昼夜と共に
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クレープを食べ終えた2人は相変わらず人でごった返した道に戻った。
口にこそ出さないがフェイタンはこの人混みにはうんざりしているように見えた。
『ねぇフェイタンお茶しない?』
「お茶?」
『ちょっと戻るんだけど落ち着いた雰囲気の喫茶店があるの』
ミユは来た道を指差した。
『甘いもの食べてちょっと喉乾いちゃったし』
ニッコリ微笑めばフェイタンは頷いた。
こんなにもたくさんの人で賑わっているのに誰も気づかないのか素通りされるその喫茶店を知らせる看板はひっそりと掲げてあった。
年季の入った銅製の看板を曲がり門をくぐると石畳の道が扉へと敷き詰められていた。
ほんの数歩入っただけなのに別の場所かと思うほどに静かで不思議な感覚の漂う場所にフェイタンは視線だけを動かした。
『静かでしょ』
石畳を挟むように植えられている植木からフェイタンは視線を戻した。
ミユの視線の先には時を含んだ深い茶色い木材のドアがありその中央には曇りガラスに薔薇のステンドグラスが色を宿していた。
扉を開くと全体的に落ち着いた色味の店内には静かに柔らかなクラッシックトリオが流れていた。
仕立てのいい三つ揃えのモノクルをかけた白髪の混じる老紳士の店主がにこやかに出迎えた。
その笑顔とは裏腹に背筋はピンと伸び足音はほとんどしなかった。
「お2人様ですか?」
『はい』
「お好きな席へどうぞ。今庭では薔薇が見頃を迎えていますよ」
店主の声が届いた瞬間フェイタンの視線が僅かに走った。
入口と店内を測るように一度だけ見まわすとすぐに何事もなかったかのようにミユの背後へと戻った。
ミユとフェイタンは格子のガラス窓に目を向けた。
そこには淡い桃色から深紅まで色んな薔薇が折り重なるように咲いていた。
『本当だ!すごく綺麗ですね。お手入れ大変じゃないですか?』
「趣味ですから」
『素敵ですね。でも今回は奥に座らせていただきますね』
ミユがニッコリと微笑めば店主も微笑み返し手袋を外しながら静かに一礼した。
アンティーク調のランプが優しく光を灯している奥の席へミユは座った。
フェイタンはミユの前へ腰を下ろした。
「庭が見えるとこじゃなくてよかたか?」
『うん、こっちの方がゆっくり出来るかなって』
ミユはキルティングチェーンのミニショルダーバッグを椅子に下ろした。
「失礼します。こちらメニューでございます」
焦げ茶色の革張りで四隅に金属の飾りが施されたメニューを店主はテーブルへ置いた。
「お決まりになりましたらこちらのベルでお知らせください」
水に続き磨き込まれた真鍮の表面が鈍くきらめいている小さなハンドベルを店主はテーブルへ置いた。
一瞬フェイタンと目が合ったが店主は頭を下げるとカウンターへと戻って行った。
ミユはフェイタンにメニューを渡した。
受け取ったフェイタンは皮の表紙を開いた。
フェイタンがめくるメニューをミユは向かいから覗いていた。
『ホットケーキ美味しそう』
クリーム色に焼けた紙に描かれているバターの乗ったシンプルなホットケーキの写真が目に入った。
「まだ食うか?」
『食べないよ。ただ、美味しそうだなって思っただけ』
少し驚いた表情のフェイタンを見てミユは笑顔を向けた。
最後までめくり終えるとフェイタンはミユにメニューを渡した。
『決まった?』
「深煎りコーヒー」
『ホット?』
ミユが問いかけるとフェイタンは頷き水を一口飲んだ。
ミユは少し遠慮がちハンドベルを持ち上げると小さく振った。
チリンと澄んだ音が店内に響いた。
「ご注文はお決まりですか?」
『深煎りコーヒーをホットであとアールグレーをアイスでお願いします』
「かしこまりました」
店主は襟元の懐中時計の鎖を淡いランプの光で光らせながら去って行った。
