第1章
*scene 7 ミュータントとは…*
リバートン邸の一室にて、カタカタとパソコンに何やら打ち込みながら、リサは首をならした。
少し休んではトントンと軽く肩をたたいて、また続きを打ち込み始める。
カチャ…ドアが開かれた。
「あ…、お疲れ様。」
振り返ってリサが言う。
部屋に入ってきたのはヴィルとクルスだ。
「おー。…で、何かわかったか?」
まだ少しぬれている髪をふきながら、ヴィルはドサッとソファーに腰を下ろす。
先程の戦闘後、ヴィル・クルスの二人はシャワールームに直行していた。
血の匂いと砂まみれでうろつくのは当人たちにとっても、周りの人間にとっても、あまり気持ちのいいものではないからだ。
少し遅れて、クルスも腰を下ろす。
二人に目をやって、難しい表情を浮かべ、リサは口を開いた。
「んー…、それがねぇ…。」
言葉を濁して、溜め息をつく。
「一応、本部から送ってもらったデータ調べてたんだけど…」
言いながら、カタカタカタ…キーボードを操作する。
「ヴィルが撮ってきた画像じゃ…全く本当に全然役に立たなかったから、やっぱり二人に直接確認してもらおうと思って…」
「まぁ、確かに残骸しかない画像じゃ、どうしようもないですもんね。」
トゲのあるリサの言葉に、クルスも便乗して口を開く。
「そんな昔のことは忘れたな。」
そんなに昔ではないと思われるのだが…。
「 ボケ症ですか?」
「 永眠するか?」
にっこりとほほ笑むヴィルのデビルスマイルにぶんぶん首を左右に振るクルス。
「 さ、さぁて、おれは何をするんでしたっけ? チーフ。」
とりあえず、話題を戻す。
「 だからぁ、見てきたミュータントの確認。」
カタン…キーボードを弾きながら、リサは答えた。
「 確認って、…どうやるんですか?」
少し大きめのTシャツ(おそらくヴィルのもの)に、長すぎる裾を2、3折ったジーンズ(たぶんこれもヴィルのもの)を着込んだクルスが、リサのパソコンを覗き込む。
カタッ…、ピ ──────
「まぁ、見てみて。」
と、スクリーンに幾種かの生物データを写し出した。
「変異の過程によって、同じ動物でもミュータント化が違うのは知ってると思うけど…」
リサの言葉にクルスはきょとんとする。この顔は、知らなかったに違いない。
過去、動物たちに突然変異をもたらせた原因となったのは、『Asum-lan』と名付けられた細胞核が原因だった。
ゲノム解析されたミュータント達の全てが、この独自の遺伝配列を有しており、それらは通常のそれとは異なり、個体と共生というよりは寧ろ支配しているといってもいいだろう。
遺伝子操作の中で偶発的に誕生したそれは、個体本来の細胞に奇異的な変異をもたらし、強靭な体躯、生命力、何よりも優れた繁殖力を生み出したのもあり、時代の研究者たちを夢中にさせた。
が、時を経ずして繰り返された変異は、次第に凶暴性を増したミュータント化を引き起こす事となる。
結果、Asum-lan の研究施設は崩壊。
人智を遥かに超えた繁殖力を持つ獰猛なミュータント達は瞬く間に世界全土に蔓延り、生態系は尽く破壊されていった。
ミュータント達は未だその変異を続け、現在では幾種にもおよぶ。
「今までに確認されたミュータントは、哺乳類が72体、爬虫類が48体、昆虫類が52体。…これで、全部ね。」
魚類・両生類に関しては、存在はおろか絶滅が予想されている。
自然界の魚類・両生類を絶滅へと追い込み、人類が身を寄せる場所を少なくしたのは、なにもミュータントだけが要因であったわけではない。
度を越えた環境破壊がもたらせた結果なのだろう。
次第に雨も少なくなり、膨大な水不足を招いた。
溢れていた緑は失われ、乾いた大陸は砂漠化し、湖も姿を消した。
水不足のなか、人類が生存するための水を確保した結果が、魚類・両生類を絶滅の位置まで下げたのだ。
鳥類が捕獲されていないのは、ミュータント化した中でも、最も手に負えない種の生物だからである。
巨大な翼を羽ばたかせて鳥類が現れるのは『空』だ。
この奇襲攻撃をうけて、ある都市が壊滅の危機にさらされたという事件も、そう遠い昔のことではない。
今現在に至っても、ミュータント化した鳥類の対処法はない。
「ヴィルの話からすると、今回のミュータントって哺乳類みたいだから、哺乳類に限定して……」
カタカタと、スクリーンの生物が移り変わる。
「科別に整理すると…」
カタカタカタ…、ピ ──── …
哺乳類の一覧表がスクリーンに写し出された。
「この中から二人が見てきたミュータントを確認するしかないの。後、よろしくね。」
言いながら眼鏡を外したリサは、飲みかけのコーヒーに手を伸ばす。
「……んー…」
ずらっとリストアップされたミュータントに目を細めて、ヴィルがぼやいた。
「この中から探せ、と?」
気怠そうに前髪をくしゃっとかきあげる。
さすがのクルスもリストを眺め、やや引きつっているように見える。
「そうね。この中にいなかったら、お手上げだけど。」
両手でカップを包み込み、ほぅ…と息をもらすリサの言葉に、ヴィルとクルスは何やらか、ぼそぼそと···
「なぁ…、オレたちが見たミュータントって、前に見たことあったか?」
「おれは、ないです。」
「…だよな。」
過去に確認済みのミュータントだとしても、更に変異していればリストに載っていない確率の方が高い。
「あの…、チーフ。もし、この中にいなかった場合は、どうなるんですか?」
とりあえず聞いてみる19歳。
「だから、お手上げ。データがないから、対策のしようがないの。」
さらりと言ってのけるリサ嬢は、さほど気にしてないようだ。
まぁ、危険なのはヴィルとクルスなわけで、彼女ではないからだが。
「み、見たことないけど、ひょっとしたらこの中にいるかも。そ…そうだとも、希望はありますよね…? ヴィルさん。」
ヴィルの袖を引っ張りながらクルスは同意を求めた。
「そーそー、それからねぇ…」
まだ何かあるのか、リサの言葉にクルスの顔が引きつる。
「おなかすいた。」
きゅーんと、犬がねだるような目でクルスを見つめるリサ。
「……はい。」
溜め息がちに答えて、クルスは立ち上がった。
「おまえ食うことばっかだな。」
冷たいヴィルのお言葉。
「なぁに? じゃ、ヴィルは食べないの?」
「食う。」
当然だとばかりに即答する。
作るのはおれなんですけどねぇ…とぼやいて頭を掻いていたクルスは、はたっと手をとめた。
「でも、ここってリバートンさんの…」
言いかけたとき、ドアがノックされたので、三人は振り返る。
「はい?」
リサが答えて、スクリーンの電源を切った。
ミュータントの一覧表が消えたと同時にドアが開かれる。
「あの、お食事の用意ができましたから、どうぞ。」
にっこりとほほ笑みを浮かべてそう言ったのは、女性に至るにはまだ後、2~3年かかるくらいの少女である。
ほのぼのとした【村】で育ったおかげか、たいそう人柄も良さそうだ。
加えて、まだ幼さが残るが美しい顔立ちをしている。
おそらく、リバートン自慢の愛娘…といったところだろう。
「…と、言うことだそうだから、行きましょう。」
クールなリサがゆっくりと立ち上がる。
続いてヴィルも、
「よかったなぁ、クルス。ここじゃ、飯作りしないでいいらしい。」
ぽん…クルスの頭にタオルをかけ、自分は上着をはおる。
「ちゃんと拭いとけよ。髪、まだ半乾きだろ? 風邪ひくぞ。」
そんなヴィルの言葉にクルスは、
「おれにやさしいヴィルさん…? そんなのが、この世にいていいのかぁ?」
頭を抱え込んで、悶絶してたりする。
その様子を見、先程の娘さんがクスクスと笑った。
「それじゃ、行きましょう。」
リサが促して、一行は部屋を後にした。
リバートン邸の一室にて、カタカタとパソコンに何やら打ち込みながら、リサは首をならした。
少し休んではトントンと軽く肩をたたいて、また続きを打ち込み始める。
カチャ…ドアが開かれた。
「あ…、お疲れ様。」
振り返ってリサが言う。
部屋に入ってきたのはヴィルとクルスだ。
「おー。…で、何かわかったか?」
まだ少しぬれている髪をふきながら、ヴィルはドサッとソファーに腰を下ろす。
先程の戦闘後、ヴィル・クルスの二人はシャワールームに直行していた。
血の匂いと砂まみれでうろつくのは当人たちにとっても、周りの人間にとっても、あまり気持ちのいいものではないからだ。
少し遅れて、クルスも腰を下ろす。
二人に目をやって、難しい表情を浮かべ、リサは口を開いた。
「んー…、それがねぇ…。」
言葉を濁して、溜め息をつく。
「一応、本部から送ってもらったデータ調べてたんだけど…」
言いながら、カタカタカタ…キーボードを操作する。
「ヴィルが撮ってきた画像じゃ…全く本当に全然役に立たなかったから、やっぱり二人に直接確認してもらおうと思って…」
「まぁ、確かに残骸しかない画像じゃ、どうしようもないですもんね。」
トゲのあるリサの言葉に、クルスも便乗して口を開く。
「そんな昔のことは忘れたな。」
そんなに昔ではないと思われるのだが…。
「 ボケ症ですか?」
「 永眠するか?」
にっこりとほほ笑むヴィルのデビルスマイルにぶんぶん首を左右に振るクルス。
「 さ、さぁて、おれは何をするんでしたっけ? チーフ。」
とりあえず、話題を戻す。
「 だからぁ、見てきたミュータントの確認。」
カタン…キーボードを弾きながら、リサは答えた。
「 確認って、…どうやるんですか?」
少し大きめのTシャツ(おそらくヴィルのもの)に、長すぎる裾を2、3折ったジーンズ(たぶんこれもヴィルのもの)を着込んだクルスが、リサのパソコンを覗き込む。
カタッ…、ピ ──────
「まぁ、見てみて。」
と、スクリーンに幾種かの生物データを写し出した。
「変異の過程によって、同じ動物でもミュータント化が違うのは知ってると思うけど…」
リサの言葉にクルスはきょとんとする。この顔は、知らなかったに違いない。
過去、動物たちに突然変異をもたらせた原因となったのは、『Asum-lan』と名付けられた細胞核が原因だった。
ゲノム解析されたミュータント達の全てが、この独自の遺伝配列を有しており、それらは通常のそれとは異なり、個体と共生というよりは寧ろ支配しているといってもいいだろう。
遺伝子操作の中で偶発的に誕生したそれは、個体本来の細胞に奇異的な変異をもたらし、強靭な体躯、生命力、何よりも優れた繁殖力を生み出したのもあり、時代の研究者たちを夢中にさせた。
が、時を経ずして繰り返された変異は、次第に凶暴性を増したミュータント化を引き起こす事となる。
結果、Asum-lan の研究施設は崩壊。
人智を遥かに超えた繁殖力を持つ獰猛なミュータント達は瞬く間に世界全土に蔓延り、生態系は尽く破壊されていった。
ミュータント達は未だその変異を続け、現在では幾種にもおよぶ。
「今までに確認されたミュータントは、哺乳類が72体、爬虫類が48体、昆虫類が52体。…これで、全部ね。」
魚類・両生類に関しては、存在はおろか絶滅が予想されている。
自然界の魚類・両生類を絶滅へと追い込み、人類が身を寄せる場所を少なくしたのは、なにもミュータントだけが要因であったわけではない。
度を越えた環境破壊がもたらせた結果なのだろう。
次第に雨も少なくなり、膨大な水不足を招いた。
溢れていた緑は失われ、乾いた大陸は砂漠化し、湖も姿を消した。
水不足のなか、人類が生存するための水を確保した結果が、魚類・両生類を絶滅の位置まで下げたのだ。
鳥類が捕獲されていないのは、ミュータント化した中でも、最も手に負えない種の生物だからである。
巨大な翼を羽ばたかせて鳥類が現れるのは『空』だ。
この奇襲攻撃をうけて、ある都市が壊滅の危機にさらされたという事件も、そう遠い昔のことではない。
今現在に至っても、ミュータント化した鳥類の対処法はない。
「ヴィルの話からすると、今回のミュータントって哺乳類みたいだから、哺乳類に限定して……」
カタカタと、スクリーンの生物が移り変わる。
「科別に整理すると…」
カタカタカタ…、ピ ──── …
哺乳類の一覧表がスクリーンに写し出された。
「この中から二人が見てきたミュータントを確認するしかないの。後、よろしくね。」
言いながら眼鏡を外したリサは、飲みかけのコーヒーに手を伸ばす。
「……んー…」
ずらっとリストアップされたミュータントに目を細めて、ヴィルがぼやいた。
「この中から探せ、と?」
気怠そうに前髪をくしゃっとかきあげる。
さすがのクルスもリストを眺め、やや引きつっているように見える。
「そうね。この中にいなかったら、お手上げだけど。」
両手でカップを包み込み、ほぅ…と息をもらすリサの言葉に、ヴィルとクルスは何やらか、ぼそぼそと···
「なぁ…、オレたちが見たミュータントって、前に見たことあったか?」
「おれは、ないです。」
「…だよな。」
過去に確認済みのミュータントだとしても、更に変異していればリストに載っていない確率の方が高い。
「あの…、チーフ。もし、この中にいなかった場合は、どうなるんですか?」
とりあえず聞いてみる19歳。
「だから、お手上げ。データがないから、対策のしようがないの。」
さらりと言ってのけるリサ嬢は、さほど気にしてないようだ。
まぁ、危険なのはヴィルとクルスなわけで、彼女ではないからだが。
「み、見たことないけど、ひょっとしたらこの中にいるかも。そ…そうだとも、希望はありますよね…? ヴィルさん。」
ヴィルの袖を引っ張りながらクルスは同意を求めた。
「そーそー、それからねぇ…」
まだ何かあるのか、リサの言葉にクルスの顔が引きつる。
「おなかすいた。」
きゅーんと、犬がねだるような目でクルスを見つめるリサ。
「……はい。」
溜め息がちに答えて、クルスは立ち上がった。
「おまえ食うことばっかだな。」
冷たいヴィルのお言葉。
「なぁに? じゃ、ヴィルは食べないの?」
「食う。」
当然だとばかりに即答する。
作るのはおれなんですけどねぇ…とぼやいて頭を掻いていたクルスは、はたっと手をとめた。
「でも、ここってリバートンさんの…」
言いかけたとき、ドアがノックされたので、三人は振り返る。
「はい?」
リサが答えて、スクリーンの電源を切った。
ミュータントの一覧表が消えたと同時にドアが開かれる。
「あの、お食事の用意ができましたから、どうぞ。」
にっこりとほほ笑みを浮かべてそう言ったのは、女性に至るにはまだ後、2~3年かかるくらいの少女である。
ほのぼのとした【村】で育ったおかげか、たいそう人柄も良さそうだ。
加えて、まだ幼さが残るが美しい顔立ちをしている。
おそらく、リバートン自慢の愛娘…といったところだろう。
「…と、言うことだそうだから、行きましょう。」
クールなリサがゆっくりと立ち上がる。
続いてヴィルも、
「よかったなぁ、クルス。ここじゃ、飯作りしないでいいらしい。」
ぽん…クルスの頭にタオルをかけ、自分は上着をはおる。
「ちゃんと拭いとけよ。髪、まだ半乾きだろ? 風邪ひくぞ。」
そんなヴィルの言葉にクルスは、
「おれにやさしいヴィルさん…? そんなのが、この世にいていいのかぁ?」
頭を抱え込んで、悶絶してたりする。
その様子を見、先程の娘さんがクスクスと笑った。
「それじゃ、行きましょう。」
リサが促して、一行は部屋を後にした。