第1章
*scene 5 戦闘準備*
クルスの短絡思考は、今に始まったことではない。
「…ったく、信じられんな。」
遅れ馳せながら、南門へ駆け付けたヴィルがぼやく。
「すいませんね。どうせ、間がヌケてますよ、おれは。」
と、クルスくん。
何のことだか話のみえない人のために説明しよう。
今回が初陣のクルスが、その勢いのままに飛び出したのはつい15分ほど前のこと。
訓練施設で幾度となく指導された出撃準備を反復しながら、戦闘服を着込んで着々と準備を整えたまでは良かったのだが、一番肝心のライフルに弾丸を装填し忘れるという凡ミスを冒してしまったのだ。
つまり、残弾数ゼロのライフルを手に意気込んで飛び出してきた…と、いうわけだ。
「若いってのは、愚かだねぇ。シンマイくん。」
今更ながら、溜め息をつくヴィル。
「ほら、スペア貸してやる。」
自分の予備ライフルを投げ渡した頃、無線が入った。
『ヴィル……、聞こえる…?』
リサの声だ。
「はいよ。聞こえてる。」
答えながら、ヴィルはヘッドホン型の通信マイクを口元へ合わせる
『…それじゃ、セキュリティーシステムを解除するけど…いい?あまり長くは解除できないの。悪いけど、門が完全に開いたら直ぐに閉門する事になると思う。前の襲撃で結構やられちゃってるみたいだから念の為、ね。だから、開閉にかかる分を考えても2人が通れるだけの幅を維持できてるのは10秒も無いかもしれない。8秒…ううん、7秒くらいかな。それまでに南門を突っ切ってね。』
【街】【町】【村】どれにも共通するものが、『外』とを隔てる障壁の高さと厚みである。
通常『外』に出るには、障壁に幾つかある大門を通るか、自家用…あるいは軍の運営するシャトル航空機へ搭乗するかのいずれかしなければならない。
その門も、開くにはそれなりの人物が許可しなければ不可能だ。
つまり、それ程『外』は危険なのだ。
その為、障壁はかなり高く厚い。それ自体が果てしなく長いビルディングのようにも見える程だ。
当然リネットも例外ではない。
辺境の【村】だからこそ、余計に頑丈にできているというもので、その厚みは50メートルを軽く越える。
「それだけあれば上等だ。」
愛車スタリオンのサイドミラーを調節しながらヴィルが言った。
革手袋をはめ、ライフルを本来の利き手である左に持ち替えるヴィルを見ながらクルスが首をかしげる。
「チーフからですよね? なに話してたんです?」
当たり前だが、ヴィルとリサの会話はクルスには聞こえるはずがない。
「あー…クルス、おまえ50メートルだったら何秒かかる?」
「………は?」
自分の質問とは的はずれなことを聞き返されてクルスには話が見えない。
「たぶん、走っても6秒くらいはかかると思いますけど…?」
とりあえず答えて、後は瞳でたずねる。
「6秒か…。」
確認したようにつぶやいて、ヴィルは続けた。
「今からリサがセキュリティーを解除して門を開く。だから、その間に『外』に出ろ…だとさ。」
「はー、なるほど。……それと50メートルに何の関係が……、ん?」
大事なところを伝えてないヴィルの言葉に疑問が残るクルスだったが、何やら気付いたように首を傾げ、
「ヴィルさんはそのバイクあるけど、おれは…?」
「あ?」
ヴィルとは違いクルスにはもちろん愛車などない。ましてや今回については急を要したためバイク自体用意などしてない。
クルスの戸惑う顔を見るなり、ヴィルは切なそうに目を伏せてこう言った。
「……すまん、クルス。スタリオンは一人乗り専用なんだ。」
そしてさらに、クルスの肩に手を置いて、
「大丈夫。なに、たかが50メートルだ。10秒もあれば平気だろ?おまえ確か運動能力だけは絶品だったよな。うん。うん。大丈夫、大丈夫。」
褒めているのだか、けなしているのだかわからないヴィルの言葉はかなり残酷だ。
リサの話では、実際10秒もないはずだ。
「それって、もしかしなくても『外』まで走れ、って事ですか?」
「もちろん。」
あっさりとうなずくヴィル。
「じょ…冗談、こんなもん持って走らせるつもりですか!?」
こんなもん…つまりライフルのことだ。
簡単にいって鉄の固まりなわけだから、両の手で持っても、ずしっと重い。
これを持って走るとなると、かなりつらいのはいうまでもないだろう。
「もちろん。」
きっぱりとうなずくヴィル。
『どうしたの? 解除するよ? いい?』
リサの声。
「んあ、クルスがわがままなこというからさぁー。困ったもんだ。ま、こっちはいつでもいいぞ。」
バイクをふかしてヴィルが言う。
『それじゃ、解除するね。』
リサがそう言うと、重々しい響きを立てて、『南門』が左右に分れ開き始めた。
「いくぞ、クルス。」
ゴーグルをかけ、ヴィルは片足で大地をけり上げた。
バヴゥゥン…バイクが唸り、物凄い勢いで走りだす。
「あっ…、ちょ、ちょっと、ヴィルさんっ!! 待ってくださいよっ!!」
慌ててクルスも走りだした。
『南門』が開き切った頃のこと、『外』へ出たヴィルの耳にリサの無線が入る。
『閉門するよ。セキュリティが作動したら、回線は[ 002]に切り替えて』
「了解。」
ゴゴゴゴゴ……
「はぁっ!?えぇっ!?マジか?これ、マジかっ!!」
閉まり始めた南門に気付いたのか、ちょうど中間地点あたりでクルスが叫び出した。
そういえば、直ぐに閉門するとは聞いてないクルス。
出口のほうでは、ライフルをぶっぱなしながらヴィルが涼しげな声で…、
「ほら、がんばれ。潰れるぞ。」
などと、ほざく。
「くそ、人事だからって……」
ようやく『50メートル何秒?』の意味を理解したクルスは、押し殺したような声で睨みつけるが、足のほうはフル回転中。
ゴゴゴゴゴ……
「だぁぁぁーっっっ。うそだろぉーっっ!!」
徐々に狭くなる門間に、もうすでに半泣き状態のクルスだが、必死に走り抜けて間一髪。
滑り込んで脱出した途端、ずしゃ…鈍い音を立てて完全に門が閉まった。
「おら、なに寝てやがる。はよ、立て。」
ぐったりと倒れ込んでいるクルスを軽く足蹴にし、ヴィルはライフルを持ち替える。
「……ちょ…は…ぜ…」
文句の一つでも言いたいところだが、声もでないクルス。
息が上がってるが、目はかなり怒っている。
せわしく上下する肩と、呼吸を落ち着かせようと、大きく息を吸った。
「まぁー、何にしても間に合ってよかったな。うん。」
「『よかったな』じゃないですよっ! 間に合わなきゃ、死んでたんですよっ! それに絶対50メートル以上あった気するんですけど?」
無責任なヴィルの言葉に、ようやく声が出るようになったクルスが起き上がる。
「『終わりよければすべてよし』がオレの方針だ。文句あるか。」
ヴィルの強引な方針を押しつけられ、クルスは口をつぐんだ。
「過去の文明にこんな言葉があったな。『成せばなる』だ。昔の人間もなかなかいいことを言うもんだな。」
『成さねば成らぬ、何事も』…と続く。
そうしている間にも、ミュータントは増え続ける。
「おい、クルス。いつまで座ってるつもりだ。いいかげんに仕事したらどうだ?」
とりたてて責めるような口調でないのだが、ヴィルの言葉は優しいわけでもない。
「すいません。」
慌てて立ち上がり、クルスもライフルを構えた。
「深追いはするなよ。リサの伝言だ。」
短くヴィルが言う。
「やばくなったら、オレを呼べ。」
実戦経験のまだ無いクルスに対するヴィルなりの気遣いだ。
手にかかるライフルの重さを感じながら、クルスは首を横に振った。
「おれだって、軍人です。自分ぐらい守れます。」
深呼吸して、真剣な瞳でミュータントを捕らえる。
「……そうだったな。」
言って微かに笑んだヴィルは、戦闘服の内ポケットから時計を取り出し、クルスに投げ渡す。
「10分ジャストだ。それ以上は手を出すな。オレに任せろ。いいな?」
自分の言葉にうなずいたクルスを確認し、ヴィルもミュータントへ視線を向ける。 じりじりと詰め寄るミュータント。
「いくぞ。」
一触即発…、ヴィルの言葉と同時に双方動き出した。
クルスの短絡思考は、今に始まったことではない。
「…ったく、信じられんな。」
遅れ馳せながら、南門へ駆け付けたヴィルがぼやく。
「すいませんね。どうせ、間がヌケてますよ、おれは。」
と、クルスくん。
何のことだか話のみえない人のために説明しよう。
今回が初陣のクルスが、その勢いのままに飛び出したのはつい15分ほど前のこと。
訓練施設で幾度となく指導された出撃準備を反復しながら、戦闘服を着込んで着々と準備を整えたまでは良かったのだが、一番肝心のライフルに弾丸を装填し忘れるという凡ミスを冒してしまったのだ。
つまり、残弾数ゼロのライフルを手に意気込んで飛び出してきた…と、いうわけだ。
「若いってのは、愚かだねぇ。シンマイくん。」
今更ながら、溜め息をつくヴィル。
「ほら、スペア貸してやる。」
自分の予備ライフルを投げ渡した頃、無線が入った。
『ヴィル……、聞こえる…?』
リサの声だ。
「はいよ。聞こえてる。」
答えながら、ヴィルはヘッドホン型の通信マイクを口元へ合わせる
『…それじゃ、セキュリティーシステムを解除するけど…いい?あまり長くは解除できないの。悪いけど、門が完全に開いたら直ぐに閉門する事になると思う。前の襲撃で結構やられちゃってるみたいだから念の為、ね。だから、開閉にかかる分を考えても2人が通れるだけの幅を維持できてるのは10秒も無いかもしれない。8秒…ううん、7秒くらいかな。それまでに南門を突っ切ってね。』
【街】【町】【村】どれにも共通するものが、『外』とを隔てる障壁の高さと厚みである。
通常『外』に出るには、障壁に幾つかある大門を通るか、自家用…あるいは軍の運営するシャトル航空機へ搭乗するかのいずれかしなければならない。
その門も、開くにはそれなりの人物が許可しなければ不可能だ。
つまり、それ程『外』は危険なのだ。
その為、障壁はかなり高く厚い。それ自体が果てしなく長いビルディングのようにも見える程だ。
当然リネットも例外ではない。
辺境の【村】だからこそ、余計に頑丈にできているというもので、その厚みは50メートルを軽く越える。
「それだけあれば上等だ。」
愛車スタリオンのサイドミラーを調節しながらヴィルが言った。
革手袋をはめ、ライフルを本来の利き手である左に持ち替えるヴィルを見ながらクルスが首をかしげる。
「チーフからですよね? なに話してたんです?」
当たり前だが、ヴィルとリサの会話はクルスには聞こえるはずがない。
「あー…クルス、おまえ50メートルだったら何秒かかる?」
「………は?」
自分の質問とは的はずれなことを聞き返されてクルスには話が見えない。
「たぶん、走っても6秒くらいはかかると思いますけど…?」
とりあえず答えて、後は瞳でたずねる。
「6秒か…。」
確認したようにつぶやいて、ヴィルは続けた。
「今からリサがセキュリティーを解除して門を開く。だから、その間に『外』に出ろ…だとさ。」
「はー、なるほど。……それと50メートルに何の関係が……、ん?」
大事なところを伝えてないヴィルの言葉に疑問が残るクルスだったが、何やら気付いたように首を傾げ、
「ヴィルさんはそのバイクあるけど、おれは…?」
「あ?」
ヴィルとは違いクルスにはもちろん愛車などない。ましてや今回については急を要したためバイク自体用意などしてない。
クルスの戸惑う顔を見るなり、ヴィルは切なそうに目を伏せてこう言った。
「……すまん、クルス。スタリオンは一人乗り専用なんだ。」
そしてさらに、クルスの肩に手を置いて、
「大丈夫。なに、たかが50メートルだ。10秒もあれば平気だろ?おまえ確か運動能力だけは絶品だったよな。うん。うん。大丈夫、大丈夫。」
褒めているのだか、けなしているのだかわからないヴィルの言葉はかなり残酷だ。
リサの話では、実際10秒もないはずだ。
「それって、もしかしなくても『外』まで走れ、って事ですか?」
「もちろん。」
あっさりとうなずくヴィル。
「じょ…冗談、こんなもん持って走らせるつもりですか!?」
こんなもん…つまりライフルのことだ。
簡単にいって鉄の固まりなわけだから、両の手で持っても、ずしっと重い。
これを持って走るとなると、かなりつらいのはいうまでもないだろう。
「もちろん。」
きっぱりとうなずくヴィル。
『どうしたの? 解除するよ? いい?』
リサの声。
「んあ、クルスがわがままなこというからさぁー。困ったもんだ。ま、こっちはいつでもいいぞ。」
バイクをふかしてヴィルが言う。
『それじゃ、解除するね。』
リサがそう言うと、重々しい響きを立てて、『南門』が左右に分れ開き始めた。
「いくぞ、クルス。」
ゴーグルをかけ、ヴィルは片足で大地をけり上げた。
バヴゥゥン…バイクが唸り、物凄い勢いで走りだす。
「あっ…、ちょ、ちょっと、ヴィルさんっ!! 待ってくださいよっ!!」
慌ててクルスも走りだした。
『南門』が開き切った頃のこと、『外』へ出たヴィルの耳にリサの無線が入る。
『閉門するよ。セキュリティが作動したら、回線は[ 002]に切り替えて』
「了解。」
ゴゴゴゴゴ……
「はぁっ!?えぇっ!?マジか?これ、マジかっ!!」
閉まり始めた南門に気付いたのか、ちょうど中間地点あたりでクルスが叫び出した。
そういえば、直ぐに閉門するとは聞いてないクルス。
出口のほうでは、ライフルをぶっぱなしながらヴィルが涼しげな声で…、
「ほら、がんばれ。潰れるぞ。」
などと、ほざく。
「くそ、人事だからって……」
ようやく『50メートル何秒?』の意味を理解したクルスは、押し殺したような声で睨みつけるが、足のほうはフル回転中。
ゴゴゴゴゴ……
「だぁぁぁーっっっ。うそだろぉーっっ!!」
徐々に狭くなる門間に、もうすでに半泣き状態のクルスだが、必死に走り抜けて間一髪。
滑り込んで脱出した途端、ずしゃ…鈍い音を立てて完全に門が閉まった。
「おら、なに寝てやがる。はよ、立て。」
ぐったりと倒れ込んでいるクルスを軽く足蹴にし、ヴィルはライフルを持ち替える。
「……ちょ…は…ぜ…」
文句の一つでも言いたいところだが、声もでないクルス。
息が上がってるが、目はかなり怒っている。
せわしく上下する肩と、呼吸を落ち着かせようと、大きく息を吸った。
「まぁー、何にしても間に合ってよかったな。うん。」
「『よかったな』じゃないですよっ! 間に合わなきゃ、死んでたんですよっ! それに絶対50メートル以上あった気するんですけど?」
無責任なヴィルの言葉に、ようやく声が出るようになったクルスが起き上がる。
「『終わりよければすべてよし』がオレの方針だ。文句あるか。」
ヴィルの強引な方針を押しつけられ、クルスは口をつぐんだ。
「過去の文明にこんな言葉があったな。『成せばなる』だ。昔の人間もなかなかいいことを言うもんだな。」
『成さねば成らぬ、何事も』…と続く。
そうしている間にも、ミュータントは増え続ける。
「おい、クルス。いつまで座ってるつもりだ。いいかげんに仕事したらどうだ?」
とりたてて責めるような口調でないのだが、ヴィルの言葉は優しいわけでもない。
「すいません。」
慌てて立ち上がり、クルスもライフルを構えた。
「深追いはするなよ。リサの伝言だ。」
短くヴィルが言う。
「やばくなったら、オレを呼べ。」
実戦経験のまだ無いクルスに対するヴィルなりの気遣いだ。
手にかかるライフルの重さを感じながら、クルスは首を横に振った。
「おれだって、軍人です。自分ぐらい守れます。」
深呼吸して、真剣な瞳でミュータントを捕らえる。
「……そうだったな。」
言って微かに笑んだヴィルは、戦闘服の内ポケットから時計を取り出し、クルスに投げ渡す。
「10分ジャストだ。それ以上は手を出すな。オレに任せろ。いいな?」
自分の言葉にうなずいたクルスを確認し、ヴィルもミュータントへ視線を向ける。 じりじりと詰め寄るミュータント。
「いくぞ。」
一触即発…、ヴィルの言葉と同時に双方動き出した。