第1章
*scene 2 理想と現実*
「今さらだけど、人ってここまで変わるもんですかねぇ…。」
フライパンを片手にクルスが言った。
「…だな。」
手にした雑誌を開きながらヴィルも言った。
先程から、ドタドタと部屋中駆け回る足音が響く。
「誰かあたしのディスク知らないっ!? どこいっちゃったんだろ…。あ、そーだっ、机に置いたよーな気がす…」
ガツッ!!!
方向転換した途端、壁に顔面から激突したのはこの人、リサである。
かなり痛かったのか、全く動かない。
「…大丈夫でしょーか…。」
「ま、大丈夫だろ。」
女性(?)が、倒れたというのに…敢えて、助けない2人。
「…いたい…。」
ようやく、起き上がって鼻を擦る。
「…あれ…?あたしってば、何してたんだっけ…?…んー?」
今度は、一生懸命頭を抱え込むリサ。
「…これが我が連邦防衛軍の誇る才女の姿かと思うと、おれ涙が…。」
理想と現実のギャップの激しさにクルスは深々と溜め息。
フライパンの方では、形の良いオムライスが出来上がっていく。
「チーフが毅然として廊下を歩いてるの見ると、未だに鳥肌立つんですよね…おれ。」
「それを無意識でやってるってトコが、オレには不思議でたまらない。」
雑誌から目をはなすことなくヴィルも言っているが、実はそうではない。
今度新設されるというチームのチーフに推薦されて以来、20歳そこそこの小娘とバカにされないように冷静を保つ努力をしてきたのだ。
特に自分の部下に嘗められないように…と、影で何とも言えない努力を、それはもうこつこつと…。
しかし現実は上手く行かないもので、初日に今と同じく顔面をぶつけて以来、どう取り繕っても無駄だと判断し、現在に至る。
ようするに、本当のところ果てしなくどんくさいのだ。
「チーフ…、めがねかけたらどうです?」
お皿に手際良く盛り付けて、テーブルにならべる。
いやはや、手慣れたものである。
なんでも、クルスは15歳の時に【町】からやってきて、18歳でここに採用されるまで、下宿所で自炊生活していたという。
「…そ…そうね…。」
実は、リサは超がつくほどのド近眼の持ち主だったりする。
普段は、会話の流れやぼんやりと見えるものだけで状況を判断しているらしい。
判断に迷う時は、敢えて語らずにとりあえず微笑みで時を流しているのだが、これが思慮深く聡明な印象を生むらしく、軍内でも随所で憧憬の対象となっているようだ。
当人も自覚している為、余程の事が無い限り、その瓶底のような眼鏡をかけることはない。
「あー、オムライス。ねぇ、もう食べてもいいの?」
改めて瓶底眼鏡をかけたリサがテーブルにつく。
「どーぞ、どーぞ。この人なんか何も聞かずに食ってるし。」
「あ? 何か言って欲しかったのか?」
すでに半分以上平らげた後で言われてもうれしくない。
なんだかなぁ…と、頭をかいて自分も席に着いた。
「…で、お前のディスクがどーしたって?」
ヴィルが言う。
「ん? ……あぁぁーっ!!」
ガタッ!…と、立ち上がった拍子にコップが倒れる。
「あー、こぼれた。」
せかせかと台を拭くクルスの隣でそれどころではないリサは、
「わ、忘れてたぁっ!!」
あたふたと室内を捜索し始めた。
「あの調子だとあと3回くらいは、壁に激突するな。確実に。」
「めがねかけてるから、さすがにそれは無いでしょ。」
「今のリサにメガネの意味があると思うか?」
「まぁ、確かに…。あんなに慌てて、一体何のディスクなんだろ。」
珍しくご飯まで残して…と、クルスがぼやく。
「あぁ、多分コレだろ。」
言ってヴィルが一枚のディスクをテーブルの上に置いた。
「オレたちが昨日行った、リネットとかいう【村】のデータ。」
食後のコーヒーを片手に、読みかけの雑誌に手を伸ばす。
「持ってるなら教えてあげればいいのに…。」
同じくコーヒーを啜りながら、クルスが言った。
「いや、もう少し様子見てようかと思ってな。おもしろいし…。」
「チーフが知ったら怒りますよ。」
それもまた一興…と、ヴィルの含み笑い。
「正義じゃないなぁ…。」
しかして、決して自分も教えてやらないクルス。
ガタッ…と、立ち上がり食器を下げ始める。
ドタバタが…、いや、リサが走ってきた。
「どーしよぉー、アレないと会議出れないのに。えー…っと待ってよ。リネットから戻った後、もう一度確認するためにファイル開いて、それから……何したっけ?あれ…?えーっと…そのあとー…んー???」
オロオロしながらも指折り昨日からの自分の行動を思い返すリサの額と鼻頭は赤い。
何度壁に激突したんだか、すでに分からない。
「ほら、おもしろいだろ。」
肩越しに振り向いてヴィルが言う。
「…悪趣味。」
すっかりあきれ返っているクルス。
「あぁーっ、あたしのディスクっ!!なんでこんなトコにあるわけっ?!」
ようやくテーブルの上のディスクに気が付いたリサが叫ぶ。
「さて、オレはスタリオンの調子を見てくるかな。クラッチの具合が悪くてさ。やっぱ、パーツ換えた方がいいかもな。」
リサがディスクに気付いておもしろくなくなったのか、言いながら雑誌を閉じるとヴィルは立ち上がり、
「…じゃ、後頼むわ。」
去り際に軽く手をひらひらと振った。
「え…、頼む…って、何を…?」
「クルスく~ん。あなたでしょ?こぉ〜んなトコにあたしのディスク隠してたのわぁーっ!!」
別にかくしていたワケではないのだが、とんだ誤解である。
「そ…そんな、おれじゃないですよぉっ!ちょ…ヴィルさ〜んっ。」
困り果てたクルス。しかし、すでにヴィルはいない。
『…じゃ、後頼むわ。』と、ヴィルの言葉がよみがえる。ついでに軽く手を振る後ろ姿も…。
「き、きったねぇーっ!人のせいにするなんて良心が痛まないのかっ、あの人はっ!!」
正義(?)を訴えるクルスの声は、勿論ヴィルに聞こえるはずがない。
もっとも、聞こえたところでヴィルには堪えないだろうが。
「クルスく~ん。素直に謝ったら許したげても良んだけどなぁ〜?さ、謝りなさい。ほら。」
自分のどんくささを棚に上げて随分な言い様だ。
こういったタイプには、何を言っても無駄。変に頭だけは良いものだから、一ついえば百は返ってくるのが目にみえるので侮れない。
「うぅぅ…、ごめんなさい。」
何だか無償にかわいそうなクルス。
「…あ、そーだ。14時から会議だった。…ッ!うそ、あと15分!?」
時計を見るなり、あたふためいて身仕度を始めるリサ。
瓶底眼鏡を外すと、再び『クール』な仮面をつけ、廊下へ向かう。
「あ、チーフ。」
「何?」
ガツッ…!!
「ぶつかりますよ…って、言おうとしたんだけど…大丈夫ですか?」
「お願いだから、そーいうコトは早く言って。」
生キズのたえないリサは、額を擦りながら立ち上がると肩越しに、
「16時には帰るからヴィルとお留守番お願いね。」
と、言い残して颯爽と廊下を歩いていってしまった。
「冗談じゃない。あの人といると、また、何おしつけられるか、わかったもんじゃな……」
「ほぅ…、随分な言い様じゃないか。」
その声にクルスはおそるおそる振り返る。
そこには、スパナ片手に腕組みしたヴィルが立っていた。勿論、その表情は何ともいえない。
「い…やぁ、いたんですか、ははは…は。」
今さら何を言っても遅い。
「はぁ、かわいい後輩にそんなコト言われるとはなぁ。オレの心は深く傷ついた。あと、おまえがやっとけ。」
と、スパナをクルスに放る。
「なんで、おれが…っ。」
「うるさい。とにかく、やっとけ。」
かなり横暴である。
「何だよ、それっ。」
「タメ口きいたな。罰としてオイルも換えとけよ。じゃ、傷心なオレは眠る。」
言って、ヴィルは仮眠室へ向かった。
「…くっそぉーっ!!」
わなわなと手が震えるクルス。
いっそのこと永眠しやがれ…と、思いつつも、いつか必ず正義でヴィルを裁いてやると心に誓う。『正義は勝つ』という信念のもとに。
さて、クルスの願いが成就される日は来るのだろうか…。
「今さらだけど、人ってここまで変わるもんですかねぇ…。」
フライパンを片手にクルスが言った。
「…だな。」
手にした雑誌を開きながらヴィルも言った。
先程から、ドタドタと部屋中駆け回る足音が響く。
「誰かあたしのディスク知らないっ!? どこいっちゃったんだろ…。あ、そーだっ、机に置いたよーな気がす…」
ガツッ!!!
方向転換した途端、壁に顔面から激突したのはこの人、リサである。
かなり痛かったのか、全く動かない。
「…大丈夫でしょーか…。」
「ま、大丈夫だろ。」
女性(?)が、倒れたというのに…敢えて、助けない2人。
「…いたい…。」
ようやく、起き上がって鼻を擦る。
「…あれ…?あたしってば、何してたんだっけ…?…んー?」
今度は、一生懸命頭を抱え込むリサ。
「…これが我が連邦防衛軍の誇る才女の姿かと思うと、おれ涙が…。」
理想と現実のギャップの激しさにクルスは深々と溜め息。
フライパンの方では、形の良いオムライスが出来上がっていく。
「チーフが毅然として廊下を歩いてるの見ると、未だに鳥肌立つんですよね…おれ。」
「それを無意識でやってるってトコが、オレには不思議でたまらない。」
雑誌から目をはなすことなくヴィルも言っているが、実はそうではない。
今度新設されるというチームのチーフに推薦されて以来、20歳そこそこの小娘とバカにされないように冷静を保つ努力をしてきたのだ。
特に自分の部下に嘗められないように…と、影で何とも言えない努力を、それはもうこつこつと…。
しかし現実は上手く行かないもので、初日に今と同じく顔面をぶつけて以来、どう取り繕っても無駄だと判断し、現在に至る。
ようするに、本当のところ果てしなくどんくさいのだ。
「チーフ…、めがねかけたらどうです?」
お皿に手際良く盛り付けて、テーブルにならべる。
いやはや、手慣れたものである。
なんでも、クルスは15歳の時に【町】からやってきて、18歳でここに採用されるまで、下宿所で自炊生活していたという。
「…そ…そうね…。」
実は、リサは超がつくほどのド近眼の持ち主だったりする。
普段は、会話の流れやぼんやりと見えるものだけで状況を判断しているらしい。
判断に迷う時は、敢えて語らずにとりあえず微笑みで時を流しているのだが、これが思慮深く聡明な印象を生むらしく、軍内でも随所で憧憬の対象となっているようだ。
当人も自覚している為、余程の事が無い限り、その瓶底のような眼鏡をかけることはない。
「あー、オムライス。ねぇ、もう食べてもいいの?」
改めて瓶底眼鏡をかけたリサがテーブルにつく。
「どーぞ、どーぞ。この人なんか何も聞かずに食ってるし。」
「あ? 何か言って欲しかったのか?」
すでに半分以上平らげた後で言われてもうれしくない。
なんだかなぁ…と、頭をかいて自分も席に着いた。
「…で、お前のディスクがどーしたって?」
ヴィルが言う。
「ん? ……あぁぁーっ!!」
ガタッ!…と、立ち上がった拍子にコップが倒れる。
「あー、こぼれた。」
せかせかと台を拭くクルスの隣でそれどころではないリサは、
「わ、忘れてたぁっ!!」
あたふたと室内を捜索し始めた。
「あの調子だとあと3回くらいは、壁に激突するな。確実に。」
「めがねかけてるから、さすがにそれは無いでしょ。」
「今のリサにメガネの意味があると思うか?」
「まぁ、確かに…。あんなに慌てて、一体何のディスクなんだろ。」
珍しくご飯まで残して…と、クルスがぼやく。
「あぁ、多分コレだろ。」
言ってヴィルが一枚のディスクをテーブルの上に置いた。
「オレたちが昨日行った、リネットとかいう【村】のデータ。」
食後のコーヒーを片手に、読みかけの雑誌に手を伸ばす。
「持ってるなら教えてあげればいいのに…。」
同じくコーヒーを啜りながら、クルスが言った。
「いや、もう少し様子見てようかと思ってな。おもしろいし…。」
「チーフが知ったら怒りますよ。」
それもまた一興…と、ヴィルの含み笑い。
「正義じゃないなぁ…。」
しかして、決して自分も教えてやらないクルス。
ガタッ…と、立ち上がり食器を下げ始める。
ドタバタが…、いや、リサが走ってきた。
「どーしよぉー、アレないと会議出れないのに。えー…っと待ってよ。リネットから戻った後、もう一度確認するためにファイル開いて、それから……何したっけ?あれ…?えーっと…そのあとー…んー???」
オロオロしながらも指折り昨日からの自分の行動を思い返すリサの額と鼻頭は赤い。
何度壁に激突したんだか、すでに分からない。
「ほら、おもしろいだろ。」
肩越しに振り向いてヴィルが言う。
「…悪趣味。」
すっかりあきれ返っているクルス。
「あぁーっ、あたしのディスクっ!!なんでこんなトコにあるわけっ?!」
ようやくテーブルの上のディスクに気が付いたリサが叫ぶ。
「さて、オレはスタリオンの調子を見てくるかな。クラッチの具合が悪くてさ。やっぱ、パーツ換えた方がいいかもな。」
リサがディスクに気付いておもしろくなくなったのか、言いながら雑誌を閉じるとヴィルは立ち上がり、
「…じゃ、後頼むわ。」
去り際に軽く手をひらひらと振った。
「え…、頼む…って、何を…?」
「クルスく~ん。あなたでしょ?こぉ〜んなトコにあたしのディスク隠してたのわぁーっ!!」
別にかくしていたワケではないのだが、とんだ誤解である。
「そ…そんな、おれじゃないですよぉっ!ちょ…ヴィルさ〜んっ。」
困り果てたクルス。しかし、すでにヴィルはいない。
『…じゃ、後頼むわ。』と、ヴィルの言葉がよみがえる。ついでに軽く手を振る後ろ姿も…。
「き、きったねぇーっ!人のせいにするなんて良心が痛まないのかっ、あの人はっ!!」
正義(?)を訴えるクルスの声は、勿論ヴィルに聞こえるはずがない。
もっとも、聞こえたところでヴィルには堪えないだろうが。
「クルスく~ん。素直に謝ったら許したげても良んだけどなぁ〜?さ、謝りなさい。ほら。」
自分のどんくささを棚に上げて随分な言い様だ。
こういったタイプには、何を言っても無駄。変に頭だけは良いものだから、一ついえば百は返ってくるのが目にみえるので侮れない。
「うぅぅ…、ごめんなさい。」
何だか無償にかわいそうなクルス。
「…あ、そーだ。14時から会議だった。…ッ!うそ、あと15分!?」
時計を見るなり、あたふためいて身仕度を始めるリサ。
瓶底眼鏡を外すと、再び『クール』な仮面をつけ、廊下へ向かう。
「あ、チーフ。」
「何?」
ガツッ…!!
「ぶつかりますよ…って、言おうとしたんだけど…大丈夫ですか?」
「お願いだから、そーいうコトは早く言って。」
生キズのたえないリサは、額を擦りながら立ち上がると肩越しに、
「16時には帰るからヴィルとお留守番お願いね。」
と、言い残して颯爽と廊下を歩いていってしまった。
「冗談じゃない。あの人といると、また、何おしつけられるか、わかったもんじゃな……」
「ほぅ…、随分な言い様じゃないか。」
その声にクルスはおそるおそる振り返る。
そこには、スパナ片手に腕組みしたヴィルが立っていた。勿論、その表情は何ともいえない。
「い…やぁ、いたんですか、ははは…は。」
今さら何を言っても遅い。
「はぁ、かわいい後輩にそんなコト言われるとはなぁ。オレの心は深く傷ついた。あと、おまえがやっとけ。」
と、スパナをクルスに放る。
「なんで、おれが…っ。」
「うるさい。とにかく、やっとけ。」
かなり横暴である。
「何だよ、それっ。」
「タメ口きいたな。罰としてオイルも換えとけよ。じゃ、傷心なオレは眠る。」
言って、ヴィルは仮眠室へ向かった。
「…くっそぉーっ!!」
わなわなと手が震えるクルス。
いっそのこと永眠しやがれ…と、思いつつも、いつか必ず正義でヴィルを裁いてやると心に誓う。『正義は勝つ』という信念のもとに。
さて、クルスの願いが成就される日は来るのだろうか…。