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第1章

*scene 16 危機脱出*

クルスの放つ弾丸は、命中こそはしないが、かろうじてミュータントたちの勢いを緩めていた。

傷つき倒れた仲間に群がるミュータントたち。

何度目の当たりにしても、決して慣れることができそうにない光景。

そんな光景に嫌悪を抱きながらも、必死に戦い、それがまた新たにその光景を生む。

それでも、確実に間を詰められているのは、クルスにもわかっていた。

ミュータントたちは絶えることなく、次々にクルスに向かって迫ってくる。

「…くそ。」

ライフルの残弾も少なくなり、舌打ちしてヴィルたちの方に視線を向けた。

ミュータントの残骸の奥で、背後に運び屋をかばいつつ、ライフルを放つヴィル。

流石というべきか、放つ銃弾は確実にミュータントを沈めていく。

それでも、運び屋の安全確保には、まだ時間が必要なようだ。

ここで、引き付け役の自分が引くわけにはいかない。

目の前にまで迫ったミュータントたち。

接近戦に備え、クルスはライフルを小型ライフルに持ち替えた。

威力は衰えるものの、軽く、身動きがとりやすいからだ。

「きたっ!」

背後に鋭い殺気を感じ、振り返りながら小型ライフルを放つ。

クルスの弾丸は、ミュータントの前足をかすめた。

そのすきに、体勢を整え身構える。

何にしても数が多すぎる。

引き付け役といっても、周りを取り囲まれるようなことにでもなれば、逃げ切る自信はない。

「おちつけ…おちつけ…」

自分に言い聞かせるように唱え、クルスはミュータントたちを見据える。

背後を取られたらダメだ。

やみくもにライフルを撃つのもマズイ。

1体ずつ、確実に倒してスキを作ろう。

自分にだって、それくらいは出来るはずだ。

動くのは、ヤツらが仕掛けてくるその時。

心を決めたクルスの頬を一筋の汗が伝い、砂地へ落ちていく。

「正義は勝つんだっ!」

クルスの言葉とともに、ミュータントたちは動き出した。


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先頭で運び屋たちを誘導しながら、リサは振り返った。

巻き上がる砂に阻まれ、クルスの様子は確認できない。

しかし、クルスばかりに気をとられてるわけにはいかない。

「当初の目的地は?」

運び屋のリーダーに問いかける顔は厳しい。

そんなリサに、バツが悪そうに目をそらしながら、リーダーは答えた。

「ミレバスだ。」

「ミレバスっ!?」

リサは、耳を疑った。

ミレバスはリネットのような小規模な【村】より、少し人口も多い【町】のうちの1つだ。

しかし、この辺境からは遥かに遠く大陸中心部に位置する町だ。

「そんなところまで、シャトルも使わずに運ぶつもりだったの?」

リサが言うのも無理はない。

シャトル以外の移動手段には、一定の距離が定められており、それを越える場合には、軍への報告が義務付けられている。

ミュータントはもちろんの事、先程のような盗賊にも、いつ遭遇するとも限らない『外』を移動するには、軍の護衛が不可欠であることは周知の事。

当然、それなりの代価を軍に納めなければならないが、襲撃の被害に比べれば微々たるものだ。

まともな運び屋では、正規のルートとして軍を通すか、民間のシャトルを使用するが、もちろんシャトル使用にもかなりのコストがかかる。

運び屋の中には、こうしたコストを抑えるため、未報告で出発するものも少なくない。

「とんだ運び屋ね。」

リサは、嘆息した。

もちろん、ヴィルがこの会話を聞いていたならば、倍額請求するだろうこと然り。

「一度、リネットにいきましょう。そこから、軍のシャトルを要請するから、必ず手続きしてください。」

厳しい表情のまま、リサは続ける。

「もちろん、シャトル要請の費用はあなた方の負担です」

当然のことだ。

リサも、義務を怠っている彼らに、そこまで寛大ではない。

「…わかった。」

しぶしぶと承諾し、リーダーは仲間を振り返った。

積荷と、人件費…それから、シャトルのコストを計算しているのか、軽くため息を漏らす。

そんな様子にかまうことなく、リサはジープを走らせた。

乾いた風が、リサの髪をなびかせる。

追ってきていたミュータントの数は、減ってきているようだ。

「クルスは、よくやってくれてるようね。」

新人の仕事ぶりを評価しつつも、同時にあの状況下において、クルス1人に足止めを指示せざるを得なかった自分の力量の無さに唇を噛んだ。

せめて、退路の確保が出来るくらいの力量があれば、ヴィルやクルスの負担も幾分か軽かったはずなのだから。

まぁ、非戦闘員であるリサでは、無理もないのだが。

刹那、耳に届いた高音の銃声にリサは振り返った。

立ち上る白煙は信号拳銃から放たれたものだと瞬時に理解する。

最後尾のトラックがミュータントを振り切ったというヴィルからの合図だ。

「何とか危険は回避できたようね。」

小さく言って、ほっと息をつくリサ。

後は、自分の仕事だ。

「えっと…、リネットは確か…」

ハンドルを片手にリサは、通信用の回線を開き始めた。





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