だからあの時、誘いに乗っていれば
風神信仰国であるモンドの大貴族ラグヴィンド家が所有するアカツキワイナリーの広大な敷地は、日中であるにもかかわらず異様な緊張感に包まれていた。
普段どおり従業員たちが立ち話をしながら日々の業務をこなしているのだが、その風景はどこかおかしい。
敷地の外周にはうっすらと青いヴェールのカーテンが天から垂れ下がっている。
太陽の光が葡萄の葉を透かして柔らかい影を作り出すが、その美しい景色はどこか不自然に感じられる。風に乗って運ばれてくるはずの葡萄の甘い香りを、今は感じられない。 何か見えざる力によって、異次元と化した葡萄畑の隅で、モンド騎兵隊長のガイアは、ワイナリーのオーナーであり義兄でもあるディルックと共に、木箱の中に身を潜めていた。
「ガイア。四分間だけもちこたえれば、僕たちの勝ちだ。」
隠れ先に大人二人が身を縮めてギリギリ入るほどの大きさの葡萄収穫用木箱を示したのはディルックだった。
ガイアは一瞬躊躇したが、迷っている時間はない、ディルックに続いて箱に入る。
箱の中で足を伸ばして腰を下ろしたディルックをまたいで膝をつき、ガイアは蓋を閉めながら中腰になる。箱は狭く、二人が入るとぎゅうぎゅう詰めだ。
「蓋に隙間ができてるぞ、もっと寄れ。外から見えたら意味がないだろう。」
ディルックの低い声が、緊張感を漂わせる。ガイアはディルックの頭を挟むように木板に両手をついてさらに身を屈める。
その瞬間、ディルックの体から発する熱が彼の肌に伝わってきた。
うわっ近い……
良い匂いがしそうなディルックの赤くふんわりとした髪が顎をくすぐる。
思えば義兄とここまで体を近づけたことは無い。
いや、あるにはあるが、それは今のような嫌味と冷めた笑いの応酬関係になる前の、二人が双子のような兄弟と周知されていた頃のことだ。
「こんな状況で、どうしてお前はそんなに冷静でいられるんだ?」
ガイアは内心の焦りに気付かれないように半ば冗談めかして囁いた。
ディルックは短く笑った。
「これはただのかくれんぼだ。命のやり取りじゃない。」
「そうは言うけど、あのハンターの追いかけ方、真剣すぎるだろう。」
外では、ガサガサとぶどう畑をかきわけ二人を探すハンターの足音が聞こえる。
「みんな、どこに隠れているか、わかってるよ〜」という呼びかけが、遠くから近くへと迫ってくる。
ワイナリーを知り尽くしているディルックが選んだ場所で完璧に木箱に偽装しているから、見つかるはずはない。
ハンターの発言はブラフだ。
標的である自分たちの動揺を誘っているのだ。
緊張しながら、外の気配を探っていたガイアは無意識に木板に耳をそばだてようとして、ディルックに体を押しつけていた。ハンターの遠ざかっていく足音にほっとしながら、顔をそらすとディルックの首筋が目の前にあった。
汗がにじんでいるのが見え、鼻をくすぐる独特の匂いがした。ガイアは不意に心臓が高鳴るのを感じた。自身が何に興奮しているのか、理解するまでに一瞬かかった。
「ディルック、お前の汗、結構すごいな。」
ガイアは誤魔化そうと無意識に言葉を漏らした。
「暑いからな。箱の中は蒸し風呂みたいだ。」
ディルックは少し不機嫌そうに答えたが、その声に微かな笑い色が含まれていた。
義兄の笑みの気配にガイアは息をのむ。
この『ディルック』は今、昔のような笑みを口元に乗せているに違いない。
ガイアの知るディルックは、こんな会話で笑顔を見せることは無いのに。
ガイアはその声に引き込まれるように、ディルックの息遣いに耳を傾けた。規則正しい呼吸が、ガイアの心を妙に落ち着かせ、同時に興奮させる。こんな近くで彼の息を感じることが、ガイアの心を揺さぶった。
顔が見たい。でも、見せたらガイアの顔も見られてしまう。
ディルックはガイアの気持ちに気づかないまま、ハンターの気配に注意を払っている。
しかし、ガイアはもうその音には関心を持てなかった。
ガイアの意識は、完全にディルックに向いていた。
「どうした?」
ディルックはガイアの動揺に気づいたのか、顔を上げて小声で尋ねてきた。
「何でもない。」
ガイアは曖昧に答え、ディルックの視線から逃れようと顔を反らすが、狭い箱の中ではそれも難しい。
「きみの耳、赤くなってるよ。」
ディルックがじっとガイアを見つめている。
ガイアは堪らず、顔を隠すようにディルックの肩に顔を埋めた。
「見るな。お前が近すぎて色々と気になって仕方ないんだ。」
箱内とディルックの熱気に、中腰を保ち続けるガイアの顎からぽたりと汗が落ちた。
ディルックは戸惑っているようである。
「ガイア、きみ…」
木箱の外で悔しげな色を滲ませたハンターであるファデュイ執行官の声が響き渡る。
「どこにいるか教えてくれるかな?見つけてあげるよ!」
ディルックがとっさにガイアの背に腕を回してぐいっと体を引き寄せた。
ガイアはディルックの太ももに腰下ろしてしまい、思わずディルックの胸に手を置いて体をを支える。
「おまっ何を…」
「しっ…」
手のひらから伝わるディルックの鼓動。その速度は自分のそれとシンクロするように感じられる。かくれんぼ程度の遊びでディルックが緊張するわけがない。では、なぜ心臓がガイアと同じ早さを刻むのか。背中に触れる、優しくも力強いその手がそっと背筋を撫で上げた。
このままガイアがディルックの背に手を回したらそれは抱擁だ。
元義兄弟、今は酒場のマスターと騎士団の騎兵隊長、その関係性からは逸脱している行為になる。
「ガイア……」
ディルックはガイアが聞いたことがないくらいの熱さの声で名を呼んだ。
ガイアは背に手を回す勇気が持てず、ただ伏せた額をディルックの肩口に押しつけることしか出来ない。
ディルックは、さらにガイアを引き寄せた。
狭い箱の中で、二人の体が完全に密着した。その瞬間、外の世界は二人にとってどうでもいいものになった。
籠もる熱い息にガイアが耐えきれずに顔を上げると、ディルックと目が合った。
ディルックはガイアの顔を見つめ、その瞳の奥にある深い思いを感じ取ろうとしているようだった。
ガイアの頭がディルックに引き寄せられた。背中に回っていたディルックの腕がうなじを抑えたのだ。ディルックの柔らかく薄い唇が触れ合う寸前まで迫る。
「ガイア…」
ディルックの声が、いつもよりも深く、低く響いた。
「ディルック…」
「という事が前回はあったんだよ」
「はぁぁぁ???」
先週からモンド城の一角では、ガイガックスという謎の男がやってきて、秘境のような空間を利用してハンターとレンジャーに別れてかくれんぼをするゲーム『風の行方』を開催しているのだ。
2年前に開催された時、ガイアからしつこく一緒に参加しないかと誘われたのだがディルックは下らないと参加を拒否したのだ。
確かその時のガイアは、国家転覆をもくろむ輩が、ゲームを装いながら少人数で競い合って身体テストを行い、優れた成績を残した者をスカウトしようとしているという情報を流してきたのだ。
ディルックはモンドを守護する闇夜の英雄としてその不届きな男を懲らしめようとしたのだが、蓋を開けてみればただのかくれんぼで遊ぶゲームだった。
ゲームはガイアの言っていたような国家転覆などの大層な目的ではなく、追うハンターと逃げるレンジャーチームに別れて4人で行うかくれんぼゲームだった。
開始と同時に秘境のような空間に飛ばされる。秘境と違うのは4分間過ぎれば勝負が付き、必ず元にいた場所に戻ってくること。イベントステージがテイワット各地を模した地域であること。モンドはアカツキワイナリー周辺がステージに選ばれているらしい。
ゲームボードを破壊しようとして炎の大剣を振り上げたところ、すんでのところで旅人に止められ、必死にルールとイベント内容を説明されたのだ。
あのときは本当に恥ずかしい思いをした。
ガイアはいつもの調子ですまんすまんと誤って、ディルックをしきりとゲームに誘ってくれたのだが、ディルックは怒りの余りそんな下らない事には付き合えぬと全てつっぱねた。そして、すっかり忘れてしまったのだ。イベントの存在を。
再びガイアックスがモンドを訪れて、今密かにモンドの住民の間で『風の行方』がブームになっている。参加者曰くティワット中の名だたる有名人と一緒に遊ぶことができると。
ディルックさまにお会いすることが出来ませんと、花屋のバイトのドンナに泣きつかれ、何の話だとガイアに問い詰めたら出てきたのが冒頭の話である。
ガイアがそっと目を閉じた瞬間、タイムアップの合図が鳴り響き、ゲームは終了してしまったので幸い義兄弟同士で唇を重ねることはなかったのだが
「雰囲気って怖いな、流されるところだったぜ。」
お前とキスしちまうところだったよとケラケラと笑いながらガイアは蒲公英酒の入ったジョッキを飲み干した。
自分以外のメンバーは全てテイワットに実在する人物だったが、どこか雰囲気がおかしい。この世界の人物ではなく、この世界に似た別世界の人物なのではないかとガイアは推察していた。
プレイヤーと少し話したが、細かなところで記憶の相違があるとのことだった。旅人の性別が違うとか。
ディルックは衝撃的なガイアの経験談を聞き、手にしていたグラスをギリギリと握りしめる。
僕では無い、僕が、ガイアの唇を???
「で、君は今回のゲームにはもう参加したのか?」
グラスがバリンと砕け散る。
「えっまっまだだが」
「ガイア、今回は僕も一緒に参加しよう。いいね?」
ディルックはぎりりと音が出るくらい強く拳を握りしめ、手袋をしっかりとはめ直す。
血走った目をしながら鬼気迫る勢いのディルックにガイガックスは若干引き気味だ。
「ではこちらに二人で立って下さい」
ディルックはガイアの横に立つ
二人の体が光に包まれ、秘境に入っていくような空間の乱れを感じる。
次に視界が開けたとき、ディルックはモンド城内ではなくアカツキワイナリーを模したイベントステージに立っていた。
ガイアが言っていた通りだ。
そしてディルックの横には『ガイア』が立っている。
ガイアはディルックと目が合うとにこりと笑った。
このガイアはディルックの知る『ガイア』だ。彼を見間違うことはない。
これからガイアと4分間。木箱に閉じこもって二人っきり。
めくるめく予感と期待にディルックがガイアの手を握って駆け出そうした瞬間、ガイアが猛ダッシュで走りだした。
スカッとディルックの手は宙をつかむ。
「はっ????」
俊足を活かしてあっという間に屋敷裏手に消えていくガイアが叫んだ
「急ぐぜ旦那!お前は北の発信器の修理をしろ!俺は玄関前の発信器の修理する!ハンターに捕まるなよ!!」
ディルックは知らなかった。今回から『風の行方』のルールが変わってしまったことを。木箱や建物の影に隠れて4分間追跡をかわし続けて勝利を目指すのは前回のルール。
ハンターの目をかいくぐりながらステージ上の随所に設置された6基の『発信器』を4つ修理することが今回のゲーム勝利の条件になったことを。
4分間、ガイアと二人っきりで濃密な時間を過ごすことを夢見ていたディルックは体を震わせながら低い声を絞り出した。『ちっきしょおおおお』と。
その後イベントステージでは、早々に三基の発信器を修理して、制限時間ギリギリまで四ツ目の発信器の修理を遅らせて、ガイアと二人きりになろうと奮闘する義兄の涙ぐましい努力の姿が見られたとか。
普段どおり従業員たちが立ち話をしながら日々の業務をこなしているのだが、その風景はどこかおかしい。
敷地の外周にはうっすらと青いヴェールのカーテンが天から垂れ下がっている。
太陽の光が葡萄の葉を透かして柔らかい影を作り出すが、その美しい景色はどこか不自然に感じられる。風に乗って運ばれてくるはずの葡萄の甘い香りを、今は感じられない。 何か見えざる力によって、異次元と化した葡萄畑の隅で、モンド騎兵隊長のガイアは、ワイナリーのオーナーであり義兄でもあるディルックと共に、木箱の中に身を潜めていた。
「ガイア。四分間だけもちこたえれば、僕たちの勝ちだ。」
隠れ先に大人二人が身を縮めてギリギリ入るほどの大きさの葡萄収穫用木箱を示したのはディルックだった。
ガイアは一瞬躊躇したが、迷っている時間はない、ディルックに続いて箱に入る。
箱の中で足を伸ばして腰を下ろしたディルックをまたいで膝をつき、ガイアは蓋を閉めながら中腰になる。箱は狭く、二人が入るとぎゅうぎゅう詰めだ。
「蓋に隙間ができてるぞ、もっと寄れ。外から見えたら意味がないだろう。」
ディルックの低い声が、緊張感を漂わせる。ガイアはディルックの頭を挟むように木板に両手をついてさらに身を屈める。
その瞬間、ディルックの体から発する熱が彼の肌に伝わってきた。
うわっ近い……
良い匂いがしそうなディルックの赤くふんわりとした髪が顎をくすぐる。
思えば義兄とここまで体を近づけたことは無い。
いや、あるにはあるが、それは今のような嫌味と冷めた笑いの応酬関係になる前の、二人が双子のような兄弟と周知されていた頃のことだ。
「こんな状況で、どうしてお前はそんなに冷静でいられるんだ?」
ガイアは内心の焦りに気付かれないように半ば冗談めかして囁いた。
ディルックは短く笑った。
「これはただのかくれんぼだ。命のやり取りじゃない。」
「そうは言うけど、あのハンターの追いかけ方、真剣すぎるだろう。」
外では、ガサガサとぶどう畑をかきわけ二人を探すハンターの足音が聞こえる。
「みんな、どこに隠れているか、わかってるよ〜」という呼びかけが、遠くから近くへと迫ってくる。
ワイナリーを知り尽くしているディルックが選んだ場所で完璧に木箱に偽装しているから、見つかるはずはない。
ハンターの発言はブラフだ。
標的である自分たちの動揺を誘っているのだ。
緊張しながら、外の気配を探っていたガイアは無意識に木板に耳をそばだてようとして、ディルックに体を押しつけていた。ハンターの遠ざかっていく足音にほっとしながら、顔をそらすとディルックの首筋が目の前にあった。
汗がにじんでいるのが見え、鼻をくすぐる独特の匂いがした。ガイアは不意に心臓が高鳴るのを感じた。自身が何に興奮しているのか、理解するまでに一瞬かかった。
「ディルック、お前の汗、結構すごいな。」
ガイアは誤魔化そうと無意識に言葉を漏らした。
「暑いからな。箱の中は蒸し風呂みたいだ。」
ディルックは少し不機嫌そうに答えたが、その声に微かな笑い色が含まれていた。
義兄の笑みの気配にガイアは息をのむ。
この『ディルック』は今、昔のような笑みを口元に乗せているに違いない。
ガイアの知るディルックは、こんな会話で笑顔を見せることは無いのに。
ガイアはその声に引き込まれるように、ディルックの息遣いに耳を傾けた。規則正しい呼吸が、ガイアの心を妙に落ち着かせ、同時に興奮させる。こんな近くで彼の息を感じることが、ガイアの心を揺さぶった。
顔が見たい。でも、見せたらガイアの顔も見られてしまう。
ディルックはガイアの気持ちに気づかないまま、ハンターの気配に注意を払っている。
しかし、ガイアはもうその音には関心を持てなかった。
ガイアの意識は、完全にディルックに向いていた。
「どうした?」
ディルックはガイアの動揺に気づいたのか、顔を上げて小声で尋ねてきた。
「何でもない。」
ガイアは曖昧に答え、ディルックの視線から逃れようと顔を反らすが、狭い箱の中ではそれも難しい。
「きみの耳、赤くなってるよ。」
ディルックがじっとガイアを見つめている。
ガイアは堪らず、顔を隠すようにディルックの肩に顔を埋めた。
「見るな。お前が近すぎて色々と気になって仕方ないんだ。」
箱内とディルックの熱気に、中腰を保ち続けるガイアの顎からぽたりと汗が落ちた。
ディルックは戸惑っているようである。
「ガイア、きみ…」
木箱の外で悔しげな色を滲ませたハンターであるファデュイ執行官の声が響き渡る。
「どこにいるか教えてくれるかな?見つけてあげるよ!」
ディルックがとっさにガイアの背に腕を回してぐいっと体を引き寄せた。
ガイアはディルックの太ももに腰下ろしてしまい、思わずディルックの胸に手を置いて体をを支える。
「おまっ何を…」
「しっ…」
手のひらから伝わるディルックの鼓動。その速度は自分のそれとシンクロするように感じられる。かくれんぼ程度の遊びでディルックが緊張するわけがない。では、なぜ心臓がガイアと同じ早さを刻むのか。背中に触れる、優しくも力強いその手がそっと背筋を撫で上げた。
このままガイアがディルックの背に手を回したらそれは抱擁だ。
元義兄弟、今は酒場のマスターと騎士団の騎兵隊長、その関係性からは逸脱している行為になる。
「ガイア……」
ディルックはガイアが聞いたことがないくらいの熱さの声で名を呼んだ。
ガイアは背に手を回す勇気が持てず、ただ伏せた額をディルックの肩口に押しつけることしか出来ない。
ディルックは、さらにガイアを引き寄せた。
狭い箱の中で、二人の体が完全に密着した。その瞬間、外の世界は二人にとってどうでもいいものになった。
籠もる熱い息にガイアが耐えきれずに顔を上げると、ディルックと目が合った。
ディルックはガイアの顔を見つめ、その瞳の奥にある深い思いを感じ取ろうとしているようだった。
ガイアの頭がディルックに引き寄せられた。背中に回っていたディルックの腕がうなじを抑えたのだ。ディルックの柔らかく薄い唇が触れ合う寸前まで迫る。
「ガイア…」
ディルックの声が、いつもよりも深く、低く響いた。
「ディルック…」
「という事が前回はあったんだよ」
「はぁぁぁ???」
先週からモンド城の一角では、ガイガックスという謎の男がやってきて、秘境のような空間を利用してハンターとレンジャーに別れてかくれんぼをするゲーム『風の行方』を開催しているのだ。
2年前に開催された時、ガイアからしつこく一緒に参加しないかと誘われたのだがディルックは下らないと参加を拒否したのだ。
確かその時のガイアは、国家転覆をもくろむ輩が、ゲームを装いながら少人数で競い合って身体テストを行い、優れた成績を残した者をスカウトしようとしているという情報を流してきたのだ。
ディルックはモンドを守護する闇夜の英雄としてその不届きな男を懲らしめようとしたのだが、蓋を開けてみればただのかくれんぼで遊ぶゲームだった。
ゲームはガイアの言っていたような国家転覆などの大層な目的ではなく、追うハンターと逃げるレンジャーチームに別れて4人で行うかくれんぼゲームだった。
開始と同時に秘境のような空間に飛ばされる。秘境と違うのは4分間過ぎれば勝負が付き、必ず元にいた場所に戻ってくること。イベントステージがテイワット各地を模した地域であること。モンドはアカツキワイナリー周辺がステージに選ばれているらしい。
ゲームボードを破壊しようとして炎の大剣を振り上げたところ、すんでのところで旅人に止められ、必死にルールとイベント内容を説明されたのだ。
あのときは本当に恥ずかしい思いをした。
ガイアはいつもの調子ですまんすまんと誤って、ディルックをしきりとゲームに誘ってくれたのだが、ディルックは怒りの余りそんな下らない事には付き合えぬと全てつっぱねた。そして、すっかり忘れてしまったのだ。イベントの存在を。
再びガイアックスがモンドを訪れて、今密かにモンドの住民の間で『風の行方』がブームになっている。参加者曰くティワット中の名だたる有名人と一緒に遊ぶことができると。
ディルックさまにお会いすることが出来ませんと、花屋のバイトのドンナに泣きつかれ、何の話だとガイアに問い詰めたら出てきたのが冒頭の話である。
ガイアがそっと目を閉じた瞬間、タイムアップの合図が鳴り響き、ゲームは終了してしまったので幸い義兄弟同士で唇を重ねることはなかったのだが
「雰囲気って怖いな、流されるところだったぜ。」
お前とキスしちまうところだったよとケラケラと笑いながらガイアは蒲公英酒の入ったジョッキを飲み干した。
自分以外のメンバーは全てテイワットに実在する人物だったが、どこか雰囲気がおかしい。この世界の人物ではなく、この世界に似た別世界の人物なのではないかとガイアは推察していた。
プレイヤーと少し話したが、細かなところで記憶の相違があるとのことだった。旅人の性別が違うとか。
ディルックは衝撃的なガイアの経験談を聞き、手にしていたグラスをギリギリと握りしめる。
僕では無い、僕が、ガイアの唇を???
「で、君は今回のゲームにはもう参加したのか?」
グラスがバリンと砕け散る。
「えっまっまだだが」
「ガイア、今回は僕も一緒に参加しよう。いいね?」
ディルックはぎりりと音が出るくらい強く拳を握りしめ、手袋をしっかりとはめ直す。
血走った目をしながら鬼気迫る勢いのディルックにガイガックスは若干引き気味だ。
「ではこちらに二人で立って下さい」
ディルックはガイアの横に立つ
二人の体が光に包まれ、秘境に入っていくような空間の乱れを感じる。
次に視界が開けたとき、ディルックはモンド城内ではなくアカツキワイナリーを模したイベントステージに立っていた。
ガイアが言っていた通りだ。
そしてディルックの横には『ガイア』が立っている。
ガイアはディルックと目が合うとにこりと笑った。
このガイアはディルックの知る『ガイア』だ。彼を見間違うことはない。
これからガイアと4分間。木箱に閉じこもって二人っきり。
めくるめく予感と期待にディルックがガイアの手を握って駆け出そうした瞬間、ガイアが猛ダッシュで走りだした。
スカッとディルックの手は宙をつかむ。
「はっ????」
俊足を活かしてあっという間に屋敷裏手に消えていくガイアが叫んだ
「急ぐぜ旦那!お前は北の発信器の修理をしろ!俺は玄関前の発信器の修理する!ハンターに捕まるなよ!!」
ディルックは知らなかった。今回から『風の行方』のルールが変わってしまったことを。木箱や建物の影に隠れて4分間追跡をかわし続けて勝利を目指すのは前回のルール。
ハンターの目をかいくぐりながらステージ上の随所に設置された6基の『発信器』を4つ修理することが今回のゲーム勝利の条件になったことを。
4分間、ガイアと二人っきりで濃密な時間を過ごすことを夢見ていたディルックは体を震わせながら低い声を絞り出した。『ちっきしょおおおお』と。
その後イベントステージでは、早々に三基の発信器を修理して、制限時間ギリギリまで四ツ目の発信器の修理を遅らせて、ガイアと二人きりになろうと奮闘する義兄の涙ぐましい努力の姿が見られたとか。
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