船の整備も終わり、必要な物は揃った。
出航を明日に控え、シリウスの面々はヤマトでの最後の晩餐を楽しんでいた。
あれからヒロインに会うことは無かったが、なんとなく気が乗らず、結局あんなに楽しみにしていた娼館にリュウガは行かなかった。

(珍しいこともあるもんだ。だが、出航してしまえばあの少女のことなんて忘れるだろう)

と、リュウガは自嘲気味に思いながら、モヤモヤした気持ちを吹き飛ばすように大声で言った。

リュウガ「おっしゃー、まだまだ飲むぜー！オヤジ、酒もってこい！次はトワとシンの飲み比べだー！」

トワ「えー、また僕ですかあ？船長、もう勘弁してくださいよぉ…」

シン「トワが相手では俺も張り合いがない」

ブツブツ言う二人の後ろからソウシの声がした。
ソウシとハヤテは買い忘れがあったとかで席を外していた。

ソウシ「みんな、ただいま」

リュウガ「おう、戻ったな！・・・てその女は・・・」



“多生の縁”


リュウガは目を見張り、ソウシの言葉が脳裏に浮かんだ。
ソウシとハヤテの後ろからおずおずとこちらの様子を伺っていたのは、紛れもなくヒロインだった。

机の周りに散らばる空瓶の数を驚いたように大きな瞳で見回していた。その瞳は僅かに赤く、先程まで泣いていたことが分かった。

驚いていることを知られないよう、ヒロインのことを覚えてないフリをする。

そんなリュウガにソウシはフッと笑みをこぼし、ヒロインに自己紹介させると、こちらのメンバーを紹介し、ここに連れてきた流れを説明した。

ソウシ「船長、彼女家に帰れない事情があるらしいんです。一緒にごはんを食べてもいいですか？」

ソウシはヤマトに来てから、いや、正確に言うと吉乃と会ってから、リュウガは女に一切興味を示さなかったことに気付いていた。そして、街中に出ると何かを探すようにふと、視線が彷徨うことが度々あった。そしてその時だけ、リュウガから伝わる緊張が解けていた。
こんなことは、仲間になってから初めてだった。ふざけているようにしか見えない時も、酔っ払っている時も、女を侍らせている時も、リュウガの皮膚からはピリピリした緊張が伝わってきた。
危険な存在が近付けばすぐに対応出来るように神経を研ぎ澄ませている。
リュウガはもう無意識でやっていることとはいえ、その精神的な負担はどれほどの物か分からない。
それは海賊王として当然のことかもしれないが、仲間として、船医として、一度でいいから精神の緊張を解き、ゆっくりして貰いたいと常々思っていた。


ヒロインには何か不思議な力があるのかもしれない

漠然とそう思ったソウシは、出来ることならリュウガにもう一度吉乃を会わせたかった。
そんなことを思っていた時に目の前でしゃがみ込んで泣いているヒロインを見つけた。
声をかけると、家には帰れない事情があるらしい。

“多生の縁”

ふと先日リュウガに言った言葉が頭をよぎった。
断られるかもしれないと思いつつ、食事に誘うと意外にあっさり承諾した。
酒場に帰ると思った通りリュウガは驚いていた。そして、本人は気付いていないだろうが、ピリピリとした緊張もとけていた。
事の成り行きを説明し、リュウガに食事に同伴させることへの確認をとる。
ほんの僅かに慌てている様子が伺えるが、リュウガは快諾した。

リュウガ「ああ、もちろんだ！女がいた方が酒もウマいしな！」