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うちの末弟、また勝手にこんなことしてました。

ガラガラ、ただいま、
ガラガラ、ぴしゃ。
トド松が帰ってきた。
今日ほどトド松の帰宅が待ち遠しかった日はない。
僕と一松は立ち上がり、玄関へ向かう。
例の事件を誰にも話していなかったし、
チェキもまだ誰にも見せていなかったので、
他の兄弟は、僕らが急にトド松を出迎えに行ったことにビビっていた。

「おかえり。ウサギちゃん。」
「ふひ、ウサギちゃん。」

もちろん化粧も落としていたし、
服もいつもの。
何もウサギちゃんの痕跡は無かった。
トド松は怪訝そうな顔をして言い放った。

「だれ?ウサギちゃんて。」

ははん。
あっちはあっちで、
とことんしらばっくれる作戦だな。
それならばこちらも手がある。
ポケットからチェキを出し、ひらひらさせた。

「これ。今上に全員居るけど見せてきていい?」
「いいよ。」
「え?」
「見せれば?ボク関係ないじゃない。」
「…いやいや!」

あまりの我関せずの表情と声色に一瞬気を失いそうになっていたが、
なんとか息を吹き返した。
ちらりと横を見ると、一松は腹を抑えて丸まっていた。

「腹が、死ぬ、ぐぅっ。」
「大丈夫?一松兄さんお腹痛い?」
「いやお前のせいだからな。あまりの白々しさにやられてしまったんだよ一松は。」
「はぁー?まあいいや上がらせて。」

スタスタと玄関をあがり、
そのまま洗面所へ向かうトド松。
こわい。こわすぎる。
とにかく、見せても問題ないということで見せることにした。
まだ腹を抑えて吐きそうな顔をしている一松を連れ、
二階へ上がる。

「ちょっと聞いて。」
「んあー?どしたのチョロ松。え、一松死にそうじゃん。」

一斉に3つの同じ顔がこちらを向いた。

「トド松が何かあったのか?」
「そう、何かあった。大変だよこれは。」

そういって、
床にチェキを置いた。

「なにこれー?」
「チェキだよ。」
「真ん中の子かわいーじゃん!なにこれ二人でいかがわしいとこ行ったの?」
「いかがわしくはない。」
「おぉ、キューティーガールだ…な?」
「これトッティだあ!」
「十四松正解。」

おそ松とカラ松は顔を見合わせ、
チェキに視線を経由し、こちらを向いた。

「「えぇー!?!?」」
「遅くない?」
「いや男の感じはあったんだが、」
「ぜーーーんぜん見えない!なにこれ?男どころか弟なの!?」
「そう。」
「すっごいかわいいねー!?」

腹の調子が収まった一松が輪の中に入ってきた。

「はぁ…トッティは女装してここで働いてるんだけど、全然口割んないの。」
「そ、だからこうやって言いふらしに来たってわけ。」
「お前性格悪ぃなあ!」
「こいつよりはマシだから。」

そう。こいつよりは。
チェキの真ん中を人差し指でポンポンと叩く。

「口割らないどころか、ボク知らない、ボクじゃないって平気で言ってんだよ?1時間も接客したくせに。信じられる?」
「お前弟に金払ってきたの?」
「それを言うな。僕だって気分良くないんだし。」
「でもチョロ松、これを知ったからってどうしろっていうんだ?」
「はぁ?知ることが大事なんだろ。こっから煮ようが焼こうが各々勝手にすればいい。」
「うーん。」
「俺は女装見せてもらおーっと!」
「ぼくもかわいいトッティ見たい!!」

おそ松と十四松がバタバタと部屋の出口へ向かうと、
そこにはトド松が立っていた。

「チョロ松兄さん、一松兄さん、満足した?」

冷たい無表情だった。

「おそ松兄さん、十四松兄さん、何か用?」
「い、いや、」
「ううん…」

そ、と息をつくように返事をすると、
トド松は部屋に入り、床に落ちてるチェキを拾い上げた。
おそ松と十四松はさっきの勢いを全て無くし、狼狽えている。

「これ、ウサギちゃんって言うんだけど。」
「うん。」

淡々と話し始めたトド松に、
全員息を呑んだ。
僕はあの冷たい目が頭から離れず少し上の空だった。

「どこまで話したの?一松兄さん。」
「え、あ、お前がここで働いてるって…。」
「うん、そう。ボクなの、これ。」
「うん…。」
「今ねー、ボクすっごく楽しいんだ。かわいい格好して、かわいいって言ってもらえて。仕事中ジュースも飲めたりするし、お客さんもすごくいい人ばっかり。あ、一緒に働いてた瑠璃ちゃん、可愛かったでしょ?」
「う、うん。」
「あの子、大学生なんだけど、すっごい頑張り屋でさー。ちょっと抜けてるとこあるけど、素直で憎めなくて。他のキャストも気が合う人ばっかりでさ、すごい居心地いいの。」

トド松はふぅ、とため息をついた。
チェキをもう一度床に置くと、僕がしたみたいに人差し指をウサギちゃんの上でとんとんとした。

「ねぇ、ボクかわいい?」

いつものトド松とも、ウサギちゃんとも違う、
穏やかで重い声に僕らは怯んだ。
トド松の目線は、少し上目遣いで僕らを順番になぞる。
誰もトド松から目を離さない。
でも誰も声を出せなかった。

「ま、兄弟でこういうのキモいよね。チョロ松兄さんが女装コンカフェくるのと同じくらいキモい。」
「ちょ、おま…!」

さっきの問いかけに答えられなかったくせに、
トド松の悪態に、中途半端な声を出してしまった。
かわいいもかわいくないも、言えたはずなのに。

「ふふ、ということで邪魔しないでね!来るならボクのシフト教えるからズラして。絶対ボクの兄弟だってバラさないで。…瑠璃ちゃんにはバレたけど。」

トド松は立ち上がる。
結局僕らは何がしたかったのか?
これだとカラ松の言うとおりだ。
トド松が女装をしてアルバイトをしているだけだ。
…だけ??

「おいちょっと、」
「ん?チョロ松兄さんなに?」
「お前なんで女装してるんだ?」
「え?そりゃ女装コンカフェだから。」
「じゃなくて。なんで女装コンカフェ選んだんだよ。」
「女の子の格好したいから。それだけ。あーあ、もうおなかすいたー!ご飯食べに行こー!」

踵を返し一階へ向かうトド松。
あー。めちゃくちゃしてやられた。
いつもの感じでいい弄りどころを見つけた、
なんて思ってた自分が恥ずかしい。
それ以上にトド松は大人だった。
答えられるところは素直に、
答えたくないところは自然にはぐらかす。
今回はきっと本気だ。
だったら少し、
謝罪の意も込めて、
それに乗っかってやる。

「まって、トド松。」
「もうなにー?まだなんかあるのー?」
「…かわいかったよ、ウサギちゃん。」

振り絞る。
照れくさくて少し声が揺れた。
後ろから視線が刺さる。
トド松は少しびっくりしたように、
肩をすくませた。

「きっもちわり。」

悪態をつく口の端は少し上がっている。
嬉しいらしい。
ダダ、と後ろから足音がいくつも迫ってきた。

「お、おれも、かわいいと思って、」
「俺全然分かんなかったよ!めちゃくちゃかわいい!」
「トッティかわいい!!!ぼくもお店いきたーい!!」
「ああ、マイブラザーながらヴィーナスのようだ。」

怒涛のかわいいラッシュにもう、と振り返るトド松。
さっきより嬉しそうだった。
僕のかわいいなんてすぐ忘れるんだろう。
いいよいいよ忘れてもらおう。
チェキを拾うと、僕の収納庫へ入れた。
いい思い出にしてやるよ。
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