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第1章

*scene 11 新種ミュータント*

「 ……残り11体ってトコか。頃合いだな。」

硝煙の漂う黄砂の上、辺りに残るミュータントの数を数えたヴィルが小さく息を吐いた。

「 …ヴィルさぁーんっっ!!」

背後から届く声に振り返ると、微かに目を細める。

ミュータントの亡骸の奥から走ってくるクルスの姿が次第にはっきりしてくる。

それを確認するなり、何やら思い立ったのか、トンっとライフルを肩に置いた。

「 すいませんっ! 遅くなりました!!」

ようやくヴィルと合流したクルスが、前方に位置するミュータント達を見据えて、ライフルを構え直す。

「 おー、来たな。」

にやりとしたヴィルのどこか愉しげな笑みに、訝しげに眉根を寄せるクルス。

「 ………何です?」

「 いゃぁな、昨日は確か12体だったなぁと思ってな。」

じりじりと距離を詰めてくるミュータント達へと視線を戻しながらヴィルが言った。

「 で、今は更に少ない11体ってワケだ。」

トントン…と、ライフルを肩で弾ませる。

付き合いは浅くとも何やら察したようで、クルスは嫌そうな表情を浮かべた。

「 …まさかここからはおれ一人で、とか言いませんよね?」

とりあえずたずねてみるクルス。

「 それがさ、残念なことに弾丸きれたんだわ、オレのライフル。」

こりゃー、どーしよーもないなぁ…と、一人で頷くヴィル。

確かに、あれだけのミュータントを相手していたのだ。残弾が尽きてもおかしくは無い…が。

「まー…若いうちに色んな経験を積むのも大切だ。この際だから、しっかり経験積んどけ。」

もっともらしいようで、実はかなりいい加減なことを言ってのけると、あとはクルスに丸投げという暴挙にでた。

「 横暴なセンパイに仕事を押し付けられる経験ならとっくに積んでますけどね。」

深々とため息をつくクルス。

他愛もない会話の間に、ミュータントたちがすぐ近くまで迫ってきていた。

「おら、仕事だ仕事。さっさと行ってこい。」
 
言いながら、ひらひらと手を振り、ヴィルは背伸びした。清々しいまでに他人事だ。

「 もー、あんたって人はぁっ! やればいーんでしょ! やればっ!!」

なんだかんだ言いつつも、ライフル握る手に力を込めて、クルスはミュータントをにらみ付けた。

この程度の数に手こずるようでは、この先この人の隣に立つ資格はない。

自らに試練を課し、深く息を吸い込んだなら、そのままゆっくりと吐き出し、

「よっしゃーっ!! 正義はかぁぁーっっつ!!」

叫びながら、ミュータントの群れへ突っ込んでいった。

昨日とは違い、扱い慣れたライフルだということと、ヴィルがいる安心感からくる自信だけをもって…。

まぁ、結局のところ、熱血少年なクルスだったりする。

「 嘘つきね。」

早くも防衛システムのプログラミングを終わらせたのだろうか…。

リサが、ミュータントの残骸を避けながら歩いてくる。

「 わかりにくいのよ、ヴィルは。新人指導も程々にしないと、嫌われるよ?」

「 うるせぇ。これが俺のやり方だ。」

ずれた眼鏡を押さえるリサを肩越しに見ながら、ヴィルが愉しげな笑みを浮かべる。

「 クルスが期待通りだったのはわかるけど、新人のうちから無茶させ過ぎ。ちょっとは助けてやったら?」

近眼のリサには少々見辛いが、クルスが苦戦しているのは明らかにわかる。

「クルスの成長を暖かく見守ってやるのも義務だ。」

「 暖かく…ねぇ。」

「まぁ、昨日より身軽だから喰われることもないだろうし、いざとなったらコレもあるからな。」

すちゃ…と例の手榴弾を取り出すヴィル。

「それがあるなら最初から使えばよかったんじゃないの?」

ヴィルの手の内で弄ばれる手榴弾を見ながら、リサがぼやいた。

「 在庫がもう無い。使わんで済むなら、その方がいいだろ。」

「済むかなぁ…。多分あれ新種よ。見たことないもん。」

「…………そうか。」

大方の見当は付いていたが、あらゆるデータに一通り目を通しているリサの言う事なら確かだろう。

小型カメラに写したミュータントの画像を保存するリサの傍らで、スタリオンに体を預けたヴィルは空を仰ぎ見た。

太陽が高い。漂う血の臭いを濯うように乾いた風が強く吹き抜ける。

「 …… ぼちぼち限界らしいな。」

物凄い勢いで走ってくるクルスが視界に入り、ようやく動く気になったのか、ヴィルはライフルを持ち替えた。

フルオートで使えていた先程までのライフルとは違い、1発ずつ装填する手間がかかる分、火力重視のライフルだ。

「 ヴィルさんっ!」

「 何だ?」

乱れた呼吸を整えながら、クルスは言った。

「 なんか、急にあいつらの動きが…変になったんです。」

「 変?」

リサも首を傾げて次の言葉を待った。

「 それが、攻撃してこないんです。」

クルスの言葉にヴィルとリサは顔を見合わせた。

「 …めんどくせぇな。」

ミュータントへ視線を戻し、ヴィルがポツリと言った。

「 一体、何がおこったんですか?」

今度、首を傾げたのはクルスだ。

「 …クルス、よく覚えておいて。」

リサも同じくミュータントたちを眺める。

「 ミュータントと出会って敵が何もしてこないときはね、手を出さずに逃げるの。まぁ、今回はそういう訳にいかないけど。」

眼鏡を外しながらクルスへと視線を戻して、

「 …あれは、仲間を呼んでるのよ。」

ミュータントが動く標的を前に何もしないとすれば、大抵の場合が仲間を呼んでいると考えていい。

これは、たとえ種が異なっていてもミュータント化した生物たちにみられる共通した行動である。その理由は解明されていない。

迂闊に手を出したところで、仲間が到着するまでに殲滅出来なければ、分は悪くなる一方だ。

「 あれ以上、やつらが増えると面倒だ。」

「 …ですね。」

スタリオンの荷台に弾切れのライフルを放り、ヴィルが続ける。

「 今のうちに片付けるぞ、クルス。」

「 はいっ!!」

元気よく返事したクルスだが、

「 あの…、ついでに言っていいですか?」

言いにくそうに切り出した。

「 弾丸きれちゃいました。」

恐る恐るヴィルの顔色を窺う。

「 …あのなぁ、そーいうコトは早く言え。」

言って、がさごそとリアボックスの中を漁り始めたヴィルは、奥の方に入り込んでいたソレを取り出した。

「 ほら、替弾丸くれてやる。…ったく、世話のやけるヤツだな。」

昨日といい今日といい…とブツクサ言いながら替弾丸を投げ渡す。

「 すいません。……って、ヴィルさんっ!」

素直に礼を…と思っていたクルスだが、どうやら思い出したようだ。

「 やっぱり、替弾丸持ってたんじゃないですかっ!! 弾丸切れってウソだったんですねっ!?」

「 細かいコトは気にするな。」

横暴である。

つまりは、奥の方にしまい込んだ替弾丸を出すのが面倒臭かったために起こった細かいコトらしい。

「 あ、そういえば…ずっと言い忘れてたんだけどね…」

ぱちんと両手を合わせたリサが続ける。

「 今期から新種のミュータントは、一体捕獲するごとに特別手当が出ることになったの。」

「 何だとっ!?」

リサの言葉に逸早く反応したのはヴィルだ。

「 そーいうコトは早く言え。」

言いながらギラギラと目を輝かせる。

瞳の奥には、ミュータントたちが美しく写っているのは言うまでもない。

「 ちょ…、ヴィルさん。まだ、あいつらが新種かどうかわかってないんですよ。」

弾丸ホルダーを腰に備え、ライフルに一つ目の弾丸を装填するヴィルに、クルスが言う。

何せ、ミュータントの一覧表はあと1ページ残っていたはずなのだから。

「 あー……」
 
ヴィルは肩越しに振り返ってクルスを見、その真面目な眼差しに堪えかねたように目を伏せた。

「 …すまない、クルス。」

ぽつんと言って、雲のない空を見上げる。

「 まさか徹夜まですると思わなかったからさ、…できれば黙っといてやろうと思ってはいたんだが…」

ふっ…と、うつむきながら、ゆっくりと語り続ける。

「 おまえのその無垢な顔見てると、どーしても言いたくてなぁ…」

はぁー…と、せつなそうに溜め息をつきながら、前髪をかきあげた。

「 実はなぁ…」

「 前置きが長すぎませんか? それとも嫌味ですか? もー、いいです。だいたい何言うかわかりましたから。」

ヴィルの言葉をかきけすように、話を聞きながらすっかりひねくれたクルスが言った。

「 まぁー、いいから聞け。」

何がいいんだか…、クルスはひねくれたままだ。

「 いやです。聞いたら腹立ってくるから。」

つんっとして、ライフルに弾丸を込め始める。

「 おまえ、最近反抗的だな。反抗期か?」

配属当初はあんなに素直だったのに…とぶつくさ言うヴィル。

「 人を子ども扱いしないで下さい。」

しかし、19歳は未成年であって大人ではない。

「 まぁまぁ、クルス。せっかくヴィルが仕事する気になったんだし、いいじゃない。」

クルスの肩に、ぽん…と手を置き、リサがくすくすと笑う。

「 そーゆー問題じゃ…」

「 そんなコトより、あのミュータントたちよ。早いとこ手を打たないと、ちょっと面倒な事になるかもよ?」

すっかり帰り支度を終えて、見物を決めこんでいるリサに話を戻され、ようやく目的を思い出したヴィルとクルス。

「 そうだ、金蔓。」

「 お金がかかんないと動かないんですかっ、あんたはっ!!」

まだ少しずれているヴィルとクルス。

当初の目的は【村】を守ることだったはずだが…。

「 無手当よりは特別手当もらった方がいいだろ。」

「 そりゃ、まぁー…そうですけど。」

「 それでリネットも守れるんだから、一石二鳥だろ。」

最重要目的がいつの間にか変わっていることに気付いているのはおそらくリサだけだろうが、そのリサも仕事さえしてくれれば、結構どうでもよかったりする。

「よし…いいか、クルス。逃さず、殺さず、生け捕りにするんだ。」

金がかかると、気合いも違う。

今までに無いやる気に、何故か同調するクルス。

「はいっ!」

「がんばってね。」

おもしろそうに見守るリサに背を無け、正義(自己満足)のために立ち上がった19歳と、金(己の利益)のために立ち上がった26歳とが、とりあえず表向きは【村】を守るために、一応ベストを尽くすらしい。

リバートンが聞いていたら口やかましいこと然り。

「行くぞっ!」

ヴィルの声と共に二人は駆け出した。


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