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西へ

「おやすみ、一松兄さん。」

夜行バスに乗り込んだおれたちは、早々に身支度を済ませ寝る体制へと入った。
ぼーっと前の椅子の頭を眺めているといつの間にか消灯された。
アナウンスも聞こえなかった。
真っ暗な中トド松の方を見るともう目を瞑っている。
相変わらず早い。
でも今日は流石に疲れた。
おれも寝ようと目を瞑ると、肩にとん、と重みを感じた。
目を開け視線を落とすとそこにはトド松の頭頂部があった。
まてまて、流石に朝までこれはキツい…。
そう思いながら押し返そうと頭に触れた瞬間、くるりと顔がこちらに向けられた。
目の開いたトド松がおれを上目遣いで見ている。
少しだけいたずらっぽくほほえみながら。
なに、これ、どうしたらいいの?
最後の最後にこんなご褒美あり?
パニックの中トド松のことを黙って見ていると、トド松はニヤニヤしながらおれの手のひらをごそごそと開いた。
その上に指でなにやら文字を書き出した。

『あ』

一文字書いたあと、おれの方を見上げる。
うん、と頷くと次の文字を書く。

『り』
『が』
『と』
『う』

最後の文字を書き終えたトド松はおれの手を丸めるように閉じた。
え、なに、ありがとう…って書いた?
それはつまりありがとうっていう意味?
ふぅ。
わざわざこんなことまでして感謝してくるなんてらしくない。
そんな違和感に心臓が跳ね上がる。
おれが手のひらを自分の力でぎゅっと握ると、トド松がまたニヤニヤしながらおれを見上げた。
そのまま頭は肩から離れていく。
少しだけ甘いトド松の残り香が一瞬漂って消えた。
トド松の方を見るとまだこちらを見てニヤついている。
お返しだ。
トド松の手のひらを無理やり開いた。
指で文字を書くふりをして、そのまま手のひらを重ねて手を繋いだ。
一瞬トド松がビクッとしたが、無理に解かれることなく、目が合うと悪そうにニヤッとこちらを一瞥した。
そのままトド松は背もたれにもたれ、寝始めたのだった。
え、このまま?
手は解かれることなく。
アドレナリンでおかしくなりそうな頭だったが、なんとか疲れが勝ち、おれもそのまま朝まで眠ったのだった。
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