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第1章

*scene 20 鳴らない無線*

「23時…か…」

誰に言うわけでもなく、リサは溜め息をついた。

リサとクルスがリネットに戻ってから、すでに6時間が過ぎていた。

PCモニターの前で頬杖をつき、右手で意味もなくトン、トン、トン…とキーボードをたたく。

いつでもすぐに受ける事ができるよう、側に置いた無線機には連絡が入った形跡はない。

いくら腕利きだとしても、帰還に時間がかかりすぎている。

さすがにリサもヴィルの安否を気にし始めていた。


 コンコン…


ミーティングルームのドアがノックされリサは振り返った。

「はい?」

クルスならノックはしない。

自分達に無関心なリバートンが、ミュータントの襲撃でもないのに来るとも思えない。

と、なれば相手は…

「失礼します。」

紅茶ポットとティーカップを乗せた台車を押しながら、マリナがにっこりと微笑んだ。

つられてリサも微笑をもらす。

「クルスさん、今眠りましたよ。左肩の傷も、骨や神経に異常はないそうです。」

言いながらマリナは手慣れた手つきで紅茶を入れ始めた。

どうやら今までクルスの側についていたようだ。

自分自身も傷だらけだというのに、いつまで待っても戻らないヴィルに不安を募らせ、休もうとしないクルスを落ち着かせるのは一苦労だった。

『今のクルスは、むしろ邪魔』

リサの一言で、落ち込みながらも、自分の状態に気付いたクルスは大人しく医師の治療を受けていたのだ。

そんな一騒動を思い出し、リサは苦笑した。

自分で言っておきながら、なかなか酷い言葉だ。

「どうぞ。」

ほんわかと湯気の立ち上るティーカップを差し出しながら、マリナはリサの前に座った。

「ありがとう。」

カップから伝わる、入れたての紅茶のぬくもりに、リサは心地よさを覚え、安堵の息をついた。

今更だが、リサ自身も疲労している事に気づかされたのだ。

マリナの入れる紅茶は毎回おいしい。

自分で入れてもこうはいかないのが不思議だ。

今度、茶葉を教えてもらおう。

「そう言えば…」

ふいにマリナが口を開いた。

「あの運び屋さんたちですけど…」

その言葉にリサも表情を雲らせる。

リサが連れてきた運び屋はまだリネットに居るのだ。

もちろん本部に連絡はした。

したのだが、軍のシャトルの確保が出来なかったのだ。

軍所有のシャトルは5つあり、4つは別件で使用されており、1つはリサの連絡の少し前に、生物班が使用許可を取ったらしく、空きのシャトルがなかった。

そのため他の民間シャトルを要請することになり、そのシャトルの到着は明朝であるため現在に至る。

「…彼ら…何かやらかしちゃった?」

なりゆきとはいえ、自分の一存で連れて来てしまった運び屋たちの事。

当然、リサが責任を持たなければならない。

「あ…いえ、特に何もないんです。けど…その…父が…」

言いにくそうにうつむいて、ぽつりぽつりと語るマリナ。

『父が…』という言葉にリサも困ったように頬を掻いた。

あのリバートンの事だ。運び屋に対しても不快を示しているに違いない。

ましてや『村』にとって何の利益もない彼らなのだから、なおさらなのだろう。

「…朝まで我慢してもらうしかないわね…。」

苦笑いし、リサはティーカップを置いた。
マリナも苦笑し、肩をすくめる。

朝になれば民間シャトルが到着するのだから。

本来のリサならば民間シャトルの要請以前に、軍シャトルの使用許可を譲ってもらえるように交渉するのだが、相手が生物班という事が、どういうわけかリサに交渉をしぶらせていた。

まあ、交渉したとして必ずしも許可をもらえるわけでもないのだが…。

「それにしても…」

マリナが時計を確認し、ぼやくように言った。

「ヴィルヴィクスさん…、遅いですね…」

「…そうね。」

短く答えてリサは無線に目をやる。

いつまで待っても鳴りそうにない無線に重い溜め息をつき、窓の外を仰ぎ見た。

すっかり闇に包まれた『外』を照らすのは月明かりだけ。

静寂を守るように照らす、その蒼白い光だけは、ヴィルの居場所を知っているのだろうか…



― 第1章 完 ―


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