2、マジシャン組合連合
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翌朝、シャバーンはアシームの大声で目を覚ました。
「シャバーン様!!起きてください!王宮に行くんですよ!!」
「げっ!!」
シャバーンは慌てて飛び起きると、隣を見た。予想通り、既にラティーファは身支度を済ませて部屋の入口に立っている。
「だから言ったでしょ。朝は早いって」
「シャバーン様、どうして夜更かししたんですか?」
アシームの質問に、シャバーンは座った目で返した。
昨日はラティーファのうなされ方が酷く、結局明方まで眠ることができなかったのだ。二人に掛ける言葉が見つからず、シャバーンは咄嗟に変なポーズを取って答えた。
「マジックの練習に決まってるだろ!」
「…………熱心ですね」
「ああ、熱心だとも。わしはすっごく熱心なマジシャンです」
シャバーンの言葉の裏に大きな秘密が隠されていることなど知らないラティーファは、ターバンを持って微笑んだ。
「さ、身支度なさって。あと1時間で出発よ」
シャバーンたちは身支度を終えると、アグラバーの市場と大通りを通って宮殿の門へと歩みを進めた。彼は宮殿の入口に居る衛兵に、王宮への通行許可証を見せた。そして衛兵が何かを尋ねようとしたときだった。
「おーっ!シャバーンに、アシーム!それにラティーファじゃないか!」
宮殿の中から門に向かって元気よく駆け寄ってくる、紫と黒の服を着た男が視界に飛び込んできた。その様子を見たアシームが呟く。
「あ、クロちゃんだ」
「相変わらず元気だな…………」
クロちゃん――――黒魔術師のクリストフ・ゴールデン・クロイツは、頭に乗せた蛇のペロちゃんを気遣いながら、3人の前まで駆けつけて微笑んだ。
「お前たち、朝から元気ないなぁ!」
「いや、クロちゃんが元気すぎるだけだと思うけど……」
クロイツは謎のポーズを取っている。相変わらずの元気さに、ラティーファは笑みをこぼした。
「クロちゃんが元気じゃないと、寂しいわ。元気そうで良かった」
「えへん。そりゃそうだ。私は黒魔術師ですから」
「…………元気と黒魔術って関係あるのか?」
珍しくシャバーンがツッコミ役に徹する。クロイツと一緒に居ると、何故かシャバーンの方が常識人に見えるのが不思議だ。
「で、フリードたちはもう準備に掛かっているのか?」
フリード、と聞いて大事なことを思い出したらしいクロイツは、手を叩いてうなずいた。
「そうそう!もうすぐ収穫祭のパフォーマンスの打ち合わせが始まるんだった。行こうか、アシームとシャバーン。あ、ラティーファはどうするの?」
ラティーファはにこりと微笑むと、シャバーンの腕に手を添えた。
「そうね、ご挨拶はさせてもらうわ。でも、収穫祭のことは夫に任せることにしたの」
「へぇ…………あの一人じゃ何もできないシャバーンが頼られるとはねぇ……」
感心しつつ、やや小馬鹿にしたような声を上げながらクロちゃんが腕を組んだ。それを見たシャバーンが、眉をひそめて唸る。
「おい、クロちゃん。そりゃどういう意味だ」
「えっ、そのまんまだけど?」
「なんだとぉ……!?」
そして二人がいつものように取っ組み合いを始めようとした時だった。涼やかな声が背後から聞こえてくる。
「おいおい、二人共宮殿で刃傷沙汰は止めなさい」
「人聞きが悪いぞフリード!わしは別に…………」
出で立ちも服も爽やかな青年――――ハディ・フリードは、肩を竦めながらシャバーンの隣をすり抜けると、生真面目で心優しい少年に挨拶した。
「アシーム、元気にしていたか?」
「はい!フリードさんも、お元気でしたか?」
「ああ、私は見ての通り元気だ」
「おい、わしを無視するな」
シャバーンの声を無視して、フリードはラティーファに頭を下げた。
「ところで、本日は奥様もご一緒とは…………」
「夫が心配なので」
涼やかに笑うラティーファに、シャバーンは掛ける声も見当たらない。その様子を見たクロちゃんは、ケラケラと笑い出した。
「そりゃそうだ。こんなガキンチョみたいなおっさんが旦那だと、心配だねぇ」
「誰がガキンチョだ。わしは紳士だぞ」
「紳士…………?」
「あーもう、二人共止めてください!せっかくみんな揃ったんですから!」
アシームは2人の間に割って入ると、ラティーファとフリードにも同意を求める視線を投げかけた。もちろん二人はにこりと微笑んだ。
「ええ、そうね」
「アシームの言う通りだ。さ、向こうでレイハーネとナウラもあなたを待っている。今日は王女様たちで女子会でも楽しんでくると良いでしょう」
「まぁ、素敵。だけど、ナウラとレイハーネは、大丈夫なの?私も最初はそうだったけど…………王女様と話して胃が痛くならない?」
心配そうに表情を曇らせるラティーファを他所に、奥からハイテンションな声が響く。ナウラとレイハーネだろう。
「わーい!ラティーファ〜!」
「ラティーファだぁ〜!!元気にしてた〜?」
「シャバーン様とはラブラブ?」
「恋バナ聞かせてね〜!!」
二人から交互に声をかけられ、ラティーファはすっかり目が回っている。シャバーンはそんな三人を見つめながら、安堵の笑みを零した。フリードは自分たちには見せたことのない表情を目の当たりにして、思わず訝しげに顔をのぞき込んだ。
「…………シャバーン?」
声をかけられたシャバーンは、慌てていつもの表情に戻った。時折二面も三面もありそうな素顔を見せるこの老マジシャンを、フリードはほんの少しだけ読めない男だと思うことがある。
「おっと、気にするな」
「妻のことを気に掛けているのだな」
その言葉を聞いたシャバーンは、何を当たり前のことを、と言いたげに笑った。それから先ほど見せた、暖かくて少し切ない横顔に戻ってこう言った。
「…………ああ、もちろん。家族を失くしたあの子に必要なものは、普通の日常だからな」
「シャバーン…………」
「さて、マジックの打ち合わせに行くぞ。これで全員か?」
「いや、マジシャン組合の輩も来ている。組合長、頼んだぞ」
組合、と聞いてシャバーンことマジシャン会長は吐きそうな素振りを見せた。マジシャン組合、正式名称をアグラバーマジシャン連合組合会と呼ぶ組織は、文字通りアグラバーのマジシャンたちを集めた同業者ギルドのようなものだ。それは、互いの持ちネタや利権を侵害しないようにするための組合でもあり、市場のマジックを騙った詐欺師などを取り締まる有志の活動も実施している。シャバーンは組合の最年長にして、抜群のトーク力で再び返り咲いた偉大なマジシャンとして会長に任命されていた。ちなみに、副会長はフリードである。
長となると、シャバーンの大好きそうな称号であるが…………何故か彼は意外にも組合が大嫌いだった。
「えー、行かなきゃダメ?わし、あいつら嫌い」
「我儘を言うな。奴らの協賛がないと王宮でのショーは成功しない。それに、これは正式な場だから、奥様も連れて挨拶に行くぞ」
「ラティーファも連れてだと!?あのテカテカの、明らかに下心丸出しのおっさん共に見せるのか!?わしの可愛い妻を!?」
自分の年齢を差し置いて何という暴言だ。フリードは大きなため息をつきそうになりながらも、シャバーンの肩を叩いて慰めた。
「気持ちは分かる。だが考えてみろ。その妻の夫は誰だ?」
「…………わしですね」
「誰も人の妻に手は出せない。そうだろう?」
「まぁ、そうだけどね…………」
シャバーンは少し考えると、徐ろにラティーファの手を取って満面の笑みを向けた。そして有無を言わさない圧でこう言った。
「ラティーファちゃん、わしと一緒に挨拶回りしよっか」
シャバーンはラティーファを連れて、中庭に集うマジシャン連合組合一人ずつ丁寧に挨拶をした。途中不埒にも妻の手にわざとらしく触れる男がいたが、なんとか殺意を抑えて笑顔を保った。そして、最後の人物の番がやって来た。シャバーンが居なければ本来は会長の座についていたはずの男、ニダールだ。彼はシャバーンよりかなり年下の30代だが、一説によると元は将軍の家系の出らしい。ニダールは嫌味ったらしい声を上げながら、シャバーンに座ったまま握手を求めた。
「ああ、シャバーン殿!薄っぺらいトークと下手なマジックで人気を博するとは、相当な腕前ですな」
「…………そりゃどうも」
あからさまに敵意剥き出しの感想に、シャバーンはうんざりと言いたげに顔をしかめた。ニダールは会長をすり抜けて隣の妻の手に触れた。
「そしてあなたには不釣り合いなほどに美しい妻…………そう思いませんかね、ラティーファ殿」
ラティーファはシャバーン以外の男に触れられるのがどうも苦手らしく、華麗な身のこなしで自然に指を振りほどいた。こういうところは政治家の娘らしい動きだ、とシャバーンが感心する。しかし、彼は直ぐにハッとして妻との間に割って入った。
「おっと、確かにそうだ。元国務大臣の令嬢など、わしには不釣り合いだ」
「そう来ましたか。あなたも上手い」
「ああ、ありがとう。では、失礼する」
シャバーンは半ばニダールの手を払いのけると、そのまま中庭を後にした。それから、ラティーファの腕を掴んで王女の住まう区画の近くまで歩いた。流石に手が痛かったのか、若妻は悲鳴をあげた。
「あーっ!もう、痛いじゃない」
「煩い!わし以外の男にニコニコしおって」
「それはあなたのためよ。あなたがちょっとでも社交界で振る舞いやすくするため――――」
言い終わる前に、ラティーファの唇がシャバーンの唇で塞がれる。周囲の目を気にする妻を裏手に連れ込み、彼は再び深い口づけをした。こうでもしないと、嫉妬で気が狂いそうなのだ。ラティーファは夫の気持ちを押し計らいながらも、苦しかったのかその顔を跳ね除けてため息をついた。
「シャバーン様…………!こんなところで…………誰かに見られたら――――」
「うるさい。いっそ見られたら良いんだ。わしとお前が如何に…………如何に、隙のないほどに想い合っている夫婦かを」
「シャバーン様…………」
吐き捨てるように答えるシャバーンを、ラティーファはそっと抱きしめた。二人の年齢的、そして身分的な違いを妬み貶める者が後を絶たないこと。そしてその度にシャバーンが辛い思いをしていることを、彼女は痛いほど妻として理解していた。
ラティーファは周囲を見回して人がいないことを確認すると、珍しく自分からキスをした。驚いたシャバーンは、目を丸くして何度も瞬きしている。
「…………私の愛する人は、生涯あなた唯一人だけ。それを忘れないで。良いわね?」
「ラティーファ…………」
シャバーンは我に返ると、優しい笑顔を浮かべながら愛するラティーファを抱きしめた。愛溢れる抱擁に、彼女も幸せそうだ。
「さ、ジャスミンに会いに行かないと。きっと彼女、この本を楽しみにしてる」
ラティーファはそう言いながら、左手に持った本の包みを見せる。シャバーンは穏やかな笑顔を浮かべながら、居室への通路を示しなから首を傾げた。
「そうだったな。行っておいで、ラティーファ」
「ありがとう、シャバーン様」
二人は言葉に言い尽くせないほどの愛を込めた眼差しを交わしながら、互いをしばらく見つめ合った。やがて昼前を示す鐘が鳴ると、ラティーファは慌ただしくその場をあとにした。残されたシャバーンは、手に残る妻の温もりに勇気をもらいながらリハーサルへと歩き出すのだった。
「シャバーン様!!起きてください!王宮に行くんですよ!!」
「げっ!!」
シャバーンは慌てて飛び起きると、隣を見た。予想通り、既にラティーファは身支度を済ませて部屋の入口に立っている。
「だから言ったでしょ。朝は早いって」
「シャバーン様、どうして夜更かししたんですか?」
アシームの質問に、シャバーンは座った目で返した。
昨日はラティーファのうなされ方が酷く、結局明方まで眠ることができなかったのだ。二人に掛ける言葉が見つからず、シャバーンは咄嗟に変なポーズを取って答えた。
「マジックの練習に決まってるだろ!」
「…………熱心ですね」
「ああ、熱心だとも。わしはすっごく熱心なマジシャンです」
シャバーンの言葉の裏に大きな秘密が隠されていることなど知らないラティーファは、ターバンを持って微笑んだ。
「さ、身支度なさって。あと1時間で出発よ」
シャバーンたちは身支度を終えると、アグラバーの市場と大通りを通って宮殿の門へと歩みを進めた。彼は宮殿の入口に居る衛兵に、王宮への通行許可証を見せた。そして衛兵が何かを尋ねようとしたときだった。
「おーっ!シャバーンに、アシーム!それにラティーファじゃないか!」
宮殿の中から門に向かって元気よく駆け寄ってくる、紫と黒の服を着た男が視界に飛び込んできた。その様子を見たアシームが呟く。
「あ、クロちゃんだ」
「相変わらず元気だな…………」
クロちゃん――――黒魔術師のクリストフ・ゴールデン・クロイツは、頭に乗せた蛇のペロちゃんを気遣いながら、3人の前まで駆けつけて微笑んだ。
「お前たち、朝から元気ないなぁ!」
「いや、クロちゃんが元気すぎるだけだと思うけど……」
クロイツは謎のポーズを取っている。相変わらずの元気さに、ラティーファは笑みをこぼした。
「クロちゃんが元気じゃないと、寂しいわ。元気そうで良かった」
「えへん。そりゃそうだ。私は黒魔術師ですから」
「…………元気と黒魔術って関係あるのか?」
珍しくシャバーンがツッコミ役に徹する。クロイツと一緒に居ると、何故かシャバーンの方が常識人に見えるのが不思議だ。
「で、フリードたちはもう準備に掛かっているのか?」
フリード、と聞いて大事なことを思い出したらしいクロイツは、手を叩いてうなずいた。
「そうそう!もうすぐ収穫祭のパフォーマンスの打ち合わせが始まるんだった。行こうか、アシームとシャバーン。あ、ラティーファはどうするの?」
ラティーファはにこりと微笑むと、シャバーンの腕に手を添えた。
「そうね、ご挨拶はさせてもらうわ。でも、収穫祭のことは夫に任せることにしたの」
「へぇ…………あの一人じゃ何もできないシャバーンが頼られるとはねぇ……」
感心しつつ、やや小馬鹿にしたような声を上げながらクロちゃんが腕を組んだ。それを見たシャバーンが、眉をひそめて唸る。
「おい、クロちゃん。そりゃどういう意味だ」
「えっ、そのまんまだけど?」
「なんだとぉ……!?」
そして二人がいつものように取っ組み合いを始めようとした時だった。涼やかな声が背後から聞こえてくる。
「おいおい、二人共宮殿で刃傷沙汰は止めなさい」
「人聞きが悪いぞフリード!わしは別に…………」
出で立ちも服も爽やかな青年――――ハディ・フリードは、肩を竦めながらシャバーンの隣をすり抜けると、生真面目で心優しい少年に挨拶した。
「アシーム、元気にしていたか?」
「はい!フリードさんも、お元気でしたか?」
「ああ、私は見ての通り元気だ」
「おい、わしを無視するな」
シャバーンの声を無視して、フリードはラティーファに頭を下げた。
「ところで、本日は奥様もご一緒とは…………」
「夫が心配なので」
涼やかに笑うラティーファに、シャバーンは掛ける声も見当たらない。その様子を見たクロちゃんは、ケラケラと笑い出した。
「そりゃそうだ。こんなガキンチョみたいなおっさんが旦那だと、心配だねぇ」
「誰がガキンチョだ。わしは紳士だぞ」
「紳士…………?」
「あーもう、二人共止めてください!せっかくみんな揃ったんですから!」
アシームは2人の間に割って入ると、ラティーファとフリードにも同意を求める視線を投げかけた。もちろん二人はにこりと微笑んだ。
「ええ、そうね」
「アシームの言う通りだ。さ、向こうでレイハーネとナウラもあなたを待っている。今日は王女様たちで女子会でも楽しんでくると良いでしょう」
「まぁ、素敵。だけど、ナウラとレイハーネは、大丈夫なの?私も最初はそうだったけど…………王女様と話して胃が痛くならない?」
心配そうに表情を曇らせるラティーファを他所に、奥からハイテンションな声が響く。ナウラとレイハーネだろう。
「わーい!ラティーファ〜!」
「ラティーファだぁ〜!!元気にしてた〜?」
「シャバーン様とはラブラブ?」
「恋バナ聞かせてね〜!!」
二人から交互に声をかけられ、ラティーファはすっかり目が回っている。シャバーンはそんな三人を見つめながら、安堵の笑みを零した。フリードは自分たちには見せたことのない表情を目の当たりにして、思わず訝しげに顔をのぞき込んだ。
「…………シャバーン?」
声をかけられたシャバーンは、慌てていつもの表情に戻った。時折二面も三面もありそうな素顔を見せるこの老マジシャンを、フリードはほんの少しだけ読めない男だと思うことがある。
「おっと、気にするな」
「妻のことを気に掛けているのだな」
その言葉を聞いたシャバーンは、何を当たり前のことを、と言いたげに笑った。それから先ほど見せた、暖かくて少し切ない横顔に戻ってこう言った。
「…………ああ、もちろん。家族を失くしたあの子に必要なものは、普通の日常だからな」
「シャバーン…………」
「さて、マジックの打ち合わせに行くぞ。これで全員か?」
「いや、マジシャン組合の輩も来ている。組合長、頼んだぞ」
組合、と聞いてシャバーンことマジシャン会長は吐きそうな素振りを見せた。マジシャン組合、正式名称をアグラバーマジシャン連合組合会と呼ぶ組織は、文字通りアグラバーのマジシャンたちを集めた同業者ギルドのようなものだ。それは、互いの持ちネタや利権を侵害しないようにするための組合でもあり、市場のマジックを騙った詐欺師などを取り締まる有志の活動も実施している。シャバーンは組合の最年長にして、抜群のトーク力で再び返り咲いた偉大なマジシャンとして会長に任命されていた。ちなみに、副会長はフリードである。
長となると、シャバーンの大好きそうな称号であるが…………何故か彼は意外にも組合が大嫌いだった。
「えー、行かなきゃダメ?わし、あいつら嫌い」
「我儘を言うな。奴らの協賛がないと王宮でのショーは成功しない。それに、これは正式な場だから、奥様も連れて挨拶に行くぞ」
「ラティーファも連れてだと!?あのテカテカの、明らかに下心丸出しのおっさん共に見せるのか!?わしの可愛い妻を!?」
自分の年齢を差し置いて何という暴言だ。フリードは大きなため息をつきそうになりながらも、シャバーンの肩を叩いて慰めた。
「気持ちは分かる。だが考えてみろ。その妻の夫は誰だ?」
「…………わしですね」
「誰も人の妻に手は出せない。そうだろう?」
「まぁ、そうだけどね…………」
シャバーンは少し考えると、徐ろにラティーファの手を取って満面の笑みを向けた。そして有無を言わさない圧でこう言った。
「ラティーファちゃん、わしと一緒に挨拶回りしよっか」
シャバーンはラティーファを連れて、中庭に集うマジシャン連合組合一人ずつ丁寧に挨拶をした。途中不埒にも妻の手にわざとらしく触れる男がいたが、なんとか殺意を抑えて笑顔を保った。そして、最後の人物の番がやって来た。シャバーンが居なければ本来は会長の座についていたはずの男、ニダールだ。彼はシャバーンよりかなり年下の30代だが、一説によると元は将軍の家系の出らしい。ニダールは嫌味ったらしい声を上げながら、シャバーンに座ったまま握手を求めた。
「ああ、シャバーン殿!薄っぺらいトークと下手なマジックで人気を博するとは、相当な腕前ですな」
「…………そりゃどうも」
あからさまに敵意剥き出しの感想に、シャバーンはうんざりと言いたげに顔をしかめた。ニダールは会長をすり抜けて隣の妻の手に触れた。
「そしてあなたには不釣り合いなほどに美しい妻…………そう思いませんかね、ラティーファ殿」
ラティーファはシャバーン以外の男に触れられるのがどうも苦手らしく、華麗な身のこなしで自然に指を振りほどいた。こういうところは政治家の娘らしい動きだ、とシャバーンが感心する。しかし、彼は直ぐにハッとして妻との間に割って入った。
「おっと、確かにそうだ。元国務大臣の令嬢など、わしには不釣り合いだ」
「そう来ましたか。あなたも上手い」
「ああ、ありがとう。では、失礼する」
シャバーンは半ばニダールの手を払いのけると、そのまま中庭を後にした。それから、ラティーファの腕を掴んで王女の住まう区画の近くまで歩いた。流石に手が痛かったのか、若妻は悲鳴をあげた。
「あーっ!もう、痛いじゃない」
「煩い!わし以外の男にニコニコしおって」
「それはあなたのためよ。あなたがちょっとでも社交界で振る舞いやすくするため――――」
言い終わる前に、ラティーファの唇がシャバーンの唇で塞がれる。周囲の目を気にする妻を裏手に連れ込み、彼は再び深い口づけをした。こうでもしないと、嫉妬で気が狂いそうなのだ。ラティーファは夫の気持ちを押し計らいながらも、苦しかったのかその顔を跳ね除けてため息をついた。
「シャバーン様…………!こんなところで…………誰かに見られたら――――」
「うるさい。いっそ見られたら良いんだ。わしとお前が如何に…………如何に、隙のないほどに想い合っている夫婦かを」
「シャバーン様…………」
吐き捨てるように答えるシャバーンを、ラティーファはそっと抱きしめた。二人の年齢的、そして身分的な違いを妬み貶める者が後を絶たないこと。そしてその度にシャバーンが辛い思いをしていることを、彼女は痛いほど妻として理解していた。
ラティーファは周囲を見回して人がいないことを確認すると、珍しく自分からキスをした。驚いたシャバーンは、目を丸くして何度も瞬きしている。
「…………私の愛する人は、生涯あなた唯一人だけ。それを忘れないで。良いわね?」
「ラティーファ…………」
シャバーンは我に返ると、優しい笑顔を浮かべながら愛するラティーファを抱きしめた。愛溢れる抱擁に、彼女も幸せそうだ。
「さ、ジャスミンに会いに行かないと。きっと彼女、この本を楽しみにしてる」
ラティーファはそう言いながら、左手に持った本の包みを見せる。シャバーンは穏やかな笑顔を浮かべながら、居室への通路を示しなから首を傾げた。
「そうだったな。行っておいで、ラティーファ」
「ありがとう、シャバーン様」
二人は言葉に言い尽くせないほどの愛を込めた眼差しを交わしながら、互いをしばらく見つめ合った。やがて昼前を示す鐘が鳴ると、ラティーファは慌ただしくその場をあとにした。残されたシャバーンは、手に残る妻の温もりに勇気をもらいながらリハーサルへと歩き出すのだった。
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