第1章
*scene 8 リバートンの不満*
「それで…、いつ頃あの怪物たちはいなくなるんだ?」
メイドが運んできた食後のお茶に手を伸ばしながらリバートンが切り出した。
「今のままだと、あの防衛システムのおかげで【町】に渡れないから、その内にリネットは水不足になる。今月分の出荷もまだできてないし、【村】自体の運営もかなり厳しくなるんだが…」
リネットには、辺境ながらも北部地域内では比較的豊かな土壌が確保されていた為、他ではみない果実が多く生産されている。
収穫までにあまり水を必要としないそれらは糖度が高く、そのままでも十分美味しく頂けるのだが、その果実で作られる果実酒は甘く口当たりも良い美酒として、リベール領内でも広く知られており、このリネット唯一の特産品となっている。
毎月決まった量を北部唯一の【街】ダグラーへ出荷。そこで得た対価が村民の生活を支える為の大きな糧になっているのだ。
現実問題として、ミュータントの及ぼす影響はかなり深刻らしい。
「…今の時点では、まだ何とも言えません。ミュータントの系統も分かっていない現段階では対策も立てられませんので。申し訳ありませんが、防衛システムの解除は許可できません 。」
リサがそう答えると、リバートンは眉間にしわを寄せながら、ぽつりと言った。
「あんたたちのすることに口を出すつもりはなかったが、こうして【村】にも影響が出てるわけだし、村長として言わせてもらう。」
ゆっくりとカップを置きながらリバートンは続ける。
「一時的にしても軍の管理下に置かれているなら、この状況をどう対処してくれるんだ? こうして【村】に支障が出始めているんだ。【村】を維持する為の主張は当然の権利だろう。……はっきり言わせてもらうが、今月末の出荷までになんとかできないなら、私の独断で防衛システムは解除させてもらう。じゃ…、私は失礼する。」
がたっ…立ち上がり、リバートンは食堂を出ていく。
一同がリバートンを見送るなか、一人ヴィルは飲み終えた紅茶のカップをテーブルに置いた。
扉が閉まる頃、
「…あったまくるなぁっっ!」
ヴィルのとなりでぷりぷりと怒りだしたのはクルスだ。
「一日や二日でミュータントがどうにかなるとでも思ってるんですかねぇっ!? そりゃ、少しは迷惑かもしれないけど…、それだって、みんなこの【村】のためじゃないかっっ!腹立つなぁっ!」
ぷりぷりと怒りながら紅茶を啜る。
「わかったから、そう熱くなるな。」
ヴィルがなだめる。
「彼女、びっくりしてる。」
リサの言葉に、クルスもはっとする。
「あ…、すみません…、おれ…。え…っと、別にリバートンさんが…」
とっさに取り繕うクルスにクスッと笑みをもらし、
「気にしないで下さい。」
言って、リバートンの令嬢はほほ笑んだ。
「…だとさ、クルス君。」
ヴィルがクルスに言うのと同時に、再び扉が開いた。
「言い忘れたが…、この【村】での滞在費等はもちろん出してくれるんだろうな。そのへんは、はっきりしといてくれ。ただで滞在して、何もできなかった…なんてことがあっても困るしな。全く、化け物なんて本当に迷惑な話だ。」
それだけ言って、リバートンは部屋を後にした。
「…なんだよ、あの態度。おれたちを何だと…」
やっぱり怒ったクルスだが、その言葉は床を滑る椅子の激しい音で掻き消された。
「行くぞ、クルス。」
言って立ち上がったのは、騒音の主であるヴィルだ。そのまま、ゆっくりと扉へと向かう。
「え…あ、待って下さいよ。」
慌てて立ち上がったクルスは、遠慮がちに食器を下げる。
身に付いた習慣なだけに、やらずにはいられないらしい。
「…あの、チーフ。もしかして、ヴィルさん最初から怒ってたんじゃ…?」
こそっと、リサの元にやってきて、ヒソヒソとたずねるクルス。
「気が付かなかったの? まだまだね、クルス。」
おかわりの紅茶に手を伸ばしながらリサが微笑を浮かべる。
「大丈夫よ。アレはそこまで尾は引かないから。誰だって、軍の管理下に置かれるという状況を正しく理解できてない上に、権利だけは立派に主張するおじさまに不満だけでなく嫌味まで言われたら腹も立ってくるでしょう? 」
にっこり。
もしかしなくても一番怒っているのはリサだったりする。
「し…仕事、行ってきます。」
触らぬ神にたたり成し…、クルスはヴィルの後を追った。
食堂に残されたリサとお嬢さんは、互いに顔を見合わせてクスっと笑った。
「ごめんなさいね。ヴィルのアレは性格なの。気にしなくていいわ。仕事はちゃんとやるから。」
遅れ馳せながら、リサが自分の事は棚上げにしたフォローのような言葉をかけると、お嬢さんはうつむきながら口を開いた。
「いえ…、あれは父が悪いんです。昔から周りのコトとか考えてなくて…。みなさんが怒るのも無理ないです。自分なりに【村】のコトを考えているんだとは思うんですけど、結局は我を通すことしか出来ない性分みたいで……」
困った父ですよね…と、首をすくめて苦笑いを浮かべる。
「……どこの父親も同じね。」
まだ仄かに温もりの残るカップを置きながらリサは嘆息した。
「え…?」
聞き返すお嬢さんにクスっとほほ笑みながら。
「あなたも苦労してるわね…ってコト。」
それを聞いたお嬢さんも笑みを返しながら。
「仕方ないです。わたしの父ですから。」
自分にも、そんな風に思う時代があったのだろうか…一人思いを馳せた後に、リサは再度嘆息した。
「月末までに対処するのは恐らく無理ね。本部にシャトルの要請を出すから、それで出荷するようにお父様に伝えて。…じゃ、そろそろ私も失礼するわ。ご馳走様。」
リサがゆっくりと立ち上がったのを見計らって、控えていたメイドさんがティーカップを下げ始める。
「心配しないで。…え…っと…」
よくよく考えてみると、リサはお嬢さんの名前を知らない。
それに気付いたのか、彼女は、
「マリナです。」
花が咲いたような柔らかな微笑みを浮かべて名乗った。
「それじゃ、マリナさん。安心していいわ。」
リサも同じく、微笑みを浮かべて続ける。
「この【村】は私たちが守ります。」
その微笑みに強い意思を込めて。
「ヴィルさん、待って下さいよ。」
ようやくヴィルに追いついたクルスが、チラリ後ろを振り返りながら口を開いた。
「ハラが立つ気持ちは、すごーくわかります。わかりますけどねぇ…。
あの態度は、やっぱりよくないですよ。…絶対。お嬢さんが気を悪くするじゃないですか。」
すっかり忘れていたが、クルスは正義をこよなく愛する19歳。
また、やさしさがかけらもないヴィルとは違い、とても心やさしい青少年なのだ。
…まぁ、相手がマリナだったからかもしれないが…。
後ろを振り返ったのも、人目を気にしてのことだろう。
「うるさい。アトランダムに親切ふりまくおまえには、決して理解できんような不愉快がオレの中にたまったから、出しただけだろ。」
一見、道理の通ったような…やっぱり、とんでもない事を言いながら、ヴィルはメインシステムが設置してある部屋のドアを開けた。
「なに、ムチャクチャな理由で、自分を正統化してんですか。」
さすがにヴィルの言葉を聞き流せるまでに成長したクルスが手を腰に当てて、ヴィルを見据えた。
「確かに、リバートンさんの言葉や態度には、おれも腹立てましたよ。でも、お嬢さんには関係ないじゃないですか。」
クルスのお節介のようなお説教が始まったようだ。
「だいたいヴィルさんは…」
「あーあー、わかった。わかった。」
長々と話し始めたクルスにうんざりしたヴィルが口を開いた。
「わかったから、クルス君。君は仕事をしたまえ。」
どさっ…ソファーに腰を下ろして、右手をひらひらと振った。
「あー、またそういうこといって話そらす。」
「なぁに? 何の話?」
ムスっとした顔のクルスが振り返ると、ちょうどリサが部屋のドアを閉め、デスクに付くところだった。
スクリーンの電源をONにしながら、すちゃっと眼鏡をかける。
「ヴィルさんの態度についてですよ。」
クルスの言葉にリサは、
「んー、そうだね。アレは大人げないよねぇ。うんうん。」
またもや、自分のことは棚上げにした発言。
「あのな…。」
勝手にしろよ…といった風にソファーに横になるヴィルを尻目に、
「さぁてと、それより仕事。仕事。」
カタカタっとキーボードに指を走らせる。
「あ、そうだ。本部に連絡しといたから、だぶん明日には必要なものは届くんじゃないかな。」
クルスの姿を見ながら、リサはスクリーンに6ページにわたるミュータント一覧表を写し出した。
長期にわたる滞在を突然言い渡されたヴィルとクルスは、当然の事ながら何の準備もしていない。
だが、経験がものを言う世界…それなりに備えていたヴィルとは違い、新人であるクルスの方は必要最低限の備えだった様で、差し当たり無いに等しい。
着用中の衣服がそれを物語っている。
「本部に戻るのはいつになるんだろうなぁ…。」
一覧表を眺めながらクルスがぼやいた。
「それは、だな…」
ぎしっと音をたて、ヴィルが起き上がる。
「これからのおまえの仕事ぶりにかかってるはずだ。ま、がんばれ。」
言って、ライフルに弾を込め始めた。
「…それって、もしかして…この中からあのミュータント探す仕事、おれ一人にさせようってんじゃ、ないですよね…?」
まさかなぁ…とは思うクルスだが、その期待をことごとく裏切ってきたのが、このヴィルだ。
当然、今回も例に漏れることなく、一覧表を覗き込み…
「ま、がんばれ。」
チャキ…と弾込めを終わらせて、大きく背伸びした。
「んじゃ、オレは寝るから。…後、頼むわ。」
あー、今日は疲れた、疲れた…とかなんとかいいながら、大きなあくびをして、部屋を出ていった。
しばらくの後、硬直のとけたクルスが、
「…な…、何なんだ、あの人はぁっ!! 面倒なこと、みーんなおれに押し付けてぇっっ!!」
とりあえず言っても無駄な言葉をはく。
「さぁてと、あたしも寝よっかなぁ。」
眼鏡を外しながら、リサが立ち上がった。
「え…、ちょっと、チーフ。手伝ってくれないんですか?」
ヴィルより少し期待のもてるリサだが、実際のところ、あまり変わりはないのかもしれない。
縋るようなクルスの言葉に、にっこり笑顔で、
「ごめんねぇ。あたし、ミュータントちゃんと見てないから、探せないのよね。うん。それに寝不足は美容によくないし。」
徹夜して、変な警報を造るヒマはあっても、クルスを手伝うヒマはないらしい。
トドメのような言葉で再度硬直したクルスの肩に、ぽん…っと手を置き、
「ま、頑張ってね。じゃ、おやすみ♪ あ、あたしのパソコン…壊さないでね。」
最後に念を押して、部屋を後にした。
まだ、硬直したままのクルス。
その後、クルスが特殊派遣部隊に配属された己の運命…いや、ヴィルとリサに出会うようになっていた運命を恨んだことはいうまでもない。
「それで…、いつ頃あの怪物たちはいなくなるんだ?」
メイドが運んできた食後のお茶に手を伸ばしながらリバートンが切り出した。
「今のままだと、あの防衛システムのおかげで【町】に渡れないから、その内にリネットは水不足になる。今月分の出荷もまだできてないし、【村】自体の運営もかなり厳しくなるんだが…」
リネットには、辺境ながらも北部地域内では比較的豊かな土壌が確保されていた為、他ではみない果実が多く生産されている。
収穫までにあまり水を必要としないそれらは糖度が高く、そのままでも十分美味しく頂けるのだが、その果実で作られる果実酒は甘く口当たりも良い美酒として、リベール領内でも広く知られており、このリネット唯一の特産品となっている。
毎月決まった量を北部唯一の【街】ダグラーへ出荷。そこで得た対価が村民の生活を支える為の大きな糧になっているのだ。
現実問題として、ミュータントの及ぼす影響はかなり深刻らしい。
「…今の時点では、まだ何とも言えません。ミュータントの系統も分かっていない現段階では対策も立てられませんので。申し訳ありませんが、防衛システムの解除は許可できません 。」
リサがそう答えると、リバートンは眉間にしわを寄せながら、ぽつりと言った。
「あんたたちのすることに口を出すつもりはなかったが、こうして【村】にも影響が出てるわけだし、村長として言わせてもらう。」
ゆっくりとカップを置きながらリバートンは続ける。
「一時的にしても軍の管理下に置かれているなら、この状況をどう対処してくれるんだ? こうして【村】に支障が出始めているんだ。【村】を維持する為の主張は当然の権利だろう。……はっきり言わせてもらうが、今月末の出荷までになんとかできないなら、私の独断で防衛システムは解除させてもらう。じゃ…、私は失礼する。」
がたっ…立ち上がり、リバートンは食堂を出ていく。
一同がリバートンを見送るなか、一人ヴィルは飲み終えた紅茶のカップをテーブルに置いた。
扉が閉まる頃、
「…あったまくるなぁっっ!」
ヴィルのとなりでぷりぷりと怒りだしたのはクルスだ。
「一日や二日でミュータントがどうにかなるとでも思ってるんですかねぇっ!? そりゃ、少しは迷惑かもしれないけど…、それだって、みんなこの【村】のためじゃないかっっ!腹立つなぁっ!」
ぷりぷりと怒りながら紅茶を啜る。
「わかったから、そう熱くなるな。」
ヴィルがなだめる。
「彼女、びっくりしてる。」
リサの言葉に、クルスもはっとする。
「あ…、すみません…、おれ…。え…っと、別にリバートンさんが…」
とっさに取り繕うクルスにクスッと笑みをもらし、
「気にしないで下さい。」
言って、リバートンの令嬢はほほ笑んだ。
「…だとさ、クルス君。」
ヴィルがクルスに言うのと同時に、再び扉が開いた。
「言い忘れたが…、この【村】での滞在費等はもちろん出してくれるんだろうな。そのへんは、はっきりしといてくれ。ただで滞在して、何もできなかった…なんてことがあっても困るしな。全く、化け物なんて本当に迷惑な話だ。」
それだけ言って、リバートンは部屋を後にした。
「…なんだよ、あの態度。おれたちを何だと…」
やっぱり怒ったクルスだが、その言葉は床を滑る椅子の激しい音で掻き消された。
「行くぞ、クルス。」
言って立ち上がったのは、騒音の主であるヴィルだ。そのまま、ゆっくりと扉へと向かう。
「え…あ、待って下さいよ。」
慌てて立ち上がったクルスは、遠慮がちに食器を下げる。
身に付いた習慣なだけに、やらずにはいられないらしい。
「…あの、チーフ。もしかして、ヴィルさん最初から怒ってたんじゃ…?」
こそっと、リサの元にやってきて、ヒソヒソとたずねるクルス。
「気が付かなかったの? まだまだね、クルス。」
おかわりの紅茶に手を伸ばしながらリサが微笑を浮かべる。
「大丈夫よ。アレはそこまで尾は引かないから。誰だって、軍の管理下に置かれるという状況を正しく理解できてない上に、権利だけは立派に主張するおじさまに不満だけでなく嫌味まで言われたら腹も立ってくるでしょう? 」
にっこり。
もしかしなくても一番怒っているのはリサだったりする。
「し…仕事、行ってきます。」
触らぬ神にたたり成し…、クルスはヴィルの後を追った。
食堂に残されたリサとお嬢さんは、互いに顔を見合わせてクスっと笑った。
「ごめんなさいね。ヴィルのアレは性格なの。気にしなくていいわ。仕事はちゃんとやるから。」
遅れ馳せながら、リサが自分の事は棚上げにしたフォローのような言葉をかけると、お嬢さんはうつむきながら口を開いた。
「いえ…、あれは父が悪いんです。昔から周りのコトとか考えてなくて…。みなさんが怒るのも無理ないです。自分なりに【村】のコトを考えているんだとは思うんですけど、結局は我を通すことしか出来ない性分みたいで……」
困った父ですよね…と、首をすくめて苦笑いを浮かべる。
「……どこの父親も同じね。」
まだ仄かに温もりの残るカップを置きながらリサは嘆息した。
「え…?」
聞き返すお嬢さんにクスっとほほ笑みながら。
「あなたも苦労してるわね…ってコト。」
それを聞いたお嬢さんも笑みを返しながら。
「仕方ないです。わたしの父ですから。」
自分にも、そんな風に思う時代があったのだろうか…一人思いを馳せた後に、リサは再度嘆息した。
「月末までに対処するのは恐らく無理ね。本部にシャトルの要請を出すから、それで出荷するようにお父様に伝えて。…じゃ、そろそろ私も失礼するわ。ご馳走様。」
リサがゆっくりと立ち上がったのを見計らって、控えていたメイドさんがティーカップを下げ始める。
「心配しないで。…え…っと…」
よくよく考えてみると、リサはお嬢さんの名前を知らない。
それに気付いたのか、彼女は、
「マリナです。」
花が咲いたような柔らかな微笑みを浮かべて名乗った。
「それじゃ、マリナさん。安心していいわ。」
リサも同じく、微笑みを浮かべて続ける。
「この【村】は私たちが守ります。」
その微笑みに強い意思を込めて。
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「ヴィルさん、待って下さいよ。」
ようやくヴィルに追いついたクルスが、チラリ後ろを振り返りながら口を開いた。
「ハラが立つ気持ちは、すごーくわかります。わかりますけどねぇ…。
あの態度は、やっぱりよくないですよ。…絶対。お嬢さんが気を悪くするじゃないですか。」
すっかり忘れていたが、クルスは正義をこよなく愛する19歳。
また、やさしさがかけらもないヴィルとは違い、とても心やさしい青少年なのだ。
…まぁ、相手がマリナだったからかもしれないが…。
後ろを振り返ったのも、人目を気にしてのことだろう。
「うるさい。アトランダムに親切ふりまくおまえには、決して理解できんような不愉快がオレの中にたまったから、出しただけだろ。」
一見、道理の通ったような…やっぱり、とんでもない事を言いながら、ヴィルはメインシステムが設置してある部屋のドアを開けた。
「なに、ムチャクチャな理由で、自分を正統化してんですか。」
さすがにヴィルの言葉を聞き流せるまでに成長したクルスが手を腰に当てて、ヴィルを見据えた。
「確かに、リバートンさんの言葉や態度には、おれも腹立てましたよ。でも、お嬢さんには関係ないじゃないですか。」
クルスのお節介のようなお説教が始まったようだ。
「だいたいヴィルさんは…」
「あーあー、わかった。わかった。」
長々と話し始めたクルスにうんざりしたヴィルが口を開いた。
「わかったから、クルス君。君は仕事をしたまえ。」
どさっ…ソファーに腰を下ろして、右手をひらひらと振った。
「あー、またそういうこといって話そらす。」
「なぁに? 何の話?」
ムスっとした顔のクルスが振り返ると、ちょうどリサが部屋のドアを閉め、デスクに付くところだった。
スクリーンの電源をONにしながら、すちゃっと眼鏡をかける。
「ヴィルさんの態度についてですよ。」
クルスの言葉にリサは、
「んー、そうだね。アレは大人げないよねぇ。うんうん。」
またもや、自分のことは棚上げにした発言。
「あのな…。」
勝手にしろよ…といった風にソファーに横になるヴィルを尻目に、
「さぁてと、それより仕事。仕事。」
カタカタっとキーボードに指を走らせる。
「あ、そうだ。本部に連絡しといたから、だぶん明日には必要なものは届くんじゃないかな。」
クルスの姿を見ながら、リサはスクリーンに6ページにわたるミュータント一覧表を写し出した。
長期にわたる滞在を突然言い渡されたヴィルとクルスは、当然の事ながら何の準備もしていない。
だが、経験がものを言う世界…それなりに備えていたヴィルとは違い、新人であるクルスの方は必要最低限の備えだった様で、差し当たり無いに等しい。
着用中の衣服がそれを物語っている。
「本部に戻るのはいつになるんだろうなぁ…。」
一覧表を眺めながらクルスがぼやいた。
「それは、だな…」
ぎしっと音をたて、ヴィルが起き上がる。
「これからのおまえの仕事ぶりにかかってるはずだ。ま、がんばれ。」
言って、ライフルに弾を込め始めた。
「…それって、もしかして…この中からあのミュータント探す仕事、おれ一人にさせようってんじゃ、ないですよね…?」
まさかなぁ…とは思うクルスだが、その期待をことごとく裏切ってきたのが、このヴィルだ。
当然、今回も例に漏れることなく、一覧表を覗き込み…
「ま、がんばれ。」
チャキ…と弾込めを終わらせて、大きく背伸びした。
「んじゃ、オレは寝るから。…後、頼むわ。」
あー、今日は疲れた、疲れた…とかなんとかいいながら、大きなあくびをして、部屋を出ていった。
しばらくの後、硬直のとけたクルスが、
「…な…、何なんだ、あの人はぁっ!! 面倒なこと、みーんなおれに押し付けてぇっっ!!」
とりあえず言っても無駄な言葉をはく。
「さぁてと、あたしも寝よっかなぁ。」
眼鏡を外しながら、リサが立ち上がった。
「え…、ちょっと、チーフ。手伝ってくれないんですか?」
ヴィルより少し期待のもてるリサだが、実際のところ、あまり変わりはないのかもしれない。
縋るようなクルスの言葉に、にっこり笑顔で、
「ごめんねぇ。あたし、ミュータントちゃんと見てないから、探せないのよね。うん。それに寝不足は美容によくないし。」
徹夜して、変な警報を造るヒマはあっても、クルスを手伝うヒマはないらしい。
トドメのような言葉で再度硬直したクルスの肩に、ぽん…っと手を置き、
「ま、頑張ってね。じゃ、おやすみ♪ あ、あたしのパソコン…壊さないでね。」
最後に念を押して、部屋を後にした。
まだ、硬直したままのクルス。
その後、クルスが特殊派遣部隊に配属された己の運命…いや、ヴィルとリサに出会うようになっていた運命を恨んだことはいうまでもない。