足を止めた。
ヒョイッと音のする方を覗くと、比奈は目的の人物を発見する。
海堂はちょうどケガをしたという足を水道の水で洗っている最中だった。
水で傷が痛むのか、その眉間には深く皺が寄っている。
比奈は持っていた救急箱を握り締めると、意を決したように飛び出した。
「ちょっとキミ!」
「あぁっ?」
(コ、コワっ・・・!)
視線を向けられただけで怖じけづきそうになる気持ちを叱咤し、比奈は救急箱を突き出した。
「て・・・手当てしよう」
「必要ねぇ」
「いや、あるよ。洗っただけだとバイ菌と雑菌が・・・」
「うるせー!ほっとけ!!」
そう怒鳴られた途端、比奈のビビりゲージが呆気なく最大値を超えた。
つまり―――キレた。
比奈は顔を背けていた海堂の膝に持っていた救急箱をドカッと乗せた。
「おい・・・なんのつもりだ」
サクサクと消毒液を出したりガーゼを用意する比奈に海堂は再び眉間に皺を寄せる。
「手当てはいらねーって言って」
「うるさいっ!!」
怒鳴ろうとしたところを逆に怒鳴られ、海堂は珍しく呆然と目を丸くした。
「カッコつけて手当てしないなんて馬鹿じゃない?そういう奴ほど傷口からバイ菌が入って化膿して壊死して切断して義足になって後悔するの!自分の浅はかさにその時になって気付くんだよ!?思春期のつまらない強がりで払うには大きな代償だよ!」
「・・・・」
一気にまくし立てられ、海堂は思わず言葉を忘れた。
比奈は比奈で言うだけ言ってすっきりしたのか、再び手当てをするべく手を動かす。
今度は海堂から文句が出ることはなく、彼はただ無言で手当てする比奈の手元を見ていた。
出血の割に海堂の傷は大したことなかった。
その事に安堵すると、段々と手当てが終わるにつれ自分がやらかしてしまった事実に比奈は直面する。
(怒ってる・・・よね。まさか殴られたりしないよね・・・)
悪い想像ほど鮮明に頭に浮かび、手当てを終えた比奈は片付けをしながらダッシュで逃げる準備をした。
―――そして、
「・・・オイ」
「きゃああぁ~ごめんなさ~いっ!」
声をかけられた瞬間、凄まじい悲鳴をあげて全力疾走するのであった。
その場にポツンと残された海堂は、再び呆然と立ち尽くすのだった。
「こ・・・怖かった・・・本当に怖かった・・・」
一気にコートへと駆け戻った比奈は、ひたすら忍足の背中にへばりついてプルプルと震えていた。
「何なのあの迫力は!中学生には必要ないでしょ~」
「お疲れさん。つーか、そんなに怖いんやったら無理して手当せんでも・・・」
「だってほっといたらバイ菌が入って化膿して壊死して切断して義足に」
「―――はいはい、もうええから・・・」
妙にリアルな想像をさせる比奈の言葉を、忍足は慣れた様子で受け流すのであった。
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