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第1章

*scene 12 リバートンの不満②*

 コンコン…

「 はい?」

シャワーの音に紛れて、籠ったようなリサの声が届く。

磨りガラス越しに見えるクルスのシルエットに目を細めたところで、聞こえてるくる遠慮がちな声。

「 …あ、おれ…クルスです。え…っと、あの…、済んだらリバートンさんが話があるそうなので広間に来て下さい。それだけです。…じゃ…失礼しましたッ。」

早口に用件だけ伝えたクルスのシルエットが遠ざかり、パタン…扉の閉まる音が聞こえた。

忘れていたが、一応リサも女。女性なのである。

まぁ、当の本人は特に気にしてないようだか。

「 …話…ねぇ。」

おもしろくなさそうに呟いて、シャワーの蛇口を閉める。

曇った鏡を眺めたままに小さく溜め息を付くと、バスタオルに手を伸ばした。

キィ…と戸を開けた拍子に、シャワールームに籠っていた湯気が辺りに広がる。

仄か上気する肌と濡れた髪がリサにも微かな色香を纏わせた。

雫が垂れる髪をタオルで押さえながら、クルスの言葉を反芻する。

リバートンの話の内容は大方見当がついていた。おそらく昨晩の食堂での内容に殉ずるものだろう。

話してもわからないだろう相手に、今度はリサ本人にもまだわからない新種ミュータントの説明を付けなくてはいけない。

出しっぱなしにしていたノートパソコンをぱたんと閉じ、しばし考える。

「 まぁ、どうせわかんないんだろうから…さらっとでいっかな。」

ぼやくように言って、手に取ったレモンスカッシュの缶を開けた。

カシュ…と酸の抜ける音がし、甘酸っぱい香りが鼻に届く。

「 ぷはぁー。…んー、やっぱりシャワーのあとはコレよねぇ。」

満足そうにレモンスカッシュを飲みながら、鏡台の椅子に腰を下ろすと、ドライヤーを片手に濡れた髪を乾かし始めた。


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「 …で、これからどーなるんだ?」

口を出したがり屋のリバートンが、深々と溜め息を付きながら言った。

勿論、彼はリサたちの苦労なんて考えてもいない。

マリナがお茶を運んできたメイドから『私が…… 』と言ってティーセットを受け取り、紅茶を注ぐ。

彼女なりの暖かい心遣いだ。

「 あんたたちにも、何か考えがあるんだろ?」

リバートンのうんざりする質問に、クルスは思わず立ち上がった。

「 あるわけないじゃないですか! 何度も言いますけど、あのミュータントは新種なんです。もっと、じっくりと相手を探らないと『何する』も『どうしよう』もな…」

「 だよなぁ…ほんっと、オレもそう思うわ。それにしても、まさか誰かさんがすっごくいいトコで絶妙に狙いを反らした上に、砂に足取られてすっ転びやがるから、やむを得ず爆音手榴弾の在庫使って追っ払うしかなくなるとは、さすがにオレも思わなかったしなぁ。」

思いっきり嫌味だと言わんばかりの長ゼリフに、クルスはなんとも言えず複雑な表情を浮かべる。

フォローするリサはまだ来ない。

せっかくの金蔓を逃して、ヴィルも少しばかり機嫌が悪いようだ。

「 …しょーがないじゃないですか…。わざとじゃないんだし…」

すとんと座りながら、ボソボソ反論するクルスの言葉も、ヴィルは聞いているんだか、いないんだか…

「 とにかく、そういうわけで捕獲できてないから、よくわからない。後はリ…チーフに聞いてくれ。オレはスタリオンの整備してくる。」

砂巻き込んだみたいだしな…と、スパナをくるくる回しながらクルスを見遣る。

クルスはクルスで、まだぶつぶつと言い訳めいた事を言っていたが…

ヴィルの立上がり際。

 ──ガツッ…!

「 いだッ!な、何すんですかッ!」

案の定、クルスに命中。

「 …そんなもんで、人の頭…。死んだらどーすんですか!!」

かなり痛かったのだろう、涙目で訴えるクルス。

「すまん、クルス。わざとじゃない。わざとじゃないからなぁ。」

ケラケラ笑いながら、ヴィルは去っていった。

やはり聞いてないようでしっかり聞いていたらしい。(クルスの反論を)

「こ…これがわざとじゃないなら、何なんだぁぁッ!!」

「めいっぱいわざとね。」

クルスのとなりでぽそっと付け足したのはリサだ。

「 …チーフ、いつからそこに…?」

「 さっきから。」

引きつった笑顔でたずねるクルスに、リサも笑顔で答える。

良く見ると額が少し赤い。

「 …今日は何回ですか?」

「 7回。」

何の回数かは言うまでもない。

一人、リバートンだけが何のことかと首をかしげていたが、結局わからないので機嫌が悪い。

「そんなことより、これからどうなるんだ? さっきのヤツはあんたに聞けと言ってたぞ。」

取り敢えず話題を戻した。

リバートンへ向き直ると、クルスの隣に腰を下ろす。

「一先ず、防衛システムの方はプログラムの修正をしておきました。破損したパーツが本部から届くまでの応急処置といったところです。」

出来るだけ簡素に伝えるリサの前に暖かな湯気が立ち上る紅茶のカップが置かれ、空になったカップを下げるマリナが柔らかに微笑んだ。

「どうぞ。」

「ありがとう。」

カップに手を伸ばすリサの正面、リバートンはわからないことだらけで不機嫌なままだ。

「応急処置…… それじゃあ、また襲われたらどーなるんだ? そもそも、襲われないようにする為に、あんたたちが来たんじゃないのか?」

「…そうですね。」

啜る紅茶の湯気の奥にいる不機嫌なリバートン顔など、近眼のリサにはもちろん見えているわけもなく、喉を潤したあとはソーサーにカップを戻すと、ゆっくりと返答を紡ぎだした。

「 リネットを保護する為に来ました。防衛システムもその為です。今日の襲撃では、今回のミュータントがこれまでにはない新種だということがわかりました。これから、新たに調査を始め…」

「そんな悠長なことで良いのかね? つまり、得体の知れない化け物が相手というわけだろう? 村民からもここ数日で何度も起こってる襲撃に不満と不安の声が上がっている。早急に……」

これからの方針の説明をかき消すリバートンの言葉からは、彼自身の不安も垣間見えており、これ以上は何を語っても変わらないだろうことを悟ったリサは小さく息を吐いた。

「…リバートンさん。私たちがここに来て、まだ二日目です。」

にっこり笑顔で、リサは続ける。

「 口を出すのは、いささか早計だと思いませんか?」

あくまでにっこり。

「 直訳すると『うるさい』もしくは『黙れ』ってトコだな。」

クルスの耳に微かに聞こえた言葉はもちろんヴィルのもの。

「 …ヴィルさん、スタリオンの整備に行ったんじゃ…」

「忘れもん。」

三人に宛行われた部屋から取ってきたらしいバッテリーを見せながら答えるヴィル。

「 もう少し、私たちを信頼して下さい。」

自分のペースを崩さないリサ。リバートンに答えるすきは与えない。

「それじゃ、失礼します。行きましょ、クルス。」

言うだけ言って、立ち上がったリサかくるっと振り返る。

「 え…、あ…チーフ…。」

「 …え?」

 ドンッ…

「 …オレが壁でなくてよかったな。」

歩き始めて、ヴィルの胸板に顔面をぶつけたリサが複雑な表情を浮かべた。

「…ヴィル、いたのね。」


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