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うちの末弟、また勝手にこんなことしてました。

夕飯を食べに来た居酒屋。
トド松は僕の横に座っていた。
少し気まずい雰囲気が流れたので、
少し多めにビールを煽った。

「トッティの働いてるところにトッティ見に行ってもいいの?」
「ダメって言ったでしょ、十四松兄さん。」
「えぇー!チョロ松兄さんと一松兄さんずるーい!!」
「事故みたいなもんだからね、でもほんと、1時間何もなくてよかったよー。不安で担当変わっちゃったけどさ。ドリンクありがとうね、チョロ松兄さん。」
「いやあれは一松が勝手に入れただけだから。」
「へへ、聞きたいこといっぱいあったから入れたのに全然聞けなかったね。」

ビールをちょっとずつ口に含むトド松に、
いちごソーダを飲んでいたウサギちゃんが重なる。
今それを思い出してしまった自分が恥ずかしくなり、
トド松から視線を外した。

「トド松ぅ、バイト先で彼女作るなよぉ??」

カラ松は酒が飲めないのに、
何故かもう酔い始めていた。
変な喋り方だ。

「周り男ばっかだよ。」
「じゃあ彼氏か!」
「あんなかわいいならねえ、ってないない!」

トド松はあはは、と笑いながら食べ物を口に運んでいる。
外した視線を戻したことに気付かされ腹が立った。
また多めにビールを煽る。

「チョロ松ペースはやくない?大丈夫か?」
「…別に。いつもと変わんないでしょ。」
「なーにイライラしてんだよぉー。」

おそ松に茶化された。
そうか、イライラしてるのか僕は。
酔いで感情が制御できなくなってきたんだな。
息をついて、立ち上がった。
酒が周り一瞬世界がぐらりと揺れた。

「ちょっと風当たってくる。」

外は、風が少しだけ冷たかった。
頬を撫でる空気が脳みそまで冷静にさせてくれた。
情けない。
自分の機嫌も自分で取れないような人間だったか、僕。

「ちょーろまーつにーいさん。」

後ろから跳ねるような声がした。
トド松だ。

「大丈夫?ビール結構ガンガンいっちゃったね。」

振り向けなかった僕の顔を覗き込んでくる。
丸くて大きな瞳。
久々にまっすぐ見てしまった。

「ボクにお金使わせちゃったの悪いと思ってるよ、ごめんね。」
「別に怒ってないし。」
「ほんとー?…あのさ。」

トド松は覗き込むのをやめて、横にしゃがんだ。

「チョロ松兄さんたちが来たのほんとにびっくりしたんだよ、また見つかったって。瑠璃ちゃんも口滑らせちゃうし。バックヤードで監視カメラ見てて思わず呟いちゃったんだよね。」

つらつらと話しだしたトド松の隣に僕もしゃがみこんだ。

「でもいつか話さないとって思ってたし、いいきっかけだったよ。ありがとチョロ松兄さん。チェキ撮られたときは焦ったけど、まあそれもいい証拠になったし。」

ふふ、と頬を包んで笑うトド松。
なんでこいつ、ありがとうだのごめんだの、
素直に言えるんだ?
もっと理不尽に怒れよ。
もっと反抗的な態度取れよ。
そうか、僕はきっと、トド松のせいにして、
いつまでも思い通りにならないことに苛立ってるんだ。
まっすぐ前を向いているトド松の顔をちら見するつもりだったが、
タイミング悪く目が合ってしまった。
謝らないと。とりあえず謝らないと。
今のこれも全部、僕のせいだ。

「こ、こっちこそ、なんかごめんな。」
「なんかってなにー?もうー。」

あーもう。
ふふふ、とか、笑うな。
女の子の格好したいってどういうつもり?
可愛くなってどうすんの?
また一人で働きに出て抜け駆け?
あんな格好して変なやつに目つけられたらどうすんの?
まだ僕らの知らないトド松がいるの?

あ。
頭がぐるぐるする。
気づけば自分の腕の中に顔を埋めていた。
僕が弱いだけなのにこんなになって、情けない。
誰かが頭の中で問う。

「こわくなった?」

こわい。

「不安になった?」

不安だ。

時間をかけて追いかけて追い越していくネガティブな感情。
背中をさする手が問いかけてくれてるのか。
だったら幻想だ。
幻想に返事をしても意味がないだろ。
ぎゅ、と拳を握りしめて深く息を吸った。

「トド松が大人になるのがこわい、」

腕の中で声が反響する。

「ボクもう大人だよ。」
「弟じゃなくなるかも、」
「ボクはずーっと兄さんたちの弟だよ。」

ぽろぽろと本心が溢れる。
これでもまだ5%も言えていないけど。
ちょっとかわいかった、
それをいい思い出にした、それでいいんだけどな。
酒のおかげでお腹の底から湧いた寂しさに飲まれてしまった、のかな。
少しだけ漏らした本音の分、
軽くなった頭を持ち上げる。
目線の先にトド松がいてくれた。
どこにもいかないでいてくれた。
当たり前なんだけど、今はそれが有り難かった。

「チョロ松兄さん、」

トド松の手が背中から手へ滑り落ちる。
そのまま僕の手のひらを迎え指を絡ませた。

「ボクのことかわいいって言ってくれたのさっきが久しぶりだったね。」

ざり、と足を擦らせて一歩分近づいてきた。
視界の中でトド松の占める面積が増えた。

「嬉しかったよ。」

…それは良かった。
返事はできない。
ぱ、と手が離れた。
急に体温が無くなり寒くなる。
これを逃すともう一生、
僕の手なんかは寒い気がして、
すかさずトド松の手首を引き寄せた。
ついでに気持ちの悪いことも言ってやろう。

「なら今度、僕だけにお給仕して。」
「えー?わかった。チョロ松兄さんだけのウサギちゃんね。一松兄さんはいいの?」
「やだ。僕だけ。」

なんか急にわがままになったんですけど、
などとほざくトド松の頬をつねる。

「いた!よし、元気になったね、戻るよ!」
「…うん。」

ほらこうやって、僕の機嫌までとってくれた。
どんどん大人になって、
僕だけが幼い弟の幻影に囚われ続けるのだろうか。
席に近づくと、兄弟揃って心配そうな顔を向けてくれた。
一人になったことなんてない。わかってる。
それでもその日が来るまで、
僕はずっと不安だ。
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