コンパスはおしえてくれない
5
初めて降り立つアカネイアという大陸で、僕は女の子と二人で港町を歩いていた。残念ながらというか何というか、別に僕と彼女は特別な関係というわけではない。
「ほんっとうに空気読めないんだからあのバカロビンは……」
思わず出てしまった、この場にいないやつの名前と悪態を聞いて、隣を歩く彼女は僕に向かって頭を下げてきた。
「本当にごめんなさい……!わたし、クリフくんのこと、邪魔しちゃった……」
歩きながら謝る形になったからか、彼女はすぐに頭を上げてくれたけれど、僕の隣を歩く足どりには元気が無かった。
「別に……ジェニーのせいじゃないし。むしろ巻き込んでごめん」
僕たちは今朝、船でこの大陸に到着したばかりだった。そして宿に落ち着き、荷物を整理し終えたところだ。
その後僕は幼馴染のロビンと町を見て回ろうという話になって外に出たはずなのに、事の成り行きで、ジェニーと一緒に町を歩くことになってしまった。
ロビンが僕とジェニーに一緒に出掛けるよう勧めて、返事を聞かずに逃げたのだ。
「クリフくん、ロビンくんとお出かけするところだったんでしょう……?」
「あ、あれはロビンから誘ってきただけで、僕が行きたかったわけじゃ……」
僕が言うと、ジェニーはくすくすと笑った。不可抗力でこうなってしまったとはいえ、彼女はこの状況を楽しんでいる。
「でも、誘ってもらえたのは嬉しかったでしょう?」
「同じ部屋の奴誘って買い物に行くくらい、普通でしょ」
初めて来る大陸なんだ。僕だってすぐにでも町を見物したかった。でも、船から降りたばかりで疲れていて、とても探索するような気分ではなかった。
ロビンの体力が回復するのが恐ろしく早くて、すぐに「出かけよう」って言い出した。その時、たまたま僕が同じ部屋で誘いやすかったんだ。それだけだ。
「もう、クリフくん素直じゃない! そんな風にしてるとロビンくんに気持ち伝わらないよ?」
しかし、この手の話が大好きらしいジェニーは、僕がわざとそっけない態度をとっても食いついてくる。突き放すのは簡単だけれど、それで一度彼女を泣かせてしまった事のある僕は、必要以上に彼女を邪険にすることができずに、会話を続けざるを得なくなっている。
「別に伝わらなくていいし……」
「ええー……」
先日、彼女に言葉で指摘されてからというもの、僕の中では気づかないふりをしている事になっていたロビンへの気持ちを、嫌でも自覚させられるようになっていた。
僕は、悔しいのだけれど、少し不本意なのだけれど、認めたくはないのだけれど、実は幼馴染のロビンのことが、……好きなようなのだ。
小さいころからずっと側にいるのが当たり前だったから、ロビンが隣にいることが特別な事だなんて、今まで思ったことなどなかった。
しかし気づいたらいつも僕の側にはロビンがいて、僕も知らないうちに、ロビンが隣にいないといけないような気がしていた。
ロビンがいないと落ち着かない。あんなにうるさい奴なのに、必要以上にお節介なくせに。
……手を貸してほしいときに、肝心なときに側にいてくれない。
そのことにやきもきするようになったのは、いつからだろう。
それすら自分でも分からないほど自然に、いつの間にか好きになっていたみたいだった。
だから、彼女に改めて言葉にされると、何とも心がむずがゆい。
「いいなぁ、好きな人と同じ部屋」
ジェニーはめげずにそう言った。どうしてもこの話を続けたいらしい。
「今はこんな事になっちゃったけど、お部屋に戻ってからが大事だよ」
「何が?」
僕がなるべく抑揚をつけずに返しているというのに、彼女の感情はわかりやすく高ぶっている。
「だから、せっかく二人きりなんだから……」
「どうもしないって。僕はロビンにこの事を言うつもりも、ロビンをどうこうするつもりもないから」
僕はやや食い気味に彼女の言葉を制した。今更どうしろって言うんだ。男同士なのに。小さいころからずっと一緒にいるのに。
ロビンが僕のことを友達だと思ってくれているなら、それだけで充分だ。
その友達から、こんな気持ちを寄せられているなんて知ったら、さすがにロビンも気持ち悪いって思うに決まっている。
何を言っても怒らないで、何をしても許してくれて、めったなことでは怒らないロビン。そんな彼に軽蔑の目を向けられることは、絶対にしたくはない。
ジェニーは面白くなさそうに唇を尖らせる。本当に、女の子はこの手の話が好きだなと思う。
ほとんど村から出たことがなかった僕たちは、戦いに参加して、村や学校では経験できなかったことを経験した。そして、やっと世界が平和になったのだから、お互いに、新たにやりたいことだってあるはずなのだ。
それを見つけなければならない。僕も、ロビンも。
男同士、なんて何の生産性もないこの感情は、僕にとってもロビンにとってもきっと足枷になってしまう。だから僕は、この気持ちをロビンに伝えるつもりなんて全然ない。
好きな人の話で盛り上がりたいなら、他をあたってほしい。
「好きな人」そう心の中でつぶやいて、かっと頬が熱くなるのを感じた。
本当にどうかしている。男なのに、男を好きになるなんて。
こんなはずじゃなかった。できれば気づきたくなかった。気付かなければ、ロビンと同じ部屋になろうが、枕を並べて眠ろうが、何とも思わない自信があったのに。
自覚させられてしまってはもう、何でもないように取り繕うのも一苦労だ。
さっきだって、いつの間にかロビンと同室にされて狼狽えてしまったし、ロビンに買い物に誘われた時も、心臓が変に跳ね上がってしまった。
行軍中に同じ部屋になったり、寝袋を並べて眠ったことなんていくらでもあった。それなのに、なんで今更。
今まで通りではいられなくなる。早くバレンシアに帰る日が決まらないと、僕の心がもたない気がする。
ああ、そういえばこの街の東にあるテーベの遺跡を調査するっていう用事もあるんだっけ。用事というよりはほとんど観光のようなものらしいけれど。
それはそれで楽しみにしているとはいえ、滞在期間が長くなればなるほど、ロビンと二人きりでいる時間も増えてしまう。
僕がこんな気持ちになっているというのに、当のロビンは、僕がジェニーのことを好きなんだって勘違いしている気がする。
それか、意図的に僕とジェニーを近づけようとしている。
そうじゃなかったら、ジェニーに僕を押し付けて、自分だけ引き返すようなことロビンがする訳がない。
声をかけたらその時点でもう相手と友達になっているくらい、友好的な性格のロビンのことだ。
よっぽどの事がない限り、僕たちについて来たはずなんだ。
おかげでロビンから離れて気持ちを整理する時間がとれているけれど、ロビンに勘違いされているのだけは、何故か悔しかった。
僕のロビンへの気持ちは隠しておきたい。でも、ジェニーのことが好きなんだって勘違いは取り除いておきたい。
どちらも理由は簡単だ。のちのち面倒臭いから。それだけ。
僕はこれから先誰とも、今以上の関係になるつもりなんて、ないんだ。
「どうするクリフくん。……宿に戻る?」
黙って考え込んでいたら、ジェニーが気を遣ってくれた。そういえば、僕たちは二人で一緒に買い物に行くことになっているんだっけ。
ロビンのいらないお節介のせいで彼女を巻き込んでしまったこともあるし、せっかくだから僕も町を見物させてもらおうと思った。
「……いや、今帰るのは不自然すぎるし。少しだけ時間つぶそう」
「え?」
彼女が意外だと言いたそうに目を丸くした。まるで帰ると即答すると思っていたとでも言いたそうだ。僕も普通ならそうしている。
「買い物に行くつもりだったんでしょ」
花壇で会ったとき、ジェニーはそう言っていた。
確認するように隣を歩く彼女を見ると、心配そうに僕の顔を覗き込んでいた表情がぱっと明るくなって、瞳が輝いたように見えた。
「いいの?」
「いいよ。僕もなんか暇つぶしでも探すし」
僕がそう言うと、ジェニーは嬉しそうに頬を染めて笑った。周りにお花が飛んでいても似合いそうな笑顔だった。
多分、「かわいい」ってこういうことを言うんだろうなって思った。
「ありがとう!ふふ、ロビンくんも来ればよかったのに」
「だから、それはもういいってば」
ジェニーは真っ先に、広場をぐるりと囲うように位置する、雑貨屋の並ぶ通りを目指した。
彼女が買っていたのは、お菓子と着替え、肌や髪に使うらしい化粧品だった。
高価なものはなかなか買えないけれど、貯めたお金は時々思い切り使うのだと言っていた。
町に立ち寄るたびに本を買っては読んで、売っては買っている僕に比べて、随分と華やかなお金の使い方だ。女の子は皆こうなのだろうか。
僕は本屋に行きたかったけれど、ジェニーを僕の都合で長時間連れ回すわけにもいかない。僕たちは、ジェニーの買い物を一通り済ませた後は、市場を一周して宿屋へ戻った。
*
ロビンは結局一人で出かけたようで、帰ってきたのは僕が部屋に戻ってしばらく経った後だった。
「ちょっとロビン、どこ行ってたの?」
本を読んでいても、昼寝をしようとしても落ち着かなかった僕は、ロビンが帰ってきたとき、思わずそう尋ねてしまった。
これではまるで、僕がロビンが帰って来るのを待っていたみたいじゃないか。
「え? 市場の方を見に行ってきただけだぜ」
上着をクロゼットに掛けながらロビンが言った。
僕の反応の方が意外だと言うようにロビンは首を傾げている。
「そう……」
「ジェニーと買い物行ったんだろ? 楽しかったか?」
ロビンは、僕の方が先に部屋に帰っているのが意外なようだ。
やっぱり、僕がジェニーの事を好きなんだって思い込んでる。そうじゃないって否定しておかないと後々面倒なことになる。
ジェニーにも迷惑をかけるし、何よりジェニーがこの状況を面白がって、僕を問い詰めるような言動をするのが不本意だ。
「あ、あのさ……何を勘違いしてるか知らないけど、僕は別にジェニーと買い物に行きたかったわけじゃ……」
「ちがうのか?」
「違うよ! 」
半ばロビンの言葉を遮る勢いで否定してしまった。ロビンがきょとんとした顔で僕を見る。
「とにかく、ここにいる間は僕と行動してよ。よく知らない奴といるよりロビンのほうが楽だから」
勢いに任せて、僕はロビンに、本当でも嘘でもある言い訳をした。
変な勘違いをされて他人に押し付けられるのも嫌だし、一人になっているところを誰かに誘われるのも面倒だ。
ロビンと一緒に買い物に行きたかったなんて、絶対に言うものかという意地もあった。
「そんなふうに言ったらジェニーが可哀想だろ」
呆れたような言葉のあと、ふわっと温かいものが頭にのる感覚があった。それがロビンの手だと分かった途端、かぁっと頬が熱くなる。悔しくて、恥ずかしくて、僕は軽くロビンの手を払いのけてしまった。
いつもの態度だと思ってくれたらしく、ロビンは肩を竦めて笑った。そうやっていつまでも兄さん面すんのやめてほしい。
確かに僕はロビンよりも年下だけど、もう子どもじゃないのに。
「しょうがねーな、分かったよ。じゃあ明日は、俺と買い物に行くか」
「……うん。珍しいものが買えるかもって言ったのはロビンでしょ。ちゃんと連れてってよ」
「はいはい」
拗ねたフリでもしないと上手く話せない。こんな自分の性格は難儀だなって、ロビンの側にいるといつも自覚させられる。
僕は、ジェニーと一緒にいるよりロビンのほうが楽だからなんて、本当でも嘘でもある言い訳をして、ロビンと一緒に買い物に行く約束を取り付けた。
だからどうしようって訳ではないけど、本屋を探したかったのは本当だし、一人で歩くのは色々と面倒に巻き込まれるから、一緒に行くのにロビンがちょうどいい。
そう自分に言い聞かせながら、僕は細く深く呼吸をして、自分の心臓を落ち着かせた。
「じゃあメシにでも行くか。夕飯は必ず宿でとるようにってルカが言ってたぜ」
「う、うん……」
僕たちはこの町に遊びに来ているわけではない。船の護衛のあと束の間の休息が与えられているだけで、命令があれば仕事に出向かなければならない。
一応、帰りの船が手配できるまでにこの町の東にあるテーベの遺跡を調査することになっているので、そうゆっくりもしていられないだろう。
いつ命令があってもいいように、夜は宿に集合していたほうが都合がいい。
夕食は宿で取るようにという指示は、この隊を任されているルカが考えた最低限のルールなのだろう。
ロビンはつい先ほど入ってきた部屋の扉を開けた。僕たちの部屋の扉は外に面しているので、部屋を出るのに上着が欲しくなるほど寒い。
けれど、どうせすぐに食堂に入るのだからと、二人とも上着を着ずに部屋を出た。
僕たちが利用しているのは、棟がいくつかあるこの町で一番大きな宿屋だ。その中央の建物の一階に食堂があった。
食堂はそれなりに広く、壁に掛けられているランプと、各テーブルに置かれているカンテラの淡い光で満たされていた。
外はもう暗いが、明かりと人の多さのおかげで寒くはない。
僕とロビンは、奥のテーブルにグレイとアルムを見つけて、同じテーブルに着席した。
漆をよく塗りこんだ木のテーブルは、よく磨かれてピカピカだ。
「ちょうどよかった、ロビン、クリフ」
アルムが僕とロビンの顔を交互に見て、待っていたというように話を始めた。
「さっきルカと話していたんだけれどね、テーベの調査は明後日から行くことになったよ」
「明後日か、了解」
ロビンが答えて、僕は黙って頷いた。
「あまり休ませてあげられなくてすみません」
隣のテーブルから声がかかった。僕とロビンにとっては背後のテーブルだったので振り返る。ルカが困ったように笑っていた。
「思っていたよりも早く帰りの船が見つかったので、テーベの探索へは早めに行くことになりました」
ルカは僕とロビンと順番に目を合わせてから、説明を始めてくれた。
「この町の領主に、テーベの地下遺跡の探索と観光を願い出たところ、喜んで許可してくださいましたよ。ついでに簡単な魔物退治を依頼されました」
「やっぱ魔物が出るのか」
ロビンが溜め息をつく。観光ついでに魔物狩りとは冗談にしておいてほしいけれど、魔物が出るのは本当だろう。
「入口にいる魔物は大したことないそうですから、大丈夫でしょう。わざわざ奥まで行って危険を被る必要もありません。見学と、ちょっとした人助けに魔物退治をしましょうか。報酬も前払いでいただきましたからね」
今度はルカがグレイを見て、それからアルムと目を合わせる。こうして順番にちゃんと目を見て話をしてくれるところが、ルカのすごいところだと思う。
目を見て、僕たちがちゃんと話を理解しているかを確認してくれているのだ。解放軍への勧誘のため、ルカがラムの村を訪れたときからそれは変わらない。
ルカの視線は、考えていることが全部見透かされそうで少し怖いと思う。
「ソフィアを長く留守にするわけにもいきませんのでちょうど良かったです。明日は一日休暇としますから、ゆっくり町へ出かけてくるのもいいでしょう」
ルカが説明すると、アルムは構わないよ、と返した。ルカと同じテーブルに座っているパイソンがもう少し休ませろと文句を言い、それをフォルスが窘めている。
船で長距離を移動してきたにもかかわらず、休みが今日と明日しかないのはずいぶん急いた日程だとは思ったけれど。確かに、アルムとセリカ、その側近たちが長くソフィアを離れているわけにもいかないだろう。
アルムが王位に就く前の、最後の遠征になるであろうこの旅を、アルム自身も長く楽しんでいたいだろうけれど、それもそうはいかない。
僕自身はテーベの地下迷宮の探索には興味がある。だから休暇が少ないことは気にならなかった。
むしろ明日一日ずっと休暇が与えられたということは、僕は一日、ロビンと一緒に過ごすことになる。そっちの方が気がかりだ。
別に丸一日ふたりきりでいる必要はないんだけれど、同じ部屋だし、明日はロビンと買い物に行くことになっているし、もしかしたら一日じゅうロビンと過ごすことになるかもしれない。
僕は隣で食事の品書きを眺めているロビンの横顔を見た。グレイとアルムと、何を食べるか相談している。ロビンがこっちを振り向いて何を食べたいかと聞いてくるから、不意を打たれたように心臓が縮んだ。
おかしい。小さいころからずっと一緒にいるのに、急にロビンの顔がまともに見られなくなっている。僕は目をそらしながら、サンドイッチでいいと答えた。
アルムも僕と同じサンドイッチを、グレイとロビンは、肉と野菜のスープをパイで包んだ料理を注文した。ここの女将さんの得意料理らしい。
食事を運んでいる給仕が注文をとって去っていくと、ロビンが向かいの席のグレイとアルムと話し始めた。全員の視線から外れた僕はほっと肩の力を抜いた。
こんなことで、明日は大丈夫なんだろうか。今からでも誰かを誘おうか。いや、でも僕から声をかけられそうな人で、予定の空いていそうな人はいない。
アルムはセリカと過ごしたいだろうし、グレイにもクレアがいるし。
いっそ明日からテーベの調査に駆り出されてもいいくらいだ。なんで僕、ロビンを買い物に誘ったりしたんだろう。
「クリフ?」
「え?」
会話に加わらずにテーブルの木目を見つめていたのを不審がられたのか、ロビンが僕に声をかけた。驚いて肩を飛び上がらせてしまったので、余計にロビンが怪訝そうな顔をする。
「どうしたんださっきから。ぼーっとして」
「な、何でもないよ……」
「そうかぁ? あ、料理が来たみたいだ」
いつものロビンなら「何でもない」では諦めてくれないんだけれど、ちょうどその時料理が運ばれてきたから、そっちに気が逸れてくれた。
僕の目の前に置かれたのは、野菜や肉、チーズなどが挟まったごく普通のサンドイッチだった。パンを咀嚼しやすいように、ソースの入った小さな皿が添えられている。僕は四角形をしたサンドイッチの角にソースを少し付けて、それを食べた。
隣のロビンがちらちらと僕の様子を伺ってくる。僕、まだ何か不自然なんだろうか。多分そうなんだろう。余計に動きがぎこちなくなる気がするから、そんなに見ないで欲しいんだけど。
「クリフ」
「なに」
「オレのスープ分けるからサンドイッチ少しくれよ」
何を言われるかと思えば。僕は拍子抜けしてしまった。声がひっくり返りそうだったので咳払いをひとつして、気を取り直す。
「…もう、行儀悪いなぁ」
「だめか?」
「別にいいけど」
僕はテーブルに備え付けられていたナイフとフォークを使って、サンドイッチの一つを半分に切った。三角形になったサンドイッチをロビンに渡すと、ロビンは代わりにスープをひとすくいとパイの生地を少し、小さな器に取り分けてくれた。
「お、サンドイッチもうまいな!」
ロビンが喜んでそう言った。ロビンが分けてくれたスープも、カボチャが溶かしてあるのか、とても甘くて美味しい。
「ここにいるあいだに色んなもの食いてーなー」
そう言って品書きをまた眺めるロビン。今度はロビンもグレイも巻き込んで、明日は四人それぞれ違うものを頼んでみようと提案していた。
僕はそんなロビンの姿を眺めながら、自然と口元が綻んでいるのを自覚していた。
美味しいものを食べたら美味しいって言う、そんな当たり前のことが素直にできるロビンが、僕はいつも羨ましいのだ。
僕は明日は、朝からロビンと町へ出かける。
本屋を探してもらうついでに、何かロビンが喜びそうなものを食べようと、なんとなく考えていた。
初めて降り立つアカネイアという大陸で、僕は女の子と二人で港町を歩いていた。残念ながらというか何というか、別に僕と彼女は特別な関係というわけではない。
「ほんっとうに空気読めないんだからあのバカロビンは……」
思わず出てしまった、この場にいないやつの名前と悪態を聞いて、隣を歩く彼女は僕に向かって頭を下げてきた。
「本当にごめんなさい……!わたし、クリフくんのこと、邪魔しちゃった……」
歩きながら謝る形になったからか、彼女はすぐに頭を上げてくれたけれど、僕の隣を歩く足どりには元気が無かった。
「別に……ジェニーのせいじゃないし。むしろ巻き込んでごめん」
僕たちは今朝、船でこの大陸に到着したばかりだった。そして宿に落ち着き、荷物を整理し終えたところだ。
その後僕は幼馴染のロビンと町を見て回ろうという話になって外に出たはずなのに、事の成り行きで、ジェニーと一緒に町を歩くことになってしまった。
ロビンが僕とジェニーに一緒に出掛けるよう勧めて、返事を聞かずに逃げたのだ。
「クリフくん、ロビンくんとお出かけするところだったんでしょう……?」
「あ、あれはロビンから誘ってきただけで、僕が行きたかったわけじゃ……」
僕が言うと、ジェニーはくすくすと笑った。不可抗力でこうなってしまったとはいえ、彼女はこの状況を楽しんでいる。
「でも、誘ってもらえたのは嬉しかったでしょう?」
「同じ部屋の奴誘って買い物に行くくらい、普通でしょ」
初めて来る大陸なんだ。僕だってすぐにでも町を見物したかった。でも、船から降りたばかりで疲れていて、とても探索するような気分ではなかった。
ロビンの体力が回復するのが恐ろしく早くて、すぐに「出かけよう」って言い出した。その時、たまたま僕が同じ部屋で誘いやすかったんだ。それだけだ。
「もう、クリフくん素直じゃない! そんな風にしてるとロビンくんに気持ち伝わらないよ?」
しかし、この手の話が大好きらしいジェニーは、僕がわざとそっけない態度をとっても食いついてくる。突き放すのは簡単だけれど、それで一度彼女を泣かせてしまった事のある僕は、必要以上に彼女を邪険にすることができずに、会話を続けざるを得なくなっている。
「別に伝わらなくていいし……」
「ええー……」
先日、彼女に言葉で指摘されてからというもの、僕の中では気づかないふりをしている事になっていたロビンへの気持ちを、嫌でも自覚させられるようになっていた。
僕は、悔しいのだけれど、少し不本意なのだけれど、認めたくはないのだけれど、実は幼馴染のロビンのことが、……好きなようなのだ。
小さいころからずっと側にいるのが当たり前だったから、ロビンが隣にいることが特別な事だなんて、今まで思ったことなどなかった。
しかし気づいたらいつも僕の側にはロビンがいて、僕も知らないうちに、ロビンが隣にいないといけないような気がしていた。
ロビンがいないと落ち着かない。あんなにうるさい奴なのに、必要以上にお節介なくせに。
……手を貸してほしいときに、肝心なときに側にいてくれない。
そのことにやきもきするようになったのは、いつからだろう。
それすら自分でも分からないほど自然に、いつの間にか好きになっていたみたいだった。
だから、彼女に改めて言葉にされると、何とも心がむずがゆい。
「いいなぁ、好きな人と同じ部屋」
ジェニーはめげずにそう言った。どうしてもこの話を続けたいらしい。
「今はこんな事になっちゃったけど、お部屋に戻ってからが大事だよ」
「何が?」
僕がなるべく抑揚をつけずに返しているというのに、彼女の感情はわかりやすく高ぶっている。
「だから、せっかく二人きりなんだから……」
「どうもしないって。僕はロビンにこの事を言うつもりも、ロビンをどうこうするつもりもないから」
僕はやや食い気味に彼女の言葉を制した。今更どうしろって言うんだ。男同士なのに。小さいころからずっと一緒にいるのに。
ロビンが僕のことを友達だと思ってくれているなら、それだけで充分だ。
その友達から、こんな気持ちを寄せられているなんて知ったら、さすがにロビンも気持ち悪いって思うに決まっている。
何を言っても怒らないで、何をしても許してくれて、めったなことでは怒らないロビン。そんな彼に軽蔑の目を向けられることは、絶対にしたくはない。
ジェニーは面白くなさそうに唇を尖らせる。本当に、女の子はこの手の話が好きだなと思う。
ほとんど村から出たことがなかった僕たちは、戦いに参加して、村や学校では経験できなかったことを経験した。そして、やっと世界が平和になったのだから、お互いに、新たにやりたいことだってあるはずなのだ。
それを見つけなければならない。僕も、ロビンも。
男同士、なんて何の生産性もないこの感情は、僕にとってもロビンにとってもきっと足枷になってしまう。だから僕は、この気持ちをロビンに伝えるつもりなんて全然ない。
好きな人の話で盛り上がりたいなら、他をあたってほしい。
「好きな人」そう心の中でつぶやいて、かっと頬が熱くなるのを感じた。
本当にどうかしている。男なのに、男を好きになるなんて。
こんなはずじゃなかった。できれば気づきたくなかった。気付かなければ、ロビンと同じ部屋になろうが、枕を並べて眠ろうが、何とも思わない自信があったのに。
自覚させられてしまってはもう、何でもないように取り繕うのも一苦労だ。
さっきだって、いつの間にかロビンと同室にされて狼狽えてしまったし、ロビンに買い物に誘われた時も、心臓が変に跳ね上がってしまった。
行軍中に同じ部屋になったり、寝袋を並べて眠ったことなんていくらでもあった。それなのに、なんで今更。
今まで通りではいられなくなる。早くバレンシアに帰る日が決まらないと、僕の心がもたない気がする。
ああ、そういえばこの街の東にあるテーベの遺跡を調査するっていう用事もあるんだっけ。用事というよりはほとんど観光のようなものらしいけれど。
それはそれで楽しみにしているとはいえ、滞在期間が長くなればなるほど、ロビンと二人きりでいる時間も増えてしまう。
僕がこんな気持ちになっているというのに、当のロビンは、僕がジェニーのことを好きなんだって勘違いしている気がする。
それか、意図的に僕とジェニーを近づけようとしている。
そうじゃなかったら、ジェニーに僕を押し付けて、自分だけ引き返すようなことロビンがする訳がない。
声をかけたらその時点でもう相手と友達になっているくらい、友好的な性格のロビンのことだ。
よっぽどの事がない限り、僕たちについて来たはずなんだ。
おかげでロビンから離れて気持ちを整理する時間がとれているけれど、ロビンに勘違いされているのだけは、何故か悔しかった。
僕のロビンへの気持ちは隠しておきたい。でも、ジェニーのことが好きなんだって勘違いは取り除いておきたい。
どちらも理由は簡単だ。のちのち面倒臭いから。それだけ。
僕はこれから先誰とも、今以上の関係になるつもりなんて、ないんだ。
「どうするクリフくん。……宿に戻る?」
黙って考え込んでいたら、ジェニーが気を遣ってくれた。そういえば、僕たちは二人で一緒に買い物に行くことになっているんだっけ。
ロビンのいらないお節介のせいで彼女を巻き込んでしまったこともあるし、せっかくだから僕も町を見物させてもらおうと思った。
「……いや、今帰るのは不自然すぎるし。少しだけ時間つぶそう」
「え?」
彼女が意外だと言いたそうに目を丸くした。まるで帰ると即答すると思っていたとでも言いたそうだ。僕も普通ならそうしている。
「買い物に行くつもりだったんでしょ」
花壇で会ったとき、ジェニーはそう言っていた。
確認するように隣を歩く彼女を見ると、心配そうに僕の顔を覗き込んでいた表情がぱっと明るくなって、瞳が輝いたように見えた。
「いいの?」
「いいよ。僕もなんか暇つぶしでも探すし」
僕がそう言うと、ジェニーは嬉しそうに頬を染めて笑った。周りにお花が飛んでいても似合いそうな笑顔だった。
多分、「かわいい」ってこういうことを言うんだろうなって思った。
「ありがとう!ふふ、ロビンくんも来ればよかったのに」
「だから、それはもういいってば」
ジェニーは真っ先に、広場をぐるりと囲うように位置する、雑貨屋の並ぶ通りを目指した。
彼女が買っていたのは、お菓子と着替え、肌や髪に使うらしい化粧品だった。
高価なものはなかなか買えないけれど、貯めたお金は時々思い切り使うのだと言っていた。
町に立ち寄るたびに本を買っては読んで、売っては買っている僕に比べて、随分と華やかなお金の使い方だ。女の子は皆こうなのだろうか。
僕は本屋に行きたかったけれど、ジェニーを僕の都合で長時間連れ回すわけにもいかない。僕たちは、ジェニーの買い物を一通り済ませた後は、市場を一周して宿屋へ戻った。
*
ロビンは結局一人で出かけたようで、帰ってきたのは僕が部屋に戻ってしばらく経った後だった。
「ちょっとロビン、どこ行ってたの?」
本を読んでいても、昼寝をしようとしても落ち着かなかった僕は、ロビンが帰ってきたとき、思わずそう尋ねてしまった。
これではまるで、僕がロビンが帰って来るのを待っていたみたいじゃないか。
「え? 市場の方を見に行ってきただけだぜ」
上着をクロゼットに掛けながらロビンが言った。
僕の反応の方が意外だと言うようにロビンは首を傾げている。
「そう……」
「ジェニーと買い物行ったんだろ? 楽しかったか?」
ロビンは、僕の方が先に部屋に帰っているのが意外なようだ。
やっぱり、僕がジェニーの事を好きなんだって思い込んでる。そうじゃないって否定しておかないと後々面倒なことになる。
ジェニーにも迷惑をかけるし、何よりジェニーがこの状況を面白がって、僕を問い詰めるような言動をするのが不本意だ。
「あ、あのさ……何を勘違いしてるか知らないけど、僕は別にジェニーと買い物に行きたかったわけじゃ……」
「ちがうのか?」
「違うよ! 」
半ばロビンの言葉を遮る勢いで否定してしまった。ロビンがきょとんとした顔で僕を見る。
「とにかく、ここにいる間は僕と行動してよ。よく知らない奴といるよりロビンのほうが楽だから」
勢いに任せて、僕はロビンに、本当でも嘘でもある言い訳をした。
変な勘違いをされて他人に押し付けられるのも嫌だし、一人になっているところを誰かに誘われるのも面倒だ。
ロビンと一緒に買い物に行きたかったなんて、絶対に言うものかという意地もあった。
「そんなふうに言ったらジェニーが可哀想だろ」
呆れたような言葉のあと、ふわっと温かいものが頭にのる感覚があった。それがロビンの手だと分かった途端、かぁっと頬が熱くなる。悔しくて、恥ずかしくて、僕は軽くロビンの手を払いのけてしまった。
いつもの態度だと思ってくれたらしく、ロビンは肩を竦めて笑った。そうやっていつまでも兄さん面すんのやめてほしい。
確かに僕はロビンよりも年下だけど、もう子どもじゃないのに。
「しょうがねーな、分かったよ。じゃあ明日は、俺と買い物に行くか」
「……うん。珍しいものが買えるかもって言ったのはロビンでしょ。ちゃんと連れてってよ」
「はいはい」
拗ねたフリでもしないと上手く話せない。こんな自分の性格は難儀だなって、ロビンの側にいるといつも自覚させられる。
僕は、ジェニーと一緒にいるよりロビンのほうが楽だからなんて、本当でも嘘でもある言い訳をして、ロビンと一緒に買い物に行く約束を取り付けた。
だからどうしようって訳ではないけど、本屋を探したかったのは本当だし、一人で歩くのは色々と面倒に巻き込まれるから、一緒に行くのにロビンがちょうどいい。
そう自分に言い聞かせながら、僕は細く深く呼吸をして、自分の心臓を落ち着かせた。
「じゃあメシにでも行くか。夕飯は必ず宿でとるようにってルカが言ってたぜ」
「う、うん……」
僕たちはこの町に遊びに来ているわけではない。船の護衛のあと束の間の休息が与えられているだけで、命令があれば仕事に出向かなければならない。
一応、帰りの船が手配できるまでにこの町の東にあるテーベの遺跡を調査することになっているので、そうゆっくりもしていられないだろう。
いつ命令があってもいいように、夜は宿に集合していたほうが都合がいい。
夕食は宿で取るようにという指示は、この隊を任されているルカが考えた最低限のルールなのだろう。
ロビンはつい先ほど入ってきた部屋の扉を開けた。僕たちの部屋の扉は外に面しているので、部屋を出るのに上着が欲しくなるほど寒い。
けれど、どうせすぐに食堂に入るのだからと、二人とも上着を着ずに部屋を出た。
僕たちが利用しているのは、棟がいくつかあるこの町で一番大きな宿屋だ。その中央の建物の一階に食堂があった。
食堂はそれなりに広く、壁に掛けられているランプと、各テーブルに置かれているカンテラの淡い光で満たされていた。
外はもう暗いが、明かりと人の多さのおかげで寒くはない。
僕とロビンは、奥のテーブルにグレイとアルムを見つけて、同じテーブルに着席した。
漆をよく塗りこんだ木のテーブルは、よく磨かれてピカピカだ。
「ちょうどよかった、ロビン、クリフ」
アルムが僕とロビンの顔を交互に見て、待っていたというように話を始めた。
「さっきルカと話していたんだけれどね、テーベの調査は明後日から行くことになったよ」
「明後日か、了解」
ロビンが答えて、僕は黙って頷いた。
「あまり休ませてあげられなくてすみません」
隣のテーブルから声がかかった。僕とロビンにとっては背後のテーブルだったので振り返る。ルカが困ったように笑っていた。
「思っていたよりも早く帰りの船が見つかったので、テーベの探索へは早めに行くことになりました」
ルカは僕とロビンと順番に目を合わせてから、説明を始めてくれた。
「この町の領主に、テーベの地下遺跡の探索と観光を願い出たところ、喜んで許可してくださいましたよ。ついでに簡単な魔物退治を依頼されました」
「やっぱ魔物が出るのか」
ロビンが溜め息をつく。観光ついでに魔物狩りとは冗談にしておいてほしいけれど、魔物が出るのは本当だろう。
「入口にいる魔物は大したことないそうですから、大丈夫でしょう。わざわざ奥まで行って危険を被る必要もありません。見学と、ちょっとした人助けに魔物退治をしましょうか。報酬も前払いでいただきましたからね」
今度はルカがグレイを見て、それからアルムと目を合わせる。こうして順番にちゃんと目を見て話をしてくれるところが、ルカのすごいところだと思う。
目を見て、僕たちがちゃんと話を理解しているかを確認してくれているのだ。解放軍への勧誘のため、ルカがラムの村を訪れたときからそれは変わらない。
ルカの視線は、考えていることが全部見透かされそうで少し怖いと思う。
「ソフィアを長く留守にするわけにもいきませんのでちょうど良かったです。明日は一日休暇としますから、ゆっくり町へ出かけてくるのもいいでしょう」
ルカが説明すると、アルムは構わないよ、と返した。ルカと同じテーブルに座っているパイソンがもう少し休ませろと文句を言い、それをフォルスが窘めている。
船で長距離を移動してきたにもかかわらず、休みが今日と明日しかないのはずいぶん急いた日程だとは思ったけれど。確かに、アルムとセリカ、その側近たちが長くソフィアを離れているわけにもいかないだろう。
アルムが王位に就く前の、最後の遠征になるであろうこの旅を、アルム自身も長く楽しんでいたいだろうけれど、それもそうはいかない。
僕自身はテーベの地下迷宮の探索には興味がある。だから休暇が少ないことは気にならなかった。
むしろ明日一日ずっと休暇が与えられたということは、僕は一日、ロビンと一緒に過ごすことになる。そっちの方が気がかりだ。
別に丸一日ふたりきりでいる必要はないんだけれど、同じ部屋だし、明日はロビンと買い物に行くことになっているし、もしかしたら一日じゅうロビンと過ごすことになるかもしれない。
僕は隣で食事の品書きを眺めているロビンの横顔を見た。グレイとアルムと、何を食べるか相談している。ロビンがこっちを振り向いて何を食べたいかと聞いてくるから、不意を打たれたように心臓が縮んだ。
おかしい。小さいころからずっと一緒にいるのに、急にロビンの顔がまともに見られなくなっている。僕は目をそらしながら、サンドイッチでいいと答えた。
アルムも僕と同じサンドイッチを、グレイとロビンは、肉と野菜のスープをパイで包んだ料理を注文した。ここの女将さんの得意料理らしい。
食事を運んでいる給仕が注文をとって去っていくと、ロビンが向かいの席のグレイとアルムと話し始めた。全員の視線から外れた僕はほっと肩の力を抜いた。
こんなことで、明日は大丈夫なんだろうか。今からでも誰かを誘おうか。いや、でも僕から声をかけられそうな人で、予定の空いていそうな人はいない。
アルムはセリカと過ごしたいだろうし、グレイにもクレアがいるし。
いっそ明日からテーベの調査に駆り出されてもいいくらいだ。なんで僕、ロビンを買い物に誘ったりしたんだろう。
「クリフ?」
「え?」
会話に加わらずにテーブルの木目を見つめていたのを不審がられたのか、ロビンが僕に声をかけた。驚いて肩を飛び上がらせてしまったので、余計にロビンが怪訝そうな顔をする。
「どうしたんださっきから。ぼーっとして」
「な、何でもないよ……」
「そうかぁ? あ、料理が来たみたいだ」
いつものロビンなら「何でもない」では諦めてくれないんだけれど、ちょうどその時料理が運ばれてきたから、そっちに気が逸れてくれた。
僕の目の前に置かれたのは、野菜や肉、チーズなどが挟まったごく普通のサンドイッチだった。パンを咀嚼しやすいように、ソースの入った小さな皿が添えられている。僕は四角形をしたサンドイッチの角にソースを少し付けて、それを食べた。
隣のロビンがちらちらと僕の様子を伺ってくる。僕、まだ何か不自然なんだろうか。多分そうなんだろう。余計に動きがぎこちなくなる気がするから、そんなに見ないで欲しいんだけど。
「クリフ」
「なに」
「オレのスープ分けるからサンドイッチ少しくれよ」
何を言われるかと思えば。僕は拍子抜けしてしまった。声がひっくり返りそうだったので咳払いをひとつして、気を取り直す。
「…もう、行儀悪いなぁ」
「だめか?」
「別にいいけど」
僕はテーブルに備え付けられていたナイフとフォークを使って、サンドイッチの一つを半分に切った。三角形になったサンドイッチをロビンに渡すと、ロビンは代わりにスープをひとすくいとパイの生地を少し、小さな器に取り分けてくれた。
「お、サンドイッチもうまいな!」
ロビンが喜んでそう言った。ロビンが分けてくれたスープも、カボチャが溶かしてあるのか、とても甘くて美味しい。
「ここにいるあいだに色んなもの食いてーなー」
そう言って品書きをまた眺めるロビン。今度はロビンもグレイも巻き込んで、明日は四人それぞれ違うものを頼んでみようと提案していた。
僕はそんなロビンの姿を眺めながら、自然と口元が綻んでいるのを自覚していた。
美味しいものを食べたら美味しいって言う、そんな当たり前のことが素直にできるロビンが、僕はいつも羨ましいのだ。
僕は明日は、朝からロビンと町へ出かける。
本屋を探してもらうついでに、何かロビンが喜びそうなものを食べようと、なんとなく考えていた。