第1章
*scene 17 クルスの死闘*
「くそ…」
一面に広がる黄砂という足場の悪さに、クルスは顔をしかめた。
何とか攻撃はかわしてはいるものの、砂に足をとられ、その度に体勢が崩れるため、闘い辛い。
小型ライフルの残弾も、あと数発といったところだろう。
換えの弾丸は、もうない。
引き付け役もそろそろ限界にきていた。
自らが乗ってきたエアバイクまでは、目測で10m程度。
一気に撒くか…
クルスの視線がエアバイクへ向いた、その瞬間……
手前にいた3体のミュータントが一斉に牙をむき出し、襲いかかってきた。
「しまったっ!!」
舌打ちしたクルスはとっさに身構え、ライフルを向ける。
素早い3体の不規則な動きは、目で追うのがやっとで、体の反応が少し遅れた。
ミュータントたちも、そんなクルスの動きを見逃さない。
1体目の爪がクルスの左肩を捉えた。
「くっ……」
鋭く尖った爪は、ぐっと左肩に食い込み、激痛が走る。
「こいつッ…、放せっ!」
痛みに顔を歪めながらも、至近距離からミュータントの腹部に小型ライフルを打ち込み、さらに右足で頭を蹴り上げ、その反動で後ろへ身をよじった。
左肩に食い込んだ爪が微かに緩んだすきに、一気に引き離し、体勢を立て直すクルス。
「はぁ……はぁ……ぐッ…っつ…」
頑丈な戦闘服は裂け、そこから覗くクルスの左肩に鮮血が滲む爪痕が刻まれる。
表皮が抉られた左肩の焼けるような疼きに表情を歪めるが、神経を傷めず指先まで問題なく動かせるのを確認したクルスは、ミュータントたちを見返した。
クルスの弾丸を受け、蹲る1体目の右から2体目のギラついた視線がむけらている。
「負けてたまるかっ…!」
ぐっと歯を食いしばり、睨み返すクルスにじりじりと間を詰めてくる。
グァァァァァァーーーッッ!!
間合いを詰めた2体目が、雄叫びをあげ飛び掛ってきたのをギリギリのところでかわしたクルスは、脇に備えていたナイフを無防備なその背面に突き刺した。
背面に走る痛みに身をよじったミュータントの激しい衝突に、クルスの身体が弾き飛ぶ。
身を丸め、受け身をとるが、衝撃を逃しきれず、砂地に叩きつけられた。
全身に鈍い痛みが響く。
膝が…、腰が…、自身を支える下半身に力が入らない。
激しい攻防の中、クルスの疲労も限界近くまできていた。
そんなクルスに3体目が迫る。
「くそっ……」
砂の上で身体を横転させライフルを構えた。
たとえ、この3体目を退けたとしても、さらに数十体ものミュータントたちが、クルスを狙っている。
どうすれば………
軍の訓練でも、今の事態を想定されたものは受けていない。
もどかしく唇を噛むクルス。
その刹那…
構えた銃口の先で、3体目のミュータントが体勢を崩しながら沈んでいく。
何が起こったのか…
クルスの全身に緊張が走る。
完全に沈んだ3体目のミュータントの奥に人影がぼんやり映った。
霞む視界の中、見つけたその人影は、
「ヴィルさんっ!」
クルスの声が届くその前…
ヴィルのスタリオンのエンジン音にかき消されたが、それはクルスの耳に確かに聴こえた。
…─── おまえにしては上出来だ。
唸りをあげたスタリオンの上からミュータントの集団に銃弾を撃ち込むヴィルの姿に、全身の緊張が解けたのか、ホッと息をつくクルス。
膝に力を入れなおし、何とか立ち上がると体勢を整えた。
ガガガガガガガ…ッ
残弾を撃ちつくしたヴィルの乗るスタリオンが、クルスの前で弧を描くようにしてとまった。
そのまま次弾を装填するヴィル。
「待たせたな。あとはオレに任せて、おまえはリサの後を追え。」
「お…おれ、まだやれます!」
ヴィルの言葉に首を振り、クルスはライフルを握りなおした。
よく見れば、左肩の爪痕の他にも、全身に無数の擦り傷が見える。
気を張っていても、激しく上下する肩やその傷から、無理をしているのは一目瞭然。
前に見えるミュータントの数は、減るどころか増えているようだ。
そもそも、出現予想ポイントを張っていたのだ。
生息地が近くにあることくらいは容易に想像がつく。
血の臭いに、つられてミュータントが増えることも然り。
どこからともなく増え続けるミュータントに、ヴィルは舌打ちした。
殲滅させるには数が多すぎる。
特製手榴弾もない。
クルスの疲労以前に、今回ばかりはヴィルにも、新人教育をしている余裕はない。
「いいから、オレにまかせろ。」
装填し終わったライフルを、本来の利き手である左手に持ち替え、スタリオンから降りたヴィルは、クルスを背面にまわした。
「まかせろって…、1人でなんて無茶ですよっ!」
言って、クルスはヴィルの腕を掴んだ。
決して少なくないミュータントを相手にする危険を、身をもって体験したばかりだからなおさらだ。
そんなクルスを一瞥して、ヴィルは口を開いた。
「おまえ…、オレを誰だと思ってるんだ?」
軍内部において、ヴィルヴィクスの名とその実力を知らないものはいない。
それは入軍したてのクルスとて然り。
しかし、それでも尚クルスは、不安げにヴィルを見返した。
「なーに、おまえが逃げきったのを確認したら、軽く撒いてやるさ。わかったら、さっさと行け。」
片足で砂を蹴りながら、軽く言うヴィルの言葉に背中を押され、
「…わかりましたよ。」
エアバイクに乗ったクルスはリサたちの後を追った。
「絶対、戻ってきますよねーーっっ!?」
小さくなっていくクルスの声に軽く右手を揚げ、”やれやれ…”と、息をつくヴィル。
「当たり前だろ。オレを誰だと……」
背後に気配を感じ口を噤む。
振り返ったヴィルの前にはミュータントの群れ。
倒れた仲間に群がるもの…
互いに傷つけあうもの…
それから、鋭い爪と牙で威嚇してくるもの…
「あわよくば捕獲…ってのは、さすがに無理かもな。」
にっと笑うヴィルの額から汗がつたう。
流石に余裕は感じられないが、気にかける存在を先に逃がした今は、幾分か闘いやすい。
できるだけ長く足止めをする。
それが、自分の仕事だ。
「さて…」
ライフルを握る左手に力を込める。
「おっぱじめるとするか。」
パシューーーンンツッッ…
グォォォォォォォォーーーーー
銃声と共に、ミュータントの雄叫びが乾いた大地に広がった。
「くそ…」
一面に広がる黄砂という足場の悪さに、クルスは顔をしかめた。
何とか攻撃はかわしてはいるものの、砂に足をとられ、その度に体勢が崩れるため、闘い辛い。
小型ライフルの残弾も、あと数発といったところだろう。
換えの弾丸は、もうない。
引き付け役もそろそろ限界にきていた。
自らが乗ってきたエアバイクまでは、目測で10m程度。
一気に撒くか…
クルスの視線がエアバイクへ向いた、その瞬間……
手前にいた3体のミュータントが一斉に牙をむき出し、襲いかかってきた。
「しまったっ!!」
舌打ちしたクルスはとっさに身構え、ライフルを向ける。
素早い3体の不規則な動きは、目で追うのがやっとで、体の反応が少し遅れた。
ミュータントたちも、そんなクルスの動きを見逃さない。
1体目の爪がクルスの左肩を捉えた。
「くっ……」
鋭く尖った爪は、ぐっと左肩に食い込み、激痛が走る。
「こいつッ…、放せっ!」
痛みに顔を歪めながらも、至近距離からミュータントの腹部に小型ライフルを打ち込み、さらに右足で頭を蹴り上げ、その反動で後ろへ身をよじった。
左肩に食い込んだ爪が微かに緩んだすきに、一気に引き離し、体勢を立て直すクルス。
「はぁ……はぁ……ぐッ…っつ…」
頑丈な戦闘服は裂け、そこから覗くクルスの左肩に鮮血が滲む爪痕が刻まれる。
表皮が抉られた左肩の焼けるような疼きに表情を歪めるが、神経を傷めず指先まで問題なく動かせるのを確認したクルスは、ミュータントたちを見返した。
クルスの弾丸を受け、蹲る1体目の右から2体目のギラついた視線がむけらている。
「負けてたまるかっ…!」
ぐっと歯を食いしばり、睨み返すクルスにじりじりと間を詰めてくる。
グァァァァァァーーーッッ!!
間合いを詰めた2体目が、雄叫びをあげ飛び掛ってきたのをギリギリのところでかわしたクルスは、脇に備えていたナイフを無防備なその背面に突き刺した。
背面に走る痛みに身をよじったミュータントの激しい衝突に、クルスの身体が弾き飛ぶ。
身を丸め、受け身をとるが、衝撃を逃しきれず、砂地に叩きつけられた。
全身に鈍い痛みが響く。
膝が…、腰が…、自身を支える下半身に力が入らない。
激しい攻防の中、クルスの疲労も限界近くまできていた。
そんなクルスに3体目が迫る。
「くそっ……」
砂の上で身体を横転させライフルを構えた。
たとえ、この3体目を退けたとしても、さらに数十体ものミュータントたちが、クルスを狙っている。
どうすれば………
軍の訓練でも、今の事態を想定されたものは受けていない。
もどかしく唇を噛むクルス。
その刹那…
構えた銃口の先で、3体目のミュータントが体勢を崩しながら沈んでいく。
何が起こったのか…
クルスの全身に緊張が走る。
完全に沈んだ3体目のミュータントの奥に人影がぼんやり映った。
霞む視界の中、見つけたその人影は、
「ヴィルさんっ!」
クルスの声が届くその前…
ヴィルのスタリオンのエンジン音にかき消されたが、それはクルスの耳に確かに聴こえた。
…─── おまえにしては上出来だ。
唸りをあげたスタリオンの上からミュータントの集団に銃弾を撃ち込むヴィルの姿に、全身の緊張が解けたのか、ホッと息をつくクルス。
膝に力を入れなおし、何とか立ち上がると体勢を整えた。
ガガガガガガガ…ッ
残弾を撃ちつくしたヴィルの乗るスタリオンが、クルスの前で弧を描くようにしてとまった。
そのまま次弾を装填するヴィル。
「待たせたな。あとはオレに任せて、おまえはリサの後を追え。」
「お…おれ、まだやれます!」
ヴィルの言葉に首を振り、クルスはライフルを握りなおした。
よく見れば、左肩の爪痕の他にも、全身に無数の擦り傷が見える。
気を張っていても、激しく上下する肩やその傷から、無理をしているのは一目瞭然。
前に見えるミュータントの数は、減るどころか増えているようだ。
そもそも、出現予想ポイントを張っていたのだ。
生息地が近くにあることくらいは容易に想像がつく。
血の臭いに、つられてミュータントが増えることも然り。
どこからともなく増え続けるミュータントに、ヴィルは舌打ちした。
殲滅させるには数が多すぎる。
特製手榴弾もない。
クルスの疲労以前に、今回ばかりはヴィルにも、新人教育をしている余裕はない。
「いいから、オレにまかせろ。」
装填し終わったライフルを、本来の利き手である左手に持ち替え、スタリオンから降りたヴィルは、クルスを背面にまわした。
「まかせろって…、1人でなんて無茶ですよっ!」
言って、クルスはヴィルの腕を掴んだ。
決して少なくないミュータントを相手にする危険を、身をもって体験したばかりだからなおさらだ。
そんなクルスを一瞥して、ヴィルは口を開いた。
「おまえ…、オレを誰だと思ってるんだ?」
軍内部において、ヴィルヴィクスの名とその実力を知らないものはいない。
それは入軍したてのクルスとて然り。
しかし、それでも尚クルスは、不安げにヴィルを見返した。
「なーに、おまえが逃げきったのを確認したら、軽く撒いてやるさ。わかったら、さっさと行け。」
片足で砂を蹴りながら、軽く言うヴィルの言葉に背中を押され、
「…わかりましたよ。」
エアバイクに乗ったクルスはリサたちの後を追った。
「絶対、戻ってきますよねーーっっ!?」
小さくなっていくクルスの声に軽く右手を揚げ、”やれやれ…”と、息をつくヴィル。
「当たり前だろ。オレを誰だと……」
背後に気配を感じ口を噤む。
振り返ったヴィルの前にはミュータントの群れ。
倒れた仲間に群がるもの…
互いに傷つけあうもの…
それから、鋭い爪と牙で威嚇してくるもの…
「あわよくば捕獲…ってのは、さすがに無理かもな。」
にっと笑うヴィルの額から汗がつたう。
流石に余裕は感じられないが、気にかける存在を先に逃がした今は、幾分か闘いやすい。
できるだけ長く足止めをする。
それが、自分の仕事だ。
「さて…」
ライフルを握る左手に力を込める。
「おっぱじめるとするか。」
パシューーーンンツッッ…
グォォォォォォォォーーーーー
銃声と共に、ミュータントの雄叫びが乾いた大地に広がった。