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ホットチョコレート

台所からガチャガチャと音がする。
母さんは今買い物に出かけているはずである。
というか、さっきまで一階には自分しかいないと思っていた。
なので気になって少し覗くと一松兄さんが立っていた。
珍しい。

「一松兄さーん、何作ってんのー?」
「やー、いいもん。」
「ふーん。」

なんで隠されたのか分からず、ちょっとだけムッとした。
数分後、一松兄さんが居間に来た。
か、こん。
銀色のボウルを机に置いた。

「何これ?」
「チョコ。溶かしてみた。」
「え…もしかしてバレンタイン何か作るの?」

2月。
バレンタインの季節だ。
確かに世の中の女子たちはチョコレートを溶かしに溶かしている時期だろう。
ただこの人がチョコを溶かすのは訳が違う。
現に薄気味悪くニヤニヤしている。

「何か作るフリして母さんに買ってきてもらった。」
「いやチョコくらい自分で買いなよ。で、何も作らないならそれどうすんの?」
「ちょっとやりたいことあってね。さて、冷めたかな。」

一松兄さんは親指と人差し指で溶けたチョコを掬った。
良い温度だったのだろう、うん、と頷いている。

「素手でそんな。」
「ふふん。」

一松兄さんはチョコのついた指をボクの頬で拭った。
…は?

「何してんの?」
「ごめんごめんチョコついちゃった。熱くない?なんか火傷とかするかもしんないらしいけど。」
「いや熱くないけどそういう問題じゃないから。」
「じゃ、大丈夫だね。」

一松兄さんはもう一度チョコを同じように掬い、
ボクの頬で拭う。
さっきより少し量が多く、
暖かいぬるっとした液体が顎まで伝った。

「おっと。」

それを一松兄さんが舐めとった。
…はあ??

「あまー。またチョコついちゃってごめん。」
「…ハッ…エェ…?」

びっくりしすぎて上手く声が出なかった。
息もなんだか上手く吸えない。
口をぱくぱくさせ動かないボクなど見えていないかのように、
一松兄さんはまた同じことをした。
今度鼻の頭でチョコを拭う。

「ああ、またついちゃったねえ。どう?トッティ。」

あろうことか感想まで求めてきた。
ていうかさっきからわざとつけてんのに、
ついちゃったスタンスなんなんだよ。
そしてまた一松兄さんは顔面チョコ塗りを再開していた。
感想も聞かずに。

「あのさ。」

あまりにも淡々と続けられる作業に、
いつの間にかボクの精神も慣れてしまったらしい。
ふと声を出すと意外とすらっと簡単に出た。

「どういうつもり?」
「チョコって美容にいいらしいよ。」
「へえ?」
「って言えば顔に塗らせてくれるでしょ。」
「いや先に言わないと!なんで中盤で言ってんだよ。無許可で塗ってるし。」
「いやまだ序盤だから。」
「え!?これ以上何があるっていうの!!」

頬、顎、眉間から鼻。
髪などが触れない場所はほぼチョコに塗れていた。
チョコでパックをされている気分だ。

「分かんない?」

一松兄さんは相変わらずニヤつきながら、
チョコまみれの指でボクの頬を掴んだ。

「仕上げはここ。」

そう言って親指をずず、とボクの下唇に沿わせた。
その指の後を追うように一松兄さんの舌が唇の上を這った。

「ひゃ…」
「チョコ、ついちゃったから。」

気が狂ってしまったのだろうか?
その後も一松兄さんはタガが外れたかのように、
ボクの顔(についたチョコ)を舐めまくった。
抵抗しようと押した手はあっさりふりのけられる。
この人、こんなに力強かっただろうか。

「やめて。」
「綺麗にしないと、チョコついてるから。」

どん、とさっきより強い力で体を押し返すと、
一松兄さんは我に返ったかのようにフリーズした。

「…ごめん。」
「めちゃくちゃ気持ち悪いんだけど。なんなの?」
「チョコが、」
「さっきからずっと仕方なくついてしまいました〜みたいなスタンスで喋ってるけど、めちゃくちゃわざとつけてるよね!?」
「だって…舐めたい…」
「チョコを!?ボクを!?」
「…トッティ。」
「じゃー舐めればいいじゃん!!直接さ!!何をハプニングで仕方なくみたいにしてんの!?」
「そういうの好きだし…おれ…」
「知らねーよ!!」
「てか直接舐めていいの…?」
「アッ」

完全に間違えた。
むかつきすぎて怒るところを見失っていた。

「とにかく!!もう顔洗ってくるから!!」

バタバタと洗面台へ急ぐ。
顔を洗っていると、背後に気配がした。
鏡越しに目が泳いでいる一松兄さんが見える。
怒られたからって居心地悪くなって、
謝るわけでもないのに来たのだろう。
無視だ。
チョコと唾液が混在した最低な顔を洗い終わり、
タオルで拭いていると後ろから腹部に手が回ってきた。
背中にピッタリと人間がくっついている。
一松兄さんなのは分かってるんだけど。

「っち。」

肘を思い切り後ろの人間の腹あたりに食い込ませたが、
うんともすんとも言わない。
痺れを切らし、
口を聞いてしまった。

「なに。」

その瞬間ぐるりと体を回され、
一松兄さんと向き合う形になった。
などと悠長に語っている間にボクの唇には固形のチョコが差し込まれる。

「んぐ!?」

一松兄さんはそのまま差し込まれたチョコを食べた。
唇は離さない。
器用に舌と唇でチョコを溶かし、
その溶けたチョコを舐めているのかボクの口に塗り広げているのかをしていた。
甘い味が流れ込んでくる。

「いちま、つ、にいひゃ…!」

ちゅ、とわざとらしい音を立て唇が離れた。
おでこがコツンとぶつかる。
一松兄さんは目を瞑っていた。

「続き、してもいい…?」
「…やっと素直に言えたじゃん。」

ボクは一松兄さんの頬に触れる。
一松兄さんはぎゅっと目を瞑ったままだ。
何を怖がっているんだろうか。
そう思って、思いっきり頬をつねってやった。

「でもだめ。」

一松兄さんは目を開け、しゅん、と肩を落とした。

「溶かしたチョコほったらかしでしょ。片付けよう。」

まだしゅんとしている一松兄さんの手を引き、
居間へ戻る。
チョコは固まりかけていた。
その中でもぎりぎり溶けたままの部分をボクは指で掬う。
それを一松兄さんの唇へ塗った。

「あ、チョコついちゃった!なんちゃって、お返しー。」

そのチョコをボクは唇で啄む。
へへ、と笑うと一松兄さんは目をまんまるにしていた。

「と、トッティ!?」
「なに?さっき自分がやったことでしょ?」

一松兄さんはチョコの入った銀色のボウルを抱え、
急に台所へ走った。

「こ、これ、もっかい溶かして!お、おれの顔に、あ、あっつ!!お湯!!」
「お湯は熱いよ。てか落ち着いて、もうしないから。」
「チョコあっつ!!」
「それ最初自分で言ってなかった?あ、そうだ。」

ボクは冷蔵庫から牛乳を取り出す。
二人分のマグカップに注ぎ、レンジで温めた。

「兄さん、それホットチョコレートにして飲もう〜。」
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