コンパスはおしえてくれない
8
「見事です。クリフくん、ロビンくん」
久しぶりに火力の強い魔法を放って息を上げていたら、前方からわざわざルカがねぎらいに来てくれた。飲み水と一緒にクッキーを渡される。ルカは笑顔で「ご褒美です」と言っていた。子どもじゃあるまいし。……食べるけど。ロビンは早速、僕の横で大喜びでクッキーを食べていた。
戦っている間に、隊はいつの間にか少し開けた場所に出ていた。昔は食堂か大広間か。とにかく大勢の人間が集まれそうな広さがある。僕らの隊が全員入ってもまだ余裕がある。
「ここで少し休憩にしましょう。各自、警戒を怠らず、しばらく楽にしてください」
ルカの指示が行きわたると各々の緊張が解け、それぞれ水を飲んだり武器の手入れをしたりし始めた。
僕は開けたホールのようになっているその場所をぐるりと一周して見学してみる。
なぜか斜め後ろにジェニーがついてきて、その後ろからロビンがついてきていた。
「クリフ、見学もいいけどちゃんと休んでおけよ」
「何でそんなに僕のこと構うわけ?」
そんなこと言われなくたって分かっている。僕にとってはこうやってぶらぶら歩きまわることも休憩になっているんだから放っておけばいい。そんな言葉も心の中で思っているだけではロビンに伝わるはずもなく、ロビンは僕が言葉にした部分にだけ返事をした。
「だって心配なんだよ。お前こういう所来るとすぐ一人でどっか行くだろ」
僕のこと、よく分かっているような言い方だ。悔しい。見透かされているんじゃない。知っているんだ。僕がこういう場所を見て回るのが好きで、本当は休憩なんてしていないでどんどん奥に進みたいと思っていること。
半日しかないのだから、できるだけ見れるところを見ておきたいと思っていること。
「奥の方見に行って孤立したらあぶな……」
図星だった。子どものころから一緒なんだ。お互い、考えている事はすぐにわかる。
「大丈夫だってば!いつまでも子ども扱いしないでよ!」
だから、うまい反論が見つからなくて、上手に言い訳できなくて、子どもが駄々をこねているような言葉でしか言い返せなかった。
思わず足を速めてロビンから離れる。
「あっ、だからお前そうやって……」
「単独行動しなきゃいいんでしょ!……行こう、ジェニー」
あっけにとられていたジェニーの手首を無理やり掴んで、僕は逃げるようにロビンから離れた。ロビンは追ってこなかったけど、背中にはロビンの視線をしばらく感じていた。
本当になんなんだ。僕の事を急に構ったりなんかして。前からああだったっけ? 僕が意識しすぎているだけなんだろうか。
そりゃあ、いつでもロビンはお節介だけれど、戦場や仕事中は僕の力を認めてくれていたし、立場も対等だった。僕がロビンを助けたことも何度もあった。僕もロビンも、お互いがいなくたってひとりで生きられるくらい強くなったはずなのに。
なんで今更、子どもじみた気遣いばっかりしているんだ。
僕はロビンから少し距離を置いて落ち着く事にした。僕に連れて来られたジェニーが居心地が悪そうに、しゅんとしていた。いつも巻き込んでしまって、本当に悪いことをしている。
「ねえ、良かったの?ロビンくんにあんな……」
「いいんだよ、僕だってもう子どもじゃないし…」
言いながら、僕は遺跡の壁に手を触れた。大昔の人間が造った物にしては綺麗なまま残っていると思う。所々崩落しているのは魔物の仕業なのだろうが、それでも埋まらずに保っているのを見ると土台や柱がしっかりしている証拠だ。
地下にこれほどの建造物を作れるなんて、いったいどんな文明だったのだろう。
僕は、本で読んだアカネイアの歴史、この遺跡についての伝承について、ジェニーに話す形で頭の中を整理した。
「ねえクリフくん、そろそろ皆の所へもどりましょう」
ジェニーが退屈そうにそう言った。ただの石の壁を眺めていたって、きっと女の子は面白くないだろう。
「そうだね、ごめん。つい話しすぎた」
いつの間にか、皆が休憩しているところから少し離れてしまっていた。
ロビンは結局追ってこなかったけれど、もう諦めてくれたんだろうか。
「ふふ、クリフくんはお勉強熱心なのね。私もね、本を読んだりお話を書いたりするのが好きなの。だからクリフくんのお話聞くの、面白い」
ジェニーが笑ってそう言った。
「へえ、ジェニーは物語を書くんだね」
話しながら僕は、背筋がぞくりと寒くなるのを感じた。なんだろう、嫌な予感がする。
僕たち以外の気配があるような気がする。
「私、セリカ様のことを物語にしたいの。もちろん、アルム様のことも」
僕は横目でジェニーを見る。違う、彼女の視線じゃない。誰だろう。誰かに見られているような。
「だからね、クリフくんにアルム様のことや、旅のお話聞くの好きよ」
「僕の話で参考になるなら、いつでも……」
そして、僕の嫌な予感は的中した。
「ほんと? じゃあ……」
「危ない!」
楽しそうに会話を続けようとするジェニーの後ろに人影が見えた。仲間ではないことはすぐに分かった。それは明らかな殺意をもってジェニーの背後を狙っていた。
僕は彼女の後ろの影めがけて魔道を放つ。彼女の顔のすぐ傍を炎が駆け、彼女が一瞬ひるんで両目を閉じた。とっさに彼女の手を引いて背後に庇う。僕の魔法を浴びたその影は叫び声をあげていた。さっき倒したゾンビの声じゃない。
人の声だった。まさか。
「やってくれるじゃねえか、子どもだと思って油断したぜ」
僕の炎を受けて転がっている男の後ろから、もう一人男が現れた。どこからどう見ても賊だった。斧を担いだ男と、その左右に剣を持った男。皆汚い恰好をして、下卑た笑いを浮かべている。
あと何人いる……囲まれているんだろうか。
やられた。こいつら、僕たちが隊から離れるところを狙ってきたんだ。
「軍隊さんがもうちょっと疲れてきたところを囲んで一網打尽にしてやろうと思ったんだけどよぉ、ちょうどいいところにガキが二人でいやがるのを見つけちまったからなあ」
やはりそういう事か。こいつら、僕たちが遺跡に入るのをどこかから見ていたんだ。本屋の店主が言っていた、フリアへの陸路を縄張りにしている賊は、きっとこいつらの事だろう。
「お前ら捕まえて人質にした方が楽に片付く」
目の前の賊たちが、武器を構えた。数は十もいない。
「甘くみないでよ!ジェニー!走って!」
僕は震える彼女の返事を聞かずに、彼女の腕を引いて走った。片手がふさがっていては攻撃もままならないので、僕は彼女が自分の足で走るのを確認すると手を放す。
早くルカに知らせないと。それともすでに本隊も囲まれているのだろうか。
「きゃあ!」
ジェニーの悲鳴。振り返ると、彼女が躓いて転んでしまっていた。
「ジェニー!」
彼女を捕まえようとする賊に向かって火を放って威嚇するものの、彼女を支え起こすより、囲まれるほうが早かった。
しまった、捕まる……!僕のせいで、ジェニーまで!
「ぐあああっ!」
ジェニーの肩を掴んだ男が急に飛び上がって悲鳴を上げた。見れば腕に矢が刺さっている。男はとっさにジェニーを放し、刺された腕を抑えてのた打ち回った。
「クリフ!!ジェニー!!」
知っている声が響いた。僕たちを囲む賊たちに、次々を矢が命中する。
ロビン、なんで……!そう思ったときには、ロビンは僕に襲いかかろうとしていた男に体当たりをしていた。男が吹っ飛んで僕の上から消える。けれど、僕とロビンの目が合った瞬間、ロビンの背中からもう一人の男が腕を振り上げるのが見えた。
「ロビン!!」
「うあぁあっ!!」
男が持っていた棍棒に背中を思い切り殴られ、ロビンが倒れた。僕とジェニーがロビンに駆け寄ると、動ける賊たちにまた囲まれた。……くそ、まだいたのか。
「ちょうどいい、ガキ三人か。連れて行こうぜ」
捕まってたまるか。こいつら全員、僕の魔法で……。
「待ちなさい!」
僕が手の中に炎を握って賊たちを睨み付けた、その時だった。
すぐ近くで、ルカの声が響いた。僕が頭を上げると、ルカの槍が賊の頭らしき男に命中していた。待ちなさいと言いながら自分は一切何も待つことなく、賊たちを容赦なく薙ぎ払っていく。
今だ、今ならロビンを安全なところに…!
「ロビン、ロビン大丈夫!しっかりしてよ!」
ロビンの意識は既に無かった。ジェニーがすぐに白魔法を唱える。
ルカに続いて駆け付けた部隊の中から一人、僕のところへ駆けつけてくれる。
「ロビン……!くそっ」
それはグレイだった。グレイは気を失ったロビンを抱き起す。とっさに僕も手伝って、グレイにロビンを背負わせた。
「あなたたちはロビンくんを連れて外へ!」
危険を察して駆けつけたのか、ロビンが呼んだのかはわからないが、部隊の皆が集まって来てくれて、一気に形成は逆転された。賊たちはひるんで数歩下がる。
「で、でもルカ!」
僕も戦う、そう言いたかったが、有無を言わさないルカの指示が飛んできた。
「早く!後方の部隊から何人か合流させてフリアに戻りなさい!」
ジェニーが僕の手を握った。振り返ると、彼女の強い瞳が僕の目をまっすぐに見て頷いた。行こう、と言われているのが分かった。
*
気を失ったロビンを抱えて、僕とジェニー、そしてグレイと、後方の部隊から合流してくれたパイソンを中心に、フリアへと戻る部隊が編成された。
負傷兵を運ぶために用意されていた荷車にロビンを寝かせ、僕とジェニーが同乗する。馬の手綱はパイソンとグレイが取ってくれた。他、数騎の兵を伴って、部隊の一割がフリアへと戻った。
ロビンはジェニーの治療を受けて、僕たちの部屋のロビンが使っているベッドに寝かされた。出血は大したことないけれど、頭を強く打って気を失っているらしい。
部屋にはロビンを心配して、グレイやパイソンが交代で様子を見に来てくれたけれど、僕だけはずっと、ロビンの側についていた。
「バカじゃないの……ロビン。僕なんか庇って」
こんな時にまで憎まれ口しか出てこない自分に腹が立つ。それでも、声をかけていないとどうにかなりそうだった。
「あのまま何もしなければ、人質にされるだけだったのに。逃げ出すチャンスなんていくらでもあったのに」
ロビンのことだから、とっさに飛び出したなんて言うんだ。僕が危ないと思ったときにはきっと体が動いていたんだ。ロビンは、そういうやつだ。昔から。
「クリフくん……」
部屋のドアが開いて、ジェニーが遠慮がちに入ってきた。桶に水と手ぬぐいを入れて来てくれたようだ。僕はジェニーからその桶を受け取って、机の上で手ぬぐいを絞る。
ロビンの額に乗せられている同じものと交換した。
さっきまでロビンの額に乗っていた方の手ぬぐいは、すっかりロビンの体温が移って暖かくなっていた。僕は驚いて、ロビンの頬に手を当ててみる。……熱い。
「こんなに熱いのに……目が覚めないなんて」
「クリフくん……」
僕は机の椅子に腰かけているけど、ひどく脱力して、自分の体を支えるのがやっとだった。今この場で、床に崩れ落ちたいのを必死で抑えていた。
手当に来てくれた町医者と、回復の魔法をかけてくれたジェニーは、命に別状はないって言っていた。そのことに安心して力が抜けたことと、自分の情けなさと、いまだにロビンが目覚めない不安で、どうにかなりそうだった。
「ジェニー……ごめん、こんなことに巻き込んで」
ジェニーが、ゆっくりと首を横に振った。
「そんな……、私の方こそ、足引っ張っちゃってごめんなさい」
ジェニーが謝る事なんてない。あの場にジェニーがいなかったら僕は一人で山賊に囲まれていただろうし、ロビンが倒れた時も、応急処置が的確にできなかっただろう。
それに、孤立するなと言われてジェニーを無理に連れていったのは僕だ。
「ジェニー……」
「ん?」
どうしようもない不安が、腹の底からのどのあたりまで湧き上がってくる。気持ちが悪い。嗚咽と吐き気が同時に襲ってきて、僕は机にうずくまった。
「このまま、ロビンが目覚めなかったらどうしよう……」
「クリフくん……」
ジェニーの手が、僕の肩に触れるのが分かった。優しい手だった。弱音を吐くのを許してくれる、そんな手だった。
「僕のせいだ。……僕がつまんない意地なんて張らなければ、素直にロビンの注意を聞いていたら、こんなことには……」
「クリフくん……。大丈夫だよ」
ジェニーは僕のベッドから毛布を取ってきて、僕の肩にかけてくれた。
それから、ジェニーの手が僕の額に触れて、少しだけ眩しい光に目を閉じた。
それが白魔法だと分かった途端、呼吸が少し楽になる。
「……」
「私の魔法、効くんだから……大丈夫」
彼女の魔法ももちろん効果があるけれど、その言葉が何より力を持っているような気がした。
「ありがとう……少し、楽になった」
ロビンの寝息が穏やかなのがせめてもの救いだった。僕とジェニーはしばらく黙ったまま、ロビンの顔を見つめていた。
何か話さなきゃって思って言葉を探していたら、ジェニーが先に沈黙を破ってくれた。
「わたしね、ロビンくんとクリフくんに仲良くなってほしくて、……わざとクリフくんの傍にいたの」
「……なにそれ」
ジェニーは後ろにある僕のベッドに腰掛ける。僕は彼女の方へ振り向いて向かい合った。
「わたしがクリフくんと話しているときのロビンくんね、ちょっと複雑そうな顔してた。きっとやきもち妬いてるんだろうなって思ったの。だから、わざと」
「……余計なお世話なんだけど」
ああ、だから野営の時にわざわざ僕のところまで来たのか。ロビンの前で、わざと僕に話しかけていたんだ。
「……そうだよね、ごめん」
ロビンに効果があったかどうかは、正直わからないけれど。
僕もロビンも、ジェニーみたいに相手の気持ちを敏感に感じ取ることができたら。相手が何を考えているのか、少しでも理解することができたら。
もっと、素直になれたんだろうか。こんな事になるまで意地を張らずに済んだのだろうか。
―――そうやって過信してると痛い目みるぞ
ロビンの声が頭に響いた。
こんなことなら、僕が痛い目をみたほうがよかった。できるならロビンと代わりたい。
きっとこれが仕打ちなんだ。自分ではない誰かが傷つくのは、自分が傷つくよりもずっと辛い。
それが大切な人なら、なおさらだ。
「ジェニー……」
「ん?」
「ロビンが目覚めたら、ちゃんと……言うから」
僕が今できる事は、ロビンが目覚めるのを待つ事。そして、ロビンに謝るための言葉を探すことだ。
「……うん」
何も言わずに側にいてくれる彼女に、安心感を覚えていた僕は、驚くほど素直に言葉が滑り出るのを感じた。
「僕の気持ち、ちゃんと話すから……」
「うん」
祈るような思いで、僕は両手を組んで額に当てた。どうか、ロビンが目を覚ましますように。
「だから、僕の代わりに……ミラ様に、お祈りしてきてくれないかな」
この町にもミラ像があるってアルムが言っていた。神が支配する時代はもう終わるけれど、お祈りくらいは聞いてくれるよね。
「僕なんかより、ジェニーのお祈りのほうが、きっと届くと思うから」
本当はそれでも自分でお祈りに行きたかったんだけど。僕は今、ロビンの側を離れたくはなかった。ロビンが目覚めたとき、傍にいたかった。
「うん……任せて」
ジェニーは立ち上がった。そして、部屋の火鉢に新しい薪を入れてくれてから、雪の降る外へと出て行った。
入れ替わりで、グレイが部屋に入ってくる。グレイはロビンを部屋に運んでくれてからは、自室で休んでいたようだ。
「大丈夫か?」
グレイは入口で上着の雪を払った。外は肩に雪が積もるほどの悪天候なのか。そんな中、ジェニーに頼みごとなんて悪いことをしたなと思う。
「ロビンは……まだ、目が覚めないみたい」
僕はグレイがかけてくれた言葉に答えたつもりだったんだけれど、グレイが聞きたかったこととは違ったようで、呆れたような顔をされた。
「お前がだよ。ここに着いてから休んでねーだろ」
「僕は大丈夫だよ。……ロビンがこんな状態なのに、自分の心配なんてしてられない」
「そう言うと思って、ほら」
グレイが僕の肩に何かを乗せた。振り向くと、目の前に藁で編んだ籠が見えた。
近すぎて何か分からなかったけれど、いい匂いがした。グレイがもう一度それを持ち上げて僕の手元に渡してくれる。サンドイッチだ。この宿屋の食堂のメニューにあるものだった。
「呼んでも来ないと思って持ってきてやったぜ。とりあえず食え」
「……ありがとう」
僕がサンドイッチを食べている間、グレイは現在の状況を説明してくれた。テーベの地下迷宮に残っている部隊から伝令が帰ってきたらしい。
僕たちが引き返した後、後方部隊は行軍速度を上げて先行部隊と合流し、遺跡内に隠れていた賊たちをあぶりだして掃討したらしい。
当初の予定通り、浅い階層の魔物の討伐も行いながら、縛り上げた賊を連行して今はフリアに向かって帰っている途中らしい。
「この町は賊たちに相当参ってたみたいだから、俺たち感謝されるだろうぜ」
「僕はその賊に真っ先に捕まりそうになったんだけど?」
一番足を引っ張っていたのは僕じゃないか。結果、ロビンにこんな怪我までさせて。悔しくて、サンドイッチを次々に口の中に詰め込んだ。
「結果的には良かったんだよ。賊がお前らに先に釣られたおかげで、本隊が囲まれずに済んだ。ロビンがお前らの様子を見ててルカに知らせてくれたから、俺たちは駆けつけられたんだ」
「じゃあロビンが怪我する必要無かったじゃない」
「それはこいつが勝手にやったことだ。放っておけばお前かジェニーのどっちかが怪我をしてた。ロビンは、それが嫌だったんだろ」
僕はグレイの言葉に救われ、同時に苦しくもなった。ロビンの事をきっと誰より分かっているグレイだからこそ、僕が自分ばかり責めないようにしてくれている。僕とロビンを対等にするために言ってくれている。それはわかるんだけど。
僕がちゃんとロビンの事見てあげてたら、ロビンの言葉に応えていたらと思わずにはいられない。
「ロビン、最近ずっとお前のこと気にしてたんだぜ」
「なんで?」
「さあな、起きたら本人に聞けよ。俺が言いたいのは、お前のせいだけじゃないってことだ」
グレイは笑った。その顔は事情を何もかも知っている顔だ。グレイはいつもそうやってもったいぶってカッコつける。なんだよ、それじゃああんまり慰めになってないんだけど。
でも、それ以上問い詰めてもグレイは何も話してくれていないと思ったから、僕は何も言い返さずに黙った。
僕の手元の籠からサンドイッチが無くなるのを見て、グレイは僕からその籠を取り上げた。
「片づけておいてやる」
「……ありがと」
グレイは籠を持って僕に背を向けた。部屋を出て行ってしまうのかと、少し心細くなる。
「思いつめなくていいからな? ロビンが起きたら、ちゃんと礼言ってやれ。それで十分だろ」
「うん……」
「ロビン起きたら知らせてくれ」
グレイはあくびをしながら部屋を出て行った。グレイだってロビンのことが心配だろうに、何でもない振りをして看病役を僕に譲ってくれているのだ。休めと言いながら「代わってやろうか?」とは言わないのがその証拠だった。
また、部屋には僕とロビンの二人が残される。僕はそっと、ロビンの胸に手をあてた。温かい。ちゃんと、動いている。確かに鼓動が手のひらに伝わってきて、ほっと息をついた。
「ねえ、ロビン。いつまで寝てるんだよ」
フリアの港にいる間に、たくさんおいしいもの食べるんでしょ。
もう、帰りの船が来ちゃうよ。
僕も、テーベの遺跡から夜も眠らずに馬を走らせ、全速力で帰ってきたから身体がひどく疲れていた。
ずっと緊張していたから眠くはなかったけれど、今になってどっと身体が悲鳴を上げる。
……眠い。
僕はジェニーがかけてくれた毛布を引きずって、ロビンのベッドに寄った。
そして、ロビンの足元で横になる。思っていたよりも疲れていた身体は、沈むように意識を手放した。
「見事です。クリフくん、ロビンくん」
久しぶりに火力の強い魔法を放って息を上げていたら、前方からわざわざルカがねぎらいに来てくれた。飲み水と一緒にクッキーを渡される。ルカは笑顔で「ご褒美です」と言っていた。子どもじゃあるまいし。……食べるけど。ロビンは早速、僕の横で大喜びでクッキーを食べていた。
戦っている間に、隊はいつの間にか少し開けた場所に出ていた。昔は食堂か大広間か。とにかく大勢の人間が集まれそうな広さがある。僕らの隊が全員入ってもまだ余裕がある。
「ここで少し休憩にしましょう。各自、警戒を怠らず、しばらく楽にしてください」
ルカの指示が行きわたると各々の緊張が解け、それぞれ水を飲んだり武器の手入れをしたりし始めた。
僕は開けたホールのようになっているその場所をぐるりと一周して見学してみる。
なぜか斜め後ろにジェニーがついてきて、その後ろからロビンがついてきていた。
「クリフ、見学もいいけどちゃんと休んでおけよ」
「何でそんなに僕のこと構うわけ?」
そんなこと言われなくたって分かっている。僕にとってはこうやってぶらぶら歩きまわることも休憩になっているんだから放っておけばいい。そんな言葉も心の中で思っているだけではロビンに伝わるはずもなく、ロビンは僕が言葉にした部分にだけ返事をした。
「だって心配なんだよ。お前こういう所来るとすぐ一人でどっか行くだろ」
僕のこと、よく分かっているような言い方だ。悔しい。見透かされているんじゃない。知っているんだ。僕がこういう場所を見て回るのが好きで、本当は休憩なんてしていないでどんどん奥に進みたいと思っていること。
半日しかないのだから、できるだけ見れるところを見ておきたいと思っていること。
「奥の方見に行って孤立したらあぶな……」
図星だった。子どものころから一緒なんだ。お互い、考えている事はすぐにわかる。
「大丈夫だってば!いつまでも子ども扱いしないでよ!」
だから、うまい反論が見つからなくて、上手に言い訳できなくて、子どもが駄々をこねているような言葉でしか言い返せなかった。
思わず足を速めてロビンから離れる。
「あっ、だからお前そうやって……」
「単独行動しなきゃいいんでしょ!……行こう、ジェニー」
あっけにとられていたジェニーの手首を無理やり掴んで、僕は逃げるようにロビンから離れた。ロビンは追ってこなかったけど、背中にはロビンの視線をしばらく感じていた。
本当になんなんだ。僕の事を急に構ったりなんかして。前からああだったっけ? 僕が意識しすぎているだけなんだろうか。
そりゃあ、いつでもロビンはお節介だけれど、戦場や仕事中は僕の力を認めてくれていたし、立場も対等だった。僕がロビンを助けたことも何度もあった。僕もロビンも、お互いがいなくたってひとりで生きられるくらい強くなったはずなのに。
なんで今更、子どもじみた気遣いばっかりしているんだ。
僕はロビンから少し距離を置いて落ち着く事にした。僕に連れて来られたジェニーが居心地が悪そうに、しゅんとしていた。いつも巻き込んでしまって、本当に悪いことをしている。
「ねえ、良かったの?ロビンくんにあんな……」
「いいんだよ、僕だってもう子どもじゃないし…」
言いながら、僕は遺跡の壁に手を触れた。大昔の人間が造った物にしては綺麗なまま残っていると思う。所々崩落しているのは魔物の仕業なのだろうが、それでも埋まらずに保っているのを見ると土台や柱がしっかりしている証拠だ。
地下にこれほどの建造物を作れるなんて、いったいどんな文明だったのだろう。
僕は、本で読んだアカネイアの歴史、この遺跡についての伝承について、ジェニーに話す形で頭の中を整理した。
「ねえクリフくん、そろそろ皆の所へもどりましょう」
ジェニーが退屈そうにそう言った。ただの石の壁を眺めていたって、きっと女の子は面白くないだろう。
「そうだね、ごめん。つい話しすぎた」
いつの間にか、皆が休憩しているところから少し離れてしまっていた。
ロビンは結局追ってこなかったけれど、もう諦めてくれたんだろうか。
「ふふ、クリフくんはお勉強熱心なのね。私もね、本を読んだりお話を書いたりするのが好きなの。だからクリフくんのお話聞くの、面白い」
ジェニーが笑ってそう言った。
「へえ、ジェニーは物語を書くんだね」
話しながら僕は、背筋がぞくりと寒くなるのを感じた。なんだろう、嫌な予感がする。
僕たち以外の気配があるような気がする。
「私、セリカ様のことを物語にしたいの。もちろん、アルム様のことも」
僕は横目でジェニーを見る。違う、彼女の視線じゃない。誰だろう。誰かに見られているような。
「だからね、クリフくんにアルム様のことや、旅のお話聞くの好きよ」
「僕の話で参考になるなら、いつでも……」
そして、僕の嫌な予感は的中した。
「ほんと? じゃあ……」
「危ない!」
楽しそうに会話を続けようとするジェニーの後ろに人影が見えた。仲間ではないことはすぐに分かった。それは明らかな殺意をもってジェニーの背後を狙っていた。
僕は彼女の後ろの影めがけて魔道を放つ。彼女の顔のすぐ傍を炎が駆け、彼女が一瞬ひるんで両目を閉じた。とっさに彼女の手を引いて背後に庇う。僕の魔法を浴びたその影は叫び声をあげていた。さっき倒したゾンビの声じゃない。
人の声だった。まさか。
「やってくれるじゃねえか、子どもだと思って油断したぜ」
僕の炎を受けて転がっている男の後ろから、もう一人男が現れた。どこからどう見ても賊だった。斧を担いだ男と、その左右に剣を持った男。皆汚い恰好をして、下卑た笑いを浮かべている。
あと何人いる……囲まれているんだろうか。
やられた。こいつら、僕たちが隊から離れるところを狙ってきたんだ。
「軍隊さんがもうちょっと疲れてきたところを囲んで一網打尽にしてやろうと思ったんだけどよぉ、ちょうどいいところにガキが二人でいやがるのを見つけちまったからなあ」
やはりそういう事か。こいつら、僕たちが遺跡に入るのをどこかから見ていたんだ。本屋の店主が言っていた、フリアへの陸路を縄張りにしている賊は、きっとこいつらの事だろう。
「お前ら捕まえて人質にした方が楽に片付く」
目の前の賊たちが、武器を構えた。数は十もいない。
「甘くみないでよ!ジェニー!走って!」
僕は震える彼女の返事を聞かずに、彼女の腕を引いて走った。片手がふさがっていては攻撃もままならないので、僕は彼女が自分の足で走るのを確認すると手を放す。
早くルカに知らせないと。それともすでに本隊も囲まれているのだろうか。
「きゃあ!」
ジェニーの悲鳴。振り返ると、彼女が躓いて転んでしまっていた。
「ジェニー!」
彼女を捕まえようとする賊に向かって火を放って威嚇するものの、彼女を支え起こすより、囲まれるほうが早かった。
しまった、捕まる……!僕のせいで、ジェニーまで!
「ぐあああっ!」
ジェニーの肩を掴んだ男が急に飛び上がって悲鳴を上げた。見れば腕に矢が刺さっている。男はとっさにジェニーを放し、刺された腕を抑えてのた打ち回った。
「クリフ!!ジェニー!!」
知っている声が響いた。僕たちを囲む賊たちに、次々を矢が命中する。
ロビン、なんで……!そう思ったときには、ロビンは僕に襲いかかろうとしていた男に体当たりをしていた。男が吹っ飛んで僕の上から消える。けれど、僕とロビンの目が合った瞬間、ロビンの背中からもう一人の男が腕を振り上げるのが見えた。
「ロビン!!」
「うあぁあっ!!」
男が持っていた棍棒に背中を思い切り殴られ、ロビンが倒れた。僕とジェニーがロビンに駆け寄ると、動ける賊たちにまた囲まれた。……くそ、まだいたのか。
「ちょうどいい、ガキ三人か。連れて行こうぜ」
捕まってたまるか。こいつら全員、僕の魔法で……。
「待ちなさい!」
僕が手の中に炎を握って賊たちを睨み付けた、その時だった。
すぐ近くで、ルカの声が響いた。僕が頭を上げると、ルカの槍が賊の頭らしき男に命中していた。待ちなさいと言いながら自分は一切何も待つことなく、賊たちを容赦なく薙ぎ払っていく。
今だ、今ならロビンを安全なところに…!
「ロビン、ロビン大丈夫!しっかりしてよ!」
ロビンの意識は既に無かった。ジェニーがすぐに白魔法を唱える。
ルカに続いて駆け付けた部隊の中から一人、僕のところへ駆けつけてくれる。
「ロビン……!くそっ」
それはグレイだった。グレイは気を失ったロビンを抱き起す。とっさに僕も手伝って、グレイにロビンを背負わせた。
「あなたたちはロビンくんを連れて外へ!」
危険を察して駆けつけたのか、ロビンが呼んだのかはわからないが、部隊の皆が集まって来てくれて、一気に形成は逆転された。賊たちはひるんで数歩下がる。
「で、でもルカ!」
僕も戦う、そう言いたかったが、有無を言わさないルカの指示が飛んできた。
「早く!後方の部隊から何人か合流させてフリアに戻りなさい!」
ジェニーが僕の手を握った。振り返ると、彼女の強い瞳が僕の目をまっすぐに見て頷いた。行こう、と言われているのが分かった。
*
気を失ったロビンを抱えて、僕とジェニー、そしてグレイと、後方の部隊から合流してくれたパイソンを中心に、フリアへと戻る部隊が編成された。
負傷兵を運ぶために用意されていた荷車にロビンを寝かせ、僕とジェニーが同乗する。馬の手綱はパイソンとグレイが取ってくれた。他、数騎の兵を伴って、部隊の一割がフリアへと戻った。
ロビンはジェニーの治療を受けて、僕たちの部屋のロビンが使っているベッドに寝かされた。出血は大したことないけれど、頭を強く打って気を失っているらしい。
部屋にはロビンを心配して、グレイやパイソンが交代で様子を見に来てくれたけれど、僕だけはずっと、ロビンの側についていた。
「バカじゃないの……ロビン。僕なんか庇って」
こんな時にまで憎まれ口しか出てこない自分に腹が立つ。それでも、声をかけていないとどうにかなりそうだった。
「あのまま何もしなければ、人質にされるだけだったのに。逃げ出すチャンスなんていくらでもあったのに」
ロビンのことだから、とっさに飛び出したなんて言うんだ。僕が危ないと思ったときにはきっと体が動いていたんだ。ロビンは、そういうやつだ。昔から。
「クリフくん……」
部屋のドアが開いて、ジェニーが遠慮がちに入ってきた。桶に水と手ぬぐいを入れて来てくれたようだ。僕はジェニーからその桶を受け取って、机の上で手ぬぐいを絞る。
ロビンの額に乗せられている同じものと交換した。
さっきまでロビンの額に乗っていた方の手ぬぐいは、すっかりロビンの体温が移って暖かくなっていた。僕は驚いて、ロビンの頬に手を当ててみる。……熱い。
「こんなに熱いのに……目が覚めないなんて」
「クリフくん……」
僕は机の椅子に腰かけているけど、ひどく脱力して、自分の体を支えるのがやっとだった。今この場で、床に崩れ落ちたいのを必死で抑えていた。
手当に来てくれた町医者と、回復の魔法をかけてくれたジェニーは、命に別状はないって言っていた。そのことに安心して力が抜けたことと、自分の情けなさと、いまだにロビンが目覚めない不安で、どうにかなりそうだった。
「ジェニー……ごめん、こんなことに巻き込んで」
ジェニーが、ゆっくりと首を横に振った。
「そんな……、私の方こそ、足引っ張っちゃってごめんなさい」
ジェニーが謝る事なんてない。あの場にジェニーがいなかったら僕は一人で山賊に囲まれていただろうし、ロビンが倒れた時も、応急処置が的確にできなかっただろう。
それに、孤立するなと言われてジェニーを無理に連れていったのは僕だ。
「ジェニー……」
「ん?」
どうしようもない不安が、腹の底からのどのあたりまで湧き上がってくる。気持ちが悪い。嗚咽と吐き気が同時に襲ってきて、僕は机にうずくまった。
「このまま、ロビンが目覚めなかったらどうしよう……」
「クリフくん……」
ジェニーの手が、僕の肩に触れるのが分かった。優しい手だった。弱音を吐くのを許してくれる、そんな手だった。
「僕のせいだ。……僕がつまんない意地なんて張らなければ、素直にロビンの注意を聞いていたら、こんなことには……」
「クリフくん……。大丈夫だよ」
ジェニーは僕のベッドから毛布を取ってきて、僕の肩にかけてくれた。
それから、ジェニーの手が僕の額に触れて、少しだけ眩しい光に目を閉じた。
それが白魔法だと分かった途端、呼吸が少し楽になる。
「……」
「私の魔法、効くんだから……大丈夫」
彼女の魔法ももちろん効果があるけれど、その言葉が何より力を持っているような気がした。
「ありがとう……少し、楽になった」
ロビンの寝息が穏やかなのがせめてもの救いだった。僕とジェニーはしばらく黙ったまま、ロビンの顔を見つめていた。
何か話さなきゃって思って言葉を探していたら、ジェニーが先に沈黙を破ってくれた。
「わたしね、ロビンくんとクリフくんに仲良くなってほしくて、……わざとクリフくんの傍にいたの」
「……なにそれ」
ジェニーは後ろにある僕のベッドに腰掛ける。僕は彼女の方へ振り向いて向かい合った。
「わたしがクリフくんと話しているときのロビンくんね、ちょっと複雑そうな顔してた。きっとやきもち妬いてるんだろうなって思ったの。だから、わざと」
「……余計なお世話なんだけど」
ああ、だから野営の時にわざわざ僕のところまで来たのか。ロビンの前で、わざと僕に話しかけていたんだ。
「……そうだよね、ごめん」
ロビンに効果があったかどうかは、正直わからないけれど。
僕もロビンも、ジェニーみたいに相手の気持ちを敏感に感じ取ることができたら。相手が何を考えているのか、少しでも理解することができたら。
もっと、素直になれたんだろうか。こんな事になるまで意地を張らずに済んだのだろうか。
―――そうやって過信してると痛い目みるぞ
ロビンの声が頭に響いた。
こんなことなら、僕が痛い目をみたほうがよかった。できるならロビンと代わりたい。
きっとこれが仕打ちなんだ。自分ではない誰かが傷つくのは、自分が傷つくよりもずっと辛い。
それが大切な人なら、なおさらだ。
「ジェニー……」
「ん?」
「ロビンが目覚めたら、ちゃんと……言うから」
僕が今できる事は、ロビンが目覚めるのを待つ事。そして、ロビンに謝るための言葉を探すことだ。
「……うん」
何も言わずに側にいてくれる彼女に、安心感を覚えていた僕は、驚くほど素直に言葉が滑り出るのを感じた。
「僕の気持ち、ちゃんと話すから……」
「うん」
祈るような思いで、僕は両手を組んで額に当てた。どうか、ロビンが目を覚ましますように。
「だから、僕の代わりに……ミラ様に、お祈りしてきてくれないかな」
この町にもミラ像があるってアルムが言っていた。神が支配する時代はもう終わるけれど、お祈りくらいは聞いてくれるよね。
「僕なんかより、ジェニーのお祈りのほうが、きっと届くと思うから」
本当はそれでも自分でお祈りに行きたかったんだけど。僕は今、ロビンの側を離れたくはなかった。ロビンが目覚めたとき、傍にいたかった。
「うん……任せて」
ジェニーは立ち上がった。そして、部屋の火鉢に新しい薪を入れてくれてから、雪の降る外へと出て行った。
入れ替わりで、グレイが部屋に入ってくる。グレイはロビンを部屋に運んでくれてからは、自室で休んでいたようだ。
「大丈夫か?」
グレイは入口で上着の雪を払った。外は肩に雪が積もるほどの悪天候なのか。そんな中、ジェニーに頼みごとなんて悪いことをしたなと思う。
「ロビンは……まだ、目が覚めないみたい」
僕はグレイがかけてくれた言葉に答えたつもりだったんだけれど、グレイが聞きたかったこととは違ったようで、呆れたような顔をされた。
「お前がだよ。ここに着いてから休んでねーだろ」
「僕は大丈夫だよ。……ロビンがこんな状態なのに、自分の心配なんてしてられない」
「そう言うと思って、ほら」
グレイが僕の肩に何かを乗せた。振り向くと、目の前に藁で編んだ籠が見えた。
近すぎて何か分からなかったけれど、いい匂いがした。グレイがもう一度それを持ち上げて僕の手元に渡してくれる。サンドイッチだ。この宿屋の食堂のメニューにあるものだった。
「呼んでも来ないと思って持ってきてやったぜ。とりあえず食え」
「……ありがとう」
僕がサンドイッチを食べている間、グレイは現在の状況を説明してくれた。テーベの地下迷宮に残っている部隊から伝令が帰ってきたらしい。
僕たちが引き返した後、後方部隊は行軍速度を上げて先行部隊と合流し、遺跡内に隠れていた賊たちをあぶりだして掃討したらしい。
当初の予定通り、浅い階層の魔物の討伐も行いながら、縛り上げた賊を連行して今はフリアに向かって帰っている途中らしい。
「この町は賊たちに相当参ってたみたいだから、俺たち感謝されるだろうぜ」
「僕はその賊に真っ先に捕まりそうになったんだけど?」
一番足を引っ張っていたのは僕じゃないか。結果、ロビンにこんな怪我までさせて。悔しくて、サンドイッチを次々に口の中に詰め込んだ。
「結果的には良かったんだよ。賊がお前らに先に釣られたおかげで、本隊が囲まれずに済んだ。ロビンがお前らの様子を見ててルカに知らせてくれたから、俺たちは駆けつけられたんだ」
「じゃあロビンが怪我する必要無かったじゃない」
「それはこいつが勝手にやったことだ。放っておけばお前かジェニーのどっちかが怪我をしてた。ロビンは、それが嫌だったんだろ」
僕はグレイの言葉に救われ、同時に苦しくもなった。ロビンの事をきっと誰より分かっているグレイだからこそ、僕が自分ばかり責めないようにしてくれている。僕とロビンを対等にするために言ってくれている。それはわかるんだけど。
僕がちゃんとロビンの事見てあげてたら、ロビンの言葉に応えていたらと思わずにはいられない。
「ロビン、最近ずっとお前のこと気にしてたんだぜ」
「なんで?」
「さあな、起きたら本人に聞けよ。俺が言いたいのは、お前のせいだけじゃないってことだ」
グレイは笑った。その顔は事情を何もかも知っている顔だ。グレイはいつもそうやってもったいぶってカッコつける。なんだよ、それじゃああんまり慰めになってないんだけど。
でも、それ以上問い詰めてもグレイは何も話してくれていないと思ったから、僕は何も言い返さずに黙った。
僕の手元の籠からサンドイッチが無くなるのを見て、グレイは僕からその籠を取り上げた。
「片づけておいてやる」
「……ありがと」
グレイは籠を持って僕に背を向けた。部屋を出て行ってしまうのかと、少し心細くなる。
「思いつめなくていいからな? ロビンが起きたら、ちゃんと礼言ってやれ。それで十分だろ」
「うん……」
「ロビン起きたら知らせてくれ」
グレイはあくびをしながら部屋を出て行った。グレイだってロビンのことが心配だろうに、何でもない振りをして看病役を僕に譲ってくれているのだ。休めと言いながら「代わってやろうか?」とは言わないのがその証拠だった。
また、部屋には僕とロビンの二人が残される。僕はそっと、ロビンの胸に手をあてた。温かい。ちゃんと、動いている。確かに鼓動が手のひらに伝わってきて、ほっと息をついた。
「ねえ、ロビン。いつまで寝てるんだよ」
フリアの港にいる間に、たくさんおいしいもの食べるんでしょ。
もう、帰りの船が来ちゃうよ。
僕も、テーベの遺跡から夜も眠らずに馬を走らせ、全速力で帰ってきたから身体がひどく疲れていた。
ずっと緊張していたから眠くはなかったけれど、今になってどっと身体が悲鳴を上げる。
……眠い。
僕はジェニーがかけてくれた毛布を引きずって、ロビンのベッドに寄った。
そして、ロビンの足元で横になる。思っていたよりも疲れていた身体は、沈むように意識を手放した。