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第1章

*scene 19 駆け引き*

「まいったな…」

どこからともなく増えていたミュータントが、いつの間にか途切れ、何とか一区切りつけることができたヴィルが困ったように頭を掻いた。

その傍らには、縄を掛けられたミュータントが1体。

運良く、まだ息があるミュータントを見付け捕獲したようだ。

残弾も少なく、そろそろ引き時だと判断し、このミュータントをどーやって連れて帰るか決め倦ねていた事が、自分を今の状況に追いやってしまったのだということに、気付いているんだか…いないんだか…

「さて…、どうするか…」

ミュータントをしばった縄の先を右手で回しながらぼやく。

目前には、すぐそこまで迫ってきているミュータントの第2陣というべき群れがあるというのに、全く緊張感がない。

まぁ、ヴィルらしいといえば、らしいのだが。

「あと、3発か…」

第2陣と闘う余裕は全くもってない。

捕獲ミュータントを連れ帰るどころか、ヴィル自身の帰還すら危いはず。

深々とため息をついたヴィルは縄を投げ捨てた。

どの道、深手を負ったミュータントの末路は決まっている。

貴重な残弾を使ってとどめをさすまでもない。

早足でスタリオンに飛び乗り、エンジンをふかす。

大きく唸り声を上げたスタリオンの上から、ヴィルはライフル構えた。

照準はミュータントの前方。

足止めも兼ねた1発目の引き金に指を這わせる。


ドゥゥゥゥゥォォォォーーーン…


突然の爆音に、ヴィルは目を細めた。

同時に、前方のミュータントたちが煙幕に包みこまれていく。

その光景を見ながら、めんどくさそうに舌打ちし、構えていたライフルを下ろした。

もちろん、ヴィルは何もしていない。

誰かが、ミュータントの足止めをしているのだ。

それが仲間ではないだろう事に、もちろんヴィルは気づいていた。

それならばそれで利用するまで。

ヴィルは、スタリオンのハンドルを握り締めた。

ゴーグル越しの視界は、舞い上がる黄砂で悪いうえに漂う煙のおかげで、方角すらもわからない。

「こっちだよっ!」

後ろから響く女の声にヴィルは振り返った。

短い黒髪の女。

マスク代わりに巻かれた布の上に見える黒い瞳は、まっすぐにヴィルに向けられていた。

その前でバイクのハンドルをきるのは金髪碧眼の男。

記憶に新しいその2人は、先程一足先に逃げたはずの盗賊…シオンとユイだった。

よく見ると、大男…ザックを含む20人前後の男たちが、煙の向こうでミュータントの足止めをしているらしい。

「死にたくないなら、ついといで。」

声を張るユイの前、シオンがヴィルを一瞥した後、バイクを反転させ戻り始めた。

それを見返し、嘆息するヴィル。

「余計なことを…」

言いながらも、小さな笑みを漏らした。

疲労した状態に加えて、残弾3発という状況下での自力脱出よりは、相手が人間であるシオン達のほうが遥かに扱いやすい。

彼らがどういうつもりで自分に手を貸しているんだとかは、この際どうでもいい事だ。

前方を走るシオンのバイクを追うように、ヴィルはスタリオンを走らせた。



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「…で、何が目当てだ?」

静まり返った黄砂の上で、ヴィルが口を開いた。

煙幕が姿だけでなく臭いをも紛れさせたおかげで、ミュータントたちを撒くことができたようだ。

流石というべき、彼らの常套手段だ。

「盗賊風情が人助けもないだろ。」

ゴーグルを引き下げ首に掛けて、ヴィルは盗賊…シオンを見据えた。

それを見返し、シオンもマスクとゴーグルを引き下げる。

「察しがいいな。」

ニッと笑みを漏らすとバイクから降り、ヴィルの前に立った。

ユイとザックもその脇に立つ。

そのほかにも、体格の良い男たちが周りについていた。

「用件は?」

周りを20人前後の男たちに囲まれながらも、平然とした物言いのヴィル。

臆するどころか、面倒くさい…といった口振りだ。

いや、実際面倒くさいと思っているに違いないが…。

そんなヴィルを不快そうに見るザックを他所に、シオンが口を開く。

「おまえ軍人だろ。俺たちは軍に用がある。」

言いながらユイに目をやり、ユイはまたおもしろくない表情をし、目を伏せた。

盗賊にも何やらか事情はあるようだが、ヴィルにとってはどうでもいい事だ。

軽く鼻で笑うと、ライフルに手を忍ばせ、シオンの言葉を待った。

シオンはシオンで、不躾なヴィルの態度も気にも留めない。

「トップに会わせろ。」

短く言って、ヴィルを見据えた。

「……おまえ、馬鹿だろ?」

彼らの云う「軍のトップ」がどこまでを意味するかは定かではないが、広く云えば連邦防衛軍総統ということになる。

そんな人物に会うための便宜を、一介の軍人でしかないヴィルに図れるはずがない。

ヴィル自身、総統の声はおろか姿すら見たこともないのだ。

ましてや、一盗賊団の若頭がおいそれと簡単に会えるような相手ではない事は明らかだ。

「何も連邦のトップとは言ってない。リベールのトップで構わない。」

リベールとは、大陸を5つに分割した南部を管轄下に置く主要軍の1つであり、ヴィルたちもこれに属する。

とはいえ、リベール軍自体も管轄区域を東西南北の支部と軍本部がある中央の5つに分ける大所帯であり、如何に所属軍とはいえ、トップである軍総司令官への橋渡しなど出来るはずもないのは勿論の事、仮に出来たところで、そんな便宜払う気もない。

「とりあえず、そうだな…」

軽く腕組みしながらシオンは続ける。

「お前の上にでも話通してもらおうか。交渉はそれからだ。」

「オレの上ねぇ…、どうだろうなぁ」

さらっと紡がれた要求に、肩をすくめたヴィルがぼやく。

その気になれば、彼らを振り切ることなどわけも無いという自信からくる余裕なのだろうか…

その真意について、さぐりを入れるわけでもなければ、自分からも情報を洩らすこともない。

そんなヴィルをずっと不快に見ていたザックが口をはさんだ。

「おまえ、俺たちに助けられておいて…」

「頼んだ覚えも、助けられた覚えもない。」

チラッとザックを一瞥し、しれっと答えるヴィル。

確かに頼まれた覚えはないが、そのふてぶてしい態度に、とうとうザックの堪忍袋の緒が切れた。

「貴様ぁぁぁっっっ…!」

ヴィルに掴みかかろうとするザックの腕をシオンが掴む。

「やめろ、ザック。」

「だけどよぅ、若…」

「やめろ。」

二度目の制止は鋭く、シオンの碧い切れ長の瞳に見据えられ、ザックは黙り込んだ。

そのままシオンは、ゆっくりヴィルに向き直る。

止めるのが後数秒でも、遅かったらその左手にあるライフルのトリガーが引かれていたに違いない。

ヴィルに躊躇など無いのは優に見て取れる

嘆息するシオンに、ヴィルはにやりと笑みを洩らして肩を竦める。

「3日だ。3日後、この時間にここで待つ。」

言って、シオンはザックの腕を放した。

〝もう口を挟むな〟という睨みを利かせながら。

「………話はそれだけか?」

ぼそっと言いスタリオンに跨ると、エンジンをかけるヴィル。

「待てよ、忘れもんだ。」

シオンの目配せで後ろにいた男たちが、何やら担ぎ出してくる。

「…………」

一瞬顔をしかめたヴィルの前には、縄で縛られたミュータントが1体。

それは、先程までヴィルが捕縛していたミュータントそのものだった。

そのまま視線をシオンに戻し、軽く息をつくと、くしゃりと前髪をかき上げた。心なしか、微笑を浮かべているような面持ちに見える。

そんなヴィルを満足げに眺め、腕組みをするシオン。

先に口を開いたのは、ヴィルだ。

「まぁ、考えといてやるよ。」

言いながら、ひらひらと手を振った。

それを確認して、シオンも仲間たちを振り返る。

「いいの?」

「ああ。」

ユイの言葉に短く答え、マスクを引き上げる。

「いくぞ。」

シオンの一声で、盗賊たちはそれぞれバイクに乗り込み、その場を後にした。

盗賊たちの去った後に残された捕縛ミュータントを前に、スタリオンのエンジンを切ると、ヴィルは時計に目をやった。

「…17時か。」

クルスを逃がしてから、すでに2時間が過ぎていた。

気がつけば、黄砂に太陽が沈み始めている。

日が落ちかけた『外』は、暫しその灼熱から開放される。

夜の『外』を動くのは危険だ。

ましてや、血の匂いの強い捕獲ミュータントを連れての移動は、自殺行為といっても過言ではない。

「しょうがないな…」

気だるそうにぼやいて、ヴィルは小型無線を手に取った。

「リネットは…」

記憶の中から、リネットへの回線を探す。

「………」

探す。

「………」

探す。

「………」

軽く頬を掻いて、別の回線を開き始めた。


 …ガガガガ…


『…はい?』

無線から、聞きなれた低めの声が響く。

「あー…、オレだ……」

どうにかつながった回線に安堵の息をつき、ヴィルは簡単に経緯を説明し始めた。




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