前途多難々
賑やかな店内。
ジャズのようなBGMがかすかに聞こえている。
各々飲み物を持って席についた。
「あつしくん連れてきてくれてありがとー!」
「いやいや、こちらこそお供してくれてありがとう。」
「ぜーんぜん!なんか流れでコレの代金出してもらっちゃったけど返すよ〜。」
「えー?いいよいいよ。俺稼いでるんだぜー?あはは」
「やだーあつしくんやらしー!ふふ、嬉しいなありがと。」
「どういたしまして。」
トド松くんは薄茶色の飲み物を両手で包んでいる。
いただきます、と呟きストローを咥えた。
「トド松くんそれなに頼んだの?」
「タピオカー。ぬくいのにした!」
「寒いもんねぇ。」
俺も自分のコーヒーを一口飲んだ。
鼻孔に良い香りが抜ける。
「あつしくんはコーヒーでしょ。」
「そうだよ。」
「ボクコーヒー飲めない〜。苦いもん。」
「おこちゃま。」
「うるさいなー。」
トド松くんは少し頬を膨らませたあと、
えへへと笑った。
こういうこと、普段からやってるのだろうか。
だとしたらかなり徹底して自分を作っている。
そういうところも目が離せない。
「そういや、知り合いのコってレジ打ってくれた人?」
「そうそう。」
レジの方へふいに目をやると、
例のそのコと目が合う。
ひらひらと手を振ってくれたので振り返した。
「いいなー。かわいいコだねぇ。」
「んー?…そうだね。」
トド松くんのがかわいいよ、
なんて言おうかと迷ったがやめておいた。
代わりに目線をトド松くんへ戻す。
トド松くんはまだ例のコを見ていた。
あのコは女の子というだけでこんなに気にしてもらって。
少し羨ましいなと思う。
「今日トド松くんうち来てくれるんだよね?」
「うん!ちゃんと着替えとか持ってきたよ、お泊り楽しみ〜!」
「あぁ、車に置いてきた大荷物それか。」
車で迎えに行った際、
トド松くんはまあまあ大きなボストンバックを持ってきていた。
そういえばそのとき、
玄関の扉がかなり乱暴に閉まったのがちらっと見えた気がする。
「迎えに行ったとき、どのお兄さんかが見送りに来てた?」
「あー…。あれ一松兄さん。」
「優しいね、見送りに来るなんて。」
「まさか。ほんとは女の子なんじゃないかとか、あつしくんにドタキャンされるの見届けてやるとかなんとかいってボクの邪魔してただけだよ。」
「ふふ、愛されてるんだね。」
「愛されてるぅ〜?どこがぁ〜??てか一松兄さんもあつしくんと同級生なんだから逃げないで挨拶くらいしたら良かったのに。気分悪いよね。」
「いやいや大丈夫だよ、あんまり歓迎されてなさそうだし。」
「そんなことないよー!てかあつしくんにそんなこと言わせるなんてやっぱ一松兄さんサイテー。」
トド松くんは居ない一松くんがそこに居るかのように空を睨みつけた。
またその顔も可愛くて頬が綻んでしまう。
「む、あつしくんなに笑ってんの。」
居ない一松くんを睨んでいた目が俺を見る。
はあ。かわいい。
思わずトド松くんの左頬をゆるくつねった。
「なんて顔してんの。」
「兄さんたちに怒ってるの。ふふ、なーんて!」
ふにゃりと笑う。
さっきの睨み顔も可愛かったが力の抜けた笑顔はまた可愛い。
つねっていた手の親指を右頬へうつし、
両側から頬を挟む。
「うゆ、やめへーあひゅひくん。」
「あはは、かわいいねぇ。」
「ありがと。はなひて。」
パッと手を離すと、
トド松くんは自分の頬を自分の両手で挟んだ。
上目遣いでこちらを見てくる。
「んもぅ。あつしくんったら。」
「ふふふ、なに、可愛かったよ。」
「それはありがとう。ふふ、褒めても何も出ないからね!」
むふふ、と俺に笑いかけるその顔はまたもや愛おしくいじらしいものだった。
そのとき、トド松くんのスマホが机の上で震えた。
画面に「家」と出る。
「あ、電話だ。」
「出ていいよ。」
「ごめんね、多分兄さんたちの誰かだと思うからすぐ戻るね。」
トド松くんはスマホを耳に当てながらパタパタと店外へ出ていく。
一人になりふと冷静に先程までの自分を振り返ってしまった。
さっきまでの光景、普通にめちゃくちゃイチャイチャしてるのでは?
意識すると周りからチラチラ見られているような気さえしてくる。
いや自意識過剰なのは分かっているけれど。
頬を触ったりはこんなとこではやりすぎだった。
あんまり女の子相手でもしないのに。
そんなことをグルグルと考えているうちに、
トド松くんが戻ってきた。
「ごめんねー、大したことなかった!」
戻ってくるなり、一生懸命タピオカの最後のひと粒をストローで追いかけ始めている。
さっきまでのこと、全く気になってないのだろうか。
なんだか勝手に恥ずかしくなってきた。
最後のタピオカを捕え、
口の中で懲らしめているトド松くんに小声で問いかけた。
「ごめん、触りすぎたかも。大丈夫?」
「へ?なにが?」
「…大丈夫みたいだね。」
心底謎だという風に首を傾げるトド松くん。
拍子抜けだが少し気が収まった。
「いやね、あんま男同士でさっきみたいなのしないかなって。ちょっとやりすぎちゃったなーって思ってさ。」
「ああ!まあいつもよりは触ってくるなとは思ったよ?でもまああれくらい…慣れっこかなー。」
「慣れ…?」
「うん。兄さんたちのほうが顔どころかケツもお腹も触ってくるよ。ほんとやんなっちゃうよねー。」
「外で…?」
「あ、外ではあんまないかも。そっか、あつしくんこんなとこだから気にしてるんだね。」
「そ、そうそう。」
最初こそはそうだった。
今度はお兄さんたちの接し方について気になっている。
高校のときのトド松くんは小さくてまだまだ子どもみたいだった。
だからお兄さんたちもほっとかなかった。
みんながみんな、形は違えど何かと目をかけていた気がする。
でも今は違う。
お互い、もう20を過ぎた成人男性だ。
同い年の兄弟の体や顔を触るなんて…どうかしてる。
俺が言えたことじゃないけど。
「やっぱ兄弟って楽しそうだね。」
トド松くんはいやいやー、とひらひら手を振る。
まんざらでもなさそうだった。
やっぱり羨ましい。
「さ、そろそろ出る?」
「そだね!」
店の自動ドアを出た瞬間、
トド松くんが肩をすくめて嬉しそうな顔をした。
「ふふ、あつしくん家、結構楽しみなんだよ!」
口元に手まで当てている。
分かりやすいぶりっ子にクラクラした。
脳が蕩けるとはこういうことだ。きっと。
今すぐお姫様抱っこで車に放り込みたい欲を抑え、
助手席のドアを開きエスコートした。
「どうぞ。」
「ありがとー!」
ドアを閉め、運転席側に回る。
「ほんと、あつしくんめちゃくちゃ優しいからなんか自己肯定感爆上がりだよ。」
「えぇ?それはよかった。」
「家では考えられない扱いしてくれるもんね。」
カチ、とシートベルトを閉めた音が響く。
「そういうところがモテるんだろうなあ。」
トド松くんだからだよ、と内心呟く。
これからのお楽しみのために、
変なことを口に出してはいけなかったからだ。
どうだか、と小さく返事をし、
期待を込めてぐっと右足を踏み込んだ。
ジャズのようなBGMがかすかに聞こえている。
各々飲み物を持って席についた。
「あつしくん連れてきてくれてありがとー!」
「いやいや、こちらこそお供してくれてありがとう。」
「ぜーんぜん!なんか流れでコレの代金出してもらっちゃったけど返すよ〜。」
「えー?いいよいいよ。俺稼いでるんだぜー?あはは」
「やだーあつしくんやらしー!ふふ、嬉しいなありがと。」
「どういたしまして。」
トド松くんは薄茶色の飲み物を両手で包んでいる。
いただきます、と呟きストローを咥えた。
「トド松くんそれなに頼んだの?」
「タピオカー。ぬくいのにした!」
「寒いもんねぇ。」
俺も自分のコーヒーを一口飲んだ。
鼻孔に良い香りが抜ける。
「あつしくんはコーヒーでしょ。」
「そうだよ。」
「ボクコーヒー飲めない〜。苦いもん。」
「おこちゃま。」
「うるさいなー。」
トド松くんは少し頬を膨らませたあと、
えへへと笑った。
こういうこと、普段からやってるのだろうか。
だとしたらかなり徹底して自分を作っている。
そういうところも目が離せない。
「そういや、知り合いのコってレジ打ってくれた人?」
「そうそう。」
レジの方へふいに目をやると、
例のそのコと目が合う。
ひらひらと手を振ってくれたので振り返した。
「いいなー。かわいいコだねぇ。」
「んー?…そうだね。」
トド松くんのがかわいいよ、
なんて言おうかと迷ったがやめておいた。
代わりに目線をトド松くんへ戻す。
トド松くんはまだ例のコを見ていた。
あのコは女の子というだけでこんなに気にしてもらって。
少し羨ましいなと思う。
「今日トド松くんうち来てくれるんだよね?」
「うん!ちゃんと着替えとか持ってきたよ、お泊り楽しみ〜!」
「あぁ、車に置いてきた大荷物それか。」
車で迎えに行った際、
トド松くんはまあまあ大きなボストンバックを持ってきていた。
そういえばそのとき、
玄関の扉がかなり乱暴に閉まったのがちらっと見えた気がする。
「迎えに行ったとき、どのお兄さんかが見送りに来てた?」
「あー…。あれ一松兄さん。」
「優しいね、見送りに来るなんて。」
「まさか。ほんとは女の子なんじゃないかとか、あつしくんにドタキャンされるの見届けてやるとかなんとかいってボクの邪魔してただけだよ。」
「ふふ、愛されてるんだね。」
「愛されてるぅ〜?どこがぁ〜??てか一松兄さんもあつしくんと同級生なんだから逃げないで挨拶くらいしたら良かったのに。気分悪いよね。」
「いやいや大丈夫だよ、あんまり歓迎されてなさそうだし。」
「そんなことないよー!てかあつしくんにそんなこと言わせるなんてやっぱ一松兄さんサイテー。」
トド松くんは居ない一松くんがそこに居るかのように空を睨みつけた。
またその顔も可愛くて頬が綻んでしまう。
「む、あつしくんなに笑ってんの。」
居ない一松くんを睨んでいた目が俺を見る。
はあ。かわいい。
思わずトド松くんの左頬をゆるくつねった。
「なんて顔してんの。」
「兄さんたちに怒ってるの。ふふ、なーんて!」
ふにゃりと笑う。
さっきの睨み顔も可愛かったが力の抜けた笑顔はまた可愛い。
つねっていた手の親指を右頬へうつし、
両側から頬を挟む。
「うゆ、やめへーあひゅひくん。」
「あはは、かわいいねぇ。」
「ありがと。はなひて。」
パッと手を離すと、
トド松くんは自分の頬を自分の両手で挟んだ。
上目遣いでこちらを見てくる。
「んもぅ。あつしくんったら。」
「ふふふ、なに、可愛かったよ。」
「それはありがとう。ふふ、褒めても何も出ないからね!」
むふふ、と俺に笑いかけるその顔はまたもや愛おしくいじらしいものだった。
そのとき、トド松くんのスマホが机の上で震えた。
画面に「家」と出る。
「あ、電話だ。」
「出ていいよ。」
「ごめんね、多分兄さんたちの誰かだと思うからすぐ戻るね。」
トド松くんはスマホを耳に当てながらパタパタと店外へ出ていく。
一人になりふと冷静に先程までの自分を振り返ってしまった。
さっきまでの光景、普通にめちゃくちゃイチャイチャしてるのでは?
意識すると周りからチラチラ見られているような気さえしてくる。
いや自意識過剰なのは分かっているけれど。
頬を触ったりはこんなとこではやりすぎだった。
あんまり女の子相手でもしないのに。
そんなことをグルグルと考えているうちに、
トド松くんが戻ってきた。
「ごめんねー、大したことなかった!」
戻ってくるなり、一生懸命タピオカの最後のひと粒をストローで追いかけ始めている。
さっきまでのこと、全く気になってないのだろうか。
なんだか勝手に恥ずかしくなってきた。
最後のタピオカを捕え、
口の中で懲らしめているトド松くんに小声で問いかけた。
「ごめん、触りすぎたかも。大丈夫?」
「へ?なにが?」
「…大丈夫みたいだね。」
心底謎だという風に首を傾げるトド松くん。
拍子抜けだが少し気が収まった。
「いやね、あんま男同士でさっきみたいなのしないかなって。ちょっとやりすぎちゃったなーって思ってさ。」
「ああ!まあいつもよりは触ってくるなとは思ったよ?でもまああれくらい…慣れっこかなー。」
「慣れ…?」
「うん。兄さんたちのほうが顔どころかケツもお腹も触ってくるよ。ほんとやんなっちゃうよねー。」
「外で…?」
「あ、外ではあんまないかも。そっか、あつしくんこんなとこだから気にしてるんだね。」
「そ、そうそう。」
最初こそはそうだった。
今度はお兄さんたちの接し方について気になっている。
高校のときのトド松くんは小さくてまだまだ子どもみたいだった。
だからお兄さんたちもほっとかなかった。
みんながみんな、形は違えど何かと目をかけていた気がする。
でも今は違う。
お互い、もう20を過ぎた成人男性だ。
同い年の兄弟の体や顔を触るなんて…どうかしてる。
俺が言えたことじゃないけど。
「やっぱ兄弟って楽しそうだね。」
トド松くんはいやいやー、とひらひら手を振る。
まんざらでもなさそうだった。
やっぱり羨ましい。
「さ、そろそろ出る?」
「そだね!」
店の自動ドアを出た瞬間、
トド松くんが肩をすくめて嬉しそうな顔をした。
「ふふ、あつしくん家、結構楽しみなんだよ!」
口元に手まで当てている。
分かりやすいぶりっ子にクラクラした。
脳が蕩けるとはこういうことだ。きっと。
今すぐお姫様抱っこで車に放り込みたい欲を抑え、
助手席のドアを開きエスコートした。
「どうぞ。」
「ありがとー!」
ドアを閉め、運転席側に回る。
「ほんと、あつしくんめちゃくちゃ優しいからなんか自己肯定感爆上がりだよ。」
「えぇ?それはよかった。」
「家では考えられない扱いしてくれるもんね。」
カチ、とシートベルトを閉めた音が響く。
「そういうところがモテるんだろうなあ。」
トド松くんだからだよ、と内心呟く。
これからのお楽しみのために、
変なことを口に出してはいけなかったからだ。
どうだか、と小さく返事をし、
期待を込めてぐっと右足を踏み込んだ。