第1章
*scene 13 作戦会議*
「 絶対イヤ。」
むすっとしたリサがディスクを片手に口を開いた。
「 何でですか?」
不思議そうにたずねるクルスの手は休む事なくライフルの弾込めを続ける。取り敢えず、ヴィルの分まで押し付けられているのは言うまでもない。
「 目に異物が乗っかるって考えただけでも、ぞっとするんだもん。」
メインシルテムに接続済みのパソコンにディスクを差し込みながら、瓶底眼鏡を取り出したリサが肩をすくませた。
「 でも、やっぱりコンタクトの方が便利ですよ。…いろいろと。」
言いながらクルスが思い浮かべるのは、壁に激突するリサの姿だろう。
「 絶対イヤ。気持ち悪い。」
ぶんぶんと首を振って、リサは眼鏡をかける。
実は、目が痛そうで怖い…というのが本音だったりする。
「 何がイヤだって?」
振り向くと、入り口でヴィルが軍手を外しながら、後ろ足でドアを閉めたところだった。
スパナを工具箱に放り投げ、ゆっくりと背伸びをする。
どうやらスタリオンの整備が終わったらしい。
「 ううん。別にたいしたことじゃないの。」
「 そうかなぁ。」
「 それよりね、あのミュータントの事だけど… 」
途中、口を挟んだクルスは無視してリサはカタカタとキーボードを弾く。
「 どこから来たのかはわかったよ。」
「 えっ? いったいどーやって調べたんですか?」
さらっと言うリサの言葉にクルスは身を乗り出した。
クルスにとっては急展開だ。
「 んー…とね、跳躍力も瞬発力もミュータント化したら判断材料にはならないし、体長や骨格も変わっちゃう場合が多いんだけど……」
ぽつりぽつり語りながら、カタカタとキーボードに指を走らせるリサのPC画面に数種の動物の画像が並んで表示されていく。
何れも過去にこの地域にいた動物であり、今となっては、世界から姿を消した動物たちだ。
念の為に…と、リサがリストアップしていたもので、その中から選び出した一体の動物と、件のミュータントの画像を比較するように並べて表示させると、満足気に振り返りクルスを見遣る。
「似てると思わない?」
同様の比較画像がミーティングルームに設置されたモニター画面に映し出された。
特徴的な爪や牙は変異により齎されたとしても、体色は赤褐色や褐色で、喉や胸、尾の先端が白く、足の先が黒色といった、全体的な姿形は酷似しており、変異前の個体であると十分に判断できる。
「まず、これが変異前とみて間違いないと思う。」
画像が表示されたモニターへと向き直るクルスの奥でヴィルもそちらへと視線を流した。
「 それで…、変異前はわかりましたけど、こいつらはどこから来てるんですか?」
ミュータントの出処の判明にはとりわけ関心が無いのか、クルスが先を問う。
ヴィルはヴィルで、話自体に関心が無いのか、冷蔵庫を物色中で。
そんな彼らの反応は想定内なのか、カタカタとキーボードに指を走らせるリサ。
「まぁ、これを見てくれる?」
最後にタン…と、Enterキーが押されたPCモニターは読み込み画面となり、数秒後に写し出されたのは、クルスには見覚えのない地形の地図だった。
「これ、古代…つまり大陸が砂漠化する以前の北部地域の地図なんだけど…この赤い点の部分が今のリネットにあたる場所なの。そして、ここから更に北に位置するこのあたり…」
言いながらマーキングすると、指定部分を少しずつ拡大していく。
「 ここが、変異前の生息地にあたる場所。今現在はリベット領外だし、国境の守りも堅いから、軍の領域が確立する以前にウチの領内に移ってきたと考えるのが妥当ね。…まぁ、現時点で何処にいるのかまでは、まだはっきりしないんだけどね。」
言い終わってリサは肩肘をついた。
その回答にしばらく考え込んでいたクルスだが、結局は今のところ自分には何もできることが無いと思い至ったらしく、
「 …そーですか。」
と、再び弾込め(今度はヴィルのライフルの)を始めた。
「 …で?」
リサの話がこれだけで終わるとも思えない。左手で缶ビールを掴み取り、冷蔵庫を閉めながらヴィルが続きを促す。
「うん、ここからが本題ね。」
軽く肩をすくめたリサの言葉にクルスは顔を上げた。
「…え? どーいう事です?」
「うん。えっとね…」
PCの画面に視線を落として、リサが続ける。
「 昨日、北部支部にここ数ヶ月のミュータント出現場所を送ってもらったんだけど…」
「 あれ? でも、今回は本部の指示だから北部とは連携してないんじゃ…?」
クルスが取り敢えず、たずねる。
「 あー…別働隊って話? 馬鹿ね、連携してなくても情報の共有くらいは出来るのよ。あたしたちは本部の指示で動いてるってだけで、元は正せば同じリベール軍だもん。…ってワケで、コレ見てくれる?」
ぱっ…とモニターに、新たな地図が写し出された。
「 ここが、北部支部ね。…で、赤い点の部分がリネット。…で、この青い点が、ミュータントの出現場所ね。」
カタカタカタ…
スクリーンの地図上に青い点が幾つか表示される。
不規則に散らばる青い点からでは、生息地は判断がつかない。
「これを、さっきの地図上に反映させてみる…でしょ…、…で、ここからリネットまでを結んだライン上見てみて」
先程マーキングされていた変異前の生息地からリネットまでをカーソルで辿っていく。
モニターを眺めるクルスの目には、輾転と散らばって見えていた青い点が綺麗にラインを描いて南下しているように見え、何度も見返しては目を瞬かせた。
「え?え?これ、どういう魔法です??」
「お前、本当に馬鹿だな。」
カシュ…と冷えた缶ビールを開けながら、呆れたようにぼやくヴィルを他所に、リサはライン上に集中する青い点の2箇所を辿ってリネットを含む北部地域へと続く終着点にあたる場所までカーソルを走らせる。
「たぶん今はここと…、この辺りに潜んでると仮定して、この2箇所を張ってみて良さそうじゃない?」
ヴィルとクルスに視線を戻し、リサは微笑む。
「そっ…かぁ。」
よくわからないながらも、リサに尊敬の眼差しを送るクルス。
「他の点を全部無視すれば、な。」
冷めた口調で言ってヴィルは、缶ビールを呷った。
「そんなこと言わないで、やってみましょーよ!」
やるべきことが見つかって少々興奮ぎみのクルスはヴィルに弾を込め終わったライフルを差し出す。
「そうよっ!とっとと仕事かたずけて、あのクソじじぃたちが二度と文句言えないよう、思い知らせて…」
そこまで言っておきながら、今更のように口をつぐむリサ。
「…チーフ?」
少々不安ぎみのクルスが口を開いた。続いてヴィルも。
「おまえ…まさかとは思うが、会議のとき…妙なこと口走ったんじゃないだろうな。」
付き合いは浅いが、リサの口振りから会議でどんなことが起こったのか、だいたい想像がつく。
「別に…。」
さらりと答えるが、リサの目はどことなく泳いでいる。
「…ま、このデータは今日中にまとめておくから、出発は明日ね。」
にっこりとごまかしの微笑みを浮かべ、話題を変える。
「おまえも行くのか?」
「うん。」
にっこり。
「本気か?」
「うん…?」
取り敢えずにっこり。
「まさか、またおれの後ろに…?」
と、これはクルス。
「………うん。」
眼鏡の奥で、リサはきょとんとする。
「本当に…?」
「本気で?」
クルスとヴィルが口々につぶやきながら互いに顔を見合わせる。
「……何で?」
少々不満気味のリサ。
「いや、別に。」
答えて缶ビールを飲み干すヴィルのとなりで、モニターに映る地図を眺めながらクルスがぼやいた。
「……けっこう遠いですよねぇ、ここから目的地まで…。」
「何が言いたいの?」
かなり不満気味のリサ。
「言ってほしいのか?」
ゴミ箱に空き缶を投げ入れ、ヴィルが意地悪そうに笑った。
「…さて、お仕事、お仕事。」
なんとなく聞いたら、おもしろくない結果になりそうだったので、リサは早々に話を打ち切り、カタカタとキーボードを弾き始めた。
「 絶対イヤ。」
むすっとしたリサがディスクを片手に口を開いた。
「 何でですか?」
不思議そうにたずねるクルスの手は休む事なくライフルの弾込めを続ける。取り敢えず、ヴィルの分まで押し付けられているのは言うまでもない。
「 目に異物が乗っかるって考えただけでも、ぞっとするんだもん。」
メインシルテムに接続済みのパソコンにディスクを差し込みながら、瓶底眼鏡を取り出したリサが肩をすくませた。
「 でも、やっぱりコンタクトの方が便利ですよ。…いろいろと。」
言いながらクルスが思い浮かべるのは、壁に激突するリサの姿だろう。
「 絶対イヤ。気持ち悪い。」
ぶんぶんと首を振って、リサは眼鏡をかける。
実は、目が痛そうで怖い…というのが本音だったりする。
「 何がイヤだって?」
振り向くと、入り口でヴィルが軍手を外しながら、後ろ足でドアを閉めたところだった。
スパナを工具箱に放り投げ、ゆっくりと背伸びをする。
どうやらスタリオンの整備が終わったらしい。
「 ううん。別にたいしたことじゃないの。」
「 そうかなぁ。」
「 それよりね、あのミュータントの事だけど… 」
途中、口を挟んだクルスは無視してリサはカタカタとキーボードを弾く。
「 どこから来たのかはわかったよ。」
「 えっ? いったいどーやって調べたんですか?」
さらっと言うリサの言葉にクルスは身を乗り出した。
クルスにとっては急展開だ。
「 んー…とね、跳躍力も瞬発力もミュータント化したら判断材料にはならないし、体長や骨格も変わっちゃう場合が多いんだけど……」
ぽつりぽつり語りながら、カタカタとキーボードに指を走らせるリサのPC画面に数種の動物の画像が並んで表示されていく。
何れも過去にこの地域にいた動物であり、今となっては、世界から姿を消した動物たちだ。
念の為に…と、リサがリストアップしていたもので、その中から選び出した一体の動物と、件のミュータントの画像を比較するように並べて表示させると、満足気に振り返りクルスを見遣る。
「似てると思わない?」
同様の比較画像がミーティングルームに設置されたモニター画面に映し出された。
特徴的な爪や牙は変異により齎されたとしても、体色は赤褐色や褐色で、喉や胸、尾の先端が白く、足の先が黒色といった、全体的な姿形は酷似しており、変異前の個体であると十分に判断できる。
「まず、これが変異前とみて間違いないと思う。」
画像が表示されたモニターへと向き直るクルスの奥でヴィルもそちらへと視線を流した。
「 それで…、変異前はわかりましたけど、こいつらはどこから来てるんですか?」
ミュータントの出処の判明にはとりわけ関心が無いのか、クルスが先を問う。
ヴィルはヴィルで、話自体に関心が無いのか、冷蔵庫を物色中で。
そんな彼らの反応は想定内なのか、カタカタとキーボードに指を走らせるリサ。
「まぁ、これを見てくれる?」
最後にタン…と、Enterキーが押されたPCモニターは読み込み画面となり、数秒後に写し出されたのは、クルスには見覚えのない地形の地図だった。
「これ、古代…つまり大陸が砂漠化する以前の北部地域の地図なんだけど…この赤い点の部分が今のリネットにあたる場所なの。そして、ここから更に北に位置するこのあたり…」
言いながらマーキングすると、指定部分を少しずつ拡大していく。
「 ここが、変異前の生息地にあたる場所。今現在はリベット領外だし、国境の守りも堅いから、軍の領域が確立する以前にウチの領内に移ってきたと考えるのが妥当ね。…まぁ、現時点で何処にいるのかまでは、まだはっきりしないんだけどね。」
言い終わってリサは肩肘をついた。
その回答にしばらく考え込んでいたクルスだが、結局は今のところ自分には何もできることが無いと思い至ったらしく、
「 …そーですか。」
と、再び弾込め(今度はヴィルのライフルの)を始めた。
「 …で?」
リサの話がこれだけで終わるとも思えない。左手で缶ビールを掴み取り、冷蔵庫を閉めながらヴィルが続きを促す。
「うん、ここからが本題ね。」
軽く肩をすくめたリサの言葉にクルスは顔を上げた。
「…え? どーいう事です?」
「うん。えっとね…」
PCの画面に視線を落として、リサが続ける。
「 昨日、北部支部にここ数ヶ月のミュータント出現場所を送ってもらったんだけど…」
「 あれ? でも、今回は本部の指示だから北部とは連携してないんじゃ…?」
クルスが取り敢えず、たずねる。
「 あー…別働隊って話? 馬鹿ね、連携してなくても情報の共有くらいは出来るのよ。あたしたちは本部の指示で動いてるってだけで、元は正せば同じリベール軍だもん。…ってワケで、コレ見てくれる?」
ぱっ…とモニターに、新たな地図が写し出された。
「 ここが、北部支部ね。…で、赤い点の部分がリネット。…で、この青い点が、ミュータントの出現場所ね。」
カタカタカタ…
スクリーンの地図上に青い点が幾つか表示される。
不規則に散らばる青い点からでは、生息地は判断がつかない。
「これを、さっきの地図上に反映させてみる…でしょ…、…で、ここからリネットまでを結んだライン上見てみて」
先程マーキングされていた変異前の生息地からリネットまでをカーソルで辿っていく。
モニターを眺めるクルスの目には、輾転と散らばって見えていた青い点が綺麗にラインを描いて南下しているように見え、何度も見返しては目を瞬かせた。
「え?え?これ、どういう魔法です??」
「お前、本当に馬鹿だな。」
カシュ…と冷えた缶ビールを開けながら、呆れたようにぼやくヴィルを他所に、リサはライン上に集中する青い点の2箇所を辿ってリネットを含む北部地域へと続く終着点にあたる場所までカーソルを走らせる。
「たぶん今はここと…、この辺りに潜んでると仮定して、この2箇所を張ってみて良さそうじゃない?」
ヴィルとクルスに視線を戻し、リサは微笑む。
「そっ…かぁ。」
よくわからないながらも、リサに尊敬の眼差しを送るクルス。
「他の点を全部無視すれば、な。」
冷めた口調で言ってヴィルは、缶ビールを呷った。
「そんなこと言わないで、やってみましょーよ!」
やるべきことが見つかって少々興奮ぎみのクルスはヴィルに弾を込め終わったライフルを差し出す。
「そうよっ!とっとと仕事かたずけて、あのクソじじぃたちが二度と文句言えないよう、思い知らせて…」
そこまで言っておきながら、今更のように口をつぐむリサ。
「…チーフ?」
少々不安ぎみのクルスが口を開いた。続いてヴィルも。
「おまえ…まさかとは思うが、会議のとき…妙なこと口走ったんじゃないだろうな。」
付き合いは浅いが、リサの口振りから会議でどんなことが起こったのか、だいたい想像がつく。
「別に…。」
さらりと答えるが、リサの目はどことなく泳いでいる。
「…ま、このデータは今日中にまとめておくから、出発は明日ね。」
にっこりとごまかしの微笑みを浮かべ、話題を変える。
「おまえも行くのか?」
「うん。」
にっこり。
「本気か?」
「うん…?」
取り敢えずにっこり。
「まさか、またおれの後ろに…?」
と、これはクルス。
「………うん。」
眼鏡の奥で、リサはきょとんとする。
「本当に…?」
「本気で?」
クルスとヴィルが口々につぶやきながら互いに顔を見合わせる。
「……何で?」
少々不満気味のリサ。
「いや、別に。」
答えて缶ビールを飲み干すヴィルのとなりで、モニターに映る地図を眺めながらクルスがぼやいた。
「……けっこう遠いですよねぇ、ここから目的地まで…。」
「何が言いたいの?」
かなり不満気味のリサ。
「言ってほしいのか?」
ゴミ箱に空き缶を投げ入れ、ヴィルが意地悪そうに笑った。
「…さて、お仕事、お仕事。」
なんとなく聞いたら、おもしろくない結果になりそうだったので、リサは早々に話を打ち切り、カタカタとキーボードを弾き始めた。