ポケモンセンターに着くと、タケシはジョーイに事情を説明するためカウンターに向かう。
ヒカリはタケシがジョーイに事情を説明している間、サトシの傍を離れない。もちろん、ピカチュウもサトシの膝に乗り主人の様子を見守っていた。

（サトシ、大丈夫かな？）

サトシを心配する気持ちが全く消えず、ピカチュウはサトシに擦り寄る。少しでも自分が傍にいる事を伝えようとして—・・・

「チャア(サトシ・・・)」

ピカチュウの鳴き声にサトシは自分の膝に乗るピカチュウにゆっくりと視線を移す。だが向けられたサトシの表情は、いつものようにピカチュウを安心させるような温かい笑顔はそこにはない。そればかりか無表情に近い。

（なんで、こんなに暗い表情なの？）

ピカチュウはいつもと違うサトシの表情、雰囲気に泣きたい気持ちになる。

（君はもっと僕の心を温めてくれるような笑みを浮かべるのに・・・・・・。今はその影もないよ？）

ピカチュウは言葉にして伝えられない想いを少しでもサトシに伝えたくて、サトシの心に語りかけるようにじっと見つめる。

（ねえ、サトシ・・・・・・僕は君が好き。だから、いつもの君に戻ってよ）

ピカチュウの想いも今のサトシには届かない。

それがどんなに悲しくて寂しいか。
ピカチュウはサトシの胸に、顔を押し付け涙を堪える事しか出来ない。

（サトシ、どうして何も言ってくれないの？）

ピカチュウはゆっくり瞼を閉じる。そこへソファーに腰かけているサトシに目線を合わせるためヒカリは膝を折り話しかける。

「ねえ、サトシ」

ヒカリに話しかけられ、サトシは膝に座っているピカチュウからヒカリへ視線を移した。

「なんでサトシは何も喋らないの？」

ヒカリはサトシの事が心配で、今にも心が押し潰されそうな思いをしているというのに。
すると、それまで一言も喋らなかったサトシがゆっくりと口を開く。

「・・・・・・君は誰？」

サトシの言葉を聞いた瞬間、ヒカリは信じられないとばかりに目を見開く。

「な、何を・・・・・・言ってる、の？」
「ピィカ」

サトシの胸に顔を押し付けていたピカチュウまでヒカリと同様、信じられないというように目を見開いている。
サトシは身動き一つ出来ずにいるヒカリとピカチュウを静かに見つめながら、再度同じ言葉を繰り返す。

「だから、君は誰なの？」
「・・・・・・冗・・・談は、やめてよ」
「ピィカ、ピィカ」

ヒカリとピカチュウは今にも泣き出してしまいそうな表情を浮かべ、これが夢である事を祈るがサトシはきっぱりと言い切る。悲しいことを—・・・。

「オレは君達の事を知らない」

サトシの口から繰り返し同じような言葉が零れ落ちヒカリはとうとう我慢ができなくなり、その場で泣き出してしまう。

突然ヒカリが泣き出してしまった事に、サトシはオドオドとし始めた。

「ど、どうしたの？」
「わ～ん！なんで！？」

ヒカリはここが何処で、どういう場所なのかという事をすっかりと忘れて大声を上げて叫ぶ。ジョーイに事情を説明していたタケシの元にも届く程の音量で。

「どうしたんだ！？ヒカリ」

突然聞こえた悲鳴に近いヒカリの泣き声に、タケシとジョーイは驚いてヒカリの元へ駆け寄る。

「どうなさいました？」
「タケシ～！ジョーイさん！」

ヒカリは涙が零れてしまいそうな目でタケシとジョーイを見遣り名前を呼ぶ。名を呼ばれた二人は「どうしたんだ？」という表情を浮かべてヒカリを見た。

「サトシが！サトシが大変なの！！」
「ピィカチュウ！」
「何？」
「どういうことですか？」

ヒカリはタケシ達にサトシの事を説明しようと口を開いた瞬間に、また泣き出してしまう。