あのラノベの
一冊のライトノベルを読み終えたチョロ松は、パタンと本を閉じ、仰向けに寝転がり、ふぅ、と溜め息をついた。
その様子を見たトド松は、普段なら特段興味も示さないその本について何気なく質問してみたのだった。
「チョロ松兄さん、それ何読んでたの?」
「これ…お前に言ってもわかんないだろ。どうせまた馬鹿にするんだし。」
「んえー、そんなこというー?」
「じゃあ読めば?はい。」
チョロ松は仰向けのままトド松の方へ手を伸ばし、本を差し出した。
それをひょいと取り上げたのはトド松ではなく、さっきまで部屋の隅にいたかどうかも認識されていなかった一松だった。
「これ、読んだよ。おもしろかった。」
「一松兄さん本とか読むんだ。」
「その辺に転がってたから。はい。」
そのままトド松の方へ本を差し出すと、トド松は割と素直にそれを受け取ったのだった。
パラパラと捲っただけで苦い顔はしたが。
「一松、読んだんだ。」
「うん。勝手に読んじゃまずかった?」
「いや、そんなことはないけど。そうだ一松、今日は猫のとこ行かないの?」
「今から行こうと思って。」
「ああそれで。じゃあ僕も行くわ。」
「…は?」
「まあまあまあまあ。」
チョロ松は立ち上がると、困惑している一松の両肩を背後からぱたぱたしながら一緒に退場した。
トド松はそれを見て、変な組み合わせ、と思いながらも特にそれ以上何も思うことはなく、ページで遊んでいたライトノベルを傍らに置き、スマホを見始めた。
もうそのライトノベルは、トド松の手によって開かれることはないのであった。
ーーーーーーーーー
「なんでついてきたの。」
いやー、とチョロ松が頭の後ろで手を組みながら言った。
「さっきのラノベ読んだんでしょ。」
「あぁ、何か気になることでもあったの。」
「あれさぁ、」
件のライトノベルにはこういう描写があった。
側にいれば触れたくなり、顔を見合えばキスをしたくなる。それが恋なのだ、と。
「それって性欲じゃない?」
「え。」
チョロ松は後頭部から手を移動させ、胸の前で腕を組んだ。
「主人公の心情とか紆余曲折ありながら、あの二人が引っ付くっていうすごい青春〜な話だったじゃん。」
「そうだね。」
「その心的描写もすごい凝ってて。共感できるなあってところとかもすごくあってさ。」
「うん。」
「総合的にすごいおもしろかったんだけどそこだけ…なんかなぁ。」
チョロ松はまた考え込むような顔をして黙った。
一松は最寄りの路地を一瞥し、猫がいないことを確認してからまた次の路地を目指して歩みを進めた。
「恋って性欲なのかな?」
「えっ…知らないけど。」
一松は正直に答える。
「僕さぁ…変なこと言うけど。」
「うん。」
「トド松のことそういう風に思っちゃうんだよね。」
チョロ松のその言葉が一松の耳から脳へ移動し、理解という処理を開始した直後、一松の脳みそは働くことを拒否した。
足は止まり、表情は管理できなくなり、息の仕方も忘れ、腹の底から蛙の潰れたような声がひり出された。
「…どうしたの?」
不思議そうに振り返るチョロ松のいつもの顔を見ると、あまりにも動揺している自分がバカらしく思え、脳みそはゆっくりと活動を開始した。
深く息を吸う。
次の路地はまだ遠い。
「それ、言っていいやつ…?」
「んー、迷ったんだけど相談したくて。あの本読んだなら感情の共有もできるかなって。」
「相談…?」
「うん。僕トド松に恋してるのかな?」
「へ、」
想定外であった。
そんなことはハナから理解した上でさっきの発言をしているのだと思いこんでいた。
一松はまた止まりそうな脳みそを必死に抑え、どういうことか聞き返した。
「僕、性欲だと思ってたんだけど。トド松のこと。エロい目で見てるっていうの?」
「へ、へぇ…」
「側にいると触りたいしパって急に目があったりしたとき、今キスしたらどうなるんだろうってすごく思うんだよね。」
「あぁ…」
「これは性欲だと思ってたんだよ。でもさー、あの本にはこれが恋みたいなこと書いてんじゃん?困るよねこれが恋だったら。」
「性欲でも困るけど…。」
「え?」
チョロ松の中にはそこそこ長い間、トド松に対してもやもやとした感情があった。
それが性的な感情であるとわかり、あいつの外見や立ち振る舞いが全人類にとってもそうなるものなのだろうと。
自分は特別ではない、きっとここにいる兄弟全員がトド松をそういう目で見ているに違いないと。
そう理解すると気持ちは楽だった。
みんなが我慢していることが自分に出来ないわけがない。
だが、本にはそうは書いていなかった。
ほとんど自分がトド松へ抱く感情と同じであるのに、それは「恋」だと書いていた。
恋では困る。
恋というのは不特定多数にするものではないことくらい、知っている。
トド松がそう見えるのは、トド松本人がそうしているのであって、自分の私情など折り混ざってはいけないのに。
「チョロ松あのさ、他の兄弟思い浮かべてみて。まずはい、長男。」
「…うん。」
「クソ松。」
「うん。」
「おれ…はまあいいわ、十四松。」
「うーーん。」
一松は次の路地を見つけた。
中を覗くと猫が一匹佇んでいる。
路地へ入り、猫のいる少し離れたところへ腰を下ろす。
「どう?」
「全くなにも思わない。そもそもそういう目で見ようとしたことに吐き気がする。」
「ほらやっぱ特別でしょトド松は。恋です恋。おめでとう。」
ガサガサとビニール袋から猫缶を取り出すと、その音につられて猫が寄ってきた。
「うーーーん。納得できないなあ。大体一松お前もさあトド松のことエロい目で見てるだろ。」
「あ?」
ぐるり。
視界が歪む。
今度は脳みそが働くのを拒否したのではなく、元々ある何かを隠そうとしている。
認めてはいけない。
そんな気がして寒くもないのに体が震える。
手に持っていた猫缶が滑り落ち、ガンッと大きい音を立てた。
目の前の猫はその音に驚いて飛び逃げていった。
「あ、逃げちゃった。」
「いや…おれは、」
一松は震えながらも汗が出るような気持ちの悪い感覚のままとりあえず言葉を発した。
猫缶はしばらく転がり止まったあと、チョロ松の手によって拾い上げられた。
「お前さ、トド松の前でいい格好しようとするじゃん。」
「え…?」
「十四松と仲良いのはわかるんだよ、なんか気が合うんだろうなって。普通の兄弟らしいよね。でも格好つけるのは変じゃない?」
「し、してないそんなこと、なんで。」
「僕わかるんだよねー、そういうの。」
一松は焦り倒していた。
自分と似た状況のやつがいるなんて。
それが自分の兄弟だなんて。
相手も全く同じだなんて。
その異常事態をまるで理解していないかのように話すやつがいるだなんて。
一松もまあまあ長い期間、この感情を抱えていた。
ただそれを「性欲」だなんて思ってはいないし、全員がトド松へ欲情しているだなんて思っていない。
自分が変なのだ。自分だけが。
だから絶対にバレてはいけないと思ったのに。
このチョロ松という男は飄々とおれの触れて欲しくない部分を抉り出した。
「だっ、大体兄弟でそんな風に思うの、変だよ。」
「うん、変かも知れない。でもさ、トド松がそう仕組んでるんだったら、僕らなんにも悪くなくない?仕方ないよ僕ら童貞なんだし。」
チョロ松は拾った猫缶を一松の持つビニール袋へ返した。
そして一松の肩をたんたんと叩いた。
「だからさ、大丈夫だって。」
チョロ松は今、無理矢理に納得しようとしていた。
そうでもしないと、自分が異常者だと認めてしまうことになるからだ。
僕は普通だ。トド松のことをどうこう思うのだって、普通なんだ。
一松のことは正直博打だったけど、この様子だとビンゴだろう。
よかった。やっぱり僕はおかしくない。大丈夫だ。
「…おれは、おれのは、恋だし…」
「は。」
二人の間に流れていた時間が暫くの間停止した。
方や言ってしまったと後悔の念が押し寄せ、方や想像以上に重い告白に戸惑い、心が苛立つことにまた動揺していた。
チョロ松は一松の横顔を見つめたまま、一松は何もないコンクリートを見つめたまま。
最初に口を開いたのは一松だった。
もうこうなってしまったからには仕方がない、全て話そうと観念したのだ。
「おれ、結構前からトド松のこと、好きだよ。性欲だとかなんだとか、そんな軽い言葉で片付けたくない。」
「…はー、なんかムカつくなぁ。」
チョロ松は後頭部をガリガリと掻く。
「なんなの?エロい目で見てんでしょ?触れたいとかキスしたいとかなんかボカしてあれには書いてたけど、要は犯したいんだろ!?なあ!?」
「…お前と一緒にすんなよ。」
一松は立ち上がり、帰ろう、と呟くと路地の出口へ向かった。
チョロ松もその後を追いながら、考えた。
自分はただ性の対象としてトド松を見ているだけで、一松はそうじゃない。
キスとかセックスとかそういう次元を超えて、一緒に居たいんだろうか。
想像した。
トド松と一松が家を出て、二人で暮らすという未来を。
死ぬほど嫌だった。
じゃあやっぱり自分はトド松に恋をしているのか?
それとも兄弟に固執しているだけ?独占欲?なんだ?
「チョロ松、あのさ、」
チョロ松の迷宮入りしそうな思考は一松の言葉によって一旦遮られた。
「もしおれがトド松と上手くいくように協力して、金輪際トド松に触るなって言ったら、する?」
「するわけないじゃん。」
「なんで?」
「…なんでだろう。」
「好きなんでしょ、あいつのこと。兄弟っていう名目の範囲でも我慢できないでしょ。おれも。一緒。」
チョロ松は聞こえるか聞こえないかくらいの音量で、うん、とだけ喉を鳴らし、それ以上は何も言い返さなかった。
ーーーーーーーーー
チョロ松と一松が家に帰ると、トド松が出迎えてくれた。
あの話題のあとなのでなんとなく気まずい雰囲気が二人の間に流れると、それを微妙に察知したトド松が首を傾げた。
「なに?喧嘩でもしたの?」
「あ、いや、」
煮えきらない発言で二人とももがもがしていると、トド松は変なの、とだけ言い一松のビニール袋の中を見た。
「え、開けてないじゃん!何しに行ったの?」
「い、いなくて。猫。」
「うそー、そんな日あるんだ。じゃあただのデートじゃん。おつかれー。」
トド松の軽口に一松とチョロ松は顔を見合う。
それもなんとも苦々しい顔で。
それならこいつじゃなくてトド松としたかった、という共通の愚痴は、お互い共有することもないのであった。
その様子を見たトド松は、普段なら特段興味も示さないその本について何気なく質問してみたのだった。
「チョロ松兄さん、それ何読んでたの?」
「これ…お前に言ってもわかんないだろ。どうせまた馬鹿にするんだし。」
「んえー、そんなこというー?」
「じゃあ読めば?はい。」
チョロ松は仰向けのままトド松の方へ手を伸ばし、本を差し出した。
それをひょいと取り上げたのはトド松ではなく、さっきまで部屋の隅にいたかどうかも認識されていなかった一松だった。
「これ、読んだよ。おもしろかった。」
「一松兄さん本とか読むんだ。」
「その辺に転がってたから。はい。」
そのままトド松の方へ本を差し出すと、トド松は割と素直にそれを受け取ったのだった。
パラパラと捲っただけで苦い顔はしたが。
「一松、読んだんだ。」
「うん。勝手に読んじゃまずかった?」
「いや、そんなことはないけど。そうだ一松、今日は猫のとこ行かないの?」
「今から行こうと思って。」
「ああそれで。じゃあ僕も行くわ。」
「…は?」
「まあまあまあまあ。」
チョロ松は立ち上がると、困惑している一松の両肩を背後からぱたぱたしながら一緒に退場した。
トド松はそれを見て、変な組み合わせ、と思いながらも特にそれ以上何も思うことはなく、ページで遊んでいたライトノベルを傍らに置き、スマホを見始めた。
もうそのライトノベルは、トド松の手によって開かれることはないのであった。
ーーーーーーーーー
「なんでついてきたの。」
いやー、とチョロ松が頭の後ろで手を組みながら言った。
「さっきのラノベ読んだんでしょ。」
「あぁ、何か気になることでもあったの。」
「あれさぁ、」
件のライトノベルにはこういう描写があった。
側にいれば触れたくなり、顔を見合えばキスをしたくなる。それが恋なのだ、と。
「それって性欲じゃない?」
「え。」
チョロ松は後頭部から手を移動させ、胸の前で腕を組んだ。
「主人公の心情とか紆余曲折ありながら、あの二人が引っ付くっていうすごい青春〜な話だったじゃん。」
「そうだね。」
「その心的描写もすごい凝ってて。共感できるなあってところとかもすごくあってさ。」
「うん。」
「総合的にすごいおもしろかったんだけどそこだけ…なんかなぁ。」
チョロ松はまた考え込むような顔をして黙った。
一松は最寄りの路地を一瞥し、猫がいないことを確認してからまた次の路地を目指して歩みを進めた。
「恋って性欲なのかな?」
「えっ…知らないけど。」
一松は正直に答える。
「僕さぁ…変なこと言うけど。」
「うん。」
「トド松のことそういう風に思っちゃうんだよね。」
チョロ松のその言葉が一松の耳から脳へ移動し、理解という処理を開始した直後、一松の脳みそは働くことを拒否した。
足は止まり、表情は管理できなくなり、息の仕方も忘れ、腹の底から蛙の潰れたような声がひり出された。
「…どうしたの?」
不思議そうに振り返るチョロ松のいつもの顔を見ると、あまりにも動揺している自分がバカらしく思え、脳みそはゆっくりと活動を開始した。
深く息を吸う。
次の路地はまだ遠い。
「それ、言っていいやつ…?」
「んー、迷ったんだけど相談したくて。あの本読んだなら感情の共有もできるかなって。」
「相談…?」
「うん。僕トド松に恋してるのかな?」
「へ、」
想定外であった。
そんなことはハナから理解した上でさっきの発言をしているのだと思いこんでいた。
一松はまた止まりそうな脳みそを必死に抑え、どういうことか聞き返した。
「僕、性欲だと思ってたんだけど。トド松のこと。エロい目で見てるっていうの?」
「へ、へぇ…」
「側にいると触りたいしパって急に目があったりしたとき、今キスしたらどうなるんだろうってすごく思うんだよね。」
「あぁ…」
「これは性欲だと思ってたんだよ。でもさー、あの本にはこれが恋みたいなこと書いてんじゃん?困るよねこれが恋だったら。」
「性欲でも困るけど…。」
「え?」
チョロ松の中にはそこそこ長い間、トド松に対してもやもやとした感情があった。
それが性的な感情であるとわかり、あいつの外見や立ち振る舞いが全人類にとってもそうなるものなのだろうと。
自分は特別ではない、きっとここにいる兄弟全員がトド松をそういう目で見ているに違いないと。
そう理解すると気持ちは楽だった。
みんなが我慢していることが自分に出来ないわけがない。
だが、本にはそうは書いていなかった。
ほとんど自分がトド松へ抱く感情と同じであるのに、それは「恋」だと書いていた。
恋では困る。
恋というのは不特定多数にするものではないことくらい、知っている。
トド松がそう見えるのは、トド松本人がそうしているのであって、自分の私情など折り混ざってはいけないのに。
「チョロ松あのさ、他の兄弟思い浮かべてみて。まずはい、長男。」
「…うん。」
「クソ松。」
「うん。」
「おれ…はまあいいわ、十四松。」
「うーーん。」
一松は次の路地を見つけた。
中を覗くと猫が一匹佇んでいる。
路地へ入り、猫のいる少し離れたところへ腰を下ろす。
「どう?」
「全くなにも思わない。そもそもそういう目で見ようとしたことに吐き気がする。」
「ほらやっぱ特別でしょトド松は。恋です恋。おめでとう。」
ガサガサとビニール袋から猫缶を取り出すと、その音につられて猫が寄ってきた。
「うーーーん。納得できないなあ。大体一松お前もさあトド松のことエロい目で見てるだろ。」
「あ?」
ぐるり。
視界が歪む。
今度は脳みそが働くのを拒否したのではなく、元々ある何かを隠そうとしている。
認めてはいけない。
そんな気がして寒くもないのに体が震える。
手に持っていた猫缶が滑り落ち、ガンッと大きい音を立てた。
目の前の猫はその音に驚いて飛び逃げていった。
「あ、逃げちゃった。」
「いや…おれは、」
一松は震えながらも汗が出るような気持ちの悪い感覚のままとりあえず言葉を発した。
猫缶はしばらく転がり止まったあと、チョロ松の手によって拾い上げられた。
「お前さ、トド松の前でいい格好しようとするじゃん。」
「え…?」
「十四松と仲良いのはわかるんだよ、なんか気が合うんだろうなって。普通の兄弟らしいよね。でも格好つけるのは変じゃない?」
「し、してないそんなこと、なんで。」
「僕わかるんだよねー、そういうの。」
一松は焦り倒していた。
自分と似た状況のやつがいるなんて。
それが自分の兄弟だなんて。
相手も全く同じだなんて。
その異常事態をまるで理解していないかのように話すやつがいるだなんて。
一松もまあまあ長い期間、この感情を抱えていた。
ただそれを「性欲」だなんて思ってはいないし、全員がトド松へ欲情しているだなんて思っていない。
自分が変なのだ。自分だけが。
だから絶対にバレてはいけないと思ったのに。
このチョロ松という男は飄々とおれの触れて欲しくない部分を抉り出した。
「だっ、大体兄弟でそんな風に思うの、変だよ。」
「うん、変かも知れない。でもさ、トド松がそう仕組んでるんだったら、僕らなんにも悪くなくない?仕方ないよ僕ら童貞なんだし。」
チョロ松は拾った猫缶を一松の持つビニール袋へ返した。
そして一松の肩をたんたんと叩いた。
「だからさ、大丈夫だって。」
チョロ松は今、無理矢理に納得しようとしていた。
そうでもしないと、自分が異常者だと認めてしまうことになるからだ。
僕は普通だ。トド松のことをどうこう思うのだって、普通なんだ。
一松のことは正直博打だったけど、この様子だとビンゴだろう。
よかった。やっぱり僕はおかしくない。大丈夫だ。
「…おれは、おれのは、恋だし…」
「は。」
二人の間に流れていた時間が暫くの間停止した。
方や言ってしまったと後悔の念が押し寄せ、方や想像以上に重い告白に戸惑い、心が苛立つことにまた動揺していた。
チョロ松は一松の横顔を見つめたまま、一松は何もないコンクリートを見つめたまま。
最初に口を開いたのは一松だった。
もうこうなってしまったからには仕方がない、全て話そうと観念したのだ。
「おれ、結構前からトド松のこと、好きだよ。性欲だとかなんだとか、そんな軽い言葉で片付けたくない。」
「…はー、なんかムカつくなぁ。」
チョロ松は後頭部をガリガリと掻く。
「なんなの?エロい目で見てんでしょ?触れたいとかキスしたいとかなんかボカしてあれには書いてたけど、要は犯したいんだろ!?なあ!?」
「…お前と一緒にすんなよ。」
一松は立ち上がり、帰ろう、と呟くと路地の出口へ向かった。
チョロ松もその後を追いながら、考えた。
自分はただ性の対象としてトド松を見ているだけで、一松はそうじゃない。
キスとかセックスとかそういう次元を超えて、一緒に居たいんだろうか。
想像した。
トド松と一松が家を出て、二人で暮らすという未来を。
死ぬほど嫌だった。
じゃあやっぱり自分はトド松に恋をしているのか?
それとも兄弟に固執しているだけ?独占欲?なんだ?
「チョロ松、あのさ、」
チョロ松の迷宮入りしそうな思考は一松の言葉によって一旦遮られた。
「もしおれがトド松と上手くいくように協力して、金輪際トド松に触るなって言ったら、する?」
「するわけないじゃん。」
「なんで?」
「…なんでだろう。」
「好きなんでしょ、あいつのこと。兄弟っていう名目の範囲でも我慢できないでしょ。おれも。一緒。」
チョロ松は聞こえるか聞こえないかくらいの音量で、うん、とだけ喉を鳴らし、それ以上は何も言い返さなかった。
ーーーーーーーーー
チョロ松と一松が家に帰ると、トド松が出迎えてくれた。
あの話題のあとなのでなんとなく気まずい雰囲気が二人の間に流れると、それを微妙に察知したトド松が首を傾げた。
「なに?喧嘩でもしたの?」
「あ、いや、」
煮えきらない発言で二人とももがもがしていると、トド松は変なの、とだけ言い一松のビニール袋の中を見た。
「え、開けてないじゃん!何しに行ったの?」
「い、いなくて。猫。」
「うそー、そんな日あるんだ。じゃあただのデートじゃん。おつかれー。」
トド松の軽口に一松とチョロ松は顔を見合う。
それもなんとも苦々しい顔で。
それならこいつじゃなくてトド松としたかった、という共通の愚痴は、お互い共有することもないのであった。
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