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アイセネ短文

泉にて



 森の奥にある泉に、ひとつ、またひとつと波紋が広がった。
 波紋は泉の端、木々の間に生まれた影から広がっていた。
 波紋の中心には人影があった。
 一糸まとわぬ白い肌に木漏れ日を浴びながら、片手でみずをひとつ掬い、その肩にかける。
 細い腕をなぞるように流れるのは、溶けた宝石のような雫。
 その雫は「彼」の指先から落ち、また泉へと還っていく。
 彼は、腰まで水に浸かっていた身体をさらに沈め、白い肌によく映える赤い唇から、ほっと息を吐いた。
 木漏れ日の滑る水面に、彼の、艶のある長い黒髪が広がった。
「セネリオ」
 岸から、彼を呼ぶ声がした。
 セネリオと呼ばれた黒髪の少年が振り返ると、腰に大剣を下げた体格のいい男が立っていた。
「あ、アイク」
 セネリオの白い肌にさっと朱が差した。髪を手で撫でるようにして自らの肌を隠す。
 アイクと呼ばれた男は、腰の大剣を外しながらその場に座り込む。
「このあたりに危険は無さそうだった」
「そ、そうですか」
 セネリオが水浴びをしている間、アイクは周囲に危険がないか、山賊が潜んでいないかを確認していた。
 周囲は美しい木々と花々、そしてこの澄んだ泉が続いているだけで、山賊どころか、人の気配すらもない。
 旅人の足跡すらも見つからなかった。
 まるで秘境のようなその泉は底が見えるほど清らかで美しく、セネリオも思わずローブを脱ぎ捨て、細く白い四肢を清めようと考えるほどだった。
 木漏れ日と泉と美しい少年の傍らに座り込むには些か無骨な、古びた防具とマントを身に着けた元傭兵の青年は、美しい少年の白い肌に滴る水の輝きに目を細めた。
「アイク、あんまり見ないでください」
 セネリオの肌に差した朱色が濃くなった。
 自分の身体を抱くようにしてアイクの視線から逃げようとするが、濁りのない美しい水では、その向こうで揺らめく肌は隠せていなかった。
「傍にいないとお前を守れないだろう」
「そ、それはそうですが……。でしたら、せめて向こうを向いててください……」
 水は冷たいだろうに、茹で上がったように頬を染めるセネリオに、アイクは笑みが浮かぶのを止められなかった。
「綺麗だ、セネリオ」
「だ、だからその……」
 アイクが好きだというから伸ばしている長い髪も、彼の視線から体を隠すのには足りていなかった。
 身じろぎするたびに水面で踊るセネリオの髪を眺め、アイクが立ち上がった。
「セネリオ」
 名前を呼ばれて顔を上げると、セネリオが浸かっている泉のほとりで、アイクが大きな布を広げて立っていた。
 セネリオが身体を拭くために用意していたものだった。
 アイクの行動の意図がわかると、セネリオはさらに頬を染め、目を泳がせる。
 そして、透明な滴を肌に滴らせながらゆっくりと立ち上がり、一歩ずつほとりへ近づくと、彼の力強い腕に抱き寄せられ、その布で全身をくるまれた。
「あ、アイク……放し…、アイクまで濡れてしまいます……」
 セネリオが身じろぎしようにも、彼の広い胸とたくましい腕に抱きすくめられては、セネリオができることは少なかった。
 抗議のために彼の顔を見上げると、彼のまなざしとぶつかった。
 セネリオの心臓が跳ねるのと同時に、アイクに唇を奪われる。
「んっ……」
 キスと同時に腕の力が緩んだと思ったら、そのまま崩れるようにアイクの力が抜け、二人でその場に座りこむ。
 座り込むと同時にキスから解放され、また力強く抱きすくめられた。
 乱れた布から覗くセネリオの白い肌に、アイクがしばらく見とれていた。
 その熱い視線にセネリオも抵抗するのを忘れていたが、はっとした時にはもう一度唇をふさがれていた。
 アイクのキスは唇から頬へ、耳へ、首筋へと丁寧に繰り返される。セネリオから力を奪うような優しいキスに、セネリオが甘い声を上げる。
「はぁ…あっ……ん……アイク……」
 濡れた肌を味わうように繰り返されるキス。アイクがセネリオの胸に顔を埋めると、セネリオは慌てて彼の肩に掴まる手に力を入れた。
「だ、ダメですアイク……、こんな、ところで……ぁんっ…」
 甘い刺激に思わず背中が反る。こうなってしまっては、もう止まらないのは分かっていた。
 こうなる前に彼を止める術も考えも、セネリオは持ち合わせていなかった。
 今はただ、彼が求めるままに、彼の前にその白い肌を差し出すだけだった。



おわり
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