わんこと始める恋愛方程式
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稲葉が待ち合わせにと提案してきたのは、二人が出会った場所からほど近い公園だった。明るい雰囲気で遊具やベンチ、噴水もある綺麗な公園だ。ドッグランも併設されており、彩はなんとなく懐かしいような気持ちになった。彩によく懐いていたあの犬は元気だろうか。まあ、稲葉の飼い犬である以上大事にされていないということはないだろう。だって、あんなに尻尾を振って再会を喜んでいたのだ。なんだかあの犬が羨ましいような気さえしてきて、彩はゆるゆると頭を振る。そうして、彼女は噴水の近くにあるベンチに腰を下ろした。
この日のために頑張ってお洒落をした。稲葉から見れば子供が懸命に背伸びしているようにしか見えないかもしれないが、それでも彼女は自分の胸を叩く初めての感情と必死に格闘したのだ。どうか馬鹿にだけはされませんように。彩は目を伏せる。待ち合わせの時間までは、まだ少し時間がある。音楽でも聴いて気を紛らわせようか。そうしてスマートフォンとイヤホンを取り出したそのとき。
「あの、彩さんですか」
「えっ」
声をかけられて、彩は振り返る。そこに立っていたのは、ネルシャツとジーンズというカジュアルな服装に身を包んだ稲葉だった。
「ああ良かった、髪の毛切ったんですね。この前会ったときと全然印象違ったから一瞬誰か分かりませんでしたよ」
にこやかな表情で言う稲葉は、眼鏡をかけてはいるもののこれといった“変装”はしていない。そうして彼は、彩に右手を差し出した。
「え、あの…?」
「改めて、僕とデートして貰えますか、彩さん」
──今日だけなら、いいよね。彩は稲葉の手を取る。稲葉の顔がふっと綻んだ。
「今日一日、よろしくお願いします」
「はい、張り切ってエスコートしますね」
稲葉がそんな風に言うものだから、二人は顔を見合わせて笑った。
ステージで見るような圧倒的なカリスマオーラは、いい意味で今の稲葉にはない。近付きやすくて、親しみやすくて、優しい雰囲気に包まれている。ふわりと香るホワイトムスクのオーデコロン。慈しむように彩を見つめる垂れ目と、通った鼻筋。繋いだ手は大きくて、彩の胸は爆弾のような心音を響かせる。そんなことにはどうか気付かないで欲しいと願いながら、彼女は稲葉の行く先に身を委ねた。
「夕食のことなんですけど」
フロントガラスの向こうを見つめながら、稲葉が口を開く。彩はそんな彼をちらりと見やって、そのあまりに横顔が整っていたものだから変な気持ちになった。
「彩さんの好み、聞きたいなって思って」
「えっ、悪いですよそんなの!」
「大丈夫ですって、好みじゃなくても、あれは苦手〜とかないですか?」
信号が赤に変わって、二人を乗せた車が緩やかに停止する。稲葉がゆったりとした動作で彩を見た。彼女の頬が淡く染まる。
「ねえ、彩さん。どう?」
「…浩志さんの食べたいもので、お願いします…」
彩の言葉に、稲葉は少し間を置いてから、ケラケラと笑った。彼女の頬は殊更赤く染まり、それを見た稲葉はごめんごめんと謝った。
「本当に、どこまでも謙虚な子で困っちゃうな」
稲葉の呟きは、彼の隣の純が過ぎる少女には届かなかったようだった。
この日のために頑張ってお洒落をした。稲葉から見れば子供が懸命に背伸びしているようにしか見えないかもしれないが、それでも彼女は自分の胸を叩く初めての感情と必死に格闘したのだ。どうか馬鹿にだけはされませんように。彩は目を伏せる。待ち合わせの時間までは、まだ少し時間がある。音楽でも聴いて気を紛らわせようか。そうしてスマートフォンとイヤホンを取り出したそのとき。
「あの、彩さんですか」
「えっ」
声をかけられて、彩は振り返る。そこに立っていたのは、ネルシャツとジーンズというカジュアルな服装に身を包んだ稲葉だった。
「ああ良かった、髪の毛切ったんですね。この前会ったときと全然印象違ったから一瞬誰か分かりませんでしたよ」
にこやかな表情で言う稲葉は、眼鏡をかけてはいるもののこれといった“変装”はしていない。そうして彼は、彩に右手を差し出した。
「え、あの…?」
「改めて、僕とデートして貰えますか、彩さん」
──今日だけなら、いいよね。彩は稲葉の手を取る。稲葉の顔がふっと綻んだ。
「今日一日、よろしくお願いします」
「はい、張り切ってエスコートしますね」
稲葉がそんな風に言うものだから、二人は顔を見合わせて笑った。
ステージで見るような圧倒的なカリスマオーラは、いい意味で今の稲葉にはない。近付きやすくて、親しみやすくて、優しい雰囲気に包まれている。ふわりと香るホワイトムスクのオーデコロン。慈しむように彩を見つめる垂れ目と、通った鼻筋。繋いだ手は大きくて、彩の胸は爆弾のような心音を響かせる。そんなことにはどうか気付かないで欲しいと願いながら、彼女は稲葉の行く先に身を委ねた。
「夕食のことなんですけど」
フロントガラスの向こうを見つめながら、稲葉が口を開く。彩はそんな彼をちらりと見やって、そのあまりに横顔が整っていたものだから変な気持ちになった。
「彩さんの好み、聞きたいなって思って」
「えっ、悪いですよそんなの!」
「大丈夫ですって、好みじゃなくても、あれは苦手〜とかないですか?」
信号が赤に変わって、二人を乗せた車が緩やかに停止する。稲葉がゆったりとした動作で彩を見た。彼女の頬が淡く染まる。
「ねえ、彩さん。どう?」
「…浩志さんの食べたいもので、お願いします…」
彩の言葉に、稲葉は少し間を置いてから、ケラケラと笑った。彼女の頬は殊更赤く染まり、それを見た稲葉はごめんごめんと謝った。
「本当に、どこまでも謙虚な子で困っちゃうな」
稲葉の呟きは、彼の隣の純が過ぎる少女には届かなかったようだった。
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