本編【Shinside】
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落ち合う場所は決まっていた。
モルドーは出入りしないはずの酒場。
その店の前に馬車が止まっている。
皆が乗っているはずだ。
「お、シンが着いたぜ」
ハヤテが手を上げて俺を呼ぶ。
バカ
目立つ行動は…
そう言いかけて、辺りを見回すとモルドーの役人達がざっと取り囲む。
どうしてここが?
俺たちか、ハヤテ達のどちらかが、つけられたのか?
いや。最初からここに来るかを知っていたかのような数だ。
「おやおや。アタイの魅力についてきちまったんだね」
「誰がお前みたいなブタゴリラについてくかよっ!」
ファジーとハヤテはこんな状況でも相変わらずか。
とにかく、何とかしてこの包囲を切り抜ける方法を考えねーと…
二人は暴れる気満々のようだが、●●を守り抜きながらとなると厳しい数だった。
俺が囮になって●●を馬車で逃がすか…
脳内で策を巡らせていると――
「お前たちは下がっていろ」
この…声は…。
忘れる事もない。
暗い感情と共に何度も脳裏に浮かべた顔がそこにあった。
「ダン総督!ですが我々はカイ大臣の指示で、ここを囲んでシリウスを捕らえろと!」
カイ叔父さんが?
あの人なら、俺がこの場所を選ぶ事を知ってるかもしれない…。
この酒場を俺に教えたのは、あの人だ。
「カイなら汚職で捕まって辞任した。その証拠を私が国王に提出したんだ」
コイツはやはり出世のことしか…考えてねーのか。
自分の出世のために、今度は実弟であるカイ叔父さんを陥れたのか?!
「彼らを解放しろ」
その男が威圧的に役人達に言うセリフに耳を疑う。
役人たちに動揺が走る。
「お前の情けなど受けたくはない。捕まえてさっさと俺を殺せ」
その言葉は、俺の底深く歪んだ場所から吐き出された。
コイツをこの手で殺して、俺もこの世から消える。
オフクロが死んでから…17の時からずっと。
その為に生きてきた。
懐の銃に触れる手に力を込める。
いつでも引鉄を――引ける。
「今更何だ。罪滅ぼしのつもりか?お前は手紙一つ寄越さなかったじゃねーか。オフクロとの結婚も、ウルの票を集めるためだったんだろ」
「カイがお前にそう言ったんだな」
俺が小さい頃。
俺とオフクロの傍にいて、色んな援助をしてくれたのはカイ叔父さんだった。
「これがカイの部屋の金庫から出てきた。カイは私から、地位も家族も奪うつもりだった」
「…」
否定をしたくてもすぐに言葉が出てこない。
違う…
ずっと傍にいてくれたのはお前じゃなかった。
お前は家族を顧みる事なんてなかった。
お前が失うものなんて何もないはずだ。
お前は俺の事もオフクロの事も、振り返ることもなく去って行ったじゃねえか。便りも寄越さず返事もなく。
オフクロが死んだときだって――
「この紙の束は、私がお前たちに書いていた手紙だ。仕送りも全てカイが届けないように工作していた」
「そんな言葉に…騙されるかッ」
「この町の役人を操っていたのはカイだ」
「嘘だ!カイ叔父さんは俺と母さんにによくしてくれた…俺は…ッ」
「シンさん。役人達が言ってました。好き勝手できるのはカイ大臣のおかげだって。だからきっと…」
彼女の声が、不意に俺の胸に入ってくる。
「シンさん、自分の心を…心が感じることを、信じて下さい」
その真っ直ぐな声が、俺の足場が崩れることを知らせてくれる…
ウルの少女が●●の後ろから声をかけてくる。
「ダン総督は、すばらしい方なんです。私たちウルの為に尽くしてくださって、ようやくウルの差別も禁止されました。ウルにとって必要な方です」
オヤジは首を振り、少女の言葉を遮った。
「私はウルのために、幼なかったお前を犠牲にしてしまった。だがその選択を信じて今までやってきたんだ。…それはお前の母さんの願いでもあった」
ウルのために?
母さんの、ために…?
俺の父親は戦っていたというのか。
「そんな…俺は…コイツを許すことなんて…今さら…」
●●の瞳を見つめる。
それは何かを言いたげに、潤んでいた。
バカ。
普段うるせーくせに、
こんな時、やっぱりお前は…
オヤジが右手を差し出した。
「母さんの形見のネックレスだ」
それは美しく、深く輝く。
漆黒の石。
「すまなかった、シン。早く出世してウルを救いたかった。そのせいでお前と母さんに辛い想いをさせてしまった…取り戻せない傷を負わせてしまった…」
オヤジの腕が伸びてきて、俺の体を抱きしめる。
ああ、俺は。
ガキの頃からずっと…この腕を求めていた。
オフクロの具合がひどく悪かった日。
混血と罵られて、学校で喧嘩をした日。
喧嘩の原因をオフクロにも言えず、苦しんだ日。
オフクロが死んだ日――
オヤジがいてくれたらと何度心でつぶやいたか。
オフクロがいなくなってから、叶うなんて。
俺の手元で静かに輝くネックレス。
その先に、
●●は瞳からいくつもの輝く光を落としながら立っている。
「俺は、そんなに綺麗な涙は流せねー」
俺の両目からも光が零れ落ちた。
彼女は顔をくしゃくしゃにして、何度も首を大きく横に振ってから、大きく、うなづいた。
その姿は出会ってから今までで一番美しく、一番眩しかった。
モルドーは出入りしないはずの酒場。
その店の前に馬車が止まっている。
皆が乗っているはずだ。
「お、シンが着いたぜ」
ハヤテが手を上げて俺を呼ぶ。
バカ
目立つ行動は…
そう言いかけて、辺りを見回すとモルドーの役人達がざっと取り囲む。
どうしてここが?
俺たちか、ハヤテ達のどちらかが、つけられたのか?
いや。最初からここに来るかを知っていたかのような数だ。
「おやおや。アタイの魅力についてきちまったんだね」
「誰がお前みたいなブタゴリラについてくかよっ!」
ファジーとハヤテはこんな状況でも相変わらずか。
とにかく、何とかしてこの包囲を切り抜ける方法を考えねーと…
二人は暴れる気満々のようだが、●●を守り抜きながらとなると厳しい数だった。
俺が囮になって●●を馬車で逃がすか…
脳内で策を巡らせていると――
「お前たちは下がっていろ」
この…声は…。
忘れる事もない。
暗い感情と共に何度も脳裏に浮かべた顔がそこにあった。
「ダン総督!ですが我々はカイ大臣の指示で、ここを囲んでシリウスを捕らえろと!」
カイ叔父さんが?
あの人なら、俺がこの場所を選ぶ事を知ってるかもしれない…。
この酒場を俺に教えたのは、あの人だ。
「カイなら汚職で捕まって辞任した。その証拠を私が国王に提出したんだ」
コイツはやはり出世のことしか…考えてねーのか。
自分の出世のために、今度は実弟であるカイ叔父さんを陥れたのか?!
「彼らを解放しろ」
その男が威圧的に役人達に言うセリフに耳を疑う。
役人たちに動揺が走る。
「お前の情けなど受けたくはない。捕まえてさっさと俺を殺せ」
その言葉は、俺の底深く歪んだ場所から吐き出された。
コイツをこの手で殺して、俺もこの世から消える。
オフクロが死んでから…17の時からずっと。
その為に生きてきた。
懐の銃に触れる手に力を込める。
いつでも引鉄を――引ける。
「今更何だ。罪滅ぼしのつもりか?お前は手紙一つ寄越さなかったじゃねーか。オフクロとの結婚も、ウルの票を集めるためだったんだろ」
「カイがお前にそう言ったんだな」
俺が小さい頃。
俺とオフクロの傍にいて、色んな援助をしてくれたのはカイ叔父さんだった。
「これがカイの部屋の金庫から出てきた。カイは私から、地位も家族も奪うつもりだった」
「…」
否定をしたくてもすぐに言葉が出てこない。
違う…
ずっと傍にいてくれたのはお前じゃなかった。
お前は家族を顧みる事なんてなかった。
お前が失うものなんて何もないはずだ。
お前は俺の事もオフクロの事も、振り返ることもなく去って行ったじゃねえか。便りも寄越さず返事もなく。
オフクロが死んだときだって――
「この紙の束は、私がお前たちに書いていた手紙だ。仕送りも全てカイが届けないように工作していた」
「そんな言葉に…騙されるかッ」
「この町の役人を操っていたのはカイだ」
「嘘だ!カイ叔父さんは俺と母さんにによくしてくれた…俺は…ッ」
「シンさん。役人達が言ってました。好き勝手できるのはカイ大臣のおかげだって。だからきっと…」
彼女の声が、不意に俺の胸に入ってくる。
「シンさん、自分の心を…心が感じることを、信じて下さい」
その真っ直ぐな声が、俺の足場が崩れることを知らせてくれる…
ウルの少女が●●の後ろから声をかけてくる。
「ダン総督は、すばらしい方なんです。私たちウルの為に尽くしてくださって、ようやくウルの差別も禁止されました。ウルにとって必要な方です」
オヤジは首を振り、少女の言葉を遮った。
「私はウルのために、幼なかったお前を犠牲にしてしまった。だがその選択を信じて今までやってきたんだ。…それはお前の母さんの願いでもあった」
ウルのために?
母さんの、ために…?
俺の父親は戦っていたというのか。
「そんな…俺は…コイツを許すことなんて…今さら…」
●●の瞳を見つめる。
それは何かを言いたげに、潤んでいた。
バカ。
普段うるせーくせに、
こんな時、やっぱりお前は…
オヤジが右手を差し出した。
「母さんの形見のネックレスだ」
それは美しく、深く輝く。
漆黒の石。
「すまなかった、シン。早く出世してウルを救いたかった。そのせいでお前と母さんに辛い想いをさせてしまった…取り戻せない傷を負わせてしまった…」
オヤジの腕が伸びてきて、俺の体を抱きしめる。
ああ、俺は。
ガキの頃からずっと…この腕を求めていた。
オフクロの具合がひどく悪かった日。
混血と罵られて、学校で喧嘩をした日。
喧嘩の原因をオフクロにも言えず、苦しんだ日。
オフクロが死んだ日――
オヤジがいてくれたらと何度心でつぶやいたか。
オフクロがいなくなってから、叶うなんて。
俺の手元で静かに輝くネックレス。
その先に、
●●は瞳からいくつもの輝く光を落としながら立っている。
「俺は、そんなに綺麗な涙は流せねー」
俺の両目からも光が零れ落ちた。
彼女は顔をくしゃくしゃにして、何度も首を大きく横に振ってから、大きく、うなづいた。
その姿は出会ってから今までで一番美しく、一番眩しかった。