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第1章

*scene 6 戦闘開始*

自分のものより僅かに重いヴィルのライフルの余韻にしびれそうになる腕に力を込め、クルスは一発、二発と、銃弾を放つ。

ヴィルのライフルはクルスにとって接近戦には向かない。

使い慣れていないものだと、自由に操れないからだ。

「……くっ…」

もどかしく歯をくいしばるクルス。

事態はクルスの味方ではない。

数の上ではミュータントの方が勝っているため、接近戦なのは至極当然のこと。

ミュータントの長く伸びた鋭い爪がクルスめがけて風を切る。

「嘗めるなっ!!」

体を捻ってそれを躱すと、横から弾丸を打ち込んだ。

鈍い衝撃が腕に伝わってくる。

間髪あけずにもう一発後頭部に打ち込み、ミュータントの一体を地に沈めた。

ピクリとも動かないミュータントに息を呑んで様子を窺うクルスの頬に、一筋の汗が伝い落ちる。

「…や…った…?」

確実に仕留めたと察すると、小さな声を漏らし安堵の息を吐いた。

息が絶えた仲間に反応したのだろうか…、他のミュータント達の動きが止まる。

「何…だ…?」

ゆらりゆらりと動き出したミュータントの集団にクルスは眉根をよせた。

おかしい。

どういう訳か、直ぐにクルスに襲いかかろうとせず、それはとても緩やかな動きで…。

ゆっくりと詰められる間合いから逃れるべく、こちらも合わせるように、じりじりと後ずさる。…が、突き刺さるような鋭い視線はクルスのすぐ脇に逸れているようにも見えて、それは言いようもない違和感を感じさせた。

「何なんだ…?」

ライフルは構えているものの、ミュータントたちの動きが気になる。

不意に一体が遠吠えに近い声で鳴いた。

来る…ッ !

クルスは両手に力を込めて、迎え撃つつもりだった。

つもりだった…、確かに。

「………な…んだ…コイツら…、…ッ?!」

目の前の光景にクルスは呆然と立ち尽くした。

それは、亡骸に群がるミュータント達。

ぐちゃぐちゃと肉が食い散らかされ、バキバキと骨が噛み砕かれる音、生臭い血の臭いが辺りに拡がる。

実戦ではごく当たり前の光景だが、これは軍の訓練施設では伏せられている内容であり、軍人は初陣で初めて向き合う光景となる。

真にミュータントと闘える軍人であるかどうかの資質が試される最終関門ともいえるだろう。

激しく込み上げてくる嘔吐感を堪えながらも、ライフルだけは放さずに握り締めるクルス。

「…………!」

既に原形のない亡骸を貪っているミュータントの一体と視線がぶつかった。

全身から冷や汗がにじみ出る。

引くわけにはいかない、だとしたらやるべきことは一つ。

「……………… 正義は勝つ。」

自分に言い聞かせるようにクルスはつぶやいた。

「とことんやってやる。人間を嘗めるなよ。」

もう一度、両手に強く…力を込めて。


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亡骸に群がるミュータント達を尻目に、ヴィルは岩場の影へと身を移す。気象の変化により、いくつもの砂層が重なり詰んでできた自然の産物だ。

ここからでも、クルスの活躍ぶりがよく見える。

たいして大きくはない岩なため、重心を落とし、背中を預けながら様子を窺う。

「……聞こえるか? リサ。」

インカムのマイクを口元に押さえ付けながら、小声でヴィルは言った。

『もちろんよ。』

 ガガガガガ……という雑音と共に聞き慣れた声が飛び込んできた。

【村】の中とは違い、多少ノイズが入るのはいうまでもない。

「 とりあえず、どこから来てるかデータよこせ。」

チーフに対してかなり偉そうだが、この際何も言うまい…とリサは防衛システムのモニターを見遣る。

『 リネットを背にして9時の方向からみたい。…待って、同方向から新手が来てる。120秒後にはそこに着きそう…モニター上だと、15体。』

ヴィルやクルスのマーカーとは別に赤い点で表示される個体数を確認しながら、リサは続ける。

『 今の時点で、クルスが相手してるのが5体だから…、合わせると20体ね。』

バラバラに食い散らかされたミュータントの亡骸の中、5体のミュータントと対峙するクルスの姿にヴィルは小さく舌打ちした。

忙しなく上下する肩から、遠目にもクルスの疲労が伝わる。

『 ───…てね。…ヴィル? ちょっと聞いてる?』

「…あ?あー、なんだ?」

リサの呼び掛けに、クルスへ向いていた意識を戻し、ライフルを握り直す。

『ミュータントの系統が知りたいから、ざっくりで良いから教えて』

前回の襲撃により破損した外部カメラでは『外』の映像は取得不可。防衛システムのモニターから得られる情報だけでは、現状を知る事はできない。

「ざっくりと、ねぇ…。体長3メートル弱の四足獣ってとこだな。見た感じは」

疲労が目立つクルスを気にしてか、やや早口で繰り返すが…。

『 ……ざっくりすぎるにもほどがあるでしょ。』
 
溜め息混じりのリサの声。まぁ、至極当然だ。

『…もーいいわ。とりあえず、静止でもいいから画像残しておいて。』

「 めんどくせぇ。」

『 そう思うなら、もう少し情報よこしてよね。……あたしは、過去にこの地域にいた動物をリストアップしてみるから。』

 ガガガ…

ノイズの後、リサの声が慎重になる。

『 ……新手が来るわ。気を付けてね。』

ここでリサとの通信はとぎれた。

「 新手、か。確か15体とか言ってたな…。」

9時の方角へと顔を向けると、そう遠くない場所に黄砂を巻き上げながら迫り来るミュータントの群れが見えた。

クルスの方はというと、なんとか防いでいるものの、かなり押されているようだ。

そろそろライフルの弾丸もきれるころだろう。

辺りに散らばるミュータントの残骸の中で、初陣にしてはかなり敢闘しているといっていい。

「まぁ、とりあえずは合格か。」

まだ爪が甘いけどな…ぼそっと付け足すと、腰に添えつけていた手榴弾を手にとり、岩上へ飛び上がった。

「クルスッ!10分だ。そこから離れろっ!」

高い所から発した声はよく通り、気付いたクルスがこちらへ向かってくる。

ぞろぞろとミュータントの群れを引き連れて。

クルスを待つつもりだったが、案の定ミュータントの追い上げが早い。…ので、ヴィルは躊躇することなく投げた。

もちろん手榴弾をだ。

手には抜いたピンだけが残る。

落下地点はちょうどクルスとミュータントの間。

「 ぎゃぁーっ!!」

クルスが絶叫に近い悲鳴を上げる。

ドヴヴヴヴゥウ……───

けたたましい爆音と爆風に煽られて、慌てふためいたミュータントたちは次々と退いていった。

独り、耳を塞いだまま倒れ込んでいるクルスを残して。

「 ……行ったか。」

短く息をつき、ヴィルは岩から飛び下りた。

爆風で飛んできたライフルを拾い上げ、つかつかとクルスに近寄る。

クルスの前まできて、ヴィルは片足を上げた。

「 いいかげん…」

頭を掻きながら口を開いたヴィルは、クルスの頭を踏み付けた。

「 起きたらどうだ?」

顔全体が砂に埋まり、ようやく気が付いたクルスはヴィルの足を払いのけて起き上がる。

仏頂面で耳に手をやり、未だ残響で騒がしい耳を労わるように撫でると、口に入り込んだ砂を吐き出して、ゆっくりと口を開いた。

「 言いたいことが、三つあります。」

髪に付いた砂を払い、ジャケットについた砂をはたき、クルスは続ける。

「 今までどこに行ってたんですか?」

「 リサとやり取りしてた。」

「なんでおれにあの手榴弾を投げたんですか?」

「べつにおまえに投げたわけじゃないが、新手も来てたし、あれ以上近付かれると色々面倒だったもんでな。」

「 ………最後、ヴィルさんっておれが嫌いか、もしくは物凄くどうでもいい存在なんですよね?」

「 …なんて言ってほしい?」

「 もういいです…。」

深々と溜め息をついて、クルスは締めた。

ヴィルも敢えて何も言わない。

きんきんと痛む耳もすべて、ヴィルが投げた手榴弾のせいだ。

手榴弾はヴィルのお手製である。

通常のそれとは違い、主に相手(ミュータント)を威嚇するために作られたモノで、爆発の火力を抑え、閃光と爆音をより強化させた特別品だ。

爆風に煽られたクルスがほぼ無傷な理由もここにある。

「 …で、チーフと何を話してたんです?」

「 ん? あー……やっべ。」

爆風に紛れてとんできたミュータントの残骸を踏み付けてヴィルは続ける。

「画像撮んのすっかり忘れてたわ。」

軽く言って残骸を蹴り飛ばす。

「 画像? 何の話です??」

「あー…、リサがミュータントの画像欲しがってたんだけどな、お前が必死こいて逃げ回ってんの見てたら、すっかり忘れちまってたわ。……残骸でも撮っとくか。」

あっけらかんと言ってしまうと、小型カメラを取り出し、食い散らかされたミュータントの残骸をフィルムに収めた。

「ヴィルさんっ!」

「おぉぅ。なんでぃ?」

何やら突然気付いたように詰め寄ってきたクルスにヴィルも少し驚き仰け反る。

「ヴィルさんってば、おれの事を心配してくれて、それであの手榴弾を…。そーですよね?」

さらに詰め寄るクルス。

「 …バカだな。」

輝いたクルスの瞳に込められた彼の思いを感じ取ったのか、ヴィルは長い溜め息をついて答えた。

「 お前がいなくなったら、一体だれをこき使えばいいんだ?」

クルスの瞳の輝きは消え、点となる。

「それにからかうのがリサだけじゃ、おもしろくないしな。」

はっはっはっ…と笑いながらクルスの額をぺしぺしとたたく。

しょせんは外道なヴィルだった。


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「…っくしゅんっ。…あれぇ、風邪かなぁ…。」

こちらでは地域データを検索中のリサが鼻をかんでいるところだ。

リバートンはいない。


 …ガガガ…ガ……


『おい、リサ。聞こえてるか?』

ヴィルの声が室内に響く。

「あー、はいはい。なぁに?」

まだ鼻をしゅんしゅんさせながら、リサが答える。

およそ24歳の女性には見えない、その姿。

『とりあえず、カタはついた。門を開けてくれ。』








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