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第1章

*scene 10 Sクラスの実力*

「 …でもチーフ、大丈夫なんですか?」

長いリバートン邸の廊下を走りながらクルスが言った。

「 何が?」

クルスの少し後ろを走るリサが尋ね返した。

束ねた髪が上下になびく。

入軍したてのクルスは、リサがライフルを持つ姿を見たことがなく、また想像すらできなかったからだ。

腕はともかく、防衛軍に居ながらライフルを扱えない軍人はいない。

まして、チームの長という立場にあるリサが扱えないわけがないはずだが…。

「 チーフが現場に行くのは、やっぱり…」

「 プログラムを組み替えるだけよ。二人の邪魔にはならないから。」

クルスの言いたかったのは、そんなことではなかったのだが、答えたリサとその隣を走るヴィルの表情を見て、言葉を断った。

二人の表情はかなり険しい。

リバートン邸を抜け出たヴィルがスタリオンにまたがる。

続いてクルスも届いたばかりのエア・バイクに飛び乗った。

「 クルス、後ろ乗るよ。」

「 え…?」

返事を訊かずにクルスの後ろに乗り込むリサ。

「 あたし、二輪免許ないの。それより、急いで。これ以上ほかのブロックがやられたら、ちょっと厳しいかもしれないわよ。」

一度侵入を許せば、リサたち…特種派遣部隊だけで凌げるかどうかすらもわからない。

ミュータントの系統がわからないというリスクはそれだけ高いのだ。

仮に、数時間かけてやっと到着する援護を頼んだところで、リネットの壊滅は避けられないだろう。

「 はいっ。」

短く答えて、クルスはアクセルを強く踏み込んだ。


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リサの指示でクルスが『南門』に着いた頃、無事だったのは二つ…B・Eブロックだけだった。

ヴィルの姿は無い。

「 あれ? ヴィルさんは…?」

「 ヴィルには『北門』に行ってもらってるの。」

システムとPCをケーブルで繋ぎながらリサが答えた。

「 …北門?」

要領を得ないクルスを他所に、左手でヘッドフォンのマイクを口元に宛てがうと、右手ではキーボードを弾いていく。

起動したモニターに映し出されるシステムの現状に表情を曇らせたリサは、唇を噛んだ。

思いの外、セキュリティの損傷が激しい。

「 ヴィル、聞こえる?」

『 ……がガガ……はいよ。聞こえてる。』

無線から聞こえてくるのは、マイペースなヴィルの声。

「 そっちのセキュリティーを解除したから急いでくれる?こっちはかなりダメージがあって、あまり長くもちそうにないの。」

『 ……了解。3分くれ。』

…ゴゴゴゴゴ…

不意に遠くから届く地響きで、後ろを振り返ったクルスの視界に、重々しく開き始めた『北門』が映る。

「 わかった。3分後、こっちも解除するから…」

リサの返答が終わらないウチに回線が切断されたのか、そこで無線は途絶えた。

「 頼んだわよ。ヴィル…」

ポツリ独りごち、こちらも回線を閉じるとチラリとモニターに表示される時刻を見遣る。

リミットは3分。

内部から出来る限りの修正を施すべく、キーボードに指を走らせた。

「 チーフっ! まさかヴィルさん1人にミュータントを任せるんですか?!」

1人、状況がイマイチ飲み込めずにいたクルスはリサの背中に問う。

いくらクルスが鈍感でも、開いた『北門』やリサの応答から、ヴィルが単独で『外』に出た事くらいは理解できる。

「 そうよ。」

「 だったらおれも『北門』に…」

「 ダメよ。」

「 何でですか!? おれだって戦えます!」

言って振り返るクルスの遥か前方では『北門』が完全に閉鎖される所で。

「 いいから、ここにいなさい。あなたにはあなたの仕事があるの。」

もどかしげなクルスを制し、システムとPCをつなぐケーブルを抜きながらリサが言った。

「 今出来るのは、待つことだけね。」

内部からのアクセスだけじゃ、修復できない程に損傷しているセキュリティにため息を漏らす。

程なくして、僅かに耳に届いた銃声でヴィルの戦闘が始まっていることを悟ると、クルスはグシャグシャと髪を掻き乱した。

「まだですか!?」

何も出来ない歯痒さから、気が急くのかリサを何度も振り返るが、

「まだよ。」

決して縦に首を振らないリサ。

「大丈夫。もっとヴィルを信じなさい。」

刹那、ゴゴゴゴゴ……という響きと共にゆっくりと『南門』が開き始めた。

それを合図に、リサはクルスの後ろに飛び乗る。

「時間よ。」

「…は、はいっ!!」

ようやく出たGOサインに大きく頷くと、強く大地を蹴り、クルスはバイクを走らせた。

ちょうど塀の中間地点辺りで銃声に紛れたヴィルの叫ぶ声が聞こえる。

「……サっ!……じょ……て……し…ろっ!!」

開門の音や銃声、エアバイクの風を切る音で、正確に聞き取れないヴィルの声だが、出口付近に密集し始めたミュータントたちの動きで、クルスにもその意図は理解できる。

「 何だよ。昨日より全然多いじゃないか……」

「 …えー? 何か言った?」

どこか怒りにも似た語気でポツリ零されたクルスの言葉は、リサには届かない。

「 チーフっ!もう閉めて下さい!」

湧いてくる苛立ちを断ち切って、今度はちゃんとリサにも聞こえるように叫んだ。

「 大丈夫、あと3秒で閉まり始めるハズだから」

スピードを上げたエアバイクの後ろからリサの声が響く。

その言葉通り、『南門』は重々しい音をたてて閉まり出した。

「 急いでね。あたし、潰れるのイヤだから。」

「 おれだってイヤですよ、そんなの。」

ライフルを片手に、出口へと急ぐ。

「 クルスーッ! 門に入ってる奴はかわせ。かまってたら潰れるからなっ!」

ようやく真面に届いたヴィルの声。

流石にヴィルでも全ては仕留められなかったのだろう。

出口周辺で食い散らかされたミュータントの残骸を越えて門に侵入したミュータントの姿に気付けば、クルスも大声で応える。

「 わかってますっ!」

リサと二人分の重心がかかるのもあり、バランスは取り難いが、それでもやるしかない。

ぐっとハンドルを握りしめると、襲いかかるミュータントの爪を避け、その脇をすり抜けた。

「 抜けた…っ!」

そのまま滑り込んで出口を抜け出たと同時にぐしゃ…と鈍い音が響き、『南門』は閉まった。

「 ぎ、ぎりぎりセーフ…ってトコかな…?」

独特な血腥さが漂う空間で、顔面蒼白状態のリサが引きつった笑いを浮かべた。

「 ……昨日といい、今日といい、おれこんなのばっかりだ。」

まぁ、間に合ったのだからよしとしよう。

「 じゃ、あたしはプログラム組み直すね。」

言って、リサはPCのケーブルをシステムに繋ぎ、ディスクをはめ込んだ。

とりあえず、プログラムさえ組み直せばリサの仕事は終わる。後は二人の仕事だ。

「 な…んだよ、これ。…全部、あの人が…?」

無数の亡骸で覆われた大地に言葉を失ったクルスが立ち尽くす。

「 だから言ったでしょ。Sクラスは伊達じゃないのよ。あんなのがごろごろしてる第1は化け物集団よね。」

リサの声で現実に引き戻されたのか、未だ鳴り止まない銃声に意識が向くと、クルスはライフルを握り直した。

「 クソっ! おれだって!!」

実力差を目の当たりにしたところで、自分だって引くわけにはいかない。

いつか追いついてやる!…そう強く意志を固めると、クルスも戦場へと駆け出した。




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